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番外編
世界で一番君が好き2
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なんせ初めて抱いたときも、もう一度最初から付き合おうと話したのもこの部屋だ。思い出があちらこちらに溢れかえり、老朽化してもここに住み続けてしまいそうな勢いなのだ。
だとしたら、権利を求めるのが咎められ、どうしても言い出せずにいる。
ただし、今日みたいな場合の決定権がすべて隆則にあるのが問題だ。
なんせ仕事では超絶な頭脳を持ち合わせていても、他がからっきしなのだ。
家事能力はないし基本お人好しで、簡単に利用されてしまう。
社会生活不適合者という言葉があるのだとすれば、まさにそれだ。
自己主張が下手でわがままも下手。本当に仕事しかできないのだ。
そんなところが可愛くてしょうがない反面、こうして自分以外の人間につけ込まれると非常に腹立たしいのだ。それが実の母であっても。
だが家主が決めたことをひっくり返すには、あまりにもこの不器用な家主を愛しすぎていた。「駄目か?」と上目遣いで聞かれたら否が言えなくなる。
十五も年上の四十過ぎの男だと頭でわかっていても、遥人に嫌われないように加齢臭対策とスカプルケアに励んでいる相手だとしても、頼まれたら拒めない。
「だったらいいよな。奏人くん結構たくさんの会社に面接に行くらしいんだ」
「そうですか……」
なんで実の兄よりも隆則の方が詳しいんだと母に電話したいのをぐっと堪え、湧き溢れる怒りを抑えるために隆則を抱きしめた。
「遥人?」
いつもの色っぽい雰囲気からのスキンシップではないので、初心な隆則はこんな些細な触れあいにも戸惑い始める。まだ会社から帰ってきたばかりのスーツ姿の遥人に手を回せず指先が彷徨っている。掴んでしわになるのを恐れるその仕草が可愛くて、ご飯なんてそっちのけで抱き潰したいが、ギュッと抱いた細い身体はまた骨の感触が当たる。
(お昼ご飯、ちゃんと食べてないな隆則さんは……)
仕事が忙しいと食事を抜くのが日常茶飯事な隆則は、遥人がしっかりと管理しないとどんどんと痩せてしまい即身仏になりかねない。昼食を用意して家を出ても、仕事が忙しいと部屋から出ないため、手つかずのまま放置していることもある。
(もっとちゃんと食べて欲しいんだけど……そうだ!)
たった一週間なら存分に弟を活用する方法を考え出した遥人は、あれほど胸に燻っていた不満が一気に晴れた。
「遅くなりましたけど、ご飯にしましょう。今作りますからちょっと待ってくださいね」
変わり身の早さを披露して、ジャケットをいつものように椅子の背に放り投げると、ワイシャツの袖を捲り夕食の準備に取りかかった。
休日にたっぷりと作り置きを用意しているため、三十分で素早く作り上げテーブルに並べる。
食の細い隆則に併せた薄味のご飯を二人で食べながら彼の仕事状況をヒアリングしていく。
(また無茶な仕事を詰め込んだな……今月だけで五件じゃないか)
大小様々なボリュームの依頼を普通のプログラマーはどのようにしてこなしているのかわからないが、少なくとも隆則の元に舞い込んでくる案件なら確実にヘビーな内容のものだろう。なんせ、その業界では「駆け込み寺」と呼ばれているらしいから、複雑な内容に違いない。それなのに月が始まったばかりでもう一ヶ月のスケジュールが埋まるのはおかしいだろうと思ってしまう。
ニコニコ笑って彼の話に頷くその頭の中では「これじゃ恋人の時間なんかとれないじゃないか!」とクレームを入れたくなる。
いくら隆則が優秀だからと言ってこんなペースで仕事をしたら、確実に倒れる。
だが昼間は遥人も仕事をしているので監視ができない。
(もうあいつにやらせるしかない)
愛しい恋人のためなら平気で家族をも使おうとする遥人だった。
「しばらくお世話になります」
就活の為にやってきた水谷家の三男・奏人は神妙な顔で頭を下げていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて隆則は自分よりも背の高い二十歳も下の青年を見つめた。兄弟だけあって遥人と似通うところがあり、少し懐かしさを覚える。初めて会ったときの遥人に似ている部分を見つけて、思わず顔が赤らんだ。
まだ七年前だというのに、遙か昔のようにすら感じる。それだけ濃密な時間を遥人と過ごしているのかもしれない。
(あれから随分と色んな事があったもんな)
一度遥人の元から逃げ出した隆則と話すだけのために、彼は努力を惜しまなかった。外資系の会計士事務所に就職し、そこでシステムの発注をするという手を用いて隆則を引きずり出したのだ。その後話をして、もう一度付き合うようになってからそれはそれは……正直口にするのも憚れるような愛欲の日々で、思い出しただけでも身体の奥が疼く事を色々されてしまっている。慌てて正気に戻り、事前に遥人と話し合って作った彼のスペースへと案内した。
