《猫》と呼ばれる暗殺者。

麻痺

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 あ、これ誘拐だわ。
 そう気付いたのはアタシを積み込んだ車が通常の走行音からどこかの建物内に入るような音に変わったのを感じた時だった。
 全くおかしい話だぜ。
 確かアタシは『あるじ』の目を盗んでおやつを買いに行こうと屋敷を出て駄菓子屋に向かってたはずなんだけどな。それがなんで気が付いたら手足の自由を奪われ、猿ぐつわまでされて見覚えの無ぇ車ん中に寝転がされてんだ?
 うん? んー…………。
 屋敷を出たあと……は、真っ直ぐにいつもの駄菓子屋に向かった……とこまでは覚えてるな。けど、そっから先の記憶が無ぇ。つーことはなんかされたのはその時点だな。ふむ。この全身に残る違和感からするとスタンガンとかじゃなくてなんかの薬っぽいな……。でも薬を嗅がされたとか打たれたとかそんな記憶はないし……。どうやってアタシに薬を使ったんだ? こちとら一応、暗殺者はってんだぞ? そう簡単にやられるワケねぇんだけど。
 …………。
 しかし、誘拐、ねぇ。
 このアタシを誘拐するなんてなぁ。アタシのディティール、知ってんのかねぇ。って思ったけど、アタシの足を御丁寧に鎖でもってがんじがらめに縛ってるこの状態からするとむしろアタシのことをよく知ってる感じだな。これじゃ得意の足技使えねぇじゃん。
 ……ヤバイな、これ、主にバレたら怒られるわ……。
 んー、さて、どうしたもんか。
 と、悩み始めたところで。
 車のドアが開けられた。
 スモーク貼りのガラスで暗かった車内に慣れてたアタシの目を急に光が襲う。反射的に細めた目に、左右二つの人影が映った。アタシの目はすぐにその光量に合わせて虹彩を適応させる。主曰く、「お前のそれは猫並みに早い」らしい。よく分からんけど。
 そうして二人の影の正体を確認すると。
 左に細面のスーツ。
 右に強面のスーツ。
 誘拐犯が素顔でアタシを覗き込んでいる。
 いいのかそれ……お前ら顔、晒しちゃってんだけど。
 とツッコミたいくらいに普通に顔を晒した二人の男だった。
 目出し帽はおろか、マスクやサングラスすら掛けていない。っていうかスーツ。スーツ? スーツで誘拐? なんだコイツら。
 訝しく思っていると。
 左右の二人は息の合った動きでアタシを担ぎ上げた。
 おおう。
 ちょ、これってセクハラじゃね?
 尻とかケツとかさわんじゃねーよ。
 不愉快MAXに全力で暴れてやろうかとも思ったが、やめた。このアタシを誘拐する時点でこれは普通の誘拐じゃねぇことは明白だしな。身代金とか請求するための交渉材料として──なんて話じゃねぇわけだ。だったらこのままどうなるか事の成り行きを見てやろうじゃないの。誰がどんな目的でアタシを誘拐したのかその面と理由を拝んでから暴れてやっても遅くはねーだろうし。今アタシを担ぎ上げて運んでいる二人は主犯じゃなさそうだしな……てか絶対『誰か』の部下だよな。
 とかなんとか考えているうちに、どさり、と手荒に下ろされた。
 雑な下ろし方すんなよな……しかも仰向けにまんま下ろしやがって。倉庫の天井しか見えねーじゃねーか。
 そう思って腹筋で上半身を起こすと。
 うおっ。
 さっきの二人とは雰囲気の違う男が目の前にいた。典型的っていうかお約束っていうか……そいつは積み荷らしい木箱の上に座っていた。
 こいつが主犯か?
「……口を外してやれ」
 男が静かに(偉そうに)命令すると、強面の方がアタシの猿ぐつわを外した。
「……ッは」
 うぇー、口ん中がスゲー変な感じー。
 そうやってうぇうぇやっていると。
「お前が“猫”だな?」
 と、確認された。
「うん。そうだけど」
 口ん中の違和感に喋りにくさを覚えながらアタシは答えた。
 ん。やっぱりアタシのこと知ってるやつだったか。アタシを、アタシの存在とその呼称を知ってるってことは、同じ業界のもんか。
 同じ業界──暗殺業。
 同業者──暗殺業者。
 ってことは、『主』のライバルか何かかな?
「お前は?」
 そう、アタシが訊き返すと。
「口の利き方に気を付けろ!」
 アタシの側に立っていた強面が吠えた。
 おぉ、こわ。
 しかし、主犯(っぽい)男はそれを手で制すようにした。そして、アタシの問い返しは無視してくれちゃうようで、
「いい。むしろ、そうでなくては困る」
 と言って不敵に笑った。
 ……んー…………ん。よく分からん。
 なんで同業者がアタシを誘拐するんだ? アタシの『主』──同業社の業績(戦力)を削ぐためにアタシを抹殺する……しようとしてるなら分かる。が、目の前に腰掛ける男にそんな気配は全く無い。
 どころか。
 細面と強面のスーツ二人、そいつらがアタシに向けている激しい殺意と静かな殺意を、この主犯(かもしれない)男は制している。
 アタシを殺さないでいる現状と主犯(かもしれない)男の発言からすると……。
 目的は──このアタシか。
 ふむ。
「アタシに何の用だ?」
 普通に訊いた。
 スーツ二人の殺気が増したが、気にしない──と言いつつ別の意味でなら気になってるが。だってなんか……こいつらさぁ、性格の真逆さが助さんと格さんみたいなんだよなぁ。……よし、向かって右の激しい方を助さん、左の静かな方を格さんと呼ぼう。
