『風の魔女がステップをふめば、世界は笑う。』追放令嬢のスローライフ、復讐は、計画的に

夢窓(ゆめまど)

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本格的な救済

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──王城の執務室。
窓の外には、夜通し働く兵や侍従たちの灯が、点々と続いていた。
暖炉の火が、ラジーヤの影を壁に映す。

「飢えると、大人は子供のぶんを奪って行くからな。」
ラジーヤは静かに言った。
「満足するまで隔離がいちばんだ。
 満たされてこその“理性”というものがある。」

淡々とした声だったが、そこには長く国を見てきた者の確信があった。
指先で地図を押さえ、次の配給地区に印をつける。

ドバンが隣で感嘆するように息を吐く。
「……一気に動いたな。昨日まで誰も、国をどうするかなんて言えなかったのに。」

ハーバードが笑って肩をすくめる。
「すごいよ。ボケっとしてたのは、見せかけか!
 やる時はやるんだな、殿下は。」

ラジーヤは肩越しに、二人をちらりと見る。
「俺は“救う”気なんてない。ただ、生かすだけだ。
 飢えた国は、まず生きることを思い出さなければ、次へ進めん。」

短く言い切ると、もう一度地図を見た。
指先が、南門の孤児収容所を示す。

「明日、そこへ行く。現場を見ずに改革はできん。
 ……お前たちも来るか?」

ドバンは即座に立ち上がる。
「もちろんだ、殿下。」

ハーバードは笑いながら頷く。
「じゃあ俺も。見ておかないとな――この“新しい王国の始まり”を。」

ラジーヤは答えず、ただ静かに暖炉の火を見つめていた。
燃え上がる炎の奥で、何かが確かに変わり始めていた。

王弟ラジーヤ、新国家の礎

王と王太子はもはや動けぬ。
病に伏す王、心を壊した王子。
義聖女ダースは、見る影もなく老婆となり、
彼女と結託していた王家派の貴族たちは、
次々と自壊していった。

──国を支える柱は、もはや王弟ラジーヤひとり。

ラジーヤは、城の大広間に国政会議を開いた。
壁には各地の地図と帳簿。机の上には、
回収された金貨や銀塊、宝石、布地、穀物の目録が並ぶ。

「過剰に集めた金や物は、すべて国庫に戻す。」
「まずは救援物資として、飢えた民に回せ。
 次に――事業の支援金として振り分ける。」

書記官が慌ただしく筆を走らせる。

「各家の資産調査を行え。
 不正な蓄財をした家は没収、
 病に倒れた者の家は一時的に保護する。
 領民を守る力を失った家は、再建の下に組み込む。」

側近のひとりが小声で言った。
「殿下……凄腕でございますな。
 まるで、王そのもののようです。」

ラジーヤは苦笑を浮かべた。
「王はまだ生きている。
 だが、この国を繋ぐ血脈はもう枯れた。
 ならば、せめて“仕組み”を残してやらねばならん。」

彼の指先が地図を叩く。
「まずは、南の市場を開け。
 商人と職人に融資を出せ。
 生きる“仕事”があってこそ、国は回る。」

静かにうなずく側近たち。

その夜、王城の会計室には灯が絶えなかった。
ドバンが言う。
「……すごいな、王弟殿下。
 やっぱり凄腕じゃないか。」

ハーバードが肩をすくめ、笑った。
「本気の“ラジーヤ王国”が始まるな。」


<ラジーヤの「過去の王家への私情」>


夜更け。
大広間での物資仕分けが終わったあと、
ラジーヤは誰もいなくなった廊下を静かに歩いていた。

灯りを手にした文官が声をかける。

「殿下、少しお休みを……」

ラジーヤは足を止めず、短く言った。

「休めるほど、俺は器用じゃない」

その背は、もう“第二王子”ではなく、
国を背負う者のものになっていた。

文官は、ためらいながらも言葉を続ける。

「……陛下の容体を聞きました。
 殿下が、兄君の……」

ラジーヤはその瞬間、初めて足を止めた。

そして、淡々とした声で答えた。

「俺は兄を恨んでいるわけじゃない。
 ただ、理解しただけだ」

文官は息をのむ。

ラジーヤは窓辺に寄り、
外の闇に溶けるように続ける。

「腐った王政の根は深い。
 陛下だけの罪でも、王太子だけの罪でもない。
 何十年もかかって、ゆっくり国を腐らせてきた」

拳を握りしめるでもなく、
ただ事実を並べるような静けさ。

「俺は幼いころから見てきた。
 王家が“国を守る”ふりをして、
 本当は何も守っていないことを」

「…………殿下……」

「だから今さら、悲しむ理由はない。
 ただ……」

一拍の沈黙。

「この国に生まれた者として、
 あの腐敗を俺の代で終わらせたい。
 それだけだ」

私情なのか、責任なのか、境界は曖昧だった。

だが文官にはわかった。

――これは“憎しみ”ではない。
 “見捨てられた子供の記憶”が、
 そのまま青年の決意に変わったのだ、と。

ラジーヤは歩き出した。

「兄の病は……国そのものの病だ。
 治るなら治す。
 治らぬなら、静かに幕を引く。
 それが俺の務めだ」

ようやく文官は深く頭を下げた。

「殿下のご決断に、全て従いましょう」

ラジーヤは軽くうなずいた。

「国の再建が進めば……そのうち、
 森で踊ってる“風の魔女”に挨拶でも行くさ」

わずかな皮肉を混ぜた声。
感情の荒波を一切見せず、
しかし確かに“人間の温度”があった。


<「王にならないのですか?」へのラジーヤの答え>

ドバンが静かに問うた。

「……ラジーヤ様は、王になられないのですか?」

書類の山から顔を上げたラジーヤは、
片眉を上げ、肩をすくめた。

「王ねぇ。
 なれるよ? なろうと思えば」

ハーバードが「でしょうね」と苦笑する。

ラジーヤは続けた。

「ただ――王になるにはお妃が必要だ。
 “王家の母”になれるくらい、強くて、賢くて、しぶとくて……
 何より民に愛される娘じゃないと意味がない」

少しだけ、言葉を切る。

そして、穏やかな声でつぶやいた。

「……俺が結婚したい娘は、今、森で踊ってる」

ドバンとハーバードの動きが止まる。

ラジーヤは苦笑し、湯飲みを持ち上げた。

「シコ姫――いや、アンナ嬢だよ」

ハーバードは盛大にむせた。

「殿下っ……! あの子は、気づいてませんよ?」

「知ってる。
 あの子は“国を救った舞”を踊ってても、
 自分を大した者だと思ってないからな」

ラジーヤは書類を閉じ、椅子から立ち上がった。

「だからこそ、王妃にふさわしい。
 ……けど、あの子、今は“森の魔女”だ。
 好きなように踊って、風を送って、
 お菓子食べて、ロウエルと喧嘩してる」

「……殿下は、どうされるつもりで?」

ラジーヤは真面目な顔になった。

「アンナ嬢が”侯爵令嬢に戻る”なら――
 そのときは正式に申し込む。
 王家としてではなく、俺個人として」

静かな宣言に、部屋の空気が変わった。

「でも、今は違う。
 あの子は“森を守る魔女”。
 本人が望むなら、そのままでいい。
 無理に王都に戻すつもりはない」

ラジーヤは窓の向こうの森を見やり、
少しだけ柔らかく笑った。

「……あの子が望む形で、そばにいたい。
 それが、俺の答えだ」




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