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文筆業とか言ってみたり
3 ダンスを習ってる
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オートモードによる無茶なダンスで怪我をして以来、僕はミラロゥにダンスを習っている。
基本のステップから、永遠にすすめない気もするけど、別に構わない。
へろへろの踊りを披露したあとは、ミラロゥの最高にカッコいいところを見せてもらえるから。
ミラロゥが仕事から帰ってくるまで、僕はダンス部屋で自主練することにした。
ここはかつて、ヒートのときにオメガが籠る場所だったらしい。
歴史を考えれば物悲しいのかもしれないが、ミラロゥが僕に寂しい思いをさせるわけがないから平気だ。
僕は鼻歌交じりでストレッチを始めた。
ダンスには体幹と柔軟性と、あとなんか、筋肉とかが必要だ。僕の自主練は、だから体力づくりが中心となる。
はじめてミラロゥからダンスを習ったときは、正直なんにも頭に入ってこなかった。
だって彼ときたら、優しいまなざしで僕の頬に手を添えて、とろけるような甘い声で言うんだよ。
「ダンスはその人のものだから、本当は誰かに教えたりはしないものなんだよ。だけど、ルノンだけは特別だ。私にできることなら、なんだってしてあげたいからね」
僕はもう、ひゃーって舞い上がっちゃって、ミラロゥがかっこいいってことしかわかんなくなっちゃった。
彼の手が、僕の足や腰や肩に触れるたびドキドキした。
「指先をそろえて」
なんて言いながら手が重なって、耳元で「そう、上手だよ」なんて囁かれて正気を保てる?
無理だね、腰が砕けたよ。記憶もぶっとんだ。
気づいたら、じゃあ続きは寝室でとか言われて抱えられた。こんなんじゃ、まったく身につかなくても僕のせいじゃないよね!
何度思い出しても、くふふってなっちゃう。
いや、喜んでいる場合じゃない。
僕が自主練しようと思ったのには訳があるんだ。
六月に入ってそろそろ次の締め切りがくるというのに、なんにも思いつかない!
いつものカフェについたのは十四時過ぎ。チェルト君はまだ来ていないようだった。楽し気な笑い声の響く店の中で、僕は冷たいココアを注文してのんびりと待った。
五分ほどで待ち人は来たけれど、いつもの元気がないようだ。
「チェルト君、具合でも悪いの?」
徹夜で執筆でもしていたんだろうか。
「ああ、平気平気」
そう言いつつ、チェルト君は温かいハーブティーを頼んだ。
冬でも彼はホイップもりもりのカフェモカを頼むからちょっと驚いたけど、発情期前かな。それなら食欲も落ちるだろう。
今日は早めに解散したほうが良さそうだ。
眉を寄せた僕を見て、彼は心配するなと言うように手を振った。
「ルノン君は調子どう?」
「それが行き詰っててさ」
「まだ書いてないの」
「うん、全然」
僕は正直に打ち明けて天井を見あげた。何かヒントでも書いてないかな。
「じゃあ、ボクからリクエストしちゃおうかな」
大歓迎だ。僕は前のめりに彼の言葉を待った。
「前から気になってたんだけど、ルノン君はあっちでどんなものを食べてたの?」
「こっちとあんまり変わらない気がするけど……」
アイスもあれば珈琲もあるし、パスタだって。そう伝えると、チェルト君は長いまつげをゆっくりと瞬かせた。
「おんなじなの?」
言われてみれば、不思議だな。なじみのない食材もそりゃあるけれど、トマトとかナスとか普通にスーパーで買える食材も多い。
米は日本のと比べると少し長くて、リゾットとかパエリアみたいな料理に使う。僕はもともと小麦派だったこともあり、特に困ることもないんだよな。白米派の人なら困ったかもしれないけど。
「まったく同じじゃないけど、日本では世界各地のグルメを楽しめたから」
「それはすごいね」
「食いしん坊の国なんだ」
「じゃあ、独特の食文化とかさ。故郷の味とかどう?」
「故郷の味か」
そう言われて真っ先に思い出したのはカップ麺だった。あれは日本が発祥だったよな。
しかし、それにはまずラーメンの話をしなくてはならず、いや、むしろ焼きそばを語るべきか。僕はもっぱらカップ焼きそば派だ。
それとも寿司?
