御伽噺の片隅で

黒い乙さん

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第一章 現れる不法侵入者

05 視線の先の闖入者

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 家の敷地内から出て行く軽トラを見送った後、俺はやれやれと口にしながら家に戻る。
 引越してきてから最初の休日となった今日は本当に買い物の日だった。
 何しろ、生活を楽にしてくれる文明の利器が何一つない状態だったのだ。特に家電の類がないのは結構抉くて、冷蔵庫がないから食事は外食かコンビニ弁当。洗濯機がないから洗濯はコインランドリー。更に、それらの施設も町の中心部まで行かないと中々なかったのでその度に車での移動である。
 田舎では一人一台車が無いと不便だと聞いていたが本当だったのだと実感した。

 さて、今日は特に家電を中心に色々買って一気に貯金が減ってしまったが、最初の必要経費だと割り切るしかない。
 今は貯金が残っているからいいが、今後は今までのような収入もないのだから節約はしていかなければいかない。
 そうなると娯楽に関しては後回しだろう。
 ……と思いつつ、テレビとパソコンはそのうち買おうと思っている俺もいる。
 やれやれ。時間が出来ると出費が多くなるのは本当だった。

 玄関を抜けて、リビングに戻る。

 ある程度設置が必要な物に関しては既に設置してもらったから大丈夫だが、細かいものに関してはこれから荷解きをする必要がある。
 俺は一日歩き通しだった事で怠かった体にムチを入れると、早速荷解きに取り掛かった。


◇◇◇◇


 人間集中すると時間の感覚を忘れるらしく、気がついたら既に外は真っ暗になっていた。
 けれど、殆どの荷解きは終わったので、明日からは不自由な生活はしなくて済みそうだった。
 最も、更なる快適さを求めるのならばもう少し買うものも出てきそうではあるが。

「うーん。こうなってくるとテレビとパソコンだけじゃなくベッドとかも欲しくなるなぁ」

 思わず独り言を口にしながら自室を見回すと、壁際にポツンとバッグが置かれただけの質素な部屋が妙に寂しい。
 いや、布団はあるわけだから寝る分には困らないのだが、準備その他の手間が面倒だった。
 ベッドだったら布団が敷きっぱなしでも気にならないけど、ふとんだと万年床みたいでみっともなくない? いや、一人暮らしだからいいといえばいいのだが。

 ともあれ、腹が減ったし風呂も入りたい。

 俺は両手を天井に上げて伸びをすると、扉を開けて自室から出た。
 炊飯器にご飯の準備をしてスイッチは入れておいたから今日は炊きたてのご飯が食べられるのはいい。おかずは帰り際に買ってきた惣菜だが、今日の所は仕方ないだろう。自炊は明日からだ。明日から。
 どうせ明日も休みだし、やっぱりもう一度家電屋に行ってくるかな……。
 いや、明日はゆっくり休んで次の休みの方がいいか。

 そんな事を考えながら廊下を歩くことしばし。
 
 俺は妙な気配を感じて立ち止まった。

「…………」

 見られている。
 
 最初に感じたのはそんな感想。
 特に物音がするとかそんなものではなくて、何となく誰かに見られているような感覚といえばいいだろうか。
 それで思い出すの今朝の事。千堂さんが話していた“化け物”の事だった。

「…………」

 抜き足差し足。

 俺は足音を殺すように木の床板を靴下を最大限に生かして滑らせるように移動する。
 向かうのはキッチンだ。
 特に深く考えた訳ではない。俺は武道の達人でも何でもないから視線を辿って何かの位置を特定するなんて特技はないから。

 それでも最初にキッチンに向かったのは、単純に今日購入した物の大部分がキッチンに集中しているから……という、ただそれだけの理由でしかない。
 ようするに、今の俺が考えている視線の正体として一番可能性が高いのが、“化け物”ではなく、“泥棒”だということなのだが。

 キッチンの入口までたどり着き、柱に手を置きゆっくりと中を覗き込む。
 一見誰もいないように見える。
 真新しいガス台にシュンシュンと湯気を上げている炊飯器。小さな緑色のランプを灯している白く光る冷蔵庫。その隣にはリサイクルショップで買ってきた少し年季の入った食器棚に上に乗せられたトースター。
 床には冷蔵する必要のない食料の入ったスーパーの袋に、同じくカレールーを始めとした加工用食品などを突っ込んだダンボール。
 そして、そのダンボールに隠れるようにして揺れるやたらデカイ白い猫耳。

 ……猫耳?

 思わず流してしまった視線を再びダンボールの傍に戻してよく見ると、ダンボールの蓋が開けられてその向こうで白い猫の耳のようなものがフリフリと揺れているように見えた。
 
「…………」

 暗いからよくわからないが、ひょっとしたら野良猫でも入り込んでいたのかもしれない。
 しかし、猫にしてはやたらでかくはないだろうか?
 あの耳の大きさから推察するに、中型犬位のサイズはありそうだ。いや、ひょっとしたら猫ではなく野良犬か? 兎も角暗いからよくわからない。

 俺は足音を殺しつつ壁際に腕をゆっくり伸ばす。
 件の動物? はまだ気がついていないようだ。良く耳を澄まして白い耳に集中していると、なにやらぴちゃぴちゃと音がする。これはもう何かを食べているのは確定だ。

 スイッチに指が触れる。

 指先にその感触が伝わった瞬間俺は一気に押し込んで部屋の中に躍り出た。
 もしもあれが野良犬ならば襲われるかもしれないが、貴重な食料が失われるのを黙って見ていられるほどお人好しではないのだ。

 古い電灯らしくワンテンポ遅れて光が灯り、踏み込んだ俺の足音と白い耳がぴくりと反応してダンボールの影から顔を上げたのは同時だった。

 ……多分たっぷり数秒は動けなかったと思う。
 
 それは恐らくお互いに。

 金の瞳に広がった黒い瞳孔と白い猫耳。咥えているのはカレールーの破片。今まで見えなかったがつるりとしたお尻から生えている尻尾は猫じゃらしのように膨れ上がっている。
 特徴としては猫そのものなのに、何故か頭と尻尾以外に毛がなくて、どう見ても幼女そのものの体は一糸まとわぬ生まれたままの姿。大事な部分はダンボールで隠れているのがせめてもの救いか。

「……ね……猫娘……?」

 俺の呟きが先か猫のような娘が動き出したのが先か。

 兎も角、俺が放心しているその隙に、俺よりも早く立ち直った妙な幼女は、四つん這いになって俺の足元を駆け抜けていった。

 
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