美味しいだけでは物足りない

のは

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◆美味しすぎても困るんだ

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 テーブルに熱々のフライパンが乗せられた。
 金属製のふたを開くと魚介とハーブの香りがふわりと立ち上る。
 エビにムール貝、それにパプリカとインゲンがサフラン色に染まったライスを彩っていて、鍋の中はまだ少しぐつぐついっている。

 ナジュアムはゴクッと唾を飲み、料理から無理やり視線を引きはがすような気分で、料理人を見上げた。
 彼の名前はオーレン、十九歳だという。ナジュアムよりも四つほど年下だ。短めに切った黒髪は清潔感があり、体が大きくていかにも健康的だ。まくり上げた袖から筋肉質の腕がのぞいている。

「これが俺の故郷の料理です。本当は専用の鍋で作るんですけどね、まあいい感じにできたんじゃないかな。きっと口に合うと思いますよ。ナジュアムさん、魚介が好きだから」
 オーレンはエプロンを外してナジュアムのはす向かいに座ると、黒い瞳を柔らかに細めた。

 好き嫌いなんて、思えばろくに考えたこともなかった。
 孤児院では出された食事がすべてだし、アイツのために料理を作っていたころは、アイツの好みそうなものばかり食べていた。
 自分でも知らなかった食の好みを、オーレンには知られている。
 くすぐったいような、妙な気分になり、ナジュアムは目にかかる長さの前髪をそっと指で撫でつけた。

 幼いころからナジュアムは、容姿に恵まれていると言われてきた。
 絹糸のような金髪にライラックを思わせる紫の瞳。白く滑らかな肌に、そこばかり血色がよく、奪いたくなる唇。ほっそりとした長い手足。
 どれも男を褒めているとは思えない形容だし、これで得したことも特にない。むしろ厄介ごとばかり引きつれて来るように思う。
 
 恵まれていると、オーレンのことを指して言うのなら、わかる。
 魔力で満たされた魔石のように、あたりに魅力をふりまいているような男だ。快活で自分の意見がはっきりしていて、目がすごく綺麗だ。分厚い胸板、長い手足、器用な指先。
 彼みたいな男になら、抱かれてもいいかもなんて不埒なことを考えてしまうくらいだ。
 セックスが良いものだなんて、これまで一度も思えたこともないのに。
 
「底の方の米は、最後に剥がしながら食べます。カリカリしていて美味しいんですよ。――少し取り分けましょうか」
「いや、いいよ。このまま食べる」
 ナジュアムは木のスプーンを手に取って、まずは米をひと匙すくいとる。

 息を吹きかけ軽く冷まして、ぱくりと口にすれば舌の上に広がったのは、濃厚な魚介のうま味。そこへローリエとサフランが華やかな香りを添えている。米の炊き上がりも柔らかすぎず、口の中でほどけた。
 驚いて、思わずじっと料理を見つめてしまう。
 確かにすごく好みだった。
 食べたことのない料理のはずなのに、どこか懐かしささえ感じるような。

 美味しいと伝えようと顔をあげ、ぱちっと目が合って、見られていたことを知る。
 また人の顔色を読んだらしい。彼は満足そうに微笑んでいた。
 となるとどうにも気恥しく、ナジュアムはわざと顔をしかめてみせる。すると彼はますます楽しそうにするのだ。

 彼に出会うまで食事を楽しむことも会話を楽しむことも、忘れていたように思う。
 しなきゃいけないことだけが、日々積み重なっていた。
 アイツのことも重荷だったのだと、今となればハッキリわかる。

「美味しいですか?」
 いつものようにオーレンが問い、ナジュアムはしぶしぶ頷く。
 これが今の日常。まばゆいくらい幸せだ。
 前まではこうじゃなかった。
 そして、この生活がいつまでも続くわけじゃないこともわかっている。

 彼のことは、道端で拾った。
 どこから来たのか、どこへ行くつもりだったのかもよく知らない。秘密主義かと思えば、故郷の料理が食べたいというナジュアムの要望にあっさり答えたりもする。
 いつか出ていくつもりのくせに、彼はひどく優しいのだ。

「美味しいよ、オーレン。すごく……」

 好き。
 伝えてしまったら、彼はどんな顔をするのだろう。
 これは、たぶん、他所の国の料理だ。

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