死ぬ前に君と。

maru1002

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第1話 踏切

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 その街の夕方は、たいてい同じ音で終わる。
 チャイムでも、車のクラクションでもなく、踏切の警報音だ。

 カン、カン、カン──。

 高いような低いようなその音を聞くと、僕は「ああ、今日も一日が終わるんだな」と、他人事みたいに思う。

 仕事帰りの道に、その踏切はある。
 駅から少し離れた、住宅街と古い商店街の境目。
 車通りは多くないが、人だけはそれなりに行き来している。

 僕──

冬馬

とうま

は、いつものように会社を出て、いつものようにコンビニでコーヒーを買い、いつものように踏切の手前で立ち止まった。

 小さな袋が指先で揺れる。
 信号が赤に変わり、警報器が鳴り出す。

 カン、カン、カン──。

 線路の向こう側にも、何人か立ち止まっている。
 スーツ姿の男、買い物帰りらしい女性、学生らしき二人組。

 その中に、ひとりだけ「場違いな」人がいた。

 フード付きのパーカーに、短めのスカート。
 イヤホンをして、片手をポケットに突っ込んだまま、線路ぎりぎりまで近づいている女の子。

 電車が近づく音が、地面から伝わってくる。
 それでも彼女は、まったく下がる気配がなかった。

 スマホを構え、線路を切り取るようにシャッターを切る。
 他の人たちは、一歩、二歩と下がっていくのに、その子だけが、音の中心に向かって立っているように見えた。

 危ない──と、心のどこかで思う。
 だが、口には出さない。

 僕が何かを言ったところで、この子が聞くとも思えないし、
 もし本当に飛び込むつもりなら、知らない人間の一言でやめられるほど安い覚悟でもないだろう。

 それに、もしここで僕が慌てて手を伸ばして、自分まで巻き込まれたら──
 そんな終わり方は、まったく望んでいない。

 だから僕は、何も言わない。
 ただ、見ている。

 カン、カン、カン──。

 電車のライトが迫ってくる。
 風が強くなり、彼女のフードが少しだけ揺れた。

 その瞬間、彼女はひょいと一歩、線路から下がった。
 まるで最初からそう決めていたかのような、迷いのない一歩だった。

 電車が目の前を通り過ぎる。
 風と音が、こちら側と向こう側の人間を一瞬だけ同じ方向に押しやった。

 彼女はイヤホンのコードを直しながら、何事もなかったように立っている。
 周りの人たちが安堵の息をついたり、怪訝そうにちらりと見る中で、彼女だけは平然としていた。

 踏切のバーが上がる。
 人々が再び歩き出す。

 僕も、歩き出そうとした。

 そのときだ。

 線路を挟んだ向こう側から、視線を感じた。
 顔を上げると、さっきの女の子がこちらを見ていた。

 目が合う。

 近くで見ると、その目つきは妙に落ち着いていて、
 さっきまで線路ぎりぎりに立っていた人間のものとは思えなかった。

 彼女は、口元だけでふっと笑う。
 声は出さない。
 けれど、「見てたでしょ?」と言われているような気がした。

 僕は、とくに表情を変えない。
 変えないつもりだった。

 ほんの一瞬、自分の頬がわずかに強張った気がしたが、
 それを他人が気づくほど、僕の顔は器用ではない。

 彼女はそれ以上何も言わず、視線を外し、
 イヤホンのボリュームを上げるような仕草をして、歩き出した。

 すれ違いざま、その横顔が少しだけ見えた。

 あれは、退屈そうな顔だったのか、
 諦めたような顔だったのか。

 そのときの僕には、うまく判断がつかなかった。

 ただひとつだけ、はっきりしていることがある。

 ──ああいう人間には、できるだけ関わらないほうがいい。

 そう思って、僕は彼女のことを、心の中で「変わった人」とだけラベル付けし、
 そのままコンビニへと歩き出した。

 このときの僕は、まだ知らない。

 あの一歩下がった瞬間が、
 そしてあの、声もない笑いが、
 自分のそれからの一年の記憶を、ほとんど埋め尽くすことになるなんてことを。

 * * *
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