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16『ピンチヒッター 時かける少女・3』

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みなこ転生・16 
『ピンチヒッター 時かける少女・3』       

 昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子(みなこ)は、密かに心に想う山野中尉が、沖縄特攻で戦死するまでは生きていようと心に決める。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメた。死と時間の論理をすり替えて、その三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ湊子の時間軸は崩壊して、時のさまよい人。時かける少女になってしまった……今度は1993年の渋谷から始まった

 

 窓の外の茂みがカサリと動いた。
 ミナコは、慌ててベッドから転げ落ち、床に這いつくばった。

「どうかした!?」
 婦警の沖浦和子が、ピストルを構えて、病室に入ってきた。
「いま、そこの茂みがカサリと動いたの」
「ジッとして……」
 和子は、ガラス越しに、茂みのあちこちに狙いをつけた。

「なんだ……」

 やがて、タヌキが出てきて山のほうに逃げていった。

 ミナコの部屋は監視カメラがついているので、すぐに警備室から、様子を確かめる無線がかかってきた。
「大丈夫です、ミナコちゃんが、窓の外のタヌキに驚いただけです」
 ミナコは、スマホの画面を簡単に操作した。この部屋の平面図が出てきた。ミナコは、その平面図の窓ガラスを指でなぞった。図面の窓ガラスが、太くて青い線になった。
 和子の目が、こちらに向いたので、急いで画面を変えた。
「どう、今の沖浦さん。いかにも女性警官って感じで、警察のポスターにでも使えそうよ」
「へへ、なんだか、照れるわね。おお……画面が大きくなった!」
「もっと、大きく出来るわよ。ほら」
「ウ、ドアップ。なに、この数字は」
「沖浦さんの肌年齢。十九歳だって」
「うわ、すごいんだね、これ!」
「まあ、デジカメの進化系。プリンターがあれば、印刷できるんだけどね……」
「すごいね、未来の技術は……でも、少し思い出してきたんじゃない?」
「こういう、つまらないことに関してはね。肝心なことはサッパリです」
「まあ、焦らないことね」

 正直、ミナコは焦っていた。

 これだけの証拠を持って、派手に白昼の渋谷に現れ、マスコミにも取り上げられた。
 
 自分よりはるか未来からやって来ている未来人たちが気づかないわけがない。

「やあ、いらっやい」と現れるか、いきなりズドンか……その両方が考えられる微妙な状況だが。
「ミナコちゃん、さっき変な言い方したわね」
「え……?」
「女性警官って、なんだか下手な英文和訳みたい」
「あ、この時代は婦人警官なんだ」
「え、未来は女性警官になるの?」
「あ、二十世紀の終わり頃に法律で変わったの、男女雇用ナンチャラ法で」
「へえ、雇用に関しては、男女平等が進むのかな!?」
「一応ね。で、仕事の名前が、女性警官とか保育士とか看護師とかに変わんの」
「あら、看護士なら、今でもあるわよ。男の看護職」

 看護婦の秋山が入ってきた。

「今のドタバタで、血圧計や心拍計が外れちゃったから、ちょっと付けなおすわね」
「読み方は、いっしょだけど、教師の師になるの」
「なんだか、偉そうね、師なんか付いたら」
「婦って字がいけないんだって。女偏に帚で、女性差別なんだって」
「それで、女性警官か」
「でも、それって間違ってる。帚というのは、もともとは、大昔の日本や中国で神さまをお祀りするときに使った神聖な道具で、それを扱う巫女さんなんかを『婦』って字で現したんだよ」
「だよね、看護師じゃ、性別分からないものね。『女看護師』なんか言葉として半熟だよね。わたしは、やっぱり看護婦さんがいいな」
「わたしの時代でも、患者さんたちは看護婦さんて言う人多いよ」
「ミナコちゃん、少しずつ戻ってきたんじゃない、記憶が!?」
「わたしも言ったんだけどね、肝心なことはサッパリだって」
「まあ、午後にも検査あるから、ゆっくり思い出しなさいよ」

 大村さんが出て行って、また窓の外でカサコソと音がした。

「また、タヌキね」
「元々、ここはタヌキの多いところだったからね。ほら、ジブリの『平成狸合戦ぽんぽこ』の舞台になったところだからね」
 そこで和子の無線に小言が入った。
「はいはい、すぐに持ち場に戻ります。ハハ、怒られちゃった」
 和子はウィンクして、部屋の入り口の持ち場に戻った。

 外は爽やかな五月晴れだ。

 できるなら窓を開けたかった。

 でも、警備上、この窓は開かないハメ殺し、わたしは、缶詰半殺し……などと、呑気にアクビなどしていたら、急に前の窓ガラスに、ビシって音がして、放射状にヒビが入った。

 ウッ!

 胸に手を当てるとパジャマの胸が真っ赤に染まり、ミナコは、ゆっくりと倒れていった。
 倒れながら気がついた。『平成狸合戦ぽんぽこ』の公開は1994年、今は1993年。どうして沖浦さん知ってるんだろう……。

 その沖浦和子が拳銃を構えて入ってきた。

「ミナコちゃん!?」

 ウ……

 ミナコの視界は、しだいに暗くなっていった……。
 

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