6 / 6
6
しおりを挟む
「二度とおいでになってはなりませぬ、と申し上げましたのに」
「分ったと言った覚えはない。礼の品を持参するという約束も果たさなければ神宮司家の名折れだ」
困ったような顔で、それでも何処か嬉しそうな笑みを浮かべた千歳に、茶菓子を押し付ける。悪戯をした幼子を叱るような眼差しを向けられて、俺は頭を掻いた。吹き出した彼女は、上品に口元を袖口で覆ってコロコロと笑った。
二度と来てはならない。そうは言われても、俺は彼女と彼女の屋敷を思い返さずにはいられなかった。結局そわそわして居ても立っても居られず、呆れ顔の側近に事情を離して足を延ばしたのだ。幸運にも、都から程遠くない場所にあった為、馬の足で駆ければさしてかからずに屋敷には辿り着いた。
門前でどうしたものかと思案していた俺を拾ってくれたのは、意外にも幸音だった。腕一杯に抱えた花束をもって、ひょいと顔をのぞかせたのだ。千歳からもう来ないと言われていたのだろうか、一瞬驚いたように目を丸くしていた少女は、すぐに嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。馬から滑り降りると、早速足元に纏わりついてくる。そっと頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。本当に、声が出ないにも関わらず表情豊かで饒舌な少女である。
「千姫に会えるか?」
そう尋ねると、大きく頷いた幸音はパタパタと屋敷に向かって歩き出した。ごく少数だけ連れてきた供に馬を預けると、その後を追った。少し離れた場所で振り返った少女に声を掛ける。
「彼奴らを待たせる場所はあるか?」
すると、彼女はうーん、と悩む風情で空を見上げたが、すぐにとある方向に目を向け顔を綻ばせた。つい、と従者たちを指さすと、手のひらを掲げて待ての仕草を見せる。
「……ここに居ろ、と?」
ざわめく従者たちを背後に、俺も微妙な顔をする。しかし、少女はニコニコとするだけで、俺の傍に戻って来たかと思うと袖を引いて、行こうと合図してくる。引っ張られるままについていくが、ふと別の気配がしたのに気付き、視線を巡らせた。気配の主は従者たちの方へ向かっているようだ。振り返ると、初老の男が近寄り、何事かを離している。少しすると、馬を引いた従者たちが男の案内で何処かへ去っていく。
「……彼に任せておけば大丈夫、か?」
「……」
こくん、と頷いた少女。男が近づいてきたから、そこで待っていろという意味だったらしい。俺もまだまだだな、と苦笑して謝る。少女はブンブンと首を振って気にしていない、と笑った。
広い屋敷を右に左に奥へと進んでいくと、庭に面した廊下に座っている人影が見えた。千歳だ。今日は少し華やかな色合いの和装である。庭の緑と相まって、大輪の花のよう。気配に気づいた千歳が振り返り、目を瞠った。流れるように口元に扇を当て、そっと驚きをその影に隠す。花を抱えつつも、ニコニコと案内してきた幸音の様子に、状況を察したらしい。困ったように微笑んだ。
そうして、冒頭の会話に戻る。
都の上等な菓子を見て、顔を綻ばせた千歳。恐縮しつつも、やはり甘いものは好きなようだ。体をひねって幸音の方へ向くと、手招きした。
「茶の用意をしてくれますか?せっかくですし、一緒にいただきましょう」
途端に目を輝かせた幸音の視線が菓子に釘付けになる。どうにか礼を忘れる事なく頭を下げた後、パタパタと速足に下がっていく。その一瞬前に、千歳はそっと声を掛けた。
「幸。花は必要ありません、そう言いましたよね?」
ぴた、と動きを止めた幸音が恐る恐る振り返って、しゅんと項垂れる。しかし、ぱっと顔を上げたかと思うと、何事か訴えかけるように千歳を見つめた。悲しそうなその瞳に、千歳はふわりと微笑した。
「お前は本当に優しい子ですね。その気持ちにどれだけ救われている事か。されど、本当に必要ないのです。さような事をしている時間があったら別な事に使いなさい」
