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本編
幸せをつかむそのときまで
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「わ」
瞼を開けてすぐ視界に飛び込んできたのは、柊弥さんの整った顔だった。朝陽に柔らかく照らされて、まるで眠り王子みたいだ。
じっと見つめていると、胸の辺りがくすぐったくなってきて、起こさないように「柊弥さん」とほんの小声で名前を口にしてみる。大切な人の寝顔でこんなに幸せを補給できるとは思わなかった。
はじめは表情が硬くて厳しそうな人だと思ったけれど、番になると決めたあとはずっと笑顔を見せてくれていた。今は無防備な素顔を見られて、はぁと喜びのため息がもれてしまう。
「番になったんだ……」
ぴりと痛んだ項に触れるとガーゼが当てられていた。
昨日のことは夢じゃないんだ。そう思うと痛みさえ愛しく感じる。でもそれと一緒に、はじめての行為のことまで思い出してしまって、僕はシーツに顔を埋めてじたばたと悶えた。ただ動くたびに腰に鈍痛が走るせいで、柊弥さんを受け入れたのだと思い知らされて、恥ずかしくて、でも嬉しくて、情緒が忙しくてたまらなかった。
「ありがとうございます、柊弥さん」
少しずり寄ってから、柊弥さんの唇にこっそり触れるだけのキスをする。むふっと口元を緩ませきっていると、ぱちっと柊弥さんの瞼が開いておもいきり目が合った。
いつから起きていたのか、寝ぼけている様子がないきりっとした二重の目。その目がにっこりと弧を描くのと裏腹に、僕はぴしりと固まった。
「那央くん、そんな可愛いことしてくれるの」
「こ、こ、これは……その……」
かあああと効果音が鳴っているんじゃないかと思うぐらい顔が熱くなる。僕は布団を頭からかぶって逃げた。
「なーおーくん?」
そう言って柊弥さんも同じように布団にもぐってくるから逃げた意味がない。その上、うっすらと光が透けていて表情も赤くなった顔も隠すことができなかった。
「柊弥さんは外で待っててくださいっ」
「んー、まだ那央くんについて知らないことばかりだから、こういう顔もちゃんと見ておきたいんだけどなぁ」
本気で嫌がってないことが伝わっているのか、柊弥さんは上機嫌で僕の頬に触れた。
わずかに触れるだけでもほわっと心が舞い上がる。番になったからか恋をしてしまったからか。どちらもはじめてのものに変わりなくて、柊弥さんの顔をまともに見られなかった。
「身体は大丈夫?痛いところとか怠いところとか」
「……首と腰が少し……でも大丈夫です。久しぶりに身体が軽くて楽なくらいです」
「よかった。うまくいったみたいで」
「全部柊弥さんのおかげですよ」
「そう? じゃあ、俺が那央くんに会えたのは那央くんのおかげだからおあいこだね」
そう言って幸せそうに柊弥さんが笑うから、僕まで嬉しくなってしまう。
「柊弥さん、そんなに甘やかしちゃだめですよ」
「だめなの?」
「……だめ」
柊弥さんはもぞもぞと寄ってきて僕の手を大きな手のひらで包み込むと、僕の額にこつんと額を合わせる。柊弥さんの長い睫毛がまばたきのたびにふさっと揺れて、僕はこんな顔がいい人と番になってしまったんだと今更気付いた。
指にちゅっとキスしながら「どうして?」とキラキラした目で訊かれて、ぎゅんと胸が締め付けられる。格好いいのに可愛いなんて反則過ぎる。
「な、慣れたら困るからです……」
「困る? 困ることなんてないよ。俺ね、番を甘やかしたい人だったみたいで、全部お世話したくなってしまうというか」
「え?」
「変態だと思われないように抑えるつもりだけど、食べさせたり着せ替えたり身体流したり、他にもたくさんしたいことがあるから、俺のためだと思って慣れてくれると嬉しいな」
食べさせたり? 着替えさせたり? 身体流したり? 他にももっと?
アルファにはそういった属性を持った人がいると聞いたことがある。
自分のオメガを甘やかして全部先回りして済ませて、生活能力を奪ってひとりでは生きていけなくしてしまうとか。そのアルファはひそかにダメ人間製造機と言われていたりする。
将来、僕はダメ人間になる可能性があるってこと?
「まず着替えようか。服を買っておいたんだけど、気に入ってくれるといいな」
「じゃ、じゃあ僕が柊弥さんの服を選びます! 着替えも手伝いますね!」
「那央くんが? あぁお互いが交換して世話するってことだね。それはいいかも」
柊弥さんは納得したようにあまーい笑顔を浮かべる。もう何度目かわからないくらい胸がきゅぅんとなって、心臓への負担が心配になってきてしまった。
「でもその前に」
ばさっとお布団を捲ると、柊弥さんは僕をころんと転がして覆いかぶさった。壁ドンではなくベッドドンで腕に囲われて、優しい眼差しで見下ろされて――
「キスしようか」
そう囁かれて、僕の心臓は一瞬停止した。
朝から心臓に悪いことをされて昼にはふらふらになっていたけど、母さんへの連絡は忘れずに済ませた。
無事に番になれたことと症状も治まっていることを伝えると、安心できたのかとても喜んでくれた。帰る予定にしている明日の夜はお寿司になりそうだ。
編入の兼ね合いで、月末までは実家で暮らすことになっているからまだ一緒にいられるけど、引っ越したら気軽には戻ってこられない。今のうちに親孝行したほうがいいのかなとそんなことをぼんやり考えた。とはいっても新幹線で三時間の距離なんだけど。
住み慣れた場所を離れるのはなんだか不思議な感覚で、引っ越したあとには結婚式も控えてるし、急に進みすぎて自分のことじゃないみたいだ。
ただ夜に母さんから来たメッセージを見て、ふわふわとしていた気持ちが現実に引き戻された。
『圭くんが来たのよ』
『結婚したこと伝えたから、那央からも連絡しておきなさいね。とっても心配してたから』
それを見て僕は唇を引き結んだ。「わかってる」とひとり呟く。
圭ちゃんとはもう二週間近く会っていない。何も話さないままここまで来てしまったから、少し負い目を感じていた。
「那央くん?どうしたの?」
「あ、柊弥さん……」
隠すのは嫌で、「これ」と母さんからのメッセージを見せると、柊弥さんは僕の背中を摩って少しでも不安を減らそうとしてくれる。
「そんなに急いで答えを出さなくていいと思うよ。それに話したいんだったら俺がついて行くからね。圭吾くんにも会ってみたいし」
「え、会ってみたいんですか?」
「おかしいかな……?彼は那央くんが運命だったことを知らないから、表面上、那央くんと圭吾くんの関係は変わっていないはずなんだ。お隣で幼馴染ならこれから俺も会うことになるし、それが早いか遅いかだと思っていたんだけど」
番の元運命というものが、柊弥さんから見てどんなものに映るのか僕にはわからない。普通は会いたくないものなんじゃないかって思っていた。だから会ってみたいって言われるのは本当に予想外だった。
でもこうやって僕以上に割り切ってくれている柊弥さんの前向きさがとてもありがたかった。それに僕を信頼してくれてるってことだから。
「そうですね……そうですよね。今まで通りでいいんだ……」
それよりももっと気楽かもしれない。
自分では気付いていなかったけれど、どこかで運命なのにと圭ちゃんには勝手に期待を寄せてしまっていたかもしれない。これからはそういった目で見なくて済む。純粋に幼馴染として付き合いを続けられる。
中学の、まだ知らなかったときの関係に戻るのは少しさみしいけれど、喜ばしいことでもある。
「今はいろいろとぼろが出てしまいそうだから、明日連絡して会えるか誘ってみます」
「うん、じゃあ今日はゆっくり休もうか」
柊弥さんがくしゃりと頭を撫でてくれる。
少しだけ自信が湧いてきて、僕がした決断は間違ってなかったと思えた。
柊弥さんに触れたくて見上げると、柊弥さんは図ったように両手を広げて迎えてくれる。だから僕は胸に飛び込んで、おもいきり甘えてしまう。
ひっつくと微かに香るフェロモンも、僕だけが知る柊弥さんの唯一無二の香りだと思うと愛おしくてたまらなかった。
