『風の魔女がステップをふめば、世界は笑う。』追放令嬢のスローライフ、復讐は、計画的に

夢窓(ゆめまど)

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干し肉がご馳走

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ドバン邸・執務室の夜

夜更け、執務室には久しぶりに人の笑い声があった。

ドバン
「干し肉でいいか?」

ハーバード
「さすが公爵家だな。王都で肉なんて久しく見てないぞ」

ドバンは肩をすくめて、
「言うな。これだって、備蓄から少し分けただけだ」

アリアが控えめに扉をノックする。
「失礼します。……コップをお持ちしました」

ドバン
「アリア、それはワイングラスだ」

「え、すみません……」
けれど彼女の視線は、
机の上の干し肉に釘づけだった。

ドバンは笑ってナイフを取った。
「……ほら、あーんしろ」

アリアが目を丸くする。
「えっ!? わ、私がですか!?」

「今回だけだ」
ドバンは小さく切った肉を差し出した。

アリアが恐る恐る口を開けると、
ハーバードが酒を片手に笑いをこらえる。
「ははっ……貴族の“あーん”なんて初めて見たぞ」

ドバン
「黙れ。お前にあーんはないぞ」


執事のジェームズが入ってきて、淡々と答える。
「王都では、お肉は、貴重です。」

ハーバードは堪えきれず笑い出した。
「はははっ……お前んとこ、まだいい雰囲気だな!」

ドバンは紙を取り出して、
残りの肉を少し切って、紙に包みながら言った。

「……他のやつには、内緒だ。(2人に包みを渡す)
 ジェームズ、アリアを休ませてくれ。
 俺とハーバードで話をする」

ジェームズがマリアを連れて下がり、
部屋に二人だけが残る。

ハーバードはワインを一口飲み、
ふっと息をついた。

「……貧しくなったよ。みんな」

ドバンも静かに頷いた。
「けど、まだ笑えるうちはいいさ」

二人の笑い声が、
ひっそりとした屋敷の中に溶けていった。


執務室・本題

火の気が少し弱まった。
ドバンが薪を一本足す。
ぱちりと弾ける音がして、沈黙が戻る。

ハーバード
「……王都の連中、もう人として生きてねえよ」

ドバン
「聞いてる。飢えと病だ」

「それだけじゃない」
ハーバードはワインを一口あおって、低く続けた。

「“義聖女”の施しは表向きだ。
 本当に食えるのは、上の貴族と取り巻きだけだ。
 施しの列に並ぶ庶民のパンには、
 腐った粉が混ぜられてる」

ドバンの眉が動く。
「……毒か」

「毒というより、見せかけだな。
 “聖女の慈悲”が王の威光の象徴になってる。
 だが王も王妃も、今は病で寝込んでる。
 実際に王国を動かしてるのは──」

「――あの魔女か」
ドバンの声が鋭くなった。

ハーバードは頷いた。
「そうだ。
 年を重ねすぎて、正気も怪しい。
 でも王都は“彼女がいなければ冬を越せない”と信じてる。
 魔法で食糧庫を保たせてるらしい。
 だが、代償に何を払ってるか……誰も知らない」

ワインの瓶が空になった。
ドバンはゆっくりとグラスを置く。
「……つまり、王都はもう、魔力で延命してるだけだ」

「そうだ。
 春は来ない。
 このままだと、国ごと干からびる」

短い沈黙。
外では、かすかに風の音がした。
森の方角から、暖かい風が流れ込んでくる。

ドバン
「……それでも、風はまだ生きている」

ハーバード
「は?」

「いや、なんでもない」
ドバンは立ち上がった。
「聞いた話、信じるかどうかは別として──
 この国には、まだ“風を送る”者がいる」

続・執務室の夜

ハーバード
「……どこへ行っても、希望の話は出ねぇよ。
 商人は国外に逃げ、貴族は屋敷に籠もって、
 兵は食う物がなくて武器を売ってる」

ドバン
「反乱は?」

「起きねぇさ。
 皆、怖いんだ。
 “聖女の加護を失ったら死ぬ”って信じ込まされてる。
 魔女が流す噂だ。
 風が吹けば、聖女が怒っている。
 寒ければ、祈りが足りない。
 それで済むと思ってる」

ドバンは黙ってグラスを見つめる。
底に沈んだ赤い光が、血のように揺れていた。

「俺たち、何を信じりゃいいんだろうな」
ハーバードの声は低い。

「……信じるというより、
 まだやれるかどうか、だろう」

「やれることなんて、もうない」

「いや、ある」
ドバンはゆっくりと立ち上がる。
「俺の家だけは、まだ動ける。
 人も少ないが、動ける。
 だから調べる。
 魔女の魔法が、どこから流れてるのか」

「危険だぞ。
 魔法を調べるなんて、王都じゃ死刑もんだ」

「死んだように生きるよりは、いい」

しばし沈黙。
暖炉の火が、ぱちりと弾ける。

ハーバードは息を吐いた。
「……行くあてもないんだ、俺も。
 研究所も潰れた。
 どこへ行っても、見張りばかりだ」

ドバンはうなずく。
「なら、ここにいろ。
 お前の頭は、まだ使える」

「……いいのか?」

「俺が必要なのは、信じられる人間だ。
 金でも地位でもない」

ハーバードは黙って、もう一度グラスを掲げた。
「なら、飲もう。
 俺たち、まだ死んでねぇ」

「そうだ。
 まだ、風が吹いている」

夜更けの窓辺

ぱた、ぱた、と窓硝子を叩く音がした。
風かと思ったが、違う。
ドバンが眉をひそめて立ち上がり、
そっとカーテンを開ける。

そこにいたのは──
黒い外套に身を包んだ一人の男。
月明かりの下で、唇の端を上げた。

「……ずいぶん、美味しそうな匂いがするね」

ドバン
「王弟殿下……!」

男は軽く指を立てる。
「しっ、声を落としてくれ。
 王都の城下は今、犬の目だらけでね。
 私は“視察”の途中ということになっている」

ハーバードがグラスを持ったまま固まる。
ドバンは小さく息をつき、窓を開けた。

「殿下、まさかこの時間に……」

「君の家の干し肉が恋しくなってね。
 最近、宮中ではスープの味しかしないんだ。
 塩も胡椒も、すっかり贅沢品さ」

ドバンは椅子を引き寄せる。
「どうぞ、暖を。
 ただ……殿下がここにおられたことは、誰にも」

「言わないとも」
王弟は微笑みながら、暖炉の火を見つめた。

「王と妃は病の床。
 義聖女が王都を支配し、
 人々は“祈り”という名の鎖につながれている。
 けれど――」

グラスを手に取って、軽く回す。
「この国に、まだ香ばしい匂いが残っている。
 君たちが動いている証拠だね」

ハーバード
「……殿下、まさかこの国を見限るおつもりでは」

「見限る? いいや、見届けるつもりだよ。
 焼けるのか、蘇るのかをね」

火がぱち、と弾けた。
その音を合図のように、ドバンが口を開く。

「――殿下。
 この国に、まだ風が吹いています」

王弟はグラスを傾け、わずかに笑んだ。
「なら、私はその風を感じに来たのだろう」



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