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第四章 新生活は足りないものが多すぎる
07 夜の相談事
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田舎の夜というのは本当に静かだ。
特に、周りに民家や商店街の無い郊外になればそれは顕著に表れるだろう。
そんな静かな夜の部屋で、俺とリリはお互の布団の上で向かい合って座っていた。
BGMは天井から微かに聞こえてくる可愛らしいイビキである。
……あの時は金髪の剣幕と売り言葉に、買い言葉で返してしまったが、やはり防音に関しては一度専門家に見てもらった方がいいかもしれない。
「それで? 明日はどうする予定なんだっけ?」
両足を揃えて、俺の方に向かって伸ばして座っているリリの問いに、俺は頷くと腕を組む。
ちなみに、この“夜の会議”は平日だろうと休日だろうと関係なく開催されていた。
とにかく、俺たちはお互いの事を知らなすぎる。
それがいきなり一緒に生活しようとなっても衝突するのが関の山だ。
それこそ、本来ならば俺と金髪のように日々衝突していてもおかしくないのだ。
「一応今の所は、千堂さんの家に行く予定だな。そこで、2階の部屋の鍵とかリフォームの事とか聞いてみようかと思ってるんだよな。大工の紹介的な」
本当ならば千堂さんに何でも作ってもらえれば色々と手間が省けて助かるのだが、流石に大掛かりな事まで頼むのは違うだろう。
勿論、金銭的なやり取りが発生するのならば俺もここまで気を使わないのだが、本人が日曜大工レベルと言っている作業に対して俺がお金を払っても向こうの反感を買うだけだろうし、そこまでしてもらって何の報酬も渡さないのは、俺の心情的に納得できない。
ようするに、これは俺の気持ちの問題でしかないのだが。
「……えー……?あのお姉さんの家に行くの?」
だが、俺の言葉にリリは不満だったらしく、唇を尖らせる。
どうも、前回のやり取りから完全に翠に不信感を持ってしまったらしい。
「翠の家……じゃなくて、千堂さんの家だ」
「同じでしょ? 一緒の家に住んでるんだから」
一応念を押しておくが、リリの表情は芳しくない。
だが、ここで「じゃあやめるか」というには俺のこの町での交友関係は狭すぎた。
「目的が違うんだから同じではないだろ。今回はあくまで千堂さんに会いにいくだけなんだから、翠が家にいてもいなくても関係ないわけだからな」
「……いないの?」
「……いや、多分いるとは思うが……」
自称家事手伝いだからな。
「じゃあ、やっぱり一緒じゃない」
リリは俺の答えにむくれると、邪魔そうに履いていたジャージの下を脱いで布団の横にペイっと放ると俺の布団に潜り込む。
その首筋を掴んで布団から引きずり出すのだが、リリはそのままあぐらをかいていた俺の膝の上に後頭部を乗せてしまった。
「確かに、いれば顔を合わせるだろうし話もするだろうけど、多分面倒な事にはならないよ。多分だけど」
「どうしてそう思うの?」
こちらを見上げてくる金色の瞳をまっすぐ見返して、俺は何となくリリの髪に指を絡めながら答える。
「さっきも言ったけど目的が違う……からだな。今回の目的はあくまでも千堂さんだから、あいつも必要以上に絡んでは来ないさ。お前は妙な勘違いをしているみたいだけど、あいつは絡む時はウザイくらいに絡んでくるけど、用がない時は本当に無関心に近いからな」
この一週間全く顔を出してこなかったのがいい例である。
恐らくだが、これまでは「一人暮らしが大変そうな可哀想な男」が近くに引っ越してきたから色々と構っていたのだろう。現に、カリスが消えた直後に会った時にそんな事を言っていたし、それが翠の本音だろう。
だから、現状“妻を名乗る女の子”が住んでいるであろう俺の家に来る理由は今の翠には全くない。何しろ、翠からしたら今の俺は「独り寂しく暮らしている可哀想な男」ではないのだから。
「そもそも、明美夫人曰く本来のあいつは物臭な性格らしいから、態々面倒な事もしないだろう。勿論、俺があいつに用があって会いに行けば必要以上に絡まれるだろうけどな。前回みたいに」
前回みたいに。という言葉にリリはあからさまに不機嫌な表情を見せるが、髪を軽く撫でてやるとその表情も和らいだ。
こういう所は本当に猫っぽい。
「……わかった。どうせ私が何を言った所で旦那様は考えを変えてくれそうもないし。ホントは嫌だけど許してあげる」
「悪いな。本当はお前たちにも自由に外出させてやりたいけど、もうしばらく我慢してくれ。我慢できない子供の世話まで頼んで悪いとは思ってるが、あいつに関してはお前だけが頼りだ」
頭上から聞こえてくる幸せそうなイビキを聴きながらそう言った俺の手にスリッと頭を一度擦りつけた後、布団に潜り込み、くぐもった声でリリは答える。
「……別に謝らなくてもいいよ。元々は私と姫様が押しかけたのが原因だもん。でも、これくらいの我が儘は許されるよね?」
「……ああ。そうだな」
完全に布団に潜り込んでしまったリリの様子に、俺は会議の終了を感じて電気を消すと布団に入る。
すると、俺の体に擦り寄るようにリリが張り付き、やがて穏やかな寝息が聞こえてくる。
……時折体を震わせながら。
「……仲睦まじい声……ね」
俺は金髪との朝のやりとりを思い出して苦笑する。
「これが仲睦まじく聞こえるんなら、お前は本当に馬鹿だよ」
いや、改めて考えなくても馬鹿だったな。
