おじさんの恋

椎名サクラ

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番外編

分裂と過剰と悦びと(遥人が二人になりました!?) 1

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 若者の間で流行っているアニメがあり、どういうわけか毎週決まった曜日の深夜、リビングのソファに恋人である遥人と腰掛けながら、隆則はそれを追っていた。

「すごいな、分裂してる……」

 主人公の宿敵とも言えるキャラが、新たな能力として身につけたのは己の分身を生み出すことで、能力はそのままに攻め込んでくるのだ。さすがにこれには主人公も悪戦苦闘して、二人となった宿敵が刃を向けてくるシーンで今週は終了した。

「いいな、分裂……」

 ぼそりと呟いてしまう。

「どうしたんですか急に」

 アニメはあまり観ないという遥人は、あくまでもフィクションだとつまらなそうにしていたが、さすがにこの言葉は聞き流せなかった。

「自分が二人いたら便利だなって思って。そうしたら今よりももっと色んな事ができるし、効率だってアップルするだろう」

 なによりも、仕事を今以上に入れることができる。

 フリーのプログラマーである隆則は舞い込んでくる仕事を一切断らないため、今では一部の会社から駆け込み寺のようなポジションとなっている。どんなに難しい案件でも納期が短くても、決して締め切り前に完璧なものを納品するので、隆則の存在を知っている会社から依頼がひっきりなしに舞い込んでくる。実は今も仕事を三件ほど抱えているが、週に一度、この時間だけは仕事部屋から出てきて遥人との時間を楽しんでいる。

「……隆則さんのことだから、もっと仕事を入れられるとか考えてませんか?」

「えっ……そんなこと……ない」

 こっそり遥人に隠すのは、二人の老後資金を貯めているからだ。男同士で将来を誓い合っている二人は法的な繋がりがないため、どうしても関係が不確かだ。ならば将来困ることがない潤沢な資金でもって年下の彼に安心感を与えたいと願ってしまうのは、惚れた弱みでしかない。

 けれど、どんな仕事でも受けてしまう隆則のスタンスに遥人が不満を抱いているのも知っている。だが、恋人との時間を増やしてしまうとどうしても体力が消耗してしまうのだ。

(一回でも始まったら……遥人しつこいからな……)

 彼の前から姿を消すという暴挙を取ったせいで、隆則に対してメンタル的に不安定な遥人は、愛されていると確かめたくてベッドの中で無理を強いてくる。罪悪感と愛おしさで拒むことができず、再び一緒に住むようになってから五年が経とうというのに、執心を一身に受けている。

「遥人だったら、どうするんだ?」

 話を変えようと慌てて訊ねれば、顎を指で挟み考えるポーズに視線が離せなくなった。

 初めて会ったのは二十歳だったが、その頃から格好いい遥人は二十七になった今ではそこに男の色気が加わり、一層魅力的な人物へと成長している。

 老若男女問わず好青年と認めるような男が自分の恋人なんて、夢じゃないかと今でも思ってしまう。

 対して隆則は趣味だったシステム開発を仕事にしてきたせいか、日陰に育った菜っ葉のように生気がなくひょろひょろとしている。容姿もパッとしない上にいい歳だというのに威厳すら感じさせない弱さが纏わり付いている。

 本当に自分と生涯を共にしていいのかと不安になる一方、遥人のいない人生なんて考えられない隆則は、とにかく二人が平穏にいきられるだけの金を確保したくてしょうがないのだ。

 そういった年上心をわかってくれない遥人は数秒悩んで、ちらりと隆則を見た。

「分身は仕事に行かせて、本体は隆則さんの管理します」

「えっ!?」

「朝ご飯も昼ご飯も食べないときがあるので、ちゃんと三食食べさせて、疲れたら肩をマッサージして、仕事明けにはお風呂に入れます。そして二人でたっぷりと隆則さんを味わいます」

 ニヤリと男らしい深みのある顔に笑みを浮かべた。そこに妖しい色を見付けて、しまったと思う。

「いや……俺一人でもちゃんとできるから……」

 嘘だ。遥人と恋人関係になる前から一緒に住むようになったのは、隆則が生活無能力者だからだ。一人暮らししていたこの部屋は、足の踏み場がないほど服やゴミで埋まり、初めて遥人が訪れた時、強盗が入ったのかと驚いたくらい片付けも掃除もできない。当然自炊なんて以ての外。何度か家を焼失しそうになった経験を経て、遥人からガスレンジの前に立つことを禁じられるくらい、仕事以外何もできない。

 隆則をどこまでも甘やかしている遥人は、仕事に夢中になると平気で抜いてしまうのが気がかりでならないのだろう。

 だが一番気になるのは最後の一言だ。

(さすがにあれは冗談だよな……)

 遥人一人でも相手をするのに体力すべてを奪い尽くされるというのに、それが二人になったら……確実に、死ぬ。なんせ遥人のセックスはねちっこいのだ。なかなか達かせて貰えないだけではなく、隆則がドライオーガニズム――いわゆるメス達きで絶頂を迎えることに深い喜びを見出しているようで、気を失うまでずっと達かされまくるのだ。

(あんなのを二人がかりとかあり得ない……俺絶対に死ぬじゃんか)
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