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9『エスパー・ミナコ・4』

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時かける少女・9
『エスパー・ミナコ・4』        


 わたしは、進んでポリグラフにかけてもらった。

 自分のことは「ミナコ」という名前しか分からない。着ていたセーラー服から学校を探してもらったが、校章や名前に関わる物がいっさい付いて居らず、そこからの捜索の道も絶たれた。
 ただ、知識だけは信じられないくらい持っていた。スラングも含め英語は完ぺき。独、仏、中、それに、ロシア語、中国語、朝鮮語も話せた。
 まだ、試してはいないが、他の外国人でも、わたしの目の前に立てば、その人物の言語中枢とリンクして、どんな言葉でも喋れそうだった。

 アメリカを含む外国の知識は、同席した外国人の知識が、そのままミナコの知識になった。日本人についても同様である。だからミナコは数日のうちに、自分の世話をしてくれているポーランド系アメリカ兵、コワルスキーが水虫で悩んでいることも分かった。
コワルスキーは、陽気なポーランド人で。水虫のことも戦友だと喜んで人に見せては面白がっていた。
 二日目に知り合った実直そうな陸軍大佐が、フィリピンで、日本兵捕虜の殺害を部下に指示したことが分かったときは衝撃だった。

「ヘンドリック大佐、メモを落としましたよ」

 わたしは、彼の記憶のままに、彼の筆跡で、捕虜処分の命令書を書いて渡した。
 ヘンドリック大佐は、動揺したが、そのメモを黙って握りつぶした。
 ほんの悪戯のつもりだったけど、その時、彼の日本人への拭いがたい蔑視と敵意、そして日本人捕虜処刑の情景がまざまざと湧き上がり、気が付いたら、大佐自身が書いた命令書が手許にあった。
「こんなもの、行くべきところに行くがいい!」
 そう思うと、その命令書は、わたしの手の中から消えた。

 そうやって、わtしのの言語能力と、知識は膨大なものになった。

 ただ、自分のことはサッパリ分からない。

 エスパーとしての自覚は生まれつつあったけど、その能力は、戦車と橋を元通りにしてからは、手品程度のことしか人には見せなかった。

 で、情報部が持っているポリグラフに、自分からかけてもらうように頼んだ。情報部もおもしろがって様々な質問を用意してきた。

 ポリグラフは、基本的に「NO」で答える。その時の心拍数や発汗の変化でウソを見抜くのである。
 情報部長の趣味で、ニューヨ-クヤンキースの質問が多く、結局、ヤンキースのこれまでの成績、選手の癖を全部答えさせられ、今シーズンの成績の予想までさせられた。数か月後、ヤンキースの成績がドンピシャだったので、情報部長と仲良くなり、知らない方が良かった情報まで知ることになった。

「コワルスキー、妹さんが重病よ!」

 ある日、コワルスキーに合わせてポーランド語で喋っていると、急に彼の妹の情報が、頭の中に飛び込んできた。
「ユリア、十七歳。セント・ホプキンスハイスクールの二年生ね。一昨日雨の中をオープンカーで走って、肺炎、一晩平気そうな顔して寝ていたのが手遅れの原因」
「ほ、ほんとかよ!?」
「今、見せてあげる……」
 日頃封印しているエスパーの力を使って、廊下の鏡にユリアの姿を映してあげた。
「ユ、ユリア……!」
――今夜が山です――
 ドクターが、人の良さそうなお母さんにそう告げた。
――先生、なんとかならないんですか。息子は日本に行ったままだし。あたしは、どうしたらいいのか――
「ママ! ユリア!」
「ペニシリンが使えればね……」
 ペニシリンは特効薬で、軍事医療用が優先され、民間への使用は、この秋になって、ようやく認可されたが、バカのように値段が高い。シカゴの下町のポーランド系移民であるコワルスキーの母に手の届くシロモノでは無い。ドクターも知っていながら、母には伝えなかった。

 いつも陽気なコワルスキーが、身をよじりながら泣いている。
 普段陽気にしている分、その悲しみの深さは言葉では表せなかった。

 わたしは、自分の力でできることを考えた。

 飛行機にコワルスキーを乗せて、アメリカに帰してやることは容易かった。大隊長のカリー大尉か、情報局の部長に頼めばできるだろう。でも、それでは、妹さんの葬式に間に合うのがやっとだ。ドクターの心を動かしてペニシリンを使わせようとしたが、ドクター自身もペニシリンは持っていない。日本から、アメリカ人の心を操作し、ペニシリンを使わせるには、何人もの心を動かさなければならず、それでは間に合わない。

「そうだ、コワルスキー、戦友と別れてちょうだい!」
「え、戦友……?」

 というわけで、わたしは、コワルスキーの長年の戦友である、水虫の白癬菌をペニシリンに変えた。水虫の原因菌もペニシリンの原料も、もとは青カビ、白癬菌と、似たような菌である。
 わたしは、コワルスキーの足の表面の白癬菌をペニシリンに変態させ、そのまま、ユリアの体の中にテレポートさせた。大きな物は無理だが、ペニシリン程度のものなら送ることができる。

――信じられん。こんな回復、ペニシリンでも使わなきゃあり得ないのに!――

 海の向こうのドクターは驚き、母娘は泣いて喜んでいた。
「あ、ありがとうミナコ!」
 日本でも、コワルスキーがわたしを抱きしめて喜んでいる真っ最中。

「わたしってば、バカだ。進駐軍が持っているペニシリン転送すればすんだのに!」
 この独り言は、日本語だったので、コワルスキーには通じなかった。
「なにか、お礼がしたいよ、ミナコ」
「ん~……じゃあね、今度コワルスキーのポーカー必勝法を教えて」
「ようし、オレの一番の弟子にしてやる!」
 あたしは、ポーカーなどをするときには、絶対自分の力を使わなかった。フェアじゃないからだ。
 だから、元々の博才の無さがもろに出て、勝った試しが無く、米軍の仲間からは、そういう点でもかわいがられた。

「う~ん、ミナコの血は半分か四分の一、アングロサクソンの血が混じっているね。アゴや額の線、目の形に表れているよ」
 中佐の階級を持つ人類学者の先生がそう言った。
 わたしの記憶が戻らないので、カリー大尉が、軍属の先生を二人ばかり連れてきて調べてくれたのだ。
「わたしは、相当な高等教育を受けていたと思わ。この気品と立ち居振る舞い、それに教養が、それを物語っている」
 居合わせた……というより、押しかけてきた米兵たちは大喜びした。無論、コワルスキーのような友情もあるが、優れたモノは、みんな自分たちの仲間だという、白人優位主義が感じられたけど、おくびにも出さず、ただみんなといっしょに驚いておいた。

 その中で、ただ一人面白くない顔をしている将校がいる。

 日本人捕虜を殺したヘンドリック大佐が……。

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