運命がわからない君へ どうか幸せに

野埜乃のの

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本編

離れるということ 【圭吾視点】

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「あなたの運命なんです」

そんな告白を受けるようになったのは、中学三年のとき。
俺が『オメガの匂いは全部同じ』と自ら暴露してしまったことではじまった。

バース性検査でアルファと診断されると、結果を伏せていてもどこかから嗅ぎつけられてしまう。
アルファは将来有望という固定観念があるせいで、アルファとお近づきになりたいやつらが俺に寄って来るようになった。
オメガは次から次にやってきて、気に入られたいのかフェロモンを嗅がせようとする。
でも俺は全くフェロモンの違いを感じることができなかった。
すべて同じ。全くの平坦。幼馴染の那央も診断前からなんとなくオメガだろうなぁとは思っていたけど、同じ香りしかしなかった。

「先天性のフェロモン識別障害でしょう」

その診断結果に納得した。
でもアルファは少なからずフェロモンによって相性の良し悪しを判断すると聞いていたから、それができないとなると不安にもなる。
そんな俺の心境もお構いなしにやってくるオメガに苛立って、つい「違いがわからない」と言ってしまったのだ。

諦めたのかしばらく収まってたけれど、次は『運命』ときた。
一人がやり始めると、次々と真似をするやつが出てくるものだ。

「運命なんてわかるわけないだろ!」

怒鳴り散らすようにして悉く断っていると、告白してくる数は激減した。
そのころにはオメガに幻滅して、もう那央さえ傍にいればいいと思うようになっていた。

高校に上がってからも何度か告白されることはあったけどすべて事情を知らない生徒で、情報がいきわたると近寄ってくるやつはいなくなった。
狙われているとわかった状態で恋人を作る気にもなれない。年齢=恋人いない歴になってしまったのは、完全にあいつらのせいだ。俺は普通の恋がしたかったのに。

高校の間は比較的平和な生活を送れていたけれど、大学に入ってまた悪夢の時間が始まった。
アルファの宿命と言ってしまえば仕方のないことなのかもしれないけど、恐ろしいほどに情報が回るのが早かった。
那央にまで「大変だね」と同情されるぐらいに。
あまりにもひどくて、那央と付き合えば万事解決なんじゃ、と思ったこともあった。

でも那央は代えがたい大切な幼馴染で、盾になってもらうなんてできない。
那央との関係だけは壊したくないし、唯一無二を失うなんて考えたくもなかった。
それに那央とアレコレするというイメージが全く湧かなかったのも理由の一つだった。

ある日のこと。
いつもの定型文を聞かされて、その場を去ろうとしたとき、

「気付いてもらえないことがどれだけつらいことかあなたにわかりますか!?」

と訴えられて、なるほどなと思ってしまった。
今までは突き放してばかりだったけど、そろそろ恋人が欲しくなっていたこともあって、俺はその言葉に賭けたのだ。
運命じゃないことはなんとなく気付いていたけど、啖呵をきったのだから、それなりに楽しませてくれるんじゃないかという思いもあった。

迎えた初デートの日、デートとはどんなものかとそれなりに浮かれていた。
俺を誘ってきた壱翔いちかは、のんびり屋の那央と違って、気が強くて凛々しい印象だった。
正反対のタイプと言ってもいい。
那央と気があってくれたらいいなとそんなことを思っていた。すると、

「那央さんだっけ?いつまであの人のこと縛り付けてるつもりですか?」

と、そんな言葉を叩きつけられたのだ。

「縛り付けてなんていないけど」
「もう三回生ですよね?オメガって、そろそろ結婚相手見つけないと就職が厳しくなるの知ってます?」
「え?」
「だからぁ、オメガは独身だと選考から外されることがあるんです!こそっと裏で!」
「そう、なのか?」
「だって三か月に一回連続して一週間も休みを取るし、突発的に発情するかもしれないんですよ?番になって安定してこそ戦力になるけど、それまでは爆弾でしかないんだから。ずっと付き合ってるのかと思ってたら恋人じゃないって聞いて、なんだか腹立ってきて先輩に言ってやりたかったんですよ」

俺は冷や水を浴びせられたかのようで、十数秒間呆然とその場に立ちすくむしかなかった。

   ◇◆◇

「そんなに落ち込むとは思いませんでした。すみません」

そう言って、壱翔は俺に激甘のホットカフェオレを奢ってくれた。

「いや、言ってくれて助かった。俺、全然そういうこと考えてなかったし、誰も言ってくれなかった……というか皆俺は那央と結婚すると思われてたんだと思う」
「まぁ、そうですよね。でも先輩が離れないと那央さんも出会いの機会がないんだから、そこはちゃんとしてください」
「……悪い」
「僕に謝っても仕方ないんだけど、那央さんのこと狙ってるやつ多かったし、心配しなくてもすぐ決まると思いますよ。那央さんって癒し系小動物ぽいし、ひそかにオメガコンに選ばれてたぐらいもてるんだから」
「は?オメガコン?那央のこと狙ってる?」

那央に近づくアルファがいると想像するだけで、カッと頭に血が上りそうになる。
しかもコンテスト?那央を晒しもののように扱うだと?

