『風の魔女がステップをふめば、世界は笑う。』追放令嬢のスローライフ、復讐は、計画的に

夢窓(ゆめまど)

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風の届くところ

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ラジーヤが屋敷を出たあと、
ドバンとハーバードは無言で夜の石畳を歩いていた。
月が雲の切れ間からのぞき、風が頬を撫でる。

しばらくして、ドバンがぽつりと呟く。

「アンナは……巻き込ませない。
 あいつはただ、風を吹かしてるだけの存在だ。
 誰かを救うためじゃなく、
 誰かが動けるように、空気を変えてるだけなんだ」

ハーバードは横目で彼を見た。
「……それでいいのか?」

「いいんだ」
ドバンは小さく笑った。
「その風が届いた人間が、動く。
 それが“奇跡”ってやつだ」

少し歩いてから、ふと空を見上げる。
「アンナ、頑張って……シコ踏んでてくれ!」

ハーバード
「ははっ! 怒られるぞ、それ」

「怒られてもいいさ。
 あいつが笑ってるなら、それでいい」

夜の風が二人の頬を撫でた。
ほんの少し、温かい。
遠く森のほうで、またどこかから軽快なリズムが響いていた。

<王都・謁見の間の片隅>

王弟ラジーヤは、玉座の間の隅に立っていた。
義聖女が王の枕元に座り、
淡い光を指先から王の胸へと流し込んでいる。

王の呼吸は細く、
それでもまだ、生きている――。

義聖女は眉間に皺を寄せて、鏡を覗き込んだ。
「最近、風が生ぬるくて嫌ね。
 肌が乾くし、シワが増えてるのよ。
 ……あぁ、ここもひび割れてる」

指先で頬をなぞるたび、
微かに魔力の粒子がはがれ落ちる。

「隠すのが大変だわ」

ラジーヤは黙って見ていた。
義聖女の手から流れる魔力が、以前よりも弱い。
それどころか――
王の胸から逆流している。

王の唇が、かすかに動いた。
「……あ、つい……い……」

その声は、もう言葉にもならない。

ラジーヤは冷ややかに目を細めた。
(風だ。森の風が、王城まで届いた……)

義聖女が苛立ったように立ち上がる。
「また風! 誰が、誰がこんな……!」

彼女が両手を広げて魔力を放つと、
窓辺のカーテンがばさりと揺れ、
吹き込んだ春のような風が、部屋中を巡った。

その瞬間、王の頬にほんのわずか、
血の気が戻る。

義聖女
「なっ……なによ、これ……!」

ラジーヤは、冷静に一歩引いて呟いた。
「風が、目覚めさせたんだよ。
 王を、じゃない……“真実”を、だ」

義聖女の顔から、笑みが消えた。

<ラジーヤ、森へ>

王弟ラジーヤは、馬を引きながら結界の向こう奥深い森の道を進んでいた。
春を告げるような風が頬を撫でる。

(王都の兵など、もう動かせん。
 ならば自分の目で確かめるしかない)

木々の合間から、奇妙なリズムが聞こえてきた。
「……これか? “シコダンス”ってやつは」

音のする方へ近づくと、
見えたのは――マントを翻し、腕を高く掲げ、
笑顔で踊るアンナと、付き合わされているロウエル、ドバン、ハーバードの姿。

アンナ
「風よ、あったかくなーれー!」

ロウエル
「……俺はシコかもしれん」

「違うってば!」
アンナがくるりと振り返り、
手を腰に当てて叫ぶ。

その瞬間、ラジーヤと目が合った。

「えっ……王弟殿下!?」

ラジーヤは目を細め、ゆっくり拍手した。
「ふむ。
 なるほど、確かに……これは“シコ”ではないな」

ロウエル
「殿下、それ言わないでください……」

アンナ
「シコじゃなくて、ゴーゴーダンスです!
 王都に風を送ってるの!」

ラジーヤは頬を緩めた。
「そうか。
 なら、この風は――命を奪う魔法ではなく、
 命を“戻す”踊りだな」

アンナは小首をかしげる。
「うん? そうなのかな……たぶん!」

ラジーヤは笑った。
その笑みには、王都では見せたことのない温かさが宿っていた。

「王都で、みんなが“シコダンスの犯人”を探してる。
 まさか、こんな可愛い犯人だとは思わなかったよ」

アンナ
「ちょ、犯人て言い方!」

ロウエル
「……殿下、怒られるな、それ」

ラジーヤは笑いながら、
森を吹き抜ける風に手をかざした。

「怒られてもいい。
 この風が、確かに生きている」


<王都・朝の舞>

朝日が差し込み、王城の廊下に光が満ちていた。
王弟ラジーヤは、侍女たちを中庭に集めていた。

「さあ、こうやって手を上げて――腰をひねって! そう、リズムだ!」

侍女たちは最初こそ戸惑っていたが、音楽のように流れる風に乗せられるように、少しずつ笑顔になっていく。

侍女長が顔をほころばせて言った。
「まあ……懐かしい! 私も若い頃、朝までゴーゴーダンスを踊ったものです」

ラジーヤが嬉しそうに指を鳴らす。
「じゃあ踊れるじゃないか! さあ、みんなで!」

笑い声とステップの音が王城中に広がっていく。
そのとき――重たい扉が開き、義聖女が現れた。

「……何をしている?」

全員がぴたりと動きを止める。
ラジーヤが軽やかに一歩前に出た。

「ゴーゴーダンスですよ。殿下もご一緒に?」

「ゴーゴーダンス……?」
義聖女が瞬きをしてから、懐かしそうに笑った。
「懐かしい! どれ、私も若い頃を思い出して――」

彼女が腕を上げ、リズムを取る。
周囲の侍女たちが息を呑む。

ラジーヤ(心の声)
(……懐かしいだと? 若い頃だと? やっぱり、この人、ばーさんだ)

義聖女はすっかり夢中になってステップを踏み、
侍女たちは目を丸くしながらも笑いをこらえきれない。

ラジーヤはにこやかに手を叩いた。
「そう、その調子です、殿下。風を感じて!」

侍女長が口元を押さえて囁く。
「若い娘より、ずっと元気ですわ……」

王城・ゴーゴーダンスの崩壊

風が、王城の中庭を駆け抜けていく。
義聖女は両手を広げ、優雅に踊ろうとした――
が、次の瞬間。

「……あっ、腰が……! 足が、立てないっ!」

侍女たちが悲鳴を上げて駆け寄る。
義聖女はその場にしゃがみ込み、頬を引きつらせた。

「いたたた……! な、なんでこんな……!」

侍女長が慌てて支えながら言う。
「殿下、お若いのに……運動不足ですわ」

「わ、若い子には……勝てん!」
義聖女が歯を食いしばりながら言い返す。

侍女長はにっこり笑って――しかし心の中で小首をかしげた。
「おたわむれを。
 ……あれ? 確か聖女さま、若かったわよね?」

周囲の侍女たちが顔を見合わせ、
“ひそひそ……”と小さな波が広がる。

ラジーヤは、背を向けてこっそり笑いをこらえながら、
(……崩れたな、仮面が)
と心の中で呟いた。

風がまた吹き抜け、
義聖女の髪がわずかにほどけ、
その下から、光を失った白い髪がひと筋、見えた。

侍女長が小さく息を呑む。
「殿下……?」

義聖女は、その視線に気づき、
慌てて髪を押さえた。

「見ないでっ!」

だが、その声にはもう、
“聖女”と呼ばれるほどの威厳はなかった。


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