7 / 8
第7話 くだらないことで笑う夜
しおりを挟む
第7話 くだらないことで笑う夜
その週の終わり頃、咲良からまたメッセージが来た。
──咲良:本、どこまで読んだ?
──冬馬:読み終わりましたよ。
感想は、直接で。
──咲良:お、かっこつけた。
じゃあコンビニ前集合。
“また今度”の続きね。
夜。
いつものコンビニの前には、
いつものように咲良が立っていた。
「やぁ、文学少年」
「少年ではないです」
「心は、って話だよ」
自販機横のベンチに並んで座り、
それぞれ飲み物を手にする。
「で、どうだった? あの日記小説」
「……正直に言っていいなら」
「その前振り、ちょっと怖いけど、どうぞ」
「読み始めは、あまり好きではないと思いました」
「おっと」
「日記形式というのは、
作者の感情が直接出すぎることが多いので」
「毒舌だね、今日」
「でも」
そこで一度言葉を切る。
「最後まで読んだとき、
途中で止めなくてよかったとは、思いました」
咲良は、缶のプルタブに指をかけたまま、こちらを見た。
「どの辺でそう思った?」
「主人公が、自分の一年を“何も起きなかった”と書いていたところです」
「ほう」
「何も起きなかったと思っているのは本人だけで、
読んでいる側からすると、十分いろいろ起きているから」
「ふふ」
咲良は、缶をあける。
「それ、自分に言ってない?」
「どういう意味ですか」
「君、自分のこと“何も起きない人”だと思ってそうだなって」
「……否定はしません」
「でもさ」
咲良は、缶を一口飲んでから言った。
「コンビニの前で知らない女の子に“遺影どれがいい?”って聞かれて、
ちゃんと真面目に選ぶ人って、
だいぶ“何か起きてる人”だと思うよ」
「それは、相手の問題です」
「そうやってすぐ人のせいにするとこ、嫌いじゃない」
「褒められている気がしませんね」
「褒めてないもん」
くだらない会話のはずなのに、
こういう時間だけは、やけに鮮明に記憶に残る。
「こっちの短編集は?」
「全部読んだ」
咲良は、真面目な顔で頷いた。
「“大したことない日”の話、ばっかりだった」
「そうですね」
「でも、“大したことない日”がちょっとだけマシに見える話でもあった」
缶を両手で持ちながら、咲良は笑う。
「困るんだよね、そういうの」
「また困っているんですか」
「困ってる」
少しだけ真面目な声だった。
「“大したことない日”がいいなって思い始めたら、
“ここで終わりにしよう”って言いづらくなるから」
緩い会話の中に、ときどきこういう言葉を混ぜてくる。
受け止めきれないまま、
僕は飲みかけのコーヒーに口をつけた。
「ねぇ冬馬」
「なんでしょう」
「君さ、笑うときある?」
「失礼ですね」
「今のもそうだけど、
口元だけちょっと動いて、声は出さないやつじゃなくて」
咲良は、両手で口元に四角を作って見せる。
「ちゃんと“ははっ”って声出る笑い方」
「……あまり、ないかもしれません」
「やっぱり」
彼女は、少しだけ考えるような顔をした。
「リスト増やしていい?」
「嫌な予感しかしませんが」
ノートを開き、ペンを走らせる。
──9.君を“声出して笑わせる”。
「また勝手に増やしましたね」
「さっき思いついたから」
「そんなに簡単に増やすものじゃないでしょう、それは」
「いいの。
死ぬ前に君とやりたいこと、増えるのは悪いことじゃない」
咲良は、ペン先をとんとんとたたいた。
「で、その第一弾として」
「第一弾?」
「これから、ちょっとだけくだらないこと言ってくから、
笑っても怒らないでね」
「前提からして不安なんですが」
「大丈夫大丈夫。
君のことちゃんと観察してるから、ギリギリのライン攻める」
「やめてください」
そう言ったものの、
その夜の咲良の「くだらない話」は、
思っていたよりもたちがよかった。
仕事の話。
コンビニで見かけた変な客の話。
昔、自販機に千円を飲まれたまま戻らなかった話。
どれも他愛もない話なのに、
話し方だけがやたらと上手かった。
気づけば、口元から、いつもより少し大きな息が漏れていた。
「……今の、惜しいな」
「何がですか」
「ほぼ“笑い”だった。
君にしては上出来」
「上からですね」
「君がちゃんと笑ったら、その日はリストにチェック入れるから」
「ハードル、高くないですか」
「高くしとかないと、簡単にクリアされちゃうから」
そう言いながらも、
咲良の表情はどこか楽しそうだった。
* * *
その夜のノートには、新しい行がひとつ増えた。
──9.君を“声出して笑わせる”。
『今日は、まだ半分くらい。
口元は少しだけ緩んでた。
声が出たら、その日はきっと、
“死ぬ前に”じゃなくて、“生きててよかった”って書くつもり。
君が笑う顔、ちゃんと見てみたい。
遺影より、日記の一行より、
たぶんそれが今いちばん見たいもの。
そう思ってしまった時点で、
もうだいぶアウトなんだろうな。
……君には絶対、見せないページ。
君の笑い待ちで、少しだけ生き延びてる話。』
インクが乾くのを待つように、
咲良はしばらくページを見つめていた。
その週の終わり頃、咲良からまたメッセージが来た。
──咲良:本、どこまで読んだ?