いいですね、と噛んで含めるように言い聞かせると、今にも泣きそうな顔で幸音は項垂れた。そのままとぼとぼと去っていく。
「……なんの花だ?」
「私にはとてももったいない花で御座います」
興味を掻き立てられ尋ねると、千歳はそれだけ言って微笑んだ。追求を許さない雰囲気に俺は微妙な顔をしつつ諦める事にした。
「ま、俺からすれば、色鮮やかな花々にそなた程に会う姫は居ないと思うが?」
「……お戯れを」
幸音の抱えていた花々を思い返しつつ呟くと、千歳は目元を染めてそっと俯いた。その恥じらう可憐な表情に、俺の胸になにか形容しがたい熱いものが込み上げた。
ふと彼女の見つめていた庭に、椿が咲いているのが見えた。紅に染め上がった大輪の花が誇らしげに揺れている。その様に、俺はふっと微笑んだ。
「ああ、椿、椿だな」
何事か、と視線を向けてくる千歳に笑みを向けて、そっと椿の花を指し示す。彼女がその指の先に視線を向けたのを見て俺も再び椿へと意識を向ける。
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。そんな風に言われるし、実際そなたを表すにふさわしい形容だと思うが、それでも、そなたはと言えば椿の花が一番似合う気がしてな」
どうだ?と顔を綻ばせて振り返るった俺は、ぎょっとした。彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに悲し気に微笑んだのだ。この上なく儚げなその姿に、今にも消えてしまいそうな錯覚がして、俺は焦った。触れたら消えそうな、しかし、引き留めなくとも消えそうな。そんな思いに駆られて、俺の手は宙をさまよった。
彼女は、悲し気で、それ以上に愛おし気な顔をして、そっと呟いた。
「その通りやも、しれませぬ」
そんな言葉を、まるで自嘲するかの様に。
「分ったと言った覚えはない。礼の品を持参するという約束も果たさなければ神宮司家の名折れだ」
困ったような顔で、それでも何処か嬉しそうな笑みを浮かべた千歳に、茶菓子を押し付ける。悪戯をした幼子を叱るような眼差しを向けられて、俺は頭を掻いた。吹き出した彼女は、上品に口元を袖口で覆ってコロコロと笑った。
二度と来てはならない。そうは言われても、俺は彼女と彼女の屋敷を思い返さずにはいられなかった。結局そわそわして居ても立っても居られず、呆れ顔の側近に事情を離して足を延ばしたのだ。幸運にも、都から程遠くない場所にあった為、馬の足で駆ければさしてかからずに屋敷には辿り着いた。
門前でどうしたものかと思案していた俺を拾ってくれたのは、意外にも幸音だった。腕一杯に抱えた花束をもって、ひょいと顔をのぞかせたのだ。千歳からもう来ないと言われていたのだろうか、一瞬驚いたように目を丸くしていた少女は、すぐに嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。馬から滑り降りると、早速足元に纏わりついてくる。そっと頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。本当に、声が出ないにも関わらず表情豊かで饒舌な少女である。
「千姫に会えるか?」
そう尋ねると、大きく頷いた幸音はパタパタと屋敷に向かって歩き出した。ごく少数だけ連れてきた供に馬を預けると、その後を追った。少し離れた場所で振り返った少女に声を掛ける。
「彼奴らを待たせる場所はあるか?」
すると、彼女はうーん、と悩む風情で空を見上げたが、すぐにとある方向に目を向け顔を綻ばせた。つい、と従者たちを指さすと、手のひらを掲げて待ての仕草を見せる。
「……ここに居ろ、と?」
