『風の魔女がステップをふめば、世界は笑う。』追放令嬢のスローライフ、復讐は、計画的に

夢窓(ゆめまど)

文字の大きさ
18 / 22

義聖女の、崩壊!

しおりを挟む
王城・揺らぐ聖女の威光

義聖女は、腰を押さえたまま、床に座り込んでいた。
「……だ、大丈夫よ……すぐに……立てる……」

しかし足が震え、思うように動かない。

ラジーヤは一歩前に出て、静かに声を上げた。
「皆の者、殿下は少しお疲れだ。
 朝の風にあたりすぎたのだろう。
 下がって休ませて差し上げろ」

侍女長が慌ててうなずく。
「は、はい。殿下、お部屋までお運びいたします」

だが、その中で誰かが小さく囁いた。
「……白髪……?」

伯爵が目を細め、息を呑む。
「殿下の髪に……ひと筋、白が……」

すぐ隣の高位貴族が、気づかぬふりをしながら問いかける。
「お腰、立てませんか?」

「え、ええ……少し……」
義聖女はかすれた声で答えるが、
足はわずかに痙攣し、立ち上がれない。

「おや……?」
「殿下ほどの御方が、どうされたのだろう」

低いざわめきが広がる。
誰も笑わない。
だが、空気には“崩壊の予感”が漂っていた。

ラジーヤはその気配をすぐに察し、
手を軽く上げて静めた。

「余計な詮索は不要だ。
 聖女殿下はこの国の柱であられる。
 風が少し強すぎただけだ」

誰も逆らわない。
ただ、誰も信じていない――。

侍女たちが義聖女を支えながら奥へと連れて行く。
その背を見送りながら、ラジーヤは小さく呟いた。

「……崩れ始めたかもしれん。
 “聖女に傾倒する男たち”から、崩れるのが一番早い」

背後で伯爵が小声でつぶやく。
「殿下の髪が……確かに……白……」

ラジーヤは振り返らずに言った。
「見なかったことにしろ」

その声には、
冷静さと、かすかな安堵が混じっていた。


<鏡の間──聖女の崩壊>

扉が閉まり、静寂が戻る。
義聖女は、侍女たちの手を振り払うようにして立ち上がった。
足元はまだ震えている。

「……風のせいよ。
 ちょっと転んだだけ。
 何でもないわ……」

息を整えながら、ゆっくりと鏡の前に立つ。

「……ねえ、聖女の加護を与える身が……転ぶなんて……」

指先で髪を撫でる。
だが――そこに、白い糸のような一本があった。

「……何、これ?」

震える手で、それをつまみ取る。
一本。
二本。
三本。

次第に、鏡の中の自分が見えてくる。
頬の張りは失われ、目尻には深いしわ。
唇の端がわずかに垂れ下がっている。

「……違う。違う……これは幻……」

指先が震え、鏡に触れた瞬間、
その表面が波打つように揺らいだ。

「……どうして? わたしの魔法は、まだ消えてないはず……!」

義聖女は鏡に手を突き立てる。
「返して……若さを返してよ!」

その声が、室内に反響する。

そのとき――扉が開いた。
侍女たちが数人、布を持って入ってくる。

「殿下、お体の具合はいかがですか?」

義聖女は慌てて顔を背けた。
「入るなっ!」

だが、遅かった。
鏡の前に、背を曲げた白髪の老婆が立っている。

侍女たちの足が止まり、
次の瞬間――

「きゃあああっ!」

「な、なに……あの人……!」

「殿下……?」

悲鳴が響く。
義聖女は振り返り、
老いたその顔で、口角を吊り上げた。

「見たのね……?」

侍女長が震える声で言う。
「せ、聖女さま……?」

義聖女の声が、低く、掠れて返った。
「私は……聖女よ……聖女なの……っ!」

鏡が砕け、
床に散った破片の一つ一つに、
異なる老婆の顔が映った。


<王都を駆ける風──崩壊の始まり>

その日を境に、王都の空気が変わった。

最初に囁かれたのは、
「聖女が鏡を割ったらしい」という噂。
次に、「白髪が見えた」「叫び声が響いた」――
やがてそれは、“聖女の加護が薄れている”という形で街へと流れ出した。