俺は天井を見上げながら大きくアクビをすると瞳を閉じる。
天井からのイビキはもう聞こえなかった。
特に、周りに民家や商店街の無い郊外になればそれは顕著に表れるだろう。
そんな静かな夜の部屋で、俺とリリはお互の布団の上で向かい合って座っていた。
BGMは天井から微かに聞こえてくる可愛らしいイビキである。
……あの時は金髪の剣幕と売り言葉に、買い言葉で返してしまったが、やはり防音に関しては一度専門家に見てもらった方がいいかもしれない。
「それで? 明日はどうする予定なんだっけ?」
両足を揃えて、俺の方に向かって伸ばして座っているリリの問いに、俺は頷くと腕を組む。
ちなみに、この“夜の会議”は平日だろうと休日だろうと関係なく開催されていた。
とにかく、俺たちはお互いの事を知らなすぎる。
それがいきなり一緒に生活しようとなっても衝突するのが関の山だ。
それこそ、本来ならば俺と金髪のように日々衝突していてもおかしくないのだ。
「一応今の所は、千堂さんの家に行く予定だな。そこで、2階の部屋の鍵とかリフォームの事とか聞いてみようかと思ってるんだよな。大工の紹介的な」
本当ならば千堂さんに何でも作ってもらえれば色々と手間が省けて助かるのだが、流石に大掛かりな事まで頼むのは違うだろう。
勿論、金銭的なやり取りが発生するのならば俺もここまで気を使わないのだが、本人が日曜大工レベルと言っている作業に対して俺がお金を払っても向こうの反感を買うだけだろうし、そこまでしてもらって何の報酬も渡さないのは、俺の心情的に納得できない。
ようするに、これは俺の気持ちの問題でしかないのだが。
「……えー……?あのお姉さんの家に行くの?」
だが、俺の言葉にリリは不満だったらしく、唇を尖らせる。
どうも、前回のやり取りから完全に翠に不信感を持ってしまったらしい。
「翠の家……じゃなくて、千堂さんの家だ」
「同じでしょ? 一緒の家に住んでるんだから」
一応念を押しておくが、リリの表情は芳しくない。
だが、ここで「じゃあやめるか」というには俺のこの町での交友関係は狭すぎた。
「目的が違うんだから同じではないだろ。今回はあくまで千堂さんに会いにいくだけなんだから、翠が家にいてもいなくても関係ないわけだからな」
「……いないの?」
「……いや、多分いるとは思うが……」
自称家事手伝いだからな。
「じゃあ、やっぱり一緒じゃない」
リリは俺の答えにむくれると、邪魔そうに履いていたジャージの下を脱いで布団の横にペイっと放ると俺の布団に潜り込む。
その首筋を掴んで布団から引きずり出すのだが、リリはそのままあぐらをかいていた俺の膝の上に後頭部を乗せてしまった。
「確かに、いれば顔を合わせるだろうし話もするだろうけど、多分面倒な事にはならないよ。多分だけど」
「どうしてそう思うの?」
こちらを見上げてくる金色の瞳をまっすぐ見返して、俺は何となくリリの髪に指を絡めながら答える。
「さっきも言ったけど目的が違う……からだな。今回の目的はあくまでも千堂さんだから、あいつも必要以上に絡んでは来ないさ。お前は妙な勘違いをしているみたいだけど、あいつは絡む時はウザイくらいに絡んでくるけど、用がない時は本当に無関心に近いからな」
この一週間全く顔を出してこなかったのがいい例である。
恐らくだが、これまでは「一人暮らしが大変そうな可哀想な男」が近くに引っ越してきたから色々と構っていたのだろう。現に、カリスが消えた直後に会った時にそんな事を言っていたし、それが翠の本音だろう。
だから、現状“妻を名乗る女の子”が住んでいるであろう俺の家に来る理由は今の翠には全くない。何しろ、翠からしたら今の俺は「独り寂しく暮らしている可哀想な男」ではないのだから。
「そもそも、明美夫人曰く本来のあいつは物臭な性格らしいから、態々面倒な事もしないだろう。勿論、俺があいつに用があって会いに行けば必要以上に絡まれるだろうけどな。前回みたいに」
前回みたいに。という言葉にリリはあからさまに不機嫌な表情を見せるが、髪を軽く撫でてやるとその表情も和らいだ。
こういう所は本当に猫っぽい。
「……わかった。どうせ私が何を言った所で旦那様は考えを変えてくれそうもないし。ホントは嫌だけど許してあげる」
「悪いな。本当はお前たちにも自由に外出させてやりたいけど、もうしばらく我慢してくれ。我慢できない子供の世話まで頼んで悪いとは思ってるが、あいつに関してはお前だけが頼りだ」
頭上から聞こえてくる幸せそうなイビキを聴きながらそう言った俺の手にスリッと頭を一度擦りつけた後、布団に潜り込み、くぐもった声でリリは答える。
「……別に謝らなくてもいいよ。元々は私と姫様が押しかけたのが原因だもん。でも、これくらいの我が儘は許されるよね?」
「……ああ。そうだな」
完全に布団に潜り込んでしまったリリの様子に、俺は会議の終了を感じて電気を消すと布団に入る。
すると、俺の体に擦り寄るようにリリが張り付き、やがて穏やかな寝息が聞こえてくる。
……時折体を震わせながら。
「……仲睦まじい声……ね」
俺は金髪との朝のやりとりを思い出して苦笑する。
「これが仲睦まじく聞こえるんなら、お前は本当に馬鹿だよ」
いや、改めて考えなくても馬鹿だったな。
俺は天井を見上げながら大きくアクビをすると瞳を閉じる。
天井からのイビキはもう聞こえなかった。
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