「……那央くん、昨日の発情がすこーし残ってて、あんまり刺激されると反応しちゃうからそのぐらいにしておこうか」
柊弥さんはきっと僕と適切な距離を保つために言ったんだと思う。でも僕にとっては嬉しい言葉で。
「僕は気にしないですよ?」
朝は柊弥さんにばかりペースを握られていたから、ちょっとした悪戯心でそう言った。
でもそのあと、無言になった柊弥さんに有無を言わせず抱っこされて、辿り着いたのはベッド。ベッドの上ですることと言ったらひとつしかなくて、僕は結局柊弥さんにもてあそばれることになった。
もちろん連日ふにゃふにゃにされた僕を柊弥さんは甲斐甲斐しく細やかに介抱してくれた。
◇◆◇
翌日、圭ちゃんと連絡を取ると、随分と心配してくれていたみたいで、その日のうちに会うことになった。
「ちゃんと自然な感じで話せてたかな?」
「大丈夫だよ。ちょっとそわそわしてたけど、久しぶりならそんなものじゃないかな」
家事を終わらせた柊弥さんが横に腰を下ろして労ってくれる。
「決まったならお店も予約しておこうか」
「お店?」
「甘いものを食べながらならストレスも半減するから。――そうだ駅横のリッツホテルは? あそこのアフタヌーンティとか」
「え、えぇ!いいんですか!い、今、栗とサツマイモの期間限定スイーツフェアをしてて!そのために単発バイトにも行って!」
体調がどんどん悪くなっていたし、圭ちゃんも誘えそうになかったから、このまま行けなくなると思っていたのに。
「じゃあ決まりだね」
僕の勢いに目を丸くしていた柊弥さんがくすりと笑った。
覚えていてくれたんだ。会った初日に話した好きな食べ物のこと。
そんな柊弥さんを僕はどんどん好きになってしまう。
それに、いつもプラス思考で答えをくれるから、一緒にいるとうじうじ虫も一瞬で逃げていく。そんなところも尊敬できて、僕にはもったいないくらいの素敵な人だ。
運命じゃなくなった圭ちゃんに会ったら、僕はどんな感情を抱くんだろう。どうか柊弥さんの表情を曇らせるものじゃありませんように、と願った。
待ち合わせ前に病院に行って、異常だった数値が落ち着いているか検査を受ける。もう心配いりませんね、とお医者さんにも太鼓判を押してもらって、僕と柊弥さんは無事番と認定された。
いよいよ待ち合わせ時間が迫って、駅に向かう。
デパートのショーウィンドウ前で待っていると、頭一つ飛び抜けて長身の人がこっちに向かってくるのが見えた。
圭ちゃんだ。
トットッと心臓が早鐘を打つ。柊弥さんとしっかりと目を見合わせて、きゅっと手を握り合ってから手を離した。大丈夫。そう言い聞かせて。
「圭ちゃん!」
手を振ると、圭ちゃんは大股でこちらに駆けてきて、安心したように笑みを浮かべた。
「ほんと久しぶりだな、那央」
久しぶりの圭ちゃんの笑顔。変わってない。変わってないけれど、全く違った。
運命だからか、今まで他のアルファよりも強く香っていたフェロモンがなくなっていた。長年感じていたものがなくて少し違和感を覚えたけれど、身体は何も反応しない。
本当に、拍子抜けするほど普通の友達に会ったような感覚だった。
そうか、僕は何も知らない圭ちゃんの運命を奪ってしまったんだ。
自分がしたことの重さを目の当たりにして、罪悪感でいっぱいになる。思わず顔をそらしそうになって、ぐっと思いとどまった。
この世には運命に会わずに一生を終える人の方が多い。だから僕は圭ちゃんをそうだと思わせないといけない。運命がいたことを気付かせないように前だけを向いていかないといけない。
それが自分を優先した僕が、圭ちゃんへの償いとしてできることだ。
「紹介するね、この人が僕の番になってくれた柊弥さん」
だから僕は目をそらさずに、緊張した面持ちの幼馴染としっかりと向き合った。
圭ちゃんが幸せをつかむそのときまで見届けて、絶対に一番にお祝いするからね。
