貧乳世界の魔王が作った巨乳ハーレムに入ってしまった幼馴染を連れ戻すために、俺は異世界へ旅立つ!

栗栖蛍

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最終章 別れ

167 その戦場の真ん中へ

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「一体どうしたんだよ、メル。落ち着け」

 炎を投げ合い雷を落とし合って、戦いをヒートアップさせる魔王とワイズマン。
 そこへ飛び込んでいきそうなメルの手を、俺は放すわけにいかなかった。

 これは二人の戦いだ。
 彼女が行くことで魔王を動揺させることにもなりかねないだろう。

 ヒオルスも「いけません」といつになくはっきりと口にする。
 メルは戦闘中の二人を見据えて押し黙っていたが、やがて踏み出した足を戻して、俺たちを振り向いた。

「聖剣はね、本来戦闘中は赤い色をしているものなのよ」
「赤い色?」
 
 ヒオルスが「あぁ」と思い出して眉を上げた。
 俺はメルを掴んだ手を緩め、再びクラウたちへと視線を返す。
 確かにクラウの握る剣は、装飾さえ違うが俺たちの剣と何ら変わりはない。だからメルの言葉に俺は「そうだろう」と何度も頷いた。

「普段はあのままなんだけど。魔王は暴走するでしょ? 魔王の魔力が最大まで上がったところで、刃が共鳴して赤い色を付けるのよ」
「クラウが暴走しないと、あの剣の力は引き出せないってことか? それをクラウは知ってるのか?」
「知っているかどうかは分からない。このまま勝てれば問題ないわ」

 「けど」とメルは声を震わせる。

「10年前。私が彼を刺した時、剣は赤い色をしていたわ」

 その事実はメルにとって悲しい記憶だけれど、クラウにとっては真逆だ。魔王の力を引き継いだことで、アイツはメルを救ったのだ。

「そうか。じゃあ、アイツは覚えてるよ」

 メルとの記憶なんて、クラウは全部覚えているだろう。
 「大丈夫」と笑顔を向けると、メルは心配そうな顔のままこくりと頷いてじっとクラウを見つめた。
 けれど今のままでは戦況は変わらない。むしろクラウのほうが少々押されているようにさえ見える。

「真剣勝負とはいえ、魔王は穏やかな人だからね。ワイズマンを殺そうなんては思っていないんだろうな」

 ヒルドが腕組みをして「困ったね」と漏らす。
 「そうだね」などと答えている間に、今度は地面がドンと突き上げられた。

「離れて!」

 メルが叫んだのと、俺がそれに気づいたのは同時だった。
 正面から猛スピードで高波のように向かってきた炎が、俺たちの頭上で粉砕された。
 焼けるように熱い空気にあおられて、逃げることもできずにその場で身構えてしまう。

 炎の波を沸かせたのはワイズマン。それを防いだのはクラウだ。
 直撃は避けたものの、火の粉が雨のように降り注ぐ。俺たちは「こっちよ」と先導するメルに従って、中央の二人から一番遠い位置へと走った。

「助かった」

 炎が狙ったのは俺達ではなく、この円形の土地一帯だった。
 空間を囲った葉が黒く焦げて、焼けた臭いを漂わせる。

 俺たちは安堵する間もなく、戦いの止まない二人に見入った。
 ワイズマンが心臓に向けて突き出した刃に、クラウがカウンターを仕掛けて低い位置から聖剣を回す。
 ワイズマンは咄嗟とっさに飛びあがったものの、膝のすぐ上が斜めに裂けた。ズボンに赤い血が滲む様は、見ているこっちも痛みを感じてしまう程だ。