「ほら!その独占欲が駄目なんですって!」
「うっ」
「那央さんがいい人見つけたって紹介してきたときに、笑顔でいられるようにしてくださいね」

「…………………………………………………わかった」

「決断おっそ!」
 
罵倒されながらもデートに繰り出すと、俺の恋人いない歴まで言い当てられ、今まで出会ったことのない性格の壱翔に俺は少なからず惹かれ始めていた。

少し離れて那央を見ていると、「今日は圭吾いないの?」と俺をダシにして昼食に誘ったり、遊びに連れて行こうとしたりするやつらが寄ってきていた。声をかけるのはほぼアルファ。ベータは話しかけたそうにしていても弱肉強食の精神から近づくこともできないようだった。
でも那央が困ったように笑うのを見ると苦しくなる。すぐにでも隣に飛んでいって助けたいと思ってしまう。弟離れできない兄の気分で、那央の兄貴の顔が浮かんだ。
確かに那央に近づこうとするアルファには眼を飛ばしていたし、那央の恋愛の機会を奪っていたのは俺かもしれない。

「ね?言ったでしょ?那央さんの恋を応援するなら、先輩はべったりするなってこと」
「……わかった。我慢する……」
「目に入っちゃうなら出かけません?」
「そうだな……」

那央は空気みたいなもので、いて欲しいときにいるし、那央がいて欲しいんだろうなというときは俺も感知して傍にいた。
そんな慣れ親しんだ那央とは違って、壱翔の思考は全く予想ができなくて振り回されたり振り回したりとどこか忙しなかった。嫌というわけじゃなくて新鮮で楽しくて、こんな関係も悪くないと思った。恋はジェットコースターだというけれど、うまく表現したものだと感心したほどだ。

壱翔は意外に苦労人で、ヤングケアラーというやつだった。両親がずっと仕事で不在にしているせいで双子の弟妹の世話をしていた。今年二人が高校に入学したことで、随分と楽になったらしい。やっと遊べるようになった、と愚痴を垂れてはいたけれど、弟妹を大切に想っていることは伝わってきた。

俺と遊びに行くのも、これも婚活だからとあっけらかんと暴露してしまう壱翔は好ましくて、付き合ってもいいと思えるぐらいには絆されていた。
しばらくして両想いなんだろうなと感じる瞬間があって、俺は壱翔に告白した。

壱翔は一瞬嬉しそうにしたのに、傷ついたように俯いた。

「……ありがとうございます。でもすみません、受けられないです。僕は嘘をついて先輩に近づいたか――」
「ああ、運命だってことだろ?」
「え……し、知ってたんですか?」
「最初から信じてなかったし。でも壱翔が運命だったらいいなと思ったことはある」
「――っっ!せ、先輩ってヘタレなのに、そういうことも言えるんですね!」
「……褒めてる?けなしてる?まぁその、恋人になってもらえるということでいいんでしょうかね……イチカチャン?」
「っ、よろしくお願いします!」

壱翔の頬はほんのりと染まっていて、素直にかわいいと思った。
そのまま自然とホテルに向かって、俺ははじめて壱翔と夜を過ごした。

初の恋人に俺は完全に浮かれていた。
那央にも好きな人ができたらこんな楽しいんだって伝えたくて、しつこく連絡してしまったのを壱翔に怒られたこともあった。
でも那央にこの楽しさを知ってもらいたかった。俺はもう大丈夫だから、次は那央が恋人を見つけて欲しいって伝えたかった。那央を一人にしておく罪悪感みたいなものがあったのかもしれない。

そんなとき那央が体調を崩した。一週間近く大学を休んでいるのによくならなかった。
風邪を引いた上に、治ってすぐに発情期が来たとおばさんから聞いて、オメガの大変さを再認識した。
お見舞いに行きたくても行けない状況で、こんなに長い間那央の顔を見なかったことはないと、なぜか漠然とした不安が募った。
那央からの返事が来ると安心できる。でも発情が本格的になったのか返信がこなくなって不安は倍増した。
じくじくと弱い毒に侵されているような。気がそぞろになって物事に集中できない。
壱翔が隣にいても意識がぼんやりとして申し訳なかった。

そんな状態が続いたあと、ぷつりと何かが切れた気がした。
のたうち回って叫びたいぐらい不安が大きくなって、苛立ちから壱翔に当たってしまった。

「そんなに那央さんが大事なら、付き合えばよかったじゃん!」
「え、那央?どうしてそこで那央が?」

壱翔が傷ついた顔をして駆けて行こうとするのを引き留めて、腕の中に閉じ込める。暴れられるけど離したくなかった。

「ずっと那央さんのこと考えてるってことぐらいわかってるんだよ!」
「俺は壱翔のことしか考えてない。でも異常にいらいらするんだよ!俺だっておかしいと思ってる!」
「だって僕の話なんて――」
「ごめん、本当にごめん……今は俺にもどうもできない。頭が狂いそう。でもお前がいなくなったら、もっとおかしくなりそうで。もう少しだけこうさせてほしい」

俺の言動が相当キていたのか、壱翔は身体の力を抜いて俺の抱擁を素直に受け入れた。

「……本当に那央さんのことじゃないの……?」
「心配なのは確かだけど、側にいるのに壱翔に集中できない自分に腹が立つほうが大きい」
「そう、なんだ」

壱翔は安心したように俺の背中に腕を回してきた。
いつもは強気なのに、ふとした時に弱さを見せる壱翔が愛おしい。それに恋を教えてくれた壱翔を大切にしたかった。

「……そんなに心配なら那央さんが大丈夫か会いに行ったら?」
「壱翔? だってそれじゃあ」
「不安を解消するのが一番早くない? 会えなくても実家にいるんだよね? 那央さんの家族にちゃんと聞いてみたら?」
「……いいのか?」
「いいも何もないよ。やましい心がないんだったらはっきりさせた方がいいと思って」

壱翔は本心から言っているようだった。
本当にヘタレだなと自嘲しながらも、今までこんなに優柔不断になったことはなかったのにと、少し落ち込んだ。

でも二十年も側にいた那央から離れるのはそういうことなんだと、腑に落ちた。

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