『風の魔女がステップをふめば、世界は笑う。』追放令嬢のスローライフ、復讐は、計画的に

夢窓(ゆめまど)

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残された人たち

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「ばあや、母上の世話で、最近無理をしていないか?」

年老いた侍女は手を止め、
皺の深い手で前掛けを整えた。
「いえ……旦那様のお母上は、お優しい方ですから」

「そうか。……ばあや孫がいたよな。まだ奉公は早いか?」

ばあやは目を丸くした。
「ひぃ、旦那さま……ま、まさか、手籠めはお許しを?」

ドバンは一瞬、言葉を失った。
「……はぁ? なんで奉公が、手籠めなんだ?」

ばあやは慌てて首を振る。
「違うんです、でも……この国では、奉公に出すってそういう意味で……。
 城勤めでも、商家でも、娘を“預ける”のは覚悟のいることなんです」

ドバンの眉が険しくなった。
「……そんなもの、奉公じゃない。ただの搾取だ」

「でも、そうなのです。
 “上の方”は誰も咎めません。
 私どもは、見なかったことにして生きてきました」

沈黙。
ドバンは、握っていた手帳を閉じた。
「……母上の世話を頼もうと思ってな。
 人を減らそうと思っている。
 だからこそ、信用できる者に替えたい。
 孫を、連れてきていいか?」

ばあやは驚いたように目を瞬かせた。
「……旦那様……」

「その子がまだ幼ければ、無理にとは言わない。
 ただ、“ここ”なら安全だと、そう思ってほしい」

ばあやは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。……よろしくお願いします。」


ドバンとハーバードの再会

ばあやの孫が暮らす下町は、
かつての商人街の名残をわずかに留めていた。
だが今は、露店の半分が閉まり、
兵の検問が入り口に立っている。

(こんなところにまで見張りを置くとはな……)

通りを抜け、古びた井戸のある小広場に出たとき、
声がした。

「おい、ドバン?」

振り向くと、
埃っぽい外套を着た男が立っていた。
少し痩せたが、あの眼光は忘れない。

「……ハーバードか」

「まさか、お前が王都を歩くとは思わなかった。
 公爵家の坊ちゃんが、こんな場所に?」

ドバンは軽く首を振った。
「母の世話を頼める人を探している。
 ばあやの孫がここにいると聞いた」

ハーバードは苦笑した。
「相変わらず真面目だな。
 今の王都で、まともに奉公させようってのは、
 奇跡みたいな話だぞ」

「……聞いた。奉公が“違う意味”になっていると」

「それだけじゃない。
 税の取り立て、信仰の寄付、
 どっちも強制だ。
 この通りだ、貧民街の連中はパンを買うより、
 “聖女への献金”を先に差し出す」

ドバンは短く息を吐いた。
「……この国は、もう限界だな」

ハーバードは肩をすくめた。
「だから、賢い連中は皆、国外に逃げてる。
 俺も最初は迷ったが……
 まだ、やるべきことがある」

「何を?」

「記録を残してる。
 献金や徴税の流れを、裏から書き留めてる。
 ――お前の家の名も、何度か出た」

沈黙。
遠くで鐘が鳴った。
昼を告げる音。

ドバンは低く言った。
「……それを見せてもらえないか」

ハーバードは、ほんの一瞬、迷った顔をした。
だが次の瞬間、笑って頷いた。
「お前なら、断れねぇな。」

ドバン
 「明日夜、公爵家に、来てくれ。
ゆっくり話がしたい。」

そして去り際に、ハーバード
「――忘れるなよ。奉公娘迎えの途中だろ」
と、からかうように言った。

ドバンは思わず笑って答えた。
「忘れてない。ちゃんと迎えに行く」


ドバン、ばあやの孫を迎えに行く

王都の外れ、崩れかけた煉瓦の並ぶ下町。
その一角に、ばあやの孫が暮らす小さな家があった。

ドバンは門前で立ち止まった。
木の扉の前で遊んでいた子どもたちが、
彼の姿を見て静まり返る。

「失礼する。アリア・ヘンデルはいるか?」

奥から母親らしき女が出てきた。
やつれた頬に、しかしはっきりとした目をしている。

「旦那様……? うちの娘に、何か」

「うちの家に仕えているばあやの孫だと聞いた。
 孫に、母の世話を頼みたい。屋敷で暮らしてもらう」

女は一瞬、息をのんだ。
「……屋敷に? あの屋敷に、ですか」

「危険なことはさせない。
 食事も寝床も保証する」

逡巡のあと、女は小さく頷いた。
「……アリア、おいで」

奥から現れたのは、
まだ背丈も低い十四の少女。
手には古びた布袋を抱えている。

「この子です。礼儀はまだまだですが……」

ドバンは少女に目を向けた。
「アリア、奉公に来る気はあるか?」

少女は少し唇を噛み、
「……お母さんを助けられるなら、行きます」と答えた。

母親が慌てて頭を下げた。
「どうか、娘を粗末に扱わないでください。
 この国では……奉公が、何を意味するか、もうご存じでしょう」

「知っている。だからこそ、
 “奉公”を本来の形に戻したい」

少女の布袋を軽く持ち上げると、
中には針と糸、ほつれた人形が一つだけ。

「……裁縫は得意か?」

「はい。小さい頃から、布を繕ってました」

「なら、母の身の回りには十分だ」

ドバンは母親に一礼し、
「責任は私が取ります」と言い残して屋敷へ向かった。

屋敷が見えてくる。
門の前でアリアが不安そうに立ち止まる。

ドバンは静かに言った。
「怖がらなくていい。
 ここはもう、誰のものでもない。
 お前の働きで、私の母が笑えば、それで十分だ」

少女は深く頷いた。

その日、屋敷の中に初めて、
柔らかな足音が戻ってきた。


「歩き疲れていないか?」

「……平気です」
少女は少し緊張した声で答えた。

途中、兵士の検問があったが、
ドバンが公爵家の紋章を見せると、すぐに通された。
だが、その兵の目がどこか荒んでいるのが気になった。

(この国の秩序は、もう形だけだな)


玄関の前で待っていたばあやが、
孫の姿を見た瞬間、目を見開いた。

「アリア……! 本当に……?」

アリアが一歩前に出て、深く頭を下げる。
「おばあちゃん、お世話になります」

ばあやの目から涙がこぼれた。
「まぁ……まぁ……この歳で、こんな嬉しいことが……」

ドバンは二人の再会を静かに見守りながら言った。
「これで母上の世話も安心です。
 ばあや、アリアのことは頼みます」

「はい……はい、旦那様……」
ばあやは嗚咽をこらえながら頭を下げた。

アリアはぺこりと、お辞儀する。
「おばあちゃんと一緒に、頑張ります」と小さく言った。

その声に、
久しく途絶えていた“家のぬくもり”が、
ほんの少しだけ戻った気がした。

ドバンは静かに言った。
「……この屋敷にも、まだ守るものがある」



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