噂は風のように早かった。
城下の市場でも、貴族街でも、
人々が顔を寄せ合って囁く。

「聖女さまのご加護が、もう届かないのかしら」
「いや、信じる者は救われるとおっしゃっていた!」
「昨日まであの方を崇めていた者が、今日は泣き叫んでいたぞ」

夜。
王都の邸宅のひとつでは、
狂ったように祈り続ける聖女派の貴族がいた。

「わたしを見捨てないでください! 聖女さまっ!」
蝋燭の灯りに照らされたその瞳は、焦点を失っていた。

別の屋敷では、
信仰を失った者が、静かに座り込んでいた。
食も取らず、言葉も発さず――
まるで魂の抜けた廃人のように。

やがて、その異変は王弟ラジーヤの耳にも届く。

彼は夜の回廊を歩きながら、
配下の兵に命じた。

「聖女派の貴族を、炙り出せ。
 正気を失っている者、過度に信仰を叫ぶ者――
 ひとり残らず、保護の名目で“隔離”しろ」

「はっ!」

鎧の音が響き、
冷たい月明かりの下で、馬車が次々と走り出す。

ラジーヤは静かに窓を見上げた。
「……風が吹いたな」

森の方角から、春のように柔らかい風が流れ込む。

「アンナ、お前の風が、ここまで届いている」

その微笑の裏で、
王都の均衡は、音もなく崩れ始めていた。


<王弟の決断──義聖女、捕縛>

夜半。
王城の奥にある祈祷の間に、
義聖女がひとり、黒い外套をまとっていた。

その目は、鏡の破片に映る自分を睨みつけ、
震える手で魔法陣を描いている。

「……若さを……取り戻さなきゃ……
 この国を、私のままに……」

扉が音もなく開く。
ラジーヤがゆっくりと歩み入る。

「殿下。もうおやめください」

義聖女はふり返り、嗤った。
「お前も見捨てるの? この私を!」

「見捨てるのではない。
 終わらせるのです。――“あなたの時代”を」

次の瞬間、
床に刻まれた封印陣が光を放った。

義聖女の足元から、青白い鎖のような魔力が伸び、
腕を、腰を、首を締め上げる。

「ぐっ……ラジーヤ……裏切り者!」

「裏切りではない。
 あなたはもう、“人”ではない」

義聖女の仮面が、
ぱきりと音を立てて割れた。

そこに現れたのは――
干からびた皮膚、深く刻まれた皺、
光を失った瞳。

侍女たちが息を呑み、
その場にひれ伏す。

「な……なんという……」
「これが……聖女……?」

ラジーヤが一歩近づく。
「百年も……いや、百二十は経っているか」

義聖女は歯をむき出しにして叫んだ。
「この国の“加護”は私の血で続いてきたのよ!
 私を殺せば、すべてが……崩れる!」

「ならば――」
ラジーヤの声は冷たく静かだった。
「崩れればいい」

封印の光が爆ぜ、
義聖女の身体を包み込む。

風が吹き抜けた。
春のように温かく、
長く続いた“冬”を溶かす風だった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい

あんど もあ
ファンタジー
不器量なマルグリットは、婚約者の美しい第一王子からずっと容姿を貶められる日々。とうとう王立学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を宣言され、「王子から解放される! それいいかも!」となったが、続く断罪が面倒くさくて他の人に丸投げする事にする。

婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~

鍛高譚
恋愛
婚約話? 結構ですわ。 私には――子供の頃に命を救ってくれた“黒髪の騎士”がいるのですから。 公爵令嬢アンネローゼ・フォン・グレイシアは、才色兼備の完璧令嬢……だった。 だが、ある日から突如“奇行”に走り始める。正座で舞踏会に参加? スープにストロー? 謎のポエム朗読? そう、それはすべて――望まぬ婚約をぶち壊すため! 王族、貴族、策略家、演技派……次々と舞い込む政略結婚の話。 アンネローゼはあの手この手で縁談をぶった斬り、恋も名誉も自由も手に入れる! すべての婚約破棄は、たった一人の人に出会うため―― 「破談のアンネローゼ様」が貫く、“本当の婚約”とは? 痛快!恋愛ざまぁ×ラブコメディ×ハッピーエンド! 破談上等のお嬢様が、本物の愛を掴むまでの逆転劇が今、始まりますわ!

「偽物の聖女は要らない」と追放された私、隣国で本物の奇跡を起こしたら元の国が滅びかけていた件

歩人
ファンタジー
聖女リーゼロッテは、王太子カールに「お前の加護は偽物だ」と断じられ、 婚約を破棄された。代わりに聖女の座に就いたのは、愛らしく微笑む男爵令嬢エルゼ。 追放されたリーゼロッテが隣国に辿り着いたとき、その地は疫病に苦しんでいた。 彼女が祈ると、枯れた泉が蘇り、病は癒え、荒野に花が咲いた。 ——本物の聖女の力が、ようやく枷を外されて目覚めたのだ。 一方、リーゼロッテを失った王国では結界が綻び始め、魔物が溢れ出す。 カールは今さら「戻ってくれ」と使者を送るが、リーゼロッテの隣には、 彼女の力を最初から信じていた隣国の若き王がいた。 「あの国に戻る理由が、もう一つもないのです」

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

【完結】婚約者?勘違いも程々にして下さいませ

リリス
恋愛
公爵令嬢ヤスミーンには侯爵家三男のエグモントと言う婚約者がいた。 先日不慮の事故によりヤスミーンの両親が他界し女公爵として相続を前にエグモントと結婚式を三ヶ月後に控え前倒しで共に住む事となる。 エグモントが公爵家へ引越しした当日何故か彼の隣で、彼の腕に絡みつく様に引っ付いている女が一匹? 「僕の幼馴染で従妹なんだ。身体も弱くて余り外にも出られないんだ。今度僕が公爵になるって言えばね、是が非とも住んでいる所を見てみたいって言うから連れてきたんだよ。いいよねヤスミーンは僕の妻で公爵夫人なのだもん。公爵夫人ともなれば心は海の様に広い人でなければいけないよ」 はて、そこでヤスミーンは思案する。 何時から私が公爵夫人でエグモンドが公爵なのだろうかと。 また病気がちと言う従妹はヤスミーンの許可も取らず堂々と公爵邸で好き勝手に暮らし始める。 最初の間ヤスミーンは静かにその様子を見守っていた。 するとある変化が……。 ゆるふわ設定ざまああり?です。

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました

おりあ
恋愛
 アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。 だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。  失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。  赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。 そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。  一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。  静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。 これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。

処理中です...