トンカツは洋食だっけ。でもそれを言い出せばラーメンだって中国から来たのでは?
「そんなに悩んじゃう?」
「候補がいっぱいあって」
僕が悩みに悩んでいるのを見て、チェルト君は「それは楽しみだね」と笑った。だけどその顔にはやっぱり疲れが見えた。
「考えてみるね」
その日はそこで切り上げた。
チェルト君を家まで送り届けたあとも、僕はまだ悩んでいる。お気に入りのソファーの上でダラダラしてみても決めきれなかった。
実のところ僕は、向こうの世界ではあまり食事を楽しむことがなかった。故郷の味で最初に思い浮かべるのがカップ麺ってあたり、お察しって感じだけど。
子供のころ、食事として用意されていたのは袋入りのパンが多かった。父が再婚してからは家に居場所がなくて、コンビニで済ませていた。
「僕の経験が薄いなら、他者の知恵を借りるしかない!」
こういう時こそ、グルメ漫画の出番じゃなかろうか。
週末、ミラロゥの運転で久々にあの場所へ行くことにした。パワースポットというか、おそらく僕専用のWi‐Fiスポットである。
僕が新刊をダウンロードするあいだ、ミラロゥはいつも通り静かに待っていた。
「手持ちぶさたじゃない?」
「ルノンを眺めていれば面白い」
そんなに百面相してるかな。してるかもな。なんせ僕はマンガがないとダメな生き物なのだ。今、わくわくし通しだし。
たっぷりマンガを買いこんだあとは、ミラロゥと一緒に僕がかつてお世話になっていた研究所へ顔を出した。
ディマをはじめとしたイケオジたちも元気そうだ。何よりだけど、会う人みんなにエッセイを「読んでいるよ」と声をかけられるのには参った。
嬉し恥ずかしという奴である。
「相変わらず大人気だな、ルノンは」
相手がディマたちとはいえ、僕が大勢のアルファにチヤホヤされたせいで、ミラロゥは目に見えて不機嫌だ。
でも、僕を置いて一人で挨拶を済ませるっていう考えはないんだよね。
おかげで懐かしい顔に会えた。やっぱりミラロゥは優しいと思う。
研究所からでて細い下り坂をのんびりと二人で歩いていると、どこからかリズム音が聞こえてきた。
「求愛ダンスだ!」
なんだか懐かしくて、僕は音を辿って手すりから身を乗り出した。
別に落ちやしないと思うけど、ミラロゥは僕のお腹に腕を回した。
心配症だな。だけど、それが嬉しかったりして、僕は彼の手にそっと自分の手を重ねた。
広場で踊っているのは、キビキビ動く小柄の女性と、背の高い男性。ラテンっぽいリズムも相まって、二人ともすごく楽しそうだ。
恋が成就したかどうか、ひと目で分かるのはこの世界のいいところだ。周りにいる人が惜しみなく祝福するのも。僕の頬も自然と緩んだ。
「こっちまで踊りたくなっちゃうね」
ヒラヒラと手を振って、僕も祝福のダンスに参加しかけたのだが、やんわりと止められてしまった。
「ルノン、家で」
チラッと振り仰ぐと、ミラロゥは軽く眉を寄せていた。
そうだった。あんまり外で踊るなと言われているんだよ。可愛すぎるからとか、つがいびいきが過ぎる理由で。
くすぐったい気持ちになって、笑みがこぼれた。
「うん、まあ、家でも踊るつもりだけど」
お出かけの後は、いつも匂いの重ね漬けをされるから、当たり前にそう思っていたのだけど、ミラロゥは眉をピクリと上げた。まなざしに艶っぽいものが混じる。
あ、これ、誘ったことになっちゃったのかな。
そろーっと目をそらしても、視線が絡みつくようで、頬がだんだん熱くなる。
安全のため回されていた腕が、恋人のハグになってしまった。
外だというのにうなじにキスされる。
「先生、安全運転ね」
「わかってる」
本当かな。車に戻るまでも早足だったし、どうもアクセルを踏みすぎな気がする。
基本のステップから、永遠にすすめない気もするけど、別に構わない。