「……目的は達した」
 主犯(かもしれない)男が短く言う。
 は?
 なに?
 目的は達した?
「ちょっ、どゆこと?」
 アタシに用事とかないの?
 てっきり「うちで働かないか?」的なことを言われるもんだと思ってたけど。交渉されるもんだと思ってたんだけど。
「お前との会話など必要ない。そんな余地など無く──お前は俺の道具になる」
 そう、主犯(決定!)の男は断言した。
 しかもアタシの疑問に答えているようで答えてねぇ。
 しかし、今の言葉で目的は分かった。アタシを手駒として労働力として戦力として欲していることは分かった──けれど、普通(?)こういうのって、交渉とか条件とか挟み込んで契約する、みたいな感じになるんじゃないの? そんな商談みたいなものはないの? なぁ? 
「道具に交渉など要らんだろう」
 あらやだ素敵な思考と感覚の持ち主ね。
 アタシは体の力を抜いた。運ばれて下ろされた時の状態に戻り──倉庫の天井を見上げた。
 さて、どうしたもんか──と、再び考えてみる。
 アタシを誘拐したヤツの面と理由は拝めたから、あとはここからどうするか──
 ──ってか、決まってるけど。
 全力で暴れてやろう。
 まずはこの両手に掛けられた手錠から、力任せにぶっ千切った。輪っかは手首に残ったものの、自由にはなった。足は……このままでもいいか。
 さぁて、ひと暴れして主のところに帰ろう──
 と。
 不意に倉庫の外に気配を感じた。
「主?」
 間違えることはない、『主』の気配がする。
 その側には“犬”の気配もある。
 アタシが二人分の気配を察したと同時に、倉庫の扉が開けられた──というか壊された。
 そしてそこに現れたのは──細身の男と図体のデカイ男──もちろん、細身の方が『主』で、図体のデカイ方が“犬”だ。どうやら倉庫の扉は引き剥がすように壊されたようで、その証拠に“犬”は引き剥がした扉を手に持っていた。
「──やれ」
 通りのいい『主』の声が聞こえるのと同時に“犬”が動いた。
 手にしていた扉(もはや鉄の板と化している)をこちらに投げる。狙いは主犯の男と助さん格さん。と、同時に駆け出し“犬”はアタシのところに来た。
「…………」
 何でか睨まれた。
 “犬”は何も言わずにアタシを担ぎ上げ、そしてそのまま──放り投げた。
「ちょっ──」
 慌てて受け身を取ろうと着地点を確認する。投げられた先に『主』が居た。ギクリとして“犬”のバカヤロウと心中で罵った。『主』に向かって投げるやつがあるかぁ!──結局まともな体勢を整えることは出来ずに──
 ──アタシは『主』の腕の中に収まった。
「……悪いのは“犬”だからな」
「悪いのはお前の方だよ、“猫”」
 アタシの反論に、『主』は爽やかな笑顔で応じる。
 あ、怒ってるわ。
 笑顔から逃げようとアタシは『主』から顔をそらした。
「あー……」
 そらした先の光景を見て、思わず声をもらす。
 “犬”が片付けを終えてこっちに戻ってくるところだった。
 ……仕事、早ぇな。
「なんか……あいつ、気が立ってる?」
 なんとなくそんな感じがしてアタシは『主』に訊いた。
「お前のせいだからね?」
 『主』が笑顔で答えた。
 なんか……二人して恐い。
「さ、帰ろうか」
 “犬”がこちらに来るのを待ってから、『主』はアタシを抱えたまま先導して歩き始めた。向かった先には一台の車があって、“犬”が後部座席のドアを開けると、『主』はアタシを抱えたまま乗り込んだ。“犬”は不機嫌な表情のまま、運転席に乗り込んだ。
 え? このままなの?
「『主』」
「屋敷に着くまでこのままだからね?」
「…………」
 口答えは許されなかった。
 沈黙でみたされる中、車は発進された。
 ……道中、なんで居場所が分かったのかチラリと訊くと、「“犬”の鼻と防犯カメラ」との答えが返ってきた。……割り出し方が警察だな……と思ったのは口に出さなかった。
 屋敷に着くと『主』は、アタシをその腕から解放すること無くそのまま降車し、エントランスに向かった。
「『主』、そろそろ降ろしてくれ」
 嫌な予感がして、アタシは我慢しきれずそう言った。なにせ、足にがんじがらめに巻き付けられた鎖がそのままだ。手錠みたくぶっ千切って壊せないこともないが、やろうにも鎖の破片が『主』に当たるので出来ない。
 アタシの訴えに『主』はニッコリと笑って、
「このまま風呂に行くよ」
 と言った。
「へ?」
 風呂?
 風呂と言ったか、『主』よ。
「じょ、冗談……だよな?」
 思わず顔がひきつる。
 アタシは風呂が苦手だ。
「勝手に居なくなった罰だよ」
 言いながら、『主』の腕に力が入った。
 本気かよ……!
「ちょっ、“犬”! アタシを助けろ!」
 後ろから付いてきていた“犬”に助けを求める。
 だが“犬”はアタシと目が合うなりプイッとそっぽを向いた。
「薄情者ぉ!」
 アタシは風呂場にドナドナされ。
 有無を言わさず洗われた。

 しばらくはおやつを我慢しよう。
 うぅ。(泣)
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