瞼を開けてすぐ視界に飛び込んできたのは、柊弥さんの整った顔だった。朝陽に柔らかく照らされて、まるで眠り王子みたいだ。
じっと見つめていると、胸の辺りがくすぐったくなってきて、起こさないように「柊弥さん」とほんの小声で名前を口にしてみる。大切な人の寝顔でこんなに幸せを補給できるとは思わなかった。
はじめは表情が硬くて厳しそうな人だと思ったけれど、番になると決めたあとはずっと笑顔を見せてくれていた。今は無防備な素顔を見られて、はぁと喜びのため息がもれてしまう。
「番になったんだ……」
ぴりと痛んだ項に触れるとガーゼが当てられていた。
昨日のことは夢じゃないんだ。そう思うと痛みさえ愛しく感じる。でもそれと一緒に、はじめての行為のことまで思い出してしまって、僕はシーツに顔を埋めてじたばたと悶えた。ただ動くたびに腰に鈍痛が走るせいで、柊弥さんを受け入れたのだと思い知らされて、恥ずかしくて、でも嬉しくて、情緒が忙しくてたまらなかった。
「ありがとうございます、柊弥さん」
少しずり寄ってから、柊弥さんの唇にこっそり触れるだけのキスをする。むふっと口元を緩ませきっていると、ぱちっと柊弥さんの瞼が開いておもいきり目が合った。
いつから起きていたのか、寝ぼけている様子がないきりっとした二重の目。その目がにっこりと弧を描くのと裏腹に、僕はぴしりと固まった。
「那央くん、そんな可愛いことしてくれるの」
「こ、こ、これは……その……」
かあああと効果音が鳴っているんじゃないかと思うぐらい顔が熱くなる。僕は布団を頭からかぶって逃げた。
「なーおーくん?」
そう言って柊弥さんも同じように布団にもぐってくるから逃げた意味がない。その上、うっすらと光が透けていて表情も赤くなった顔も隠すことができなかった。
「柊弥さんは外で待っててくださいっ」
「んー、まだ那央くんについて知らないことばかりだから、こういう顔もちゃんと見ておきたいんだけどなぁ」
本気で嫌がってないことが伝わっているのか、柊弥さんは上機嫌で僕の頬に触れた。
わずかに触れるだけでもほわっと心が舞い上がる。番になったからか恋をしてしまったからか。どちらもはじめてのものに変わりなくて、柊弥さんの顔をまともに見られなかった。
「身体は大丈夫?痛いところとか怠いところとか」
「……首と腰が少し……でも大丈夫です。久しぶりに身体が軽くて楽なくらいです」
「よかった。うまくいったみたいで」
「全部柊弥さんのおかげですよ」
「そう? じゃあ、俺が那央くんに会えたのは那央くんのおかげだからおあいこだね」
そう言って幸せそうに柊弥さんが笑うから、僕まで嬉しくなってしまう。
「柊弥さん、そんなに甘やかしちゃだめですよ」
「だめなの?」
「……だめ」
柊弥さんはもぞもぞと寄ってきて僕の手を大きな手のひらで包み込むと、僕の額にこつんと額を合わせる。柊弥さんの長い睫毛がまばたきのたびにふさっと揺れて、僕はこんな顔がいい人と番になってしまったんだと今更気付いた。
指にちゅっとキスしながら「どうして?」とキラキラした目で訊かれて、ぎゅんと胸が締め付けられる。格好いいのに可愛いなんて反則過ぎる。
「な、慣れたら困るからです……」
「困る? 困ることなんてないよ。俺ね、番を甘やかしたい人だったみたいで、全部お世話したくなってしまうというか」
「え?」
「変態だと思われないように抑えるつもりだけど、食べさせたり着せ替えたり身体流したり、他にもたくさんしたいことがあるから、俺のためだと思って慣れてくれると嬉しいな」
食べさせたり? 着替えさせたり? 身体流したり? 他にももっと?
アルファにはそういった属性を持った人がいると聞いたことがある。
自分のオメガを甘やかして全部先回りして済ませて、生活能力を奪ってひとりでは生きていけなくしてしまうとか。そのアルファはひそかにダメ人間製造機と言われていたりする。
将来、僕はダメ人間になる可能性があるってこと?