といっても、ファミリータイプだが部屋は隆則が仕事に使っているものと、遥人の寝室の二つしかないので、自動的に兄と同室になるのだが。
だとしたら、権利を求めるのが咎められ、どうしても言い出せずにいる。
ただし、今日みたいな場合の決定権がすべて隆則にあるのが問題だ。
なんせ仕事では超絶な頭脳を持ち合わせていても、他がからっきしなのだ。
家事能力はないし基本お人好しで、簡単に利用されてしまう。
社会生活不適合者という言葉があるのだとすれば、まさにそれだ。
自己主張が下手でわがままも下手。本当に仕事しかできないのだ。
そんなところが可愛くてしょうがない反面、こうして自分以外の人間につけ込まれると非常に腹立たしいのだ。それが実の母であっても。
だが家主が決めたことをひっくり返すには、あまりにもこの不器用な家主を愛しすぎていた。「駄目か?」と上目遣いで聞かれたら否が言えなくなる。
十五も年上の四十過ぎの男だと頭でわかっていても、遥人に嫌われないように加齢臭対策とスカプルケアに励んでいる相手だとしても、頼まれたら拒めない。
「だったらいいよな。奏人くん結構たくさんの会社に面接に行くらしいんだ」
「そうですか……」
なんで実の兄よりも隆則の方が詳しいんだと母に電話したいのをぐっと堪え、湧き溢れる怒りを抑えるために隆則を抱きしめた。
「遥人?」
いつもの色っぽい雰囲気からのスキンシップではないので、初心な隆則はこんな些細な触れあいにも戸惑い始める。まだ会社から帰ってきたばかりのスーツ姿の遥人に手を回せず指先が彷徨っている。掴んでしわになるのを恐れるその仕草が可愛くて、ご飯なんてそっちのけで抱き潰したいが、ギュッと抱いた細い身体はまた骨の感触が当たる。
(お昼ご飯、ちゃんと食べてないな隆則さんは……)
仕事が忙しいと食事を抜くのが日常茶飯事な隆則は、遥人がしっかりと管理しないとどんどんと痩せてしまい即身仏になりかねない。昼食を用意して家を出ても、仕事が忙しいと部屋から出ないため、手つかずのまま放置していることもある。
(もっとちゃんと食べて欲しいんだけど……そうだ!)
たった一週間なら存分に弟を活用する方法を考え出した遥人は、あれほど胸に燻っていた不満が一気に晴れた。
「遅くなりましたけど、ご飯にしましょう。今作りますからちょっと待ってくださいね」
変わり身の早さを披露して、ジャケットをいつものように椅子の背に放り投げると、ワイシャツの袖を捲り夕食の準備に取りかかった。
休日にたっぷりと作り置きを用意しているため、三十分で素早く作り上げテーブルに並べる。
食の細い隆則に併せた薄味のご飯を二人で食べながら彼の仕事状況をヒアリングしていく。
(また無茶な仕事を詰め込んだな……今月だけで五件じゃないか)
大小様々なボリュームの依頼を普通のプログラマーはどのようにしてこなしているのかわからないが、少なくとも隆則の元に舞い込んでくる案件なら確実にヘビーな内容のものだろう。なんせ、その業界では「駆け込み寺」と呼ばれているらしいから、複雑な内容に違いない。それなのに月が始まったばかりでもう一ヶ月のスケジュールが埋まるのはおかしいだろうと思ってしまう。
ニコニコ笑って彼の話に頷くその頭の中では「これじゃ恋人の時間なんかとれないじゃないか!」とクレームを入れたくなる。
いくら隆則が優秀だからと言ってこんなペースで仕事をしたら、確実に倒れる。
だが昼間は遥人も仕事をしているので監視ができない。
(もうあいつにやらせるしかない)
愛しい恋人のためなら平気で家族をも使おうとする遥人だった。
「しばらくお世話になります」
就活の為にやってきた水谷家の三男・奏人は神妙な顔で頭を下げていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて隆則は自分よりも背の高い二十歳も下の青年を見つめた。兄弟だけあって遥人と似通うところがあり、少し懐かしさを覚える。初めて会ったときの遥人に似ている部分を見つけて、思わず顔が赤らんだ。
まだ七年前だというのに、遙か昔のようにすら感じる。それだけ濃密な時間を遥人と過ごしているのかもしれない。
(あれから随分と色んな事があったもんな)
一度遥人の元から逃げ出した隆則と話すだけのために、彼は努力を惜しまなかった。外資系の会計士事務所に就職し、そこでシステムの発注をするという手を用いて隆則を引きずり出したのだ。その後話をして、もう一度付き合うようになってからそれはそれは……正直口にするのも憚れるような愛欲の日々で、思い出しただけでも身体の奥が疼く事を色々されてしまっている。慌てて正気に戻り、事前に遥人と話し合って作った彼のスペースへと案内した。
といっても、ファミリータイプだが部屋は隆則が仕事に使っているものと、遥人の寝室の二つしかないので、自動的に兄と同室になるのだが。
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