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魔女の力
しおりを挟む私の初仕事が舞い込んで来たのは、この王宮に来て三日後のことだった。
冒険者や傭兵団では太刀打ちできない程の強力な魔物が溢れ出したという知らせが入り、すぐさま騎士団と共に現地へ足を運んだ。
国防のための騎士団と言えど、このような危険な場所に多数の人員を割くわけにもいかないということで、私についてきたのは元々聖女つきとされていた第二騎士団の十数名程だった。
数は少ないもののよりすぐりのメンバーだと聞いている。
「初めまして、魔女様。私は第二騎士団副団長……いいえ、団長のゴーシュです。これから我々第二騎士団が魔女様の護衛としてお供させて頂きます。限られた人員で不安も多いとは思いますが、精一杯お守り致しますのでご安心ください」
馬車に乗り込もうとする私に、声をかけたのは金色の長髪を後ろで一つに束ねた男の人だった。
聖女と共に消えた団長の代わりに新しく第二騎士団の団長に就任したのだろう。
まだ役職を言い慣れていないことが伺えた。
「ご丁寧な挨拶どうもありがとうございます。危険な仕事になるかもしれませんが、どうか騎士団の皆様もお気をつけください。自分で言うのもなんですが、私は力には少し覚えがあります。田舎の魔女のことは頭の隅にでも留めておく程度で、まずは自らの命を守ることに専念してくださいね」
そう返すと彼は少し驚いたように目を見開いて、困ったような笑みを浮かべた。
「この旅が平和に終わることを願います。どうか魔女様もご無理をなさらず」
「そうですね。お気遣い感謝します」
ゴーシュさんは一礼をしてその場を去っていった。
私が中に入ると、すぐに馬車は動き始めた。
荒れ果てた地面、ぎりぎり獣道と言っていい程のガタガタとした道を走る。
今回の魔物の発生地帯は随分と山奥なのかもしれない。
景色からどんどん文明が消え去っていく。
人里に被害を出さないためには都合が良いと言えた。
しばらくすると、鬱蒼とした木々に覆われた森の空気がやけに重苦しくなったのを感じた。
立ち込めるのは、密度の濃い瘴気。
窓の外はぼんやりと毒々しさのある紫色に染まっていて、魔物の発生地帯が近いことを示していた。
騎士団の皆さんも瘴気こそ見えていないが、様子がおかしいことは察したのか表情や佇まいから気を引き締めているのが伝わる。
「魔物だ…!」
それから、馬車の外でそんな声が聞こえるまで、そう時間はかからなかった。
馬車が静かに止まり、誰かが扉をノックする。
「魔女様、魔物が出現し始めました!討伐できない程のものではございませんのでこのまま進みます。我々では厳しいようになったら魔女様に助力願いたいのですが、その場合の首尾はどうしたらよいですか?」
これは、ゴーシュさんの声だ。
「皆さんは戦う必要はありません。今から私が魔物の相手をします」
そう返事をして、私はそっと扉を開けると、息苦しいくらいに歪んだ瘴気が漂う空間に足を踏み入れた。
前方の騎士達が交戦しているのは、三体のゴブリンだった。
これは好都合だ。
ゴブリンは女や子どもに目がないから、簡単に私に意識を向けさせることができる。
馬車から降りた途端目ざとく私を見つけた一匹のゴブリンを視界に捉えた。
じっと見つめ、離れた位置にいるそれに自分の魔力を投げるように流し込む。
彼らの微弱な魔力と同調させるように、体を蝕むように循環させる。
すると、先程まで騎士団を襲っていたそれはピタリと動きを止め、その場にへたりこんだ。
これが私の魔物の対処法。
自分の魔力を流し込むことで、ゴブリン程度の弱い魔物なら簡単に操ることができる。
魔物に近い闇魔法を持った魔女の必殺技といったところだ。
他の二体も同様の方法で片付ける。
いきなり無抵抗になった魔物を見て、騎士団の皆さんが唖然としているのがわかった。
中には私の力に引いてしまっている人もいて小さくため息をついた。
確かに、魔物を操る女なんて気持ち悪いよね。