──冬馬:読み終わりましたよ。
感想は、直接で。
──咲良:お、かっこつけた。
じゃあコンビニ前集合。
“また今度”の続きね。
夜。
いつものコンビニの前には、
いつものように咲良が立っていた。
「やぁ、文学少年」
「少年ではないです」
「心は、って話だよ」
自販機横のベンチに並んで座り、
それぞれ飲み物を手にする。
「で、どうだった? あの日記小説」
「……正直に言っていいなら」
「その前振り、ちょっと怖いけど、どうぞ」
「読み始めは、あまり好きではないと思いました」
「おっと」
「日記形式というのは、
作者の感情が直接出すぎることが多いので」
「毒舌だね、今日」
「でも」
そこで一度言葉を切る。
「最後まで読んだとき、
途中で止めなくてよかったとは、思いました」
咲良は、缶のプルタブに指をかけたまま、こちらを見た。
「どの辺でそう思った?」
「主人公が、自分の一年を“何も起きなかった”と書いていたところです」
「ほう」
「何も起きなかったと思っているのは本人だけで、
読んでいる側からすると、十分いろいろ起きているから」
「ふふ」
咲良は、缶をあける。
「それ、自分に言ってない?」
「どういう意味ですか」
「君、自分のこと“何も起きない人”だと思ってそうだなって」
「……否定はしません」
「でもさ」
咲良は、缶を一口飲んでから言った。
「コンビニの前で知らない女の子に“遺影どれがいい?”って聞かれて、
ちゃんと真面目に選ぶ人って、
だいぶ“何か起きてる人”だと思うよ」
「それは、相手の問題です」
「そうやってすぐ人のせいにするとこ、嫌いじゃない」
「褒められている気がしませんね」
「褒めてないもん」
くだらない会話のはずなのに、
こういう時間だけは、やけに鮮明に記憶に残る。
「こっちの短編集は?」
「全部読んだ」
咲良は、真面目な顔で頷いた。
「“大したことない日”の話、ばっかりだった」
「そうですね」
「でも、“大したことない日”がちょっとだけマシに見える話でもあった」
缶を両手で持ちながら、咲良は笑う。
「困るんだよね、そういうの」
「また困っているんですか」
「困ってる」
少しだけ真面目な声だった。
「“大したことない日”がいいなって思い始めたら、
“ここで終わりにしよう”って言いづらくなるから」
緩い会話の中に、ときどきこういう言葉を混ぜてくる。
受け止めきれないまま、
僕は飲みかけのコーヒーに口をつけた。
「ねぇ冬馬」
「なんでしょう」
「君さ、笑うときある?」
「失礼ですね」
「今のもそうだけど、
口元だけちょっと動いて、声は出さないやつじゃなくて」
咲良は、両手で口元に四角を作って見せる。
「ちゃんと“ははっ”って声出る笑い方」
「……あまり、ないかもしれません」
「やっぱり」
彼女は、少しだけ考えるような顔をした。
「リスト増やしていい?」
「嫌な予感しかしませんが」
ノートを開き、ペンを走らせる。
──9.君を“声出して笑わせる”。
「また勝手に増やしましたね」
「さっき思いついたから」
「そんなに簡単に増やすものじゃないでしょう、それは」
「いいの。
死ぬ前に君とやりたいこと、増えるのは悪いことじゃない」
咲良は、ペン先をとんとんとたたいた。
「で、その第一弾として」
「第一弾?」
「これから、ちょっとだけくだらないこと言ってくから、
笑っても怒らないでね」
「前提からして不安なんですが」
「大丈夫大丈夫。
君のことちゃんと観察してるから、ギリギリのライン攻める」
「やめてください」
そう言ったものの、
その夜の咲良の「くだらない話」は、
思っていたよりもたちがよかった。
仕事の話。
コンビニで見かけた変な客の話。
昔、自販機に千円を飲まれたまま戻らなかった話。
どれも他愛もない話なのに、
話し方だけがやたらと上手かった。
気づけば、口元から、いつもより少し大きな息が漏れていた。
「……今の、惜しいな」
「何がですか」
「ほぼ“笑い”だった。
君にしては上出来」
「上からですね」
「君がちゃんと笑ったら、その日はリストにチェック入れるから」
「ハードル、高くないですか」
「高くしとかないと、簡単にクリアされちゃうから」
そう言いながらも、
咲良の表情はどこか楽しそうだった。
* * *
その夜のノートには、新しい行がひとつ増えた。
──9.君を“声出して笑わせる”。
『今日は、まだ半分くらい。
口元は少しだけ緩んでた。
声が出たら、その日はきっと、
“死ぬ前に”じゃなくて、“生きててよかった”って書くつもり。
君が笑う顔、ちゃんと見てみたい。
遺影より、日記の一行より、
たぶんそれが今いちばん見たいもの。
そう思ってしまった時点で、
もうだいぶアウトなんだろうな。
……君には絶対、見せないページ。
君の笑い待ちで、少しだけ生き延びてる話。』
インクが乾くのを待つように、
咲良はしばらくページを見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる