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9章 俺の居ないこの町で
93 装った笑顔
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「カフェ桜へようこそ」
彼の半分は美人で巨乳のお姉さん。残りの半分はイケメンのお兄さん。
ここはそんな夜の蝶ことチェリーが、昼の顔で働いていた喫茶店だ。
店内に流れるのは、流行りのJPOPのインストゥルメンタル。
四人掛けのテーブルは五つとも全部埋まっていて、カウンターの隅に座っていた少女が、俺と目が合って恥ずかしそうに会釈した。
足元にランドセルが置いてあるから小学生なのだろうけど、今日はもう夏休みだろうし、横に保護者の姿もなく「アレ?」と思ってしまう。
そんな彼女を見つめる俺を、宗助がニヤニヤと覗き込んだ。
「ユースケさんまで、凛ちゃんにホレちゃダメですよ? 彼女まだ小学生なんですから」
「いや、そういうのじゃないから」
「けど、可愛いから気になっちゃうんですよね」
宗助は凛の横に回って、肩をすくめる彼女を俺たちに紹介する。
「川津凛ちゃんです。川の向こうの吉水町に住んでるんだけど、マスターがナンパしてきたんですよ。ちょくちょく来てくれて、今は夏休みの宿題消化中」
「えっ」
チェリーの苗字は知らないが、凛の顔も吉水町に住んでいるということも、答え合わせをするように、チェリーと一つずつ合致していく。
「宗助、お前俺の悪口言ってるだろ」
カウンターから声がして、丸めた雑誌がポカーンと宗助の頭を鳴らした。
「京也さん。そうだ、彼ユースケさんて言うんだけど、前に友達がここに来たことあるんだって」
「へぇ、それは光栄だね」
そこでようやく俺は、この店のマスターを認識した。
友人が失踪してノイローゼ気味だと聞いて、憔悴しきった姿を想像していたが、眼鏡をかけた目が穏やかに笑んで、「京也です」と細められる。
奏多をそのまま大人にしたような、物腰の柔らかい男性だ。白いシャツに焦げ茶色のエプロンがよく似合っている。
俺たちも順番に自己紹介して、勧められるままカウンターに並んで座った。
「けど、凛ちゃんに道端で声かけたのは事実でしょ? 27歳にもなって犯罪よ? ほんっとお兄ちゃんって見掛けによらず大胆な肉食系なんだから。みなさんも騙されないように!」
さすが妹は手厳しい。
京也の前で仁王立ちになる奏多に、メルは「分かりました」と真面目顔でうんうん頷いている。
「あっ、その荷物良かったら預かりましょうか?」
立て掛けられた花柄の巨大な包みに奏多が気を利かせるが、「大事なものだから、ここで」と無駄に笑顔を振りまいてクラウは優しく断った。
そんなクラウに見入って、奏多が日焼けした頬をほんのりと染める。女子の標準的な反応だ。
「こんにちは」とメルが隣に座る凜に挨拶した。やはりメルのほうが一回り小さい。
「こんにちは」と返した凜の顔を見て、メルもその事実に気付いたらしい。
「チェ……」
思うままに言おうとしたメルの口に、俺は素早く掌を押し付けた。
びっくりしてモゴモゴするメルに「言うな」と小さく耳打ちすると、メルはハッとしてこくこくと頷いた。
そんな俺たちを横目に、クラウが改めて京也に声を掛けた。
「突然押しかけてしまってすみません」
「いいんですよ、気にしないでください」
京也はニコリと笑って、別テーブルがオーダーしたコーヒーを奏多に渡した。
「宗助くんの知り合いなら、歓迎するよ」
「SNSで知り合ったんですよね? イマドキだなぁと思って」
サッカーで鍛えた俊足でコーヒーを運んできた奏多が、そんなことを言った。
宗助が俺を振り向いてサインを送ってくる。どうやらそういう設定になっているらしい。
確かにそう言われてしまえば、異国人な風貌でも納得がいく。
「ネットで知り合った人と会うのってちょっと怖いけど、クラウさんやユースケさんやメルちゃんみたいな人が来てくれるなら、ちょっと気になるな」
「お前はダメだからな」
妹の好奇心を、京也が眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせてバッサリと切りつけた。
「そ、そうだよ」と宗助も応戦する。
「いいか、お前は男っぽいところがあるけど女なんだぞ? メールで良いこと言って、実際は全然違う下心むき出しの野獣が来るんだからな? ニュースでもしょっちゅうそういう犯罪が出てるだろ」
苛立った京也の説教口調に、奏多は「はいはいはいはい」とあしらって、ぷいとそっぽを向いて俺たちの前にメニューを広げた。
現実世界の妹というのは、ラノベの世界のような「お兄ちゃん(はあと)」みたいなやつとは大分違うらしい。
メニューの上に書かれた店名を見て、俺はカップを洗う京也に視線を向けた。
この店に入るとき、俺は一つだけ確認をしていた。もしそれが店の側にあったら聞かなくてもいいと思ったのだ。
「京也さん、どうしてこの店は桜って名前にしたんですか?」
けれど、店の周りに桜の木はなかった。
「あぁ」と目尻を下げた京也の瞳の奥が揺れた。
俺はここに来て、少しだけ京也がチェリーの保管者でないのではと疑っていたが、その一言で確信することができた。
「俺の親友が付けたんだよ」
そして京也はカップを洗う手を止めて、俺たちに少しだけアイツの話をしてくれた。
彼の半分は美人で巨乳のお姉さん。残りの半分はイケメンのお兄さん。
ここはそんな夜の蝶ことチェリーが、昼の顔で働いていた喫茶店だ。
店内に流れるのは、流行りのJPOPのインストゥルメンタル。
四人掛けのテーブルは五つとも全部埋まっていて、カウンターの隅に座っていた少女が、俺と目が合って恥ずかしそうに会釈した。
足元にランドセルが置いてあるから小学生なのだろうけど、今日はもう夏休みだろうし、横に保護者の姿もなく「アレ?」と思ってしまう。
そんな彼女を見つめる俺を、宗助がニヤニヤと覗き込んだ。
「ユースケさんまで、凛ちゃんにホレちゃダメですよ? 彼女まだ小学生なんですから」
「いや、そういうのじゃないから」
「けど、可愛いから気になっちゃうんですよね」
宗助は凛の横に回って、肩をすくめる彼女を俺たちに紹介する。
「川津凛ちゃんです。川の向こうの吉水町に住んでるんだけど、マスターがナンパしてきたんですよ。ちょくちょく来てくれて、今は夏休みの宿題消化中」
「えっ」
チェリーの苗字は知らないが、凛の顔も吉水町に住んでいるということも、答え合わせをするように、チェリーと一つずつ合致していく。
「宗助、お前俺の悪口言ってるだろ」
カウンターから声がして、丸めた雑誌がポカーンと宗助の頭を鳴らした。
「京也さん。そうだ、彼ユースケさんて言うんだけど、前に友達がここに来たことあるんだって」
「へぇ、それは光栄だね」
そこでようやく俺は、この店のマスターを認識した。
友人が失踪してノイローゼ気味だと聞いて、憔悴しきった姿を想像していたが、眼鏡をかけた目が穏やかに笑んで、「京也です」と細められる。
奏多をそのまま大人にしたような、物腰の柔らかい男性だ。白いシャツに焦げ茶色のエプロンがよく似合っている。
俺たちも順番に自己紹介して、勧められるままカウンターに並んで座った。
「けど、凛ちゃんに道端で声かけたのは事実でしょ? 27歳にもなって犯罪よ? ほんっとお兄ちゃんって見掛けによらず大胆な肉食系なんだから。みなさんも騙されないように!」
さすが妹は手厳しい。
京也の前で仁王立ちになる奏多に、メルは「分かりました」と真面目顔でうんうん頷いている。
「あっ、その荷物良かったら預かりましょうか?」
立て掛けられた花柄の巨大な包みに奏多が気を利かせるが、「大事なものだから、ここで」と無駄に笑顔を振りまいてクラウは優しく断った。
そんなクラウに見入って、奏多が日焼けした頬をほんのりと染める。女子の標準的な反応だ。
「こんにちは」とメルが隣に座る凜に挨拶した。やはりメルのほうが一回り小さい。
「こんにちは」と返した凜の顔を見て、メルもその事実に気付いたらしい。
「チェ……」
思うままに言おうとしたメルの口に、俺は素早く掌を押し付けた。
びっくりしてモゴモゴするメルに「言うな」と小さく耳打ちすると、メルはハッとしてこくこくと頷いた。
そんな俺たちを横目に、クラウが改めて京也に声を掛けた。
「突然押しかけてしまってすみません」
「いいんですよ、気にしないでください」
京也はニコリと笑って、別テーブルがオーダーしたコーヒーを奏多に渡した。
「宗助くんの知り合いなら、歓迎するよ」
「SNSで知り合ったんですよね? イマドキだなぁと思って」
サッカーで鍛えた俊足でコーヒーを運んできた奏多が、そんなことを言った。
宗助が俺を振り向いてサインを送ってくる。どうやらそういう設定になっているらしい。
確かにそう言われてしまえば、異国人な風貌でも納得がいく。
「ネットで知り合った人と会うのってちょっと怖いけど、クラウさんやユースケさんやメルちゃんみたいな人が来てくれるなら、ちょっと気になるな」
「お前はダメだからな」
妹の好奇心を、京也が眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせてバッサリと切りつけた。
「そ、そうだよ」と宗助も応戦する。
「いいか、お前は男っぽいところがあるけど女なんだぞ? メールで良いこと言って、実際は全然違う下心むき出しの野獣が来るんだからな? ニュースでもしょっちゅうそういう犯罪が出てるだろ」
苛立った京也の説教口調に、奏多は「はいはいはいはい」とあしらって、ぷいとそっぽを向いて俺たちの前にメニューを広げた。
現実世界の妹というのは、ラノベの世界のような「お兄ちゃん(はあと)」みたいなやつとは大分違うらしい。
メニューの上に書かれた店名を見て、俺はカップを洗う京也に視線を向けた。
この店に入るとき、俺は一つだけ確認をしていた。もしそれが店の側にあったら聞かなくてもいいと思ったのだ。
「京也さん、どうしてこの店は桜って名前にしたんですか?」
けれど、店の周りに桜の木はなかった。
「あぁ」と目尻を下げた京也の瞳の奥が揺れた。
俺はここに来て、少しだけ京也がチェリーの保管者でないのではと疑っていたが、その一言で確信することができた。
「俺の親友が付けたんだよ」
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