 肩を負傷してからのワイズマンの動きが鈍っている。
 更に追い打ちをかけて剣を振るクラウもまた、再三の魔法攻撃に全身傷だらけだ。

「ワイズマンは、あとどれくらいでドラゴンに戻るんだ?」
「分からないわ。けど、疲労やダメージはその時間に影響するんじゃないかしら」

 そうあって欲しいと思う。ワイズマンが元の姿に戻るまで息をしていれば、クラウの勝ちだ。

「クラウ……」

 胸の前で腕を交差させたメルが、必死に魔王の勝利を願う。
 血だらけで尚も戦うクラウが、ふとそんなメルに目を止めた。

 ほんの一瞬だった。
 メルがそこにいることを知って、ほっと表情が和らいだように見えた。

「よそ見するとは余裕ですね」

 ワイズマンの声が俺たちの耳にはっきりと届いて、同時に振り上げられたヤツの右足がクラウを腰から蹴り倒した。

「クラウ!」

 再び斜面を転がったクラウは、すぐに体勢を立て直してワイズマンに走り寄る。
 けれどそこに立っていた青髪の彼は、その一瞬で別の姿へと変化していたのだ。

 呆然ぼうぜんと足を止めるクラウ。
 平然と佇むワイズマンの姿に、空気がどよめいた。

「そんなに彼女が気になるなら、これで良いでしょう? よそ見する必要もなくなりますよ」

 声色が変わった。クラウでもワイズマンでもなく、その声は彼女のものだ。

「何を……」

 クラウを真似てストレートだった青い髪が、緩いウェーブへと変化する。
 服は丈が短くなった、カーボ印のワンピース。青い瞳は違和感がなく、クラウを惑わせようとにっこりと微笑んだ。

「そうか。隊長のことも取り込んでたもんね」

 一度取り込んだ相手に姿を変えられるという、ワイズマンの特殊能力。
 彼女は取り込んだ時と同様、大人の姿をしている。

「メルーシュ様……」

 小さなメルの傍らで、ヒオルスが青髪のメルーシュを睨んだ。
 「これは卑怯だね」とヒルドが唸る。

 クラウは困惑した表情を浮かべて、剣を横に下した。その隙を狙って青髪のメルーシュはニヤリと凶悪な顔で短剣をクラウ目掛けて振り上げる。

「嫌ぁぁあ!」

 小さなメルが悲鳴を上げる。彼女の肩を後ろから抱いて、ヒオルスは主の勢いを力ずくで鎮めた。
 間一髪でクラウは剣を逃れるが、戦況は完全にワイズマンの勝利へと傾いてしまう。
 偽のメルーシュ相手に押されて、クラウは後退するばかりだ。

「暴走して! クラウ!」

 メルの声にクラウは反応を示さない。目前の彼女に捕らわれたまま、青髪のメルーシュの攻撃をよけるばかりだ。

「クラウがこのままやられそうになったら、暴走するかな?」
「いくら相手がワイズマンだと分かっていても、メルーシュの姿をされちゃ暴走なんてできないんじゃないかな」

 俺の単純な意見に、ヒルドは首を傾げた。確かにそんな気はするけれど、殺られるのをただ見ていられる程、俺は冷静じゃなかった。

「戦って、クラウ!」

 今にも走り出しそうなメルを、ヒオルスが必死に止める。

「ダメよ。死んじゃダメ! 暴走できないのなら、もうやめて。私が魔王になったって――」
「駄目だぞ、メル。それは言っちゃ駄目だ。そんなことしたら、アイツが今戦っている意味がなくなっちまうだろ?」
「けど……」
「なりませぬ、メルーシュ様」

 クラウが暴走さえすれば、きっと勝機は見えるはずだ。
 暴走の条件など考えている余裕はなかった。

 俺とヒルドがメルを緋色の魔女に変えて瀕死にさせられたことを考えれば、俺のとるべき選択は至って単純だ。
 ただ、メルを行かせるわけにはいかないから。

「ヒルド、お前の剣を貸してくれ」
「えっ、どうしたの?」

 言葉の意味を理解しないままにヒルドが抜いた剣を受け取って、俺は「サンキュ」と礼を伝える。
 このギラギラにデコられた剣は俺の趣味ではないけれど、手ぶらよりは格好がつくだろう。

「ヒルド、リトさんがはやく来てくれるように祈っててくれ」
「ええっ? ユースケ、ちょっと待って!」

 ヒルドの制止も聞かずに、俺は考えなしに駆け出した。
 その戦場の真ん中へだ。


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