「まず着替えようか。服を買っておいたんだけど、気に入ってくれるといいな」
「じゃ、じゃあ僕が柊弥さんの服を選びます! 着替えも手伝いますね!」
「那央くんが? あぁお互いが交換して世話するってことだね。それはいいかも」
柊弥さんは納得したようにあまーい笑顔を浮かべる。もう何度目かわからないくらい胸がきゅぅんとなって、心臓への負担が心配になってきてしまった。
「でもその前に」
ばさっとお布団を捲ると、柊弥さんは僕をころんと転がして覆いかぶさった。壁ドンではなくベッドドンで腕に囲われて、優しい眼差しで見下ろされて――
「キスしようか」
そう囁かれて、僕の心臓は一瞬停止した。
朝から心臓に悪いことをされて昼にはふらふらになっていたけど、母さんへの連絡は忘れずに済ませた。
無事に番になれたことと症状も治まっていることを伝えると、安心できたのかとても喜んでくれた。帰る予定にしている明日の夜はお寿司になりそうだ。
編入の兼ね合いで、月末までは実家で暮らすことになっているからまだ一緒にいられるけど、引っ越したら気軽には戻ってこられない。今のうちに親孝行したほうがいいのかなとそんなことをぼんやり考えた。とはいっても新幹線で三時間の距離なんだけど。
住み慣れた場所を離れるのはなんだか不思議な感覚で、引っ越したあとには結婚式も控えてるし、急に進みすぎて自分のことじゃないみたいだ。
ただ夜に母さんから来たメッセージを見て、ふわふわとしていた気持ちが現実に引き戻された。
『圭くんが来たのよ』
『結婚したこと伝えたから、那央からも連絡しておきなさいね。とっても心配してたから』
それを見て僕は唇を引き結んだ。「わかってる」とひとり呟く。
圭ちゃんとはもう二週間近く会っていない。何も話さないままここまで来てしまったから、少し負い目を感じていた。
「那央くん?どうしたの?」
「あ、柊弥さん……」
隠すのは嫌で、「これ」と母さんからのメッセージを見せると、柊弥さんは僕の背中を摩って少しでも不安を減らそうとしてくれる。
「そんなに急いで答えを出さなくていいと思うよ。それに話したいんだったら俺がついて行くからね。圭吾くんにも会ってみたいし」
「え、会ってみたいんですか?」
「おかしいかな……?彼は那央くんが運命だったことを知らないから、表面上、那央くんと圭吾くんの関係は変わっていないはずなんだ。お隣で幼馴染ならこれから俺も会うことになるし、それが早いか遅いかだと思っていたんだけど」
番の元運命というものが、柊弥さんから見てどんなものに映るのか僕にはわからない。普通は会いたくないものなんじゃないかって思っていた。だから会ってみたいって言われるのは本当に予想外だった。
でもこうやって僕以上に割り切ってくれている柊弥さんの前向きさがとてもありがたかった。それに僕を信頼してくれてるってことだから。
「そうですね……そうですよね。今まで通りでいいんだ……」
それよりももっと気楽かもしれない。
自分では気付いていなかったけれど、どこかで運命なのにと圭ちゃんには勝手に期待を寄せてしまっていたかもしれない。これからはそういった目で見なくて済む。純粋に幼馴染として付き合いを続けられる。
中学の、まだ知らなかったときの関係に戻るのは少しさみしいけれど、喜ばしいことでもある。
「今はいろいろとぼろが出てしまいそうだから、明日連絡して会えるか誘ってみます」
「うん、じゃあ今日はゆっくり休もうか」
柊弥さんがくしゃりと頭を撫でてくれる。
少しだけ自信が湧いてきて、僕がした決断は間違ってなかったと思えた。
柊弥さんに触れたくて見上げると、柊弥さんは図ったように両手を広げて迎えてくれる。だから僕は胸に飛び込んで、おもいきり甘えてしまう。
ひっつくと微かに香るフェロモンも、僕だけが知る柊弥さんの唯一無二の香りだと思うと愛おしくてたまらなかった。
