夏の嵐

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
61 / 227
落ちた花火

02.

しおりを挟む

 *


 すっかり落ち着いた雰囲気の中、勢いをつけて立ち上がろうとして。
 ぴたりと、止まった。

「透愛?」

 俯く。
 ぶわりと額から冷や汗が噴き出して顎を伝った──ヤバい、腰から下に力が入らない。
 浴衣の下の足が、これまで以上に笑っている。
 さっきまで普通に歩けていたのに、どうやら一度座ったことで限界が来てしまったらしい。

(いやいやダメだって、みんないるのに。でも、このままじゃ……)

「橘くん」

 俯いた視界に入ってきた流水柄の浴衣と黒塗りの下駄に、少しだけ息が吸えた。

「足くじいてるよね。見せて?」

 姫宮は俺の斜め前にしゃがみ込むと、迷うことなく右足をひょいと持ち上げてきた。
 途端にズキンと走った痛みに、顔が歪む。

「いっ……て」
「少し腫れてるね。赤くなってる」
「あ、ホントだー」

 指摘されて初めて気づいた。そういえば突き飛ばされた時、右足がぴきって鳴ったっけ。

「この足じゃ、これ以上歩き回るのは難しそうだね。帰ったほうがいいよ。実は僕も用事があってそろそろお暇しようかと思ってたんだ。迎えを呼ぶから車で送っていくよ」
「おっ、姫宮の車ってリムジン?」
「あはは、残念ながら普通のどこにでもある車だよ」

 ウソつけ、高級車メーカーの外車のくせに。
 しかもあのバカでかい車庫に数台入ってるし、値段は聞いたことないけどたぶん億超えてんだろーが。
 そんな独り言を心の中で呟いていないと、ろくでもない感情が今この場で溢れてしまいそうだ。

「それでいいよね? 橘くん」
「……頼む、悪い」

 素直に、こくりと頷く。

「えびっくり、橘が姫宮くんに素直」
「透愛、そんなに痛むの? じゃあ私も一緒に」
「いらないよ」

 ぱしんと弾く様な音が聞こえた。

「──あれ、今ぶつかっちゃったかな。ごめんね?」
「あっ……ううん、大丈夫だよ」

 前髪の隙間からうかがえば、由奈が手を押さえ少し驚いていた。
 どうやら、由奈の手に姫宮の手が当たってしまったらしい。

「よかった。でも安心して? 橘くんはちゃんと家まで送っていくから、僕が」
「で、でも……」
「来栖さんが橘くんを支えたら、きっと来栖さんの方が潰れちゃうよ。そうなったら悲しい思いをするのは橘くんの方だと思う。僕がちゃんと橘くんの足になるから大丈夫だよ。ね、わかってくれる?」
「そ……うだね、うん」

 タイミングよくどぉーんと号砲花火が打ち上がった。
 そろそろ花火が始まる。
 きゅっと唇を引き結び、右足を摩ってから顔を上げ、心配そうな面々をぐるりと見回した。
 そして、顔の前で手を立ててごめんのポーズをとり、ニカっと笑う。

「あー、悪ィな! こんなんなっちまったから俺抜けるわ。あ~花火見たかったわ、でもせっかくだから、みんなは花火見てってくれよ……な? 頼む」

 俺の口角は、さきほどと同じ角度で上がっていただろうか。

「おー……」
「わかった。じゃああとで動画送るね」
「お、さんきゅー」
「ヒーローのご帰還だな、みんな道開けろ~」
「やめろ茶化すな160cm」
「ひゃくろくじゅーさんです!」
「橘ぁ、痛み引かないようだったらちゃんと病院に行くんだぞ?」
「うん、風間さんも心配かけてごめんな」
「じゃあ行こうか、橘くん」

 差し出された姫宮の肩に腕を回して、立ち上がる。
 俺は姫宮に支えられながら、ひょこひょことその場を後にした。


 込み上げてくるドロドロとした感情を、死に物狂いで押し込めながら。



 *



「一緒に帰ってあげなくていいのかなぁ……」
「大丈夫だと思うぞ。姫宮がついてるんだから。なぁ? 綾瀬」
「まぁ、こっちが気い使えばアイツも気にするし」
「なになに綾瀬ぇ、わかってんじゃーん」
「うざ。っていうか姫宮なんか怖くなかった?」
「怖い?」
「うん。笑ってたけど、なんかさ……」
「そーか? いつも通りだったじゃん。つーか姫宮って自分を嫌ってる野郎にも優しいんだな~、超イイ奴じゃん! いいな橘、俺もリムジン乗りてぇ!」
「……おまえ長生きするわ」
「え、なにそれ、俺バカにされてる?」
「正解。バカにしてる」
「おまえな」
「捺実、どうしたの? 変な顔して」
「──えっ? あっううん、なんでもない、よ……」


しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

短編集

ミカン
BL
一話完結のBL小説の短編集です

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 【花言葉】 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです! 【異世界短編】単発ネタ殴り書き随時掲載。 ◻︎お付きくんは反社ボスから逃げ出したい!:お馬鹿主人公くんと傲慢ボス

幼馴染みが屈折している

サトー
BL
「どの女もみんな最低だったよ。俺がちょっと優しくしただけで、全員簡単に俺なんかと寝てさ」 大学生の早川 ルイは、幼馴染みのヒカルに何をやっても勝てないといつも劣等感を感じていた。 勉強やスポーツはもちろんヒカルの方ができる、合コンはヒカルのオマケで呼ばれるし、好みの女子がいても皆ヒカルの方にとられてしまう。 コンプレックスを拗らせる日々だったが、ある日ヒカルの恋愛事情に口を挟んだことから急速に二人の関係は変化していく。 ※レオとルイが結ばれるIFエピソードについては「IF ROOT」という作品で独立させました。今後レオとのエピソードはそちらに投稿します。 ※この作品はムーンライトノベルズにも投稿しています。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...