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106《アナスタシア・1》

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てんせい少女

106《アナスタシア・1》      

                       

 ミナはコビナタから一枚のとても古い写真を見せられた。二秒で解析し任務を理解してミナはリープした。


「殿下、皇后陛下がお呼びです」


 古参侍女のベラがいつもの不機嫌顔をいっそう不機嫌にして呼びに来た。

―― またお小言 ――

 そう思ってため息ついてアナ(アナスタシア)は聖書を閉じた。聖書は表紙だけで、中身はベラにも見せられない小説である。

「殿下、お召し替え願います」
「え、お母様に会うのに?」

 通されたのは、思った通り母アレクサンドラの居室ではなかった。母が私的ではあるが謁見に使っている百合の間だった。

「あら、着替えてきたの?」

 アナが、準正装であるローブを着ていたので、母の皇后は少し驚いた。

「ベラが、これを着なさいって。それに、ここは百合の間でしょ」
「会わせたい人がいるの。居間にしたかったんだけど、お相手がご身分をはばかられるんで、百合の間にしたのよ」
「平民の方?」
「いいえ、ちゃんと爵位をお持ち。ロシアのそれではないけど」
「外国の方?」
「半分正解。エレーナ、お連れして。アナは、そこに掛けて」

 皇后は侍女のエレーナに命ずると、フロアーに置かれた椅子を示した。

 五分ほどすると、エレーナが客を連れてきた。驚いたことに若い女性であった。それも立派なフランス語(ロシア宮廷は日常フランス語)を話すロシア貴族にしか見えなかった。

「アナースタシア殿下、ご機嫌麗しゅう。わたくし日本のアリサ大黒男爵でございます。本日は皇后陛下のお召しによって参内いたしました」

「え……」

 アナは疑問符でいっぱいだった。

 どうみてもスラブ人(それも、かなり高貴な)の若い女性としか見えない。それが日本人だと名乗り、ロシアでは男子にしか与えられない爵位まで持っている。そして威厳と可愛らしさが同居したような落ち着きと好奇心が店番しているような瞳に、瞬間で大変な興味をもってしまった。

「ホホ、案の定好奇心でいっぱいになってしまったようね。アリサさん、大変でしょうが、わたくしに説明したことと、わたしがお願いしたことを、アナに話してやっていただけませんこと」
「うけたまわりました。言葉を少しフランクにさせていただいてもよろしゅうございますでしょうか」
「ええ、どうぞ。アナの言葉遣いもたいがいですから、思う存分に」

 アリサは、アナの向かいではなくテーブルを囲む4脚のうちのアナの隣に腰を下ろした。

「わたしの母はロシア人です。外見は母の血を濃く受け継ぎましたので見かけはこんなですが、中身は100%日本人です。男爵の爵位は、昨年父が亡くなりました後、女の身でありながらゴネ通して授爵いたしました。だって大黒家にはわたし以外に子がいませんでしたから。日本では女性の地位向上運動とジャガイモの品種改良に命をかけております……」

 アナは、ここで吹き出してしまった。さっきとは打って変わった調子の良さと、女性の地位向上運動とジャガイモの不釣合いな対比が面白かった。なるほど、この女性なら多少法律を捻じ曲げてでも、男爵になるだろう。

「で、あなたが品種改良したら男爵イモになるんでしょうね」
「御明察。川田龍吉男爵と競争しましたけど、わたしのジャガイモの方が一か月早く収穫ができました。ま、どちらが成功いたしましても『男爵イモ』の名称には変わりがありませんので、特許申請は川田男爵に譲りました」

「え、女性の地位向上運動をしておきながら、男に譲ったの?」

「深慮遠謀です。この先の運動のために恩を売っておいたのです。情けは人の為ならずです。ロシアには寒冷地での建築と農作物の研究にまいりました。ところが、正直申し上げて、今のロシアでは気楽に農作物の研究などできません。そこで、モスクワ大学のコノスキー先生にロシアの寒冷地での研究についてつきまとわっていました」

「ホホ、それが、あまりしつこいのでコノスキー先生が、わたしに愚痴をこぼしてね」

「それで、エカテリーナ宮殿まで?」

「はい、わたしも皇后さまや、アナスタシア殿下には興味がありましたから!」

「それが、ミイラ取りがミイラになってしまったのよね」

「「アハハハ」」

 アレクサンドラ皇后とアリサが同時に笑った。

「というわけで、今日から、わたしアリサ大黒男爵は殿下の家庭教師です!」

 ミナのアリサは前線に赴く新品少尉のように宣言したのだった。
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