「……那央くん、昨日の発情がすこーし残ってて、あんまり刺激されると反応しちゃうからそのぐらいにしておこうか」
柊弥さんはきっと僕と適切な距離を保つために言ったんだと思う。でも僕にとっては嬉しい言葉で。
「僕は気にしないですよ?」
朝は柊弥さんにばかりペースを握られていたから、ちょっとした悪戯心でそう言った。
でもそのあと、無言になった柊弥さんに有無を言わせず抱っこされて、辿り着いたのはベッド。ベッドの上ですることと言ったらひとつしかなくて、僕は結局柊弥さんにもてあそばれることになった。
もちろん連日ふにゃふにゃにされた僕を柊弥さんは甲斐甲斐しく細やかに介抱してくれた。
◇◆◇
翌日、圭ちゃんと連絡を取ると、随分と心配してくれていたみたいで、その日のうちに会うことになった。
「ちゃんと自然な感じで話せてたかな?」
「大丈夫だよ。ちょっとそわそわしてたけど、久しぶりならそんなものじゃないかな」
家事を終わらせた柊弥さんが横に腰を下ろして労ってくれる。
「決まったならお店も予約しておこうか」
「お店?」
「甘いものを食べながらならストレスも半減するから。――そうだ駅横のリッツホテルは? あそこのアフタヌーンティとか」
「え、えぇ!いいんですか!い、今、栗とサツマイモの期間限定スイーツフェアをしてて!そのために単発バイトにも行って!」
体調がどんどん悪くなっていたし、圭ちゃんも誘えそうになかったから、このまま行けなくなると思っていたのに。
「じゃあ決まりだね」
僕の勢いに目を丸くしていた柊弥さんがくすりと笑った。
覚えていてくれたんだ。会った初日に話した好きな食べ物のこと。
そんな柊弥さんを僕はどんどん好きになってしまう。
それに、いつもプラス思考で答えをくれるから、一緒にいるとうじうじ虫も一瞬で逃げていく。そんなところも尊敬できて、僕にはもったいないくらいの素敵な人だ。
運命じゃなくなった圭ちゃんに会ったら、僕はどんな感情を抱くんだろう。どうか柊弥さんの表情を曇らせるものじゃありませんように、と願った。
待ち合わせ前に病院に行って、異常だった数値が落ち着いているか検査を受ける。もう心配いりませんね、とお医者さんにも太鼓判を押してもらって、僕と柊弥さんは無事番と認定された。
いよいよ待ち合わせ時間が迫って、駅に向かう。
デパートのショーウィンドウ前で待っていると、頭一つ飛び抜けて長身の人がこっちに向かってくるのが見えた。
圭ちゃんだ。
トットッと心臓が早鐘を打つ。柊弥さんとしっかりと目を見合わせて、きゅっと手を握り合ってから手を離した。大丈夫。そう言い聞かせて。
「圭ちゃん!」
手を振ると、圭ちゃんは大股でこちらに駆けてきて、安心したように笑みを浮かべた。
「ほんと久しぶりだな、那央」
久しぶりの圭ちゃんの笑顔。変わってない。変わってないけれど、全く違った。
運命だからか、今まで他のアルファよりも強く香っていたフェロモンがなくなっていた。長年感じていたものがなくて少し違和感を覚えたけれど、身体は何も反応しない。
本当に、拍子抜けするほど普通の友達に会ったような感覚だった。
そうか、僕は何も知らない圭ちゃんの運命を奪ってしまったんだ。
自分がしたことの重さを目の当たりにして、罪悪感でいっぱいになる。思わず顔をそらしそうになって、ぐっと思いとどまった。
この世には運命に会わずに一生を終える人の方が多い。だから僕は圭ちゃんをそうだと思わせないといけない。運命がいたことを気付かせないように前だけを向いていかないといけない。
それが自分を優先した僕が、圭ちゃんへの償いとしてできることだ。
「紹介するね、この人が僕の番になってくれた柊弥さん」
だから僕は目をそらさずに、緊張した面持ちの幼馴染としっかりと向き合った。
圭ちゃんが幸せをつかむそのときまで見届けて、絶対に一番にお祝いするからね。
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