『転生したら悪役令嬢、前世の娘がヒロインでした』

夢窓(ゆめまど)

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ジョアンナの結婚

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「ジョアンナが……結婚?」

メリンダさまの手から、つややかなティーカップがカタリと揺れた。
「しかも、もうほとんど夫婦ですって!? なにそれ聞いてない!」

学園中庭にいた取り巻き令嬢たちが、きょとんと顔を見合わせる。
メリンダさまは紅い唇をきゅっと結び、机を叩いた。

「だめよ、ダメ、ダメ! ジョアンナはいつも、ダメンズに騙されるの! お金をせびられても『優しくしてくれるから』なんて言って、ずっと搾り取られて……! 前世から見てきたんだから、私は絶対許さないわ!」

その剣幕に、ジョアンナは椅子から転げ落ちそうになった。
「ま、待ってください! カイルドさまはそんな人じゃ──」

「カイルド?」
メリンダさまが振り返る。
「誰それ?」

そこへ、背筋を伸ばしてカイルド本人が姿を現す。
「働き者で、剣の腕も立ちます。……俺は、ジョアンナを幸せにします」

静かな声、真剣な瞳。
その場にいた令嬢たちが、はっと息を呑んだ。

メリンダさまは、しばし固まったあと――
「……え? まとも?」
「え、えっ、本当に?」
と、思わず二度見していた。

そして、両手で頬を押さえる。
「……いやよ、まだ認めないわ! だって私は、娘の結婚式を見たいんですもの! 式の準備、私にも手伝わせなさい!」

「いや、だから……娘じゃないってばぁぁぁ!!!」
ジョアンナの悲鳴が、中庭にこだました。



「まずはドレスよ!」

メリンダさまがぱんっと手を叩いた瞬間、取り巻き令嬢たちが「きゃあ♡」と色めき立った。

「白のサテンに薔薇のレースを散らして……ヴェールは三メートル以上。あの子は小柄だから、ふわりと広がるラインが絶対映えるのよ!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私、庶民派の小さな結婚式でいいんです!」
ジョアンナは必死に手を振った。

「いいえ! 花嫁は最高に輝くべきですわ!」
メリンダさまは聞く耳を持たない。
「それから会場。城の大広間はもう予約を入れましたわ♡」

「勝手にぃぃぃ!?」

「料理はもちろんあなたの手作り。だって、私が一番食べたいんですもの。尚美さん、あなたの煮物があれば、どんな式も成功間違いなしですわ!」

「結婚式で煮物てぇぇぇ!?」

「ふふっ。あとは……そうね、花嫁の母の座は空席。私が埋めますわ♡」

「だから違うってばあぁぁぁ!!!」
ジョアンナの絶叫が、学園の鐘よりも大きく響きわたった。


「ちょっと、待って!」
「ジョアンナ──」

背後から聞き慣れた声がして、振り返った瞬間。
そこに立っていたのは、華美な装いではなく、落ち着いた色合いのドレスに身を包んだ、実の母だった。

「……お母様?」

母はゆっくりと歩み寄り、微笑んだ。
「娘の結婚式は、私が取り仕切ります。だって──私の夢でしたから」

メリンダさまが「えっ」と驚いた顔をする。
「ちょっと、わたしが花嫁の母をやるはずだったのに!」


母は静かに首を振る。
「いいえ、あなたのお気持ちはありがたいですわ。でも、これは母としての務め。私にやらせてくださいな」

ジョアンナは思わず胸がいっぱいになった。
「お母様……」

そして母は、娘の手を取って囁く。
「ほとんど夫婦だなんて、もう、まったく……でもね、いい人を選んでくれてよかったわ」

カイルドが小さく会釈し、
「必ず幸せにします」と誓うように言った。

母はその姿を見て、やっと心から安堵の笑みを浮かべた。


「……ふんっ」

メリンダさまはそっぽを向き、つんと顎を上げた。
「やっぱり“花嫁の母”は、この世界の実母がするべきよね。……わかってますわよ」

ジョアンナが驚いて振り返ると、メリンダさまはほんの少し唇をかみ、潤んだ瞳でこちらを見ていた。

「でも、ちょっとくらい拗ねてもいいでしょう? だって……私、尚美さんの結婚式を見たかったのですもの」

場がしんと静まり返る。
メリンダさまは扇子で顔をあおぎ、無理やり笑みを作った。

「……まあ、いいわ。私は、見送る役で十分よ」
そして、すっと背筋を伸ばして言い切った。

「幸せになって、ジョアンナ」

その言葉に、ジョアンナの胸がきゅっと熱くなった。
「……はい」

声が震えてしまったのは、涙をこらえきれなかったからだ。



結婚式は、豪華な城の大広間でも、煌びやかなシャンデリアの下でもなかった。
けれど──小さな教会に飾られた季節の花々と、集まってくれた人たちの笑顔でいっぱいだった。

「ジョアンナ……本当に綺麗だよ」

父が、誇らしげに娘の腕をとり、バージンロードを歩く。
その手には、貧しいながらも大切に育ててくれた年月の重みが込められていた。

「お父様……ありがとう」

ジョアンナは声を震わせながら、微笑んだ。

彼女はこの世界で、確かに両親に愛されて育った。
前世では叶わなかったものが、ここにあった。
淋しさもあるけれど──それ以上に、胸が熱くなるほど嬉しかった。

カイルドが待つ祭壇の前に辿り着いたとき、父は小さく娘の背を押す。
「幸せになるんだぞ」

「はい!」

ジョアンナの瞳に、涙が光った。



式の後方席。
メリンダさまは、煌めくドレス姿も気にせず、扇子で顔を隠していた。

「う……ぐすっ……ひっく……」
押し殺そうとしても、しゃくりあげる声は止まらない。

「まったく……娘の結婚式を見られるなんて……幸せすぎて、涙が止まらないじゃない……」

取り巻き令嬢たちが慌ててハンカチを差し出すが、メリンダさまは首を振る。
「いいの……この涙は、私の宝物だから……」

そのとき、隣にすっと腰を下ろした影があった。

「……泣きすぎですよ、メリンダ」
低い声。見上げれば、アルフレッド王子がいた。

「だって……だって、あの子が幸せになったんですもの……」
メリンダさまは扇子の向こうから涙声で訴える。

王子は小さくため息をつき、懐から差し出した。
上質な布のハンカチ。

「……これを使ってください。あなたが泣いていると、僕まで泣きそうになります」

メリンダさまは驚いて、そしてまた涙をあふれさせる。
「……ずるいわね、あなた……」

王子の肩に、そっと頭を預けながら。
その姿は、花嫁を見守るもうひとりの母のようだった。

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