へろへろの踊りを披露したあとは、ミラロゥの最高にカッコいいところを見せてもらえるから。
ミラロゥが仕事から帰ってくるまで、僕はダンス部屋で自主練することにした。
ここはかつて、ヒートのときにオメガが籠る場所だったらしい。
歴史を考えれば物悲しいのかもしれないが、ミラロゥが僕に寂しい思いをさせるわけがないから平気だ。
僕は鼻歌交じりでストレッチを始めた。
ダンスには体幹と柔軟性と、あとなんか、筋肉とかが必要だ。僕の自主練は、だから体力づくりが中心となる。
はじめてミラロゥからダンスを習ったときは、正直なんにも頭に入ってこなかった。
だって彼ときたら、優しいまなざしで僕の頬に手を添えて、とろけるような甘い声で言うんだよ。
「ダンスはその人のものだから、本当は誰かに教えたりはしないものなんだよ。だけど、ルノンだけは特別だ。私にできることなら、なんだってしてあげたいからね」
僕はもう、ひゃーって舞い上がっちゃって、ミラロゥがかっこいいってことしかわかんなくなっちゃった。
彼の手が、僕の足や腰や肩に触れるたびドキドキした。
「指先をそろえて」
なんて言いながら手が重なって、耳元で「そう、上手だよ」なんて囁かれて正気を保てる?
無理だね、腰が砕けたよ。記憶もぶっとんだ。
気づいたら、じゃあ続きは寝室でとか言われて抱えられた。こんなんじゃ、まったく身につかなくても僕のせいじゃないよね!
何度思い出しても、くふふってなっちゃう。
いや、喜んでいる場合じゃない。
僕が自主練しようと思ったのには訳があるんだ。
六月に入ってそろそろ次の締め切りがくるというのに、なんにも思いつかない!
いつものカフェについたのは十四時過ぎ。チェルト君はまだ来ていないようだった。楽し気な笑い声の響く店の中で、僕は冷たいココアを注文してのんびりと待った。
五分ほどで待ち人は来たけれど、いつもの元気がないようだ。
「チェルト君、具合でも悪いの?」
徹夜で執筆でもしていたんだろうか。
「ああ、平気平気」
そう言いつつ、チェルト君は温かいハーブティーを頼んだ。
冬でも彼はホイップもりもりのカフェモカを頼むからちょっと驚いたけど、発情期前かな。それなら食欲も落ちるだろう。
今日は早めに解散したほうが良さそうだ。
眉を寄せた僕を見て、彼は心配するなと言うように手を振った。
「ルノン君は調子どう?」
「それが行き詰っててさ」
「まだ書いてないの」
「うん、全然」
僕は正直に打ち明けて天井を見あげた。何かヒントでも書いてないかな。
「じゃあ、ボクからリクエストしちゃおうかな」
大歓迎だ。僕は前のめりに彼の言葉を待った。
「前から気になってたんだけど、ルノン君はあっちでどんなものを食べてたの?」
「こっちとあんまり変わらない気がするけど……」
アイスもあれば珈琲もあるし、パスタだって。そう伝えると、チェルト君は長いまつげをゆっくりと瞬かせた。
「おんなじなの?」
言われてみれば、不思議だな。なじみのない食材もそりゃあるけれど、トマトとかナスとか普通にスーパーで買える食材も多い。
米は日本のと比べると少し長くて、リゾットとかパエリアみたいな料理に使う。僕はもともと小麦派だったこともあり、特に困ることもないんだよな。白米派の人なら困ったかもしれないけど。
「まったく同じじゃないけど、日本では世界各地のグルメを楽しめたから」
「それはすごいね」
「食いしん坊の国なんだ」
「じゃあ、独特の食文化とかさ。故郷の味とかどう?」
「故郷の味か」
そう言われて真っ先に思い出したのはカップ麺だった。あれは日本が発祥だったよな。
しかし、それにはまずラーメンの話をしなくてはならず、いや、むしろ焼きそばを語るべきか。僕はもっぱらカップ焼きそば派だ。
それとも寿司?
