色とりどりの世界を覗き見る ―三題噺―

神凪凛薇

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君か、世界か【オモテ】 ――「未来」「神託」「破壊」

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テーマは「未来」「神託」「破壊」
今回は、以下に投稿している内容とリンクしています。恋愛の表は勇者の視点。ファンタジーの裏は別視点となります。宜しければご覧くださいませ。

千差万別な世界を覗き見る ―三題噺―
※後日公開予定

**********



 神託が下った。――魔王が誕生した。魔王を、討つべしと。




 唯一神である女神を信仰する世界。人々は、女神を信じ、愛し、その教えに従う事で日々の生活の支えとしていた。魔獣も魔物も魔人すらも存在する世界で、人々は心の支えを必要としていたのだ。日々生きるだけで精一杯。昨日はどこの誰が魔獣に襲われた。今日は誰かが賊に襲撃されて死んだ。明日は、誰か。いや、明日こそ我が身か。そんな想いと共に、人々は毎日を生きる事に必死だった。

 そんな中もたらされた神託に、各国や神殿に衝撃が走った。魔王の発生など、数世紀なかった。もはやおとぎ話のようなものだ。それが発生したなど、寝耳に水もいい所だ。なにかの間違いだ、そう叫ぶものもいたが、同時に唯一絶対神である女神の言葉を疑うことなど不可能である。それが事実であると理解すると同時に、恐怖した。おとぎ話であっても、その恐怖は正しく伝えられていた。今ですら死と隣り合わせの世界なのに、これ以上の絶望が訪れるのかと思うのもむりはない。

 そんな中、一人の巫女が立ち上がった。各地に点在する多数の神殿、そこに所属する神官たちの中でもっとも女神に寵愛され、至高の力を持つ彼女は、神託を受けた当の本人であった。

 巫女は言った。


 「魔王がこの地に降り立ちました。数年前に発生した彼は、潜伏して力を蓄えた数年の後。世界を、破壊します。ありとあらゆる加護、守護を越えて、全てを破壊するのです。しかし、諦めてはなりません。今こそ立ち上がるのです。自らの足で立ち、考え、闘うのです。自らの未来を、その手で切り開くために。その為であれば、私は私のすべてにかけて力を尽くしましょう」

 小柄で華奢な体つきの、まだまだ若い少女が先頭に立った。言葉を尽くし、行動を起こし、鼓舞し続けたのだ。強硬に陥っていた者も、醜く己だけを守ろうとしたものも、ただ絶望に泣くだけだったものも、徐々にその姿に背を押され、動きだしていったのだ。未来を切り開く。その言葉の下に。

 神殿もまた、手をこまねいているだけではなかった。混乱の収束に尽力する傍ら、魔王討伐についての準備を各国と協力して進めていった。各地から推薦された腕自慢が集まり、勇者とその一行の座を掛けて競った。そうして選ばれた少数精鋭の部隊が、勇者の名を背負い、魔王討伐の旅に出た。

 そうして、数年が経過した。誰もが魔王が動きださない事を祈るなか、順調に力をつけた勇者一行は、目的地へと到達した。濃い瘴気に包まれた森。その奥に、魔王はいる。

 「ひゅう。魔王って魔王城ってとこにいるんじゃなかったか?」
 「まさか、森の奥に引きこもっているとは思いませんでしたね」
 「あるいは、城なんて目立つ所で覚醒までの時間を過ごしたくなかったのかもな。少なくとも私ならば身を隠して万全の時を待つ」
 「それもそうだな」

 前衛を引き受ける戦士。ヒーラーの巫女。賢者の魔法使い。例の森からほど近い最後の村にある粗末な宿屋から、三人は思い思いの台詞を吐く。気安げに話しをしてはいるが、それでもその顔は緊張を隠せていない。当然だ、明日にも彼らは全てを掛けて魔王に挑む。帰って来れる保証の無い、きわめて不利な闘い。それでも彼らはそれぞれの大切なものに掛けて、そこに居た。

 そして、勇者一行に欠かせない、最後の一人。当に勇者はというと。力なく椅子に腰掛け、項垂れてその胸元を強く握りしめていた。その理由を知る三人は、かける言葉も思い浮かばずに口を閉ざすだけ。重い沈黙に、ついにヒーラーが口を開いたその時。

 「お待たせいたしました」

 涼やかな声と共に、勇者一行の宿泊する部屋の扉が開いた。ずらりと神殿騎士たちが並ぶなか、その中心で守られるように立っていた小柄な影が、部屋の中へと歩みながらその白いフードを外した。少女から大人の女性へと羽化し始めた時期特有の初々しさと美しさを誇る白い顔が現れ、柔らかな笑みを刻む。声もなく立ち竦む一行へと微笑みかけた少女は、そっと目を伏せて歌うように囁いた。

 「さぁ。約束の時は来ました。明日、私を連れて魔王へ挑んでください。そして、――私を生贄に、敵を、討って」




 勇者は神殿に使える騎士だった。親が神殿に使える神官や騎士であったからという理由で、なんとはなしに体を鍛え、神殿に仕えていた彼は、ただ目的も意味もなく生きて役目を果たしているだけだった。しかし、ある日、彼は己が騎士となった理由を知った。騎士どころか、その辺の男、いや女性にすら簡単に傷付けることが容易いであろう程に繊細な姿をした少女は、そのくせ誰よりも強く、前を見据えて生きていた。皆に祝福を与え、騎士の力を肯定し、誰よりも清廉に生きる姿に、彼は魅了された。

