便利スキル持ちなんちゃってハンクラーが行く！ 生きていける範疇でいいんです異世界転生

王都

１２ ギルド長の伝言

「『ハロー、今日まで商人ごっこをしてきた諸君。王都はどうだい？　とても良いところだろう。それは今日まで我々王都の商人ギルドが日夜研鑽を重ね、夜も眠れぬほどもんどり打ってもがいて手に入れた“発展の証”だ。君たちは今どんな気持ちでそこに座っているのだろうね？』」
　静かに、お姉さんの鈴の音のような愛らしい声で語られる、文字に起こせばあっけらんとした口調のそれは、並び立つ本棚やガラス張りの壁と同じ、―――純然たる試金石だ。
「『憧れ王都でワクワクしてる？　成りあがってやるんだと奮起してる？　こんなに栄えた王都なら食うに困らない仕事にありつけると安堵している？
　甘い、―――ここは商いの都、王都だ。
　ここにたどり着いた諸君なら目にしてきただろう？　大広場であの手この手で客を惹く数多の食べ物屋を、雑貨屋を、本屋を、服屋を。あれらは全て今日から一人残らず君の敵だ。城があんなに小さく見えるほど、多くの人が住んでいるこの商いの都で君は、今日から商人になるんだ。どんなに人が住んでいても人一人が持てる金なんてたかが知れてる。どうしても食べたいものがあれば雑貨を買うのを諦めるだろう、どうしても欲しい服があれば食費を切り詰めるだろう。昨日まで客だった誰かは商品やサービスに満足しなければ他所の客になるだろう。何故なら店は沢山ある。どこでだって買えるのだ。奇抜な商品を出しても理屈さえわかれば、すぐに他の商人たちが真似するだろう。
　――――あえてもう一度言おう。
　本日まで商人ごっこをしてきた諸君。今日、この日から君たちはこの王都で本物の“商人”になる。昨日までの街全員が顔見知りの商売を忘れたまえ、昨日までの敵にしてはいけない人物が限られている商売を忘れたまえ、昨日までの階級や身分が高いものの言うことさえ聞いていればよかった仕事を忘れたまえ。
　今日から知らない人間への物の売り方を、さっきまで味方だった人間が敵になる商売を、階級や身分の高いものの想像以上の結果を残すことを覚えたまえ』」
　お姉さんの口の端がにぃっとゆがむ。
「『何故なら今、君が見ているこの大広場は全て“商業ギルドの所有物だ”―――』」
　ガラス越しに望む、王都にあってして『大広場』と言わしめる大きな、それは大きな広場が、王城への道の半ばに裾を広げている。お姉さんの背負う逆光が恐ろしい。本当にこの配置を考えたやつは意地が悪い。
「『国のひいた街道の最中にあるこの石畳の広場も、それをぐるっと囲む店舗も、地下の回廊も全て、商業ギルドのものだ。それを可能にするだけの商売をするのが商人だ。君たちはそんな我々と手を組みながら敵対しなければならない。食べていけるだけで満足するな！　贅をこらせ、差を開け、出し抜け、より良いものを作れ、『パンよりケーキを』！　我々、商業ギルドは君たちに期待している』」
　―――――『パンよりケーキを』
　冒険者ギルドでは、階級を表すに鉱石の名前を、下から順に石、鉄、銅、銀、金、白金と呼んでいて、ランクが上がっていくたびに鉱石の値段も上がっていく。これは冒険者たちが魔物の脅威を退け、人間の領地を拡大していった様子からつるはしで土地を開発していくイメージでつけられたものらしい。
　商業ギルドでも同じように『商人の上手くやれる地域には食べ物があふれる』といわれているイメージから下から順に土、種、麦、粉、パン、ケーキとランク付けされている。
　しかしケーキ級になれるものは国中探しても片手で数えられる程度しかいない。
　大半の商人にとって最初はケーキ級を夢見ていても仕事をしていくうち、パン級に昇格することが現実味のある夢となる。ゆえにパン級に昇格するとギルドからその商人に初心忘れるべからずというカードとともにケーキが贈られる。
　転じて「最良だと思った目標に到達しても驕ることなく精進する、しなさい」という意味で『パンよりケーキを』という諺になった。
「『ときに君たちは、「地方の種より王都の土」と言われているのを知っているかい？』」
　存じておりますとも、とても意地の悪い質問だ。こちらはストレートに「ラベルより育った環境が重要」という意味の地方商人に蛇蝎のごとく嫌われているマイナーな諺だ。
「『君たちには失礼な話かもしれないが、この諺はある程度的を得ていてね。ギルドとしても多少上手くいかなかった程度で階級を下げるつもりはないが、実力を保証する階級が意味をなさないのはギルドの信用問題にかかわる。よって、君たちにはこちらの金額を二月以内に稼ぎ出してもらいたい』」
　お姉さんが、すっと『特別指令書』と書かれた紙を差し出してきた。
　内容は王都内で実力を示すために二月以内に純利益で50万相当を稼ぎ出すこと、それはギルドカード上の数字の増減など現金でなくとも構わないこと、この指令が達成されなくともなんらペナルティはないが、ギルドが間に入った取引やその他ギルドの不利益であるとギルドが判断した場合、相手や不特定多数に指令が達成されなかったことを通知する権利がギルドに発生することなどが書かれていた。
「……ちなみに今までおねえさんが一番面白いと思った達成理由って何かあります？」
「……達成はされませんでしたが『現金でなくとも構わないなら』と自信満々で偽物の骨董品をお持ちになった方がおいでになったことが」
　この状況でその質問とはお客様意外と肝が据わっておいでですね？　とお姉さんが笑った。
「『それでは検討を祈る、王都の金の卵諸君』―――以上で伝言は全てになります。何か質問はございますか？」
「純利益ですよね？」
「純利益ですね。二月の間だけ帳簿を提出いただくか、純利益であることを証明するものをお持ちいただくことになります」
「お店を出した場合の場所代も引いた額ですよね？」
「そうですね。ただ、この指令はギルドからの要請になりますので大広場の露店に貸している石畳の場所でよければ無料でお貸しできますが。屋台は別途料金です」
「ちなみに骨董品の人が本物だったら達成になってたんですか？」
「その方は質屋で担保に預けられた骨董品をお持ちになっていたので、本物でしたら達成でしたね。さすがに商品として仕入れていた場合は達成にはなりませんでしたけど。在庫を抱えている状態を純利益を上げたとは言いませんから」
　なるほど。
　つまり王都はじめましてのコネもない俺のスタンスなら屋台を借りて物を売るのが一番性に合っているわけか。
　まあなんにせよ、今の俺には情報が不足してるな。