トンカツは洋食だっけ。でもそれを言い出せばラーメンだって中国から来たのでは?
「そんなに悩んじゃう?」
「候補がいっぱいあって」
僕が悩みに悩んでいるのを見て、チェルト君は「それは楽しみだね」と笑った。だけどその顔にはやっぱり疲れが見えた。
「考えてみるね」
その日はそこで切り上げた。
チェルト君を家まで送り届けたあとも、僕はまだ悩んでいる。お気に入りのソファーの上でダラダラしてみても決めきれなかった。
実のところ僕は、向こうの世界ではあまり食事を楽しむことがなかった。故郷の味で最初に思い浮かべるのがカップ麺ってあたり、お察しって感じだけど。
子供のころ、食事として用意されていたのは袋入りのパンが多かった。父が再婚してからは家に居場所がなくて、コンビニで済ませていた。
「僕の経験が薄いなら、他者の知恵を借りるしかない!」
こういう時こそ、グルメ漫画の出番じゃなかろうか。
週末、ミラロゥの運転で久々にあの場所へ行くことにした。パワースポットというか、おそらく僕専用のWi‐Fiスポットである。
僕が新刊をダウンロードするあいだ、ミラロゥはいつも通り静かに待っていた。
「手持ちぶさたじゃない?」
「ルノンを眺めていれば面白い」
そんなに百面相してるかな。してるかもな。なんせ僕はマンガがないとダメな生き物なのだ。今、わくわくし通しだし。
たっぷりマンガを買いこんだあとは、ミラロゥと一緒に僕がかつてお世話になっていた研究所へ顔を出した。
ディマをはじめとしたイケオジたちも元気そうだ。何よりだけど、会う人みんなにエッセイを「読んでいるよ」と声をかけられるのには参った。
嬉し恥ずかしという奴である。
「相変わらず大人気だな、ルノンは」
相手がディマたちとはいえ、僕が大勢のアルファにチヤホヤされたせいで、ミラロゥは目に見えて不機嫌だ。
でも、僕を置いて一人で挨拶を済ませるっていう考えはないんだよね。
おかげで懐かしい顔に会えた。やっぱりミラロゥは優しいと思う。
研究所からでて細い下り坂をのんびりと二人で歩いていると、どこからかリズム音が聞こえてきた。
「求愛ダンスだ!」
なんだか懐かしくて、僕は音を辿って手すりから身を乗り出した。
別に落ちやしないと思うけど、ミラロゥは僕のお腹に腕を回した。
心配症だな。だけど、それが嬉しかったりして、僕は彼の手にそっと自分の手を重ねた。
広場で踊っているのは、キビキビ動く小柄の女性と、背の高い男性。ラテンっぽいリズムも相まって、二人ともすごく楽しそうだ。
恋が成就したかどうか、ひと目で分かるのはこの世界のいいところだ。周りにいる人が惜しみなく祝福するのも。僕の頬も自然と緩んだ。
「こっちまで踊りたくなっちゃうね」
ヒラヒラと手を振って、僕も祝福のダンスに参加しかけたのだが、やんわりと止められてしまった。
「ルノン、家で」
チラッと振り仰ぐと、ミラロゥは軽く眉を寄せていた。
そうだった。あんまり外で踊るなと言われているんだよ。可愛すぎるからとか、つがいびいきが過ぎる理由で。
くすぐったい気持ちになって、笑みがこぼれた。
「うん、まあ、家でも踊るつもりだけど」
お出かけの後は、いつも匂いの重ね漬けをされるから、当たり前にそう思っていたのだけど、ミラロゥは眉をピクリと上げた。まなざしに艶っぽいものが混じる。
あ、これ、誘ったことになっちゃったのかな。
そろーっと目をそらしても、視線が絡みつくようで、頬がだんだん熱くなる。
安全のため回されていた腕が、恋人のハグになってしまった。
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