「ゴブリンに魔物の少ないところを通って魔物の発生源まで案内させますから、それについていってください」
ゴーシュさんにそう言って私は再び馬車に乗り込んだ。
きっとその場所は近いはずだ。
馬車に揺られながら、今から私がやるべきことを整理する。
まず一つに、魔物の沈静化。
そして、瘴気を取り除き、浄化すること。
これは聖女が現地に足を運ばずとも簡単にやってのけていたことだが、正直言って私にその全てを行う力なんてなかった。
できて魔物を抑え込むことと、瘴気を取り除く…というか、私の中に取り込むことかな。
とことん私達魔女が使う闇の魔力は魔物に限りなく近しいものだと意識させられて嫌になってしまう。
私の魔力と、魔物を活性化させる瘴気は…相性が良すぎるのだ。
だから、私がこれを取り除くには、自分の中に納める必要がある。
というかそれしかできない。
祈るだけで全てがうまくいくような規格外な力なんて持ち合わせていなかった。
いくら近い力だといっても、人間の私にとってこの瘴気は受け入れ難いものだけど、私が少し体調を崩す程度で国が救えるのなら安いものだ。
……だけど、もう少しましな方法で解決したかったよ。
そんなことを考えていた時、徐に馬車が止まり、どうやら魔物の発生源…つまり、瘴気の源泉に到着したらしかった。
外に出るとやはりおびただしい程の魔物の姿があり、思わず圧倒されてしまう。
…骨が折れそうね。
ため息を一つ落とすと、私は四方八方に魔力を飛ばし始める。
私の存在を意識させるように、初めは小さな魔力をぶつけて、気づくとすぐに魔力を強めて強制力を上げる。
魔物の強さもそれぞれで、ゴブリンのような弱いものから、手強いオーガまで確認できる。
魔力切れを起こさないに持ってきた回復薬は足りるだろうか。
次々と薬瓶を空にしながら魔力の放出を続けた。
そして、同時に瘴気の回収も進める。
これをしなければ魔物はいくらでも増え続けるから、しんどいけどやらなきゃね。
動きが鈍っていく魔物を騎士団員が討伐していく姿が目に入る。
完全に抵抗を無くす前に倒してくれるのは私の負担も軽くなってすごく有難い。
「うぅ…気持ち悪い~」
弱音を零しながら作業を進めていく。
毅然とした態度でこんなことやってられるわけがない。
なんせやり方はわかっていても、実践するのは初めてなのだ。仕方ないだろう。
…軽く吐いちゃいそうなくらい気持ち悪いんだからね?
そもそも人間が瘴気を体に取り入れるなんて普通に考えて有り得ない。
初めてやろうと思った魔女は頭がおかしいのではないか。
…尊敬するよ、本当に。
あらかた魔物を討伐し終わり、瘴気の回収もほとんど済ませてしまった時だった。
_____油断した。
上空から舞い降りた大きな黒い鳥が、私を目掛けて向かって来る。
それは、ギラギラとした赤黒い目をした鴉の魔物だった。
咄嗟に強めの魔力を飛ばすが、勢いよく飛んでくるそれを操作するには時間が足りなかった。
「っ、ぁ…い、た」
気づいた時には鋭利な鉤爪は私の肩を大きく引っ掻いていた。
ぱっくりと開いた傷跡から溢れる赤い血が地面にぼたぼたと滴り落ちる。
「魔女様…!」
ようやく魔力が循環できたのか、勢いを失った鴉が飛ぶことをやめ墜落する。
すかさずゴーシュさんが刀を振りかざすと呆気なく絶命してしまったようだ。
「魔女様、大丈夫ですか!?」
「…はい、油断しました。次からは気をつけます」
ささっと止血してくれたゴーシュさんは、やはり騎士団ということもあり手当がうまいなと感心した。
薬を塗ってくれて、痛み止めまで飲ませてくれた。
そのおかげか随分と痛みも和らぎ、しっかり残りの魔物と瘴気を処理することができた。
「…無事に、任務完了ですね」
最後は油断してしまったが、初回にしては概ね上手くいったと言えるのではないだろうか。
「お疲れ様です魔女様」
「皆さんも、お疲れ様です。ありがとうございました」
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