ざわめく従者たちを背後に、俺も微妙な顔をする。しかし、少女はニコニコとするだけで、俺の傍に戻って来たかと思うと袖を引いて、行こうと合図してくる。引っ張られるままについていくが、ふと別の気配がしたのに気付き、視線を巡らせた。気配の主は従者たちの方へ向かっているようだ。振り返ると、初老の男が近寄り、何事かを離している。少しすると、馬を引いた従者たちが男の案内で何処かへ去っていく。
「……彼に任せておけば大丈夫、か?」
「……」
こくん、と頷いた少女。男が近づいてきたから、そこで待っていろという意味だったらしい。俺もまだまだだな、と苦笑して謝る。少女はブンブンと首を振って気にしていない、と笑った。
広い屋敷を右に左に奥へと進んでいくと、庭に面した廊下に座っている人影が見えた。千歳だ。今日は少し華やかな色合いの和装である。庭の緑と相まって、大輪の花のよう。気配に気づいた千歳が振り返り、目を瞠った。流れるように口元に扇を当て、そっと驚きをその影に隠す。花を抱えつつも、ニコニコと案内してきた幸音の様子に、状況を察したらしい。困ったように微笑んだ。
そうして、冒頭の会話に戻る。
都の上等な菓子を見て、顔を綻ばせた千歳。恐縮しつつも、やはり甘いものは好きなようだ。体をひねって幸音の方へ向くと、手招きした。
「茶の用意をしてくれますか?せっかくですし、一緒にいただきましょう」
途端に目を輝かせた幸音の視線が菓子に釘付けになる。どうにか礼を忘れる事なく頭を下げた後、パタパタと速足に下がっていく。その一瞬前に、千歳はそっと声を掛けた。
「幸。花は必要ありません、そう言いましたよね?」
ぴた、と動きを止めた幸音が恐る恐る振り返って、しゅんと項垂れる。しかし、ぱっと顔を上げたかと思うと、何事か訴えかけるように千歳を見つめた。悲しそうなその瞳に、千歳はふわりと微笑した。
「お前は本当に優しい子ですね。その気持ちにどれだけ救われている事か。されど、本当に必要ないのです。さような事をしている時間があったら別な事に使いなさい」
いいですね、と噛んで含めるように言い聞かせると、今にも泣きそうな顔で幸音は項垂れた。そのままとぼとぼと去っていく。
「……なんの花だ?」
「私にはとてももったいない花で御座います」
興味を掻き立てられ尋ねると、千歳はそれだけ言って微笑んだ。追求を許さない雰囲気に俺は微妙な顔をしつつ諦める事にした。
「ま、俺からすれば、色鮮やかな花々にそなた程に会う姫は居ないと思うが?」
「……お戯れを」
幸音の抱えていた花々を思い返しつつ呟くと、千歳は目元を染めてそっと俯いた。その恥じらう可憐な表情に、俺の胸になにか形容しがたい熱いものが込み上げた。
ふと彼女の見つめていた庭に、椿が咲いているのが見えた。紅に染め上がった大輪の花が誇らしげに揺れている。その様に、俺はふっと微笑んだ。
「ああ、椿、椿だな」
何事か、と視線を向けてくる千歳に笑みを向けて、そっと椿の花を指し示す。彼女がその指の先に視線を向けたのを見て俺も再び椿へと意識を向ける。
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。そんな風に言われるし、実際そなたを表すにふさわしい形容だと思うが、それでも、そなたはと言えば椿の花が一番似合う気がしてな」
どうだ?と顔を綻ばせて振り返るった俺は、ぎょっとした。彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに悲し気に微笑んだのだ。この上なく儚げなその姿に、今にも消えてしまいそうな錯覚がして、俺は焦った。触れたら消えそうな、しかし、引き留めなくとも消えそうな。そんな思いに駆られて、俺の手は宙をさまよった。
彼女は、悲し気で、それ以上に愛おし気な顔をして、そっと呟いた。
「その通りやも、しれませぬ」
そんな言葉を、まるで自嘲するかの様に。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる