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王都
14 かまど掃除の妖精
しおりを挟む慌ててギルドから逃げ出して階段下のステージの脇にあるベンチに腰掛け息をひそめた。
しばらく様子を見ていたがギルドからやじ馬や追手は来ていないようだ。
こうなっては仕方ないと、もう少し情報集したかったのを泣く泣く諦め、せっかく取集した情報を活用すべく背負っていたカバンをあさる。
中にはぎっしり今日まで作りためた毛糸のコースターが詰まっている。
あえて一本だけ違う色の毛糸編み込んだりして一枚一枚少しずつ柄を変えて作ったコースターには、それぞれマーカーが設置してある。
ここ2週間の間に検証した結果。スキル『移動』は遠見でマーカーを設置する場所を確認することができるのだが、この遠見はあくまで副産物であり、自在に使えるものではない。
転移したい場所、マーカー設置したい物の条件を思い浮かべると、スキルが判断した元も最良の条件に当てはまる場所や物の周辺が覗けるものであり、他は自分の設置したマーカーの周辺に限られる。
つまりこの例えば公園と商店街の近くで検索すると地形や転移者の体力など諸々の事情を考慮した一番良い場所に転移させてくれる。しかし商店街に行きたい理由が薬局に寄りたいからだった場合、公園により近い見落とした薬局が存在してもそこを遠見することはできない。
スキルから観測できる範囲外のことを考慮には入れてくれないから自分でどういう条件を設定して遠見するか考えなくてはならないということだ。
それから人物を設定するのが恐ろしくめんどくさい。
例えばこの場にいないミシェーラという名前の人物を転移させようと遠見するとスキルがミシェーラという名前だけ同じの人間の中から美人だったり裁縫上手だったりお嫁さんにしたいNo.1だったりを勝手に抽出して遠見させる。最良ってそういうことじゃない。
だから指定するなら本気で『カラン村を生活拠点にしている黒髪で橙色の瞳の小さな女の子のミシェーラ』とまで指定しなくちゃ出てこない。ちなみにこれ俺の妹。
その検証をしているときに気づいたのだけど『カラン村にいる黒髪で橙色の瞳の小さな女の子のミシェーラ』の条件で遠見をしたら、たまたまその時妹のミシェーラがギリギリ村の外にある井戸に水を汲みに行っていたらしく条件に合う人間がいませんとアナウンスされた。一瞬妹の身に何があったのかと思って本気でビビったのは秘密だ。
まあ、ようはこの遠見はあくまで本当に『移動』の副産物でしかないから偵察にはすこぶる使いにくいという話だ。
―――じゃあ最初からマーカーを付けたものを敵陣に持ち帰らせればいんじゃね?
ということでせっせと作ったこの毛糸のコースターが役に立つ。
このコースターにあらかじめマーカーを仕込んでおく、これを商業ギルドで集めた情報を元に俺の商談相手になりそうな商人たちの積み荷に『移動』させる。
すると積み荷の中に明らかに仕入れていないコースターが混ざっている。
この世界基準で見れば均等な太さで染色でも出るかわからない明るい色のいかにも高そうな小物だ。
するとそれをどう扱うかでその店の内実がわかる。
まともな積み荷の管理をしていれば、まず現場責任者へ、次に店の責任者、最後に店主本人が確認にくる。次点で現場責任者が取引相手や役所に届け物として届けたりする。
これがどこかしらでうまく回っていないと作業員がくすねたり、事なかれ主義で途中の管理者に隠蔽されたり、店主が売り払ったりする。
そのコースターの扱われ方を観察して最も“俺”が信頼できそうな商人を選出する。今はとりあえず妖精の商売相手を探すのは後だ。
コースターをカバンに入れたままマーカーのつけ忘れがないか丁寧に確認する。
問題なさそうだったのであとは遠見で目を付けた商人の積み荷に『移動』するだけだ。
何か問題があるとすれば王都の妨害系魔術が俺にかかるかどうかってことだ。
ここは人が大勢いるし、今なら俺が子供で間違えて今日商談の父親のカバンを持ってきてしまってパニクったことにすればそう大ごとにもなるまい。しかも交通ギルドで確認してもらえれば俺が自分のスキルを確認したての餓鬼だってことも証明できる絶好のタイミングだ。
レイラさんとカルパスさんには迷惑をかけるかもしれないが、今なら二人ともちょっとした減給や謹慎で済むだろうし、これ以降問題が発覚しても二人は関係なくなるからそれはそれで何とかなるだろう。ドノバンさんは怖いけど。
そう腹を決めてえいやっとコースターを転移させる。
ぎゅっと、つむっていた目をそろりと開けてあたりをうかがったが特に警報が鳴ることも警備員がすっ飛んでくることもなかった。
―――もしかしてホントに『転移』と『瞬間移動』の妨害魔術しかかけてないのかな?
半信半疑でその場にしばらく留まってみたけれど、結局誰にもとがめられることはなかった。
もうあれ以上あそこに居てもしゃーないのでサブマスにお勧めされたカワイコちゃん達と商談しに行くことにした。
折角なのでさっきギルドで場所を盗み聞いたパティスリーエドメで手土産も準備した。あそこのおかみさん快活で愛嬌があって楽しい人だった。エドメさんは熊みたいな体で無口であまりしゃべらない人っぽかったけど、優し気に微笑むのがほんわかする癒しスポットだった。
交通ギルドの近くの橋についてあたりを見回すけど色んな子たちが走り回って遊んでいてパッと見誰が誰だかわからない。
ええっと、薄い色の金髪に紫の瞳のツンツンした男の子と濃い金髪に緑の瞳の―――
と、あたりを見回したところで視界の端で零れ落ちる金色の長い髪の毛が揺れた。
パッと振り返ると交通ギルドの陰で座っていた小さな体に合わないサイズ違いの大きなサロペットもどき――この場合オーバーオールもどきの方が伝わりやすいか?を着て座り込んでいた二人組の片方が帽子を落としたらしく屈みこんでいた。
俺はすかさず二人に近寄って屈みこんでにっこり微笑んだ。
「こんにちは、ハイネスさんとエレナさん。商業ギルドからおすすめされてかまど掃除の話をしに来ました」
ぱっとこちらを向いた二人と目が合う。
―――わお、控えめに言って妖精かな? ごめんね、サブマス。俺が間違ってたわ。この二人は可愛い。
薄汚れていてなおわかる澄んだ瞳のまなざしと幽世の存在を確信しそうになる愛らしい容貌のきょとんとした顔は実に眼福でした。
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