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Skeletal structure
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しおりを挟むふと。
パン、パン、と、軽い発砲音がした。
ちょっと前も、発砲音を聞いたばかりなのに。いや、あれはまだ……実行されてないんだったか。そうか、まだ……いや、今……は。
混濁した意識の中に、誰か男の背中が映る。
「巡査……っ」
立ち上がり、ふらふらと歩いて行こうとする俺の手を、界瀬が握る。
優しく、宥めるように指と指を絡めてくる。
「いきなり何処に行くんだ?」
光に照らされて淡く透けるヘーゼルの瞳。
キラキラ、した、ハニーブロンドの髪。
心の距離なのか、もっと、深い問題なのか、今はどこか、遠いようにも思えて、それが愛しいような悲しいような。
いつか、見れなくなるのかな。
そんなことに気をとられていたから、
「巡査長?」
界瀬が指を、絡めていたわけに今更気付いた。
ホールでひと際激しい爆発。一瞬、視界が左右に揺れる。
「能力者利用制度を取り下げろ!!」
誰かの怒鳴り声。
「『特殊能力障害者利用制度』」
俺と界瀬は同時に呟いた。
この前片付けた資料ファイルの中にも、最近国が掲げている『特殊能力障害者利用制度』についてのものがある。
就職氷河期の中、障害者は生活で懸命だが能力だけは保持しているのでそちらは代わりに就活生に利用する権利を与えるという、通れば大ニュースになるものだ。
これによって、雇用・就職率は大幅に増えると言われている。
世論調査によれば制度の準備段階として行われているいくらかの政策も功を奏しているようだ。
労働力として期待できない人は勘定に入れず、健常者にその労力、予算を割くというのは全体を兵力としてみた際に、確かに全体の自給生存率などを上げることが出来るかもしれない。
――――ただ、健常者は能力者にも居るし、障がい者にも居る。
当事者やその関係者になってしまった場合を、考えていない。
もちろん、『負担』は減ったとしてまた歓迎されるむきもあるらしい。
「姉さんも、その一人だった……」
界瀬が無表情ながらに何とも言えない、少し怒りの混じった目をしている。
その感情がどういった種類のものなのかは、俺からは推しはかることが出来ないけれど。
それを踏まえるなら、
秋弥の『生まれ変わり』とかいうのを強引に推し進めてるのも、国が、政治的に『特殊能力障がい者』とかいうのを利用しやすくするためなのだろうな、と思った。
第三者から見ての過去と同化させ、「犯罪を犯しているのではなく、過去を振り返って、今は亡きサンプルを再現しているだけだ」と錯覚させる。
秋弥の名前は出さず、存在すら出さず、当時の「理解が深い」人たちに新たなサンプルの話題を共有させる。
秋弥の話は全て、故人の話題に絡めてすり替えるつもりだ。
今は、その前段階が始まっているのだろう。
(いや……)
始まっているのはそれだけじゃなさそうだ。
ドアの向こう、動揺でざわめく音がする。
誰かが、救急車、と叫んでいる。
俺は、誰から言われるでもなく、自分を落ち着かせる。
「撃たれるのは見えてた……今撃たれなくても、どっかで撃たれたはずだ。今までもそう。何も出来ない、じゃない。何をしても、見えたものは、変えようがなく、どこかで起こるんだ……だから、俺のせいじゃない……」
(7月16日AM2:49)
足元に一枚、写真が落ちる。
あどけない笑顔の少女の写真だ。眼鏡をかけていて、ショートカットで、スラックスを身に着けている。
親戚だろうか、何人かに囲まれて、どこかぎこちなく映っていた。
これは……
「あ、ごめん、取ってくれる。ポッケから落ちたみたい」
すぐそばに座っている橋引が、掌を差し出した。
「はははっ。嫌だったのよね、それ」
寂しそうな横顔。
「なんで? 似合うけど」
写真を返しながら俺が言うと、彼女は少しだけ照れたようにはにかんだ。
「……に、似合うのは、とーぜん、だけどっ。そうじゃなくて……、
これ、周りの大人の趣味で。がさつだから、って、男の子になりたいんだって、思われてたことがあったの」
「そうなんだ」
俺だって、女顔だからスカートやドレスの方が良い、なんて言われたら少し悩みそう。橋引は、念動力や怪力を持っているけれど、それは性別とは関係が無いことで、本当はとても繊細な子だ。