 「カなき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。貴方の力は何かを守るためのものであり、貴方の正義を実現するためのもの。願わくば、その正義が私の正義と重なり合うものでありますように」

 そう微笑んで、小さな押し花を使った栞を差し出した彼女は、だれよりも眩しくて。騎士は彼女を守る為に生きると決めたのだ。力を磨き、彼女の専属護衛として傍に控え、誰よりも近くで見守ってきた。何時しか憧憬が恋情となっていっても、騎士は変わらず彼女の傍に居続けた。分不相応である事は分かっていた。だから、その恋慕が報われずとも、守れるだけで良かったのだ。

 だからこそ、勇者選抜にも立候補した。全ては、彼女と彼女の生きる未来を守る為に、全てをかけた。集められた猛者たちは、その名声に違わずおそるべき力を持った者達ばかりであった。その彼らを退け、勇者として選抜された際には、思わず女神に感謝した。――その後呼ばれた先で、神託の全容をきかされて絶望することになるとは思わずに。




 勇者一行に任じられた彼らは、中央神殿長と、各国の王たちのもとへと呼ばれた。堂々としたその姿に、集まった者達からは感嘆の声が零れ。――同席していた巫女は、呆然としたように「どうして」と声もなく呟いた。

 勇者となった騎士に視線を向けられ、一瞬だけ泣きそうな顔をした彼女は、静かに俯いた。何事かを再度呟いた彼女は、ややあって顔を上げた。その時には、全ての迷いを切り払い、覚悟を決めた顔をしていた。そして、どうしようもなく嫌な予感に襲われて眉根をよせた騎士に、そっと微笑んだのだ。そして、残酷な神託を告げるのだ。

 「女神からの御言葉です。魔王を討つべしと。――そのために、私を代償として捧げるのです」と。

 その場は一瞬にして静まり返った。誰もがその言葉の意味を測りかねていた。呆然とする騎士に、困ったように微笑んで彼女は言う。魔王を倒す為には、特別な手順がいる。それには代償が必要なのだと。どうして、何故君が、と叫ぶ騎士に彼女は小さく首を振ったのだ。

 「大丈夫。これが、私の運命だから。これが、私の決めた、私の歩むべき道だから」




 勇者一行は旅立った。魔王の元へとたどりつき、巫女を代償に捧げて、討つために。たとえだれもが納得できずとも、覆す事は出来なかった。それが、女神の意志だったから。巫女は身辺整理をして、旅に出た。騎士はその姿を見つめる事しか出来なかった。道中、騎士は考えた。彼女を死なせずに済む方法を。騎士は探した。別に魔王を倒す手段はないのかと。

 結果。そのようなものは、存在しなかった。そうして今へとたどりつき。騎士は――勇者は込み上げる嗚咽を堪える事が出来なかった。

 「ごめんなさい」

 危険な旅の途中であっても、全く弱音を吐かなかった巫女は、小さく呟いて勇者の頭を掻き抱いた。危険な旅路をさせた事、嫌な役目を担わせたこと、その他言葉にならない罪悪感を、短い一言に込めた。騎士は何も言えなかった。その一言に、生きてくれという切ない願いに対する拒絶も込められている事が分かっていたから。彼の気持ちに応えられない謝罪すらも込められていたから。

 二人の寄り添う様は恋人たちのそれで。居合わせた皆が、苦し気な表情でそっと視線をそらした。

 ややあって腕をほどいた巫女は、そっと目を伏せ「明日の為に、もう休みます」と呟いた。身じろぎしない勇者を見下ろして小さく微笑んだ彼女は、未練を残さないとばかりに勢いよく身を翻した。小さな涙の雫が、宙を舞う。

 退出した巫女に続き、神殿の護衛たちも去ってゆき。一行の仲間たちも、気遣わし気にそっとその場を去った。今はひとりになりたいだろうと。

 誰もいなくなった暗い部屋の中で。勇者やのろのろとその胸元を探った。お守りのように持ち歩いていた小さな栞。それをそっと額に当て、勇者は目を伏せる。

 暫くして顔を上げた勇者の眼には、覚悟の光がともっていた。




 翌朝、早朝。小さな宿屋の小さな玄関に。一人の人影があった。その人影は、小柄な体をその腕に抱えていた。
 「ごめん」

 そう呟いた人影――勇者は、身勝手にも自らの望みを優先したのだ。就寝前の彼女やそれ以外の者達に睡眠薬を仕込み、彼女だけを腕にこの場から去る事に決めたのだ。――彼は、世界と彼女を天秤に掛けて、彼女を選んだのだ。

 最愛の巫女を連れて、勇者は逃げる。たとえ、誰に指さされようが、罵倒されようが。彼女のいない未来など、彼には全く価値がなかったのだ。

 彼は徐に扉を開ける。夜明け前特有の空気が入り込み、彼は巫女の体を抱え直した。その時、彼女の胸元から小さな栞が滑り落ちた。しかし、彼はそれに気づかず足を踏み出す。残された栞には、小さな押し花とともに、小さく文字が書かれていた。




 ――すべては、貴方と貴方が生きる未来の為に。
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