『転生したら悪役令嬢、前世の娘がヒロインでした』

夢窓(ゆめまど)

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逃げた先で、もう家族になりかけてる件

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 火のそばの夜と、ひとつ布団事件

カイルド「……それ、洗い物、やっとくよ」

ジョアンナ「え? いえ、私やりますから──」

カイルド「おれの手、空いてるし。
ジョアンナはもう座ってろ。火にあたってろ」

――その一言が、もうダメだった。
逃げ込んだ田舎の宿で、そんな優しい声出されたら断れない。

 

二人で市場に行って、
一緒にご飯を作って、洗って、
火を囲んで笑って、食べて。

……寝る時は、まさかのひとつ布団。腕枕付き。

 

ジョアンナ(心の声)
「えっ、これ完全に“夫婦”じゃないですか!? いやまだ恋人でもないんですけど!?!?」

(ちなみにカイルドさま、洗い物しながら鼻歌中。しかも上機嫌。)

 

◆ ◆ ◆

 

翌朝、朝食の準備中。

カイルド「あのさ、今日の朝、パン焦がしたじゃん?」
ジョアンナ「はい……焦がしました……」
カイルド「なんであんな焦げたん?」

ジョアンナ「カイルドさまが、“この顔、好きだ”って言うから、
ドキッとして手が止まったんです……ッ!!」

カイルド「えっ、おれそんなこと言ったっけ……?」
ジョアンナ「言いましたーーー!!(泣)」

カイルド「あー、かわい……いや、なんでもない」

(※今の「かわいい」絶対聞こえた。こっちが焦げる。)

 

◆ ◆ ◆

 

夜。
囲炉裏の火が静かにゆらめく。

カイルド「……さすがに、そろそろ寝ようか」
ジョアンナ「そうですね……お布団、二つ並べて──」
カイルド「……っていうか、ジョアンナ。こっち来い」

ジョアンナ「へ……?」

アルフレッドさま――じゃなかった、カイルドさまが、
自分の腕を“トン”と叩いた。

カイルド「今日はずっと追われてたろ?
疲れてるくせに、寝言みたいな顔してた。
安心して寝ろよ」

 

ジョアンナ(心の声)
「えっ、腕の中で寝ろって、これ、家族的優しさ? それとも恋の始まり!? 判断不能!!」

 

結局、寝た。しかも泣きながら。

ジョアンナ「……カイルドさま……あったかい……」
カイルド「おれ、湯たんぽじゃないぞ……」

(でも、湯たんぽより好きです)

 

夜が明けたころ、
ちゃんと眠れたのは、本当に久しぶりだった。

 

◆ ◆ ◆

 

朝。

ジョアンナ「おはようございます……あの……なんか……すみません」
カイルド「いや、ジョアンナ。寝ながら笑ってたぞ」

ジョアンナ「へ!? な、なに言ってました!?」
カイルド「“これが家庭の味”とか……?」

ジョアンナ「し、死にます!!!」

カイルド「……でも、おれもそう思ってたよ。
“これが家族だったらいいのにな”って」

 

その一言で、心臓が止まった。
火の光の中で、彼の横顔が優しく笑っている。

 

ジョアンナ(心の声)
「……逃げてきたはずなのに、
ここで“幸せ”の味、見つけちゃったんですけど……どうしよう」

 

火のはぜる音が、小さく響いた。
もう一度、あの夜みたいに泣きそうになった。



再会と宣言(リライト)

朝の村はずれ。畑の向こうから、蹄(ひづめ)の音が地面を震わせる。

アルフレッド王子「──ジョアンナ!」

澄ました貴族の声が、場違いなくらい静かな村に響いた。

ジョアンナ【心の声】(王子!? なんでここが……!?)

王子の足元には泥ひとつ付いていない高級なブーツ。
背後には護衛の騎士がずらりと並び、槍の先まで磨き上げられている。

ジョアンナ【心の声】(“追ってきた”って言うけど……あなた、ぜんぜん私の暮らす場所に立ってない)

アルフレッド王子「探したぞ、ジョアンナ。君を迎えに来た。もう、あんな逃げるような真似はやめてくれ!」

ジョアンナ(口を開きかけて)「今さら、“君が必要だ”なんて。だったら、どうして──」

その瞬間、影がすっと差す。
カイルドが一歩前に出て、私を自分の背にかばった。

カイルド(低い声で)「ここにはもう、お前の入る隙間なんてねぇよ」

カイルド「この人は──俺が守る。俺のもんだから」

ジョアンナ【心の声】(ちょ、ちょっと待って!? “俺のもん”って今言った!? えっ!? えっ!? 息できない!)

護衛の騎士たちがざわめく。
王子の眉間にうっすらと皺が寄る。



価値の違い

アルフレッド王子「君を“妃”にする準備は整っている。最高のドレスも、宝石も、約束のすべてを──」

ジョアンナ(一度、息を整えてから)
「……いま、私が欲しいのは、そういうものじゃありません」

アルフレッド王子「……何だと?」

ジョアンナ「あったかい火と、湯気の上がるお皿と──『おかえり』って言ってくれる人、です」

短い静寂。
王子の喉が、かすかに鳴る。

ジョアンナ【心の声】(ごめんなさい。あなたの世界には、最初から“これ”がなかった)

アルフレッド王子(言葉を失って沈黙)



別れの位置

ジョアンナ(はっきりと)
「心が、もう遠くに行ってしまいました」

ジョアンナ「私、もう“元・令嬢”でも、“元・婚約者”でもありません」

ゆっくりと、カイルドの手を取る。
その指は働き者の手で、温かく、力強い。

カイルド(短くうなずき)「行こう。……ここが、お前の帰る場所だ」

アルフレッド王子(一歩、前へ出かけて──足を止める)

アルフレッド王子【心の声】(“おかえり”だと……? それは……俺の世界に、なかった言葉だ)

風が畑を渡り、どこかで昼の鐘が鳴った。

ジョアンナ【心の声】(逃げてきたはずの村で、やっと“帰る”という言葉を知った)

私たちは背を向ける。
王子と騎士たちの気配が、遠くなる。





カイルド(小さく笑って)「……今夜は煮物でいいか?」

ジョアンナ(笑って)「はい。『ただいま』に、いちばん合いますから」

アルフレッド王子(取り残され、かすかに)「……ただいま、か」

王子の掌の中、宝石の光が昼の陽に色褪せて見えた。
彼の世界にはまだ無かった“価値”が、確かにここにあった。
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