皆の前で、写真を撮られてイメージを勝手に固定されるような経験があって、傷ついただろうことは想像に難くない。
見世物にされて、更に、いいことをしたみたいな顔をされるのだろう。
「そういうの、なんか、違うって思う。スカートを履いてても、元気いっぱいでも良いと思うし……長い髪の子が、ズボンを履いてても問題無いし、性格や内面で、外側まで固めたい人ばかりじゃない」
「あぁ、まつりも、自由に服着てるからな」
性別不詳な友人を思い出す。
橋引は首を傾げた。そういや、まだ話していなかったか。
花子さんは知っているのだけれど。
まつりは確かに、可愛い服を着ていたところで楽しそうに暴れているし、格好良い服を着ていたところでそれが変わることもない、と思う。
「それを撮ってくれたのママなんだけどさ、あぁ、ママの理想の子になれなかったなぁって、見るたび思い出すの。でもね、今はそんな自分が好き」
今着ている綺麗な服も、それでいて、会場で身体を張っている姿も、彼女らしくて、美しいものだった。
「良かった。俺もそう思う」
あの日の少女が、大きくなったものだとか、そんなことも、思う。
家族からも、そんな理不尽な扱いで晒され、外でも、ああやってニュースになってしまう。
彼女も、俺も、ちょっとしたことを普通にこなすのが大変だからこそ、
普通以上に、意識して、努力して、心を持たなくてはいけなかったのに。
「色ちゃんは優しいんだね」
「え?」
「訴えたところで、みんなは、私のことも知らずに『どっちもどっち』とか言うのに」
それは変だった。どっちも、なんて範疇ではない。
軽く何か言うのと、親戚中に嫌なイメージを固定された写真が回るのとではあまりに被害が違う。
それを大したことの無いように、どっちもどっちに見えてしまう時点で、娘としてすら扱われて居ない。
「文句を言ったところで、今まで、迷惑も考えずに他人を勝手な印象に当てはめて納得するふりをしていた奴らを、正してやっただけだろう? どこが悪い?」
「そう。ふふふ。私、正してやっただけなの」
会場付近は人通りが激しく、しばらく静観した方が良さそうだ。
という判断のもと、というかどのみちすぐに駆け込むことは無理そうだったのだけど、しばらくしてから少しずつ下へ向かった。
この国は奪われている。
ニュースも、新聞も、嘘だらけ―――
このままにしていたら乗っ取られる。
やつらは中枢にまで既に入り込んでいる。
日本を、取り戻す。
「…………考えさせられるね、まったく」
ため息まじりに、目の前を歩く界瀬が言う。
橋引と会ったときも、『あの事件』のときにも、発砲のあった今も。
確かに、メディアは、事件の真実そのものは語っていない。
それが良い悪いはともかくとして、完全に彼が嘘を言っているわけでは、少なくとも無いのだろう。
だけど、日本から、何を取り戻すというんだろうか?
何かが奪われている前提で、何らかの敵を想定していないと出てこない言葉だ。事情を知らされず、平和ボケしている民に聞かせても、ポカンとするだけなのに。現に、コメント欄も「何を?」で埋っているし。
「山手拓は、利用制度を取り下げろ、と、やつらは中枢にまで既に入り込んでいる、と言っていた。大方、政治家や警察なんかに、既にグルが回っている、と考えているんだろうな。だからこそ、利用制度がすんなり通ってしまうとか、思っているのかもしれない」
日本の未来を担う、国に直結した機関が乗っ取られている、というのは間接的に日本が奪われているということとも、言えるのかもしれない。
「だから、取り戻す、と」
「まぁ、妄想だと、いいけどね」
橋引が苦笑する。ほとんどの人が妄想だと思っているし、きっと『取り戻す』はしばらくの間、犯人の妄想として世間を賑わせ、批難の的として取り上げられることになるだろう。
花子さんが「撃たれた人、大丈夫かなぁ」と呟く。
菊さんは「昔は、ある宗教団体が、本当に警察や政治家にも居たからな、可能性が無い事は無い」と、独り言のように呟いた。
「宗教、ねぇ」
玄関の方から救急車の気配が伝わっている。
壁や窓が、ランプによって真っ赤に照らされ、それがいっそう不気味さを醸し出している。
(2022年7月20日5時19分)
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