美味しいだけでは物足りない

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 もう迷わない

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 ナジュアムが仕事に出る前、ほとんど寝てないみたいな顔でオーレンが起きてきた。
 そして、ナジュアムにそっと腕輪を差し出す。茶色の糸を使い、瑪瑙のような石が編み込まている。丁寧で綺麗な仕上がりだった。

「これを。俺の郷里に伝わるお守りです」
「くれるの?」
「はい。いつも身に着けていてください。そしてあの野郎でも、他の野郎でも、とにかく少しでも危ないと思ったら壊してください」
「え!?」
 お守りをしげしげ見つめていたナジュアムは、ギョッとして、もらったばかりのお守りを隠すように握りしめた。
「……壊しちゃうの?」

「ナジュアムさん?」
「あ、ごめん。そういうつもりじゃないのはわかってるんだけど、誰かにお守りをもらうなんて初めてだから。壊すなんて」
「それは、そういうものなんです。壊れてもまた作りますから」
「これ、オーレンが作ったんだ。だったらなおさら」
 ナジュアムは、手の中のお守りとオーレンを見比べる。オーレンはそんなナジュアムを心配そうに覗き込んだ。
「壊すと約束してくれないと、このまま家から出しませんよ」
「え?」

 顔とセリフが合っていないような気がする。だが、昨夜閉じ込められたことを考えれば、冗談だろと笑いとばすこともできなかった。
「わかった、危ないと思ったら」
「すこしでも、です。もちろん、何もないのが一番なんですけど。あの野郎に関しては、顔を見た瞬間に壊すくらいのつもりでいてください。そのくらいじゃないと、ナジュアムさんはとことんうかつだから」
「うかつって」
「他に言いようがないんですよ。自覚ありませんか?」

 じっとりと睨まれて、このところ楽観的に考えて失敗してばかりのナジュアムは反論できなかった。
「わかった、約束する」
 これ以上オーレンの信頼を損ねると、困ったことになりそうだ。



 仕事中は腕輪が目立たないように、袖の中に隠していた。アクセサリーをつけてはいけないという規則はないのだが、見られると説明が面倒だ。そう思うのだが、もらって三日経っても存在が気になって、気づけばそろりと服の上から腕輪を撫でていたりする。

 昼近く、ナジュアムが書類を持って廊下を歩いていたときのことだ。魔石の回路をロカが覗き込んでいた。
「ロカ! 今月、ロカのところだっけ」
 ロカは魔石の保守点検に来たようだった。
「めんどくせえけどな」
 市役所にくる魔法屋は持ち回りとなっている。ロカはダルそうな顔をしたけれど、特定のところばかりに利益が流れないようするためだ。わかったうえでそう言っているので、ナジュアムも苦笑で聞き流す。

「ところでさ」
 ロカは周りをちょっと見渡し、声を潜めた。
「あいつまだいんの?」
「オーレンのこと? うん、いるよ。なにか用事?」
「ねえよ、あんな奴に」
 思わずと言った調子で声を荒げて、ロカはさっとあたりに目を配った。自分のためというよりは、ナジュアムに対する配慮だろう。
 通りがかりの職員に見られてしまったから、手早く済ませないと、サボっていると思われてしまう。

「けど、まあ、あんな奴でもいないよりはマシか」
 言いながら、ロカがナジュアムの腕をじっと見下ろすので焦った。ナジュアムはまた、腕輪を気にして左腕をさすってしまっていた。そっと手を離したが今さらだろう。

「ちょっと話したいけど、ここじゃ困るんだろ? あとでな」
 店に来いということだろうか。どうやら断れなさそうだ。ナジュアムは頷いた。

 ところが仕事を終え、職場の玄関から出たところで、ロカに声をかけられて驚いた。
「ナジュアム!」
 建物の壁に寄り掛かるように立っていたロカがひょいと片手をあげる。
「ロカ? ずっとそこで待ってたの?」
「いいや? 見計らって出てきた」

 市役所がしまる時間は決まっているから、ナジュアムの行動は読みやすいということか。
 ロカは吊り下げ式のランプに灯りを灯して、ナジュアムのとなりに立った。
「へへっ、内緒話をするならコイツを試せるかなって思ってさ」
「ロカが作ったの?」
 青い光を放つランプは、いかにも少年が好みそうな、おどろおどろしい感じの代物だった。悲鳴を上げる死霊が大量にくっついているような。
「わかる?」
「うん、すごいね」
「周りの人間が、俺たちに気付きにくくなる」
 怖くて目をそらすのだろうか。かえって悪目立ちするのではと思うが、ナジュアムは口を慎んだ。少年のやる気をそいではいけない。

「声も聞き取りずらくなるんだ」
「試すんなら、観察者が必要じゃないの?」
 本当に効果があるのかは、中にいるナジュアム達にはわからないのではないだろうか。素朴な疑問に、ロカは肩をすくめることで答えた。
「ナジュアムは目立つから。こうして俺と歩いてて、誰も気に掛けないってのは、もうすでにひとつの証明なんだよ」
 ナジュアムはきょとんとあたりを見回した。

 そして、いつも何かと面倒な先輩がナジュアムの横をあくびしながら通り過ぎるのを見て、納得した。
「本当だ。効いてるみたいだね」
 ナジュアムの返事を聞いて、ロカは満足そうに頷いた。

「それで内緒話って?」
「そりゃあもちろん、おまえが名前を口にするなっていうあいつのことだけど」
「ヤラン?」
「お、解禁? そりゃそうか。あの野郎最近荒れてるもんな」
「まさか、魔法屋にも来たの!?」

 ナジュアムが驚いて詰め寄ると、ロカは面倒くさそうに手を振って否定する。
「あいつにそんな度胸あるかよ。たださ、あのクズ野郎、飲んだくれてあちこちの野郎でえばり散らしてるってよ。で、やっぱりおまえんとこにも行ったんだな」
「来たよ。うちにも来たし、あれはたまたまだと思うけど、オーレンの仕事先のレストランにも来たんだ」
「うん?」
「俺も、その日偶然食事をしに行っていて。そこで、ヤランと会って」
「ああ、それでそんなもの持たされていんのか」

 ロカはチラッと腕輪を見下ろす。
「そんなものって? オーレンはお守りだって言ってたよ?」
「お守りであってる。アイツのってのは気に入らねえが、ちゃんとつけとけよ」
「ロカ、もしかして心配してきてくれたの?」
「当たり前だろ! あのクズ野郎は、おまえに執着してたからさ」
「執着か、だったらどうして……ひどいことばかり言うんだろう」
「今日は庇わないんだな」

 えっと思ってロカを見ると、彼は珍しく視線を下げていた。
「ようやく自覚したんなら、ま、一歩前進なんじゃねえの。あーあ。俺がなに言っても聞く耳持たなかったくせにさ」
「ロカ、それは……」
「手に負えないって思ったら、アイツでもいいし、俺でもいい。必ず助けを呼べよ。ヤランの野郎はちょっとヤバいよ。何をしでかすかわからない」
 
 ナジュアムがハッとするほど、ロカのまなざしは真剣で、怖いくらいだった。

「わかった、約束する。手に負えないって思ったらね」
「付け足すなよ。なんか信用できねえんだよな」

 ロカはいつもの軽快な調子に戻って、ため息をついた。
 ナジュアムはキッパリと言ってやった。
「大丈夫、俺はもう迷わないから」



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