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7年前
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「誰? 聞いてるんだけど」
なんで? なんで俺いま、殴られたの?
思考回路が追い付かず呆然としていると、今度は左の頬をバチィンと打たれて首が横を向いた。
痛い。痛くて痛くて目がちかちかする。
「や……ぁ」
「透貴ってだぁれ? 教えて、橘」
まだ声変わりを迎えていない鈴を転がすような愛らしい声が恐ろしかった。
じわじわと口内に溢れる血の味。口の中が切れてしまった。痛い。誰かに殴られたことなんて初めてで、突然の暴力に震えるばかりでまだ答えられないでいると、姫宮が再び腕を上げた。
「ひ……!」
「言えよ、また殴られたいの? 僕は別にかまわないけど」
それを力いっぱい振りかぶられる前に、なんとか声を絞り出す。
「に、にいちゃん……!」
「ああ、お兄さんか」
姫宮が、ゆらりと陽炎のように身を起こした。
嵐の前の、静けさみたいに。
「そういえばご両親はいないんだっけ。でも君、お兄さんのこと名前で呼ぶんだね。ふうん、仲がいいね。そういえば前からときときってうるさかったなぁ。でもそれは……よくないことだよね?」
「な……にが、よく、ないの……」
怯えながら俺が問いかけるまで、かろうじて姫宮は微笑んでいた。
「わからない?」
姫宮の顔から表情がかき消えた。
同時に、ダァンと顔の横に拳を叩きつけられて、マットが沈む。
「──僕以外の男の名前を呼ぶな!!」
「……っ、き」
「今君を抱いているのは僕だ、そうだろう!?」
豹変した姫宮は、とてもとても恐ろしい顔をしていた。
さらりと落ちてきた長めの黒髪に視界を覆われる。日没前のオレンジの光が遮断された。見開かれた黒い目に、怯え切った自分の姿が映り込んでいた。
「ダメだよ、なにを考えてるの? 橘……」
「あ……あぁ……」
「酷いよね、偶然、たまたま君のお兄さんとして生まれたってだけで毎日毎日君と一緒にいるんだもの。ねぇ、普段2人でどんなことしてるの? 一緒にご飯を食べたりしてるの? 2人でどこかに出かけたりしてるの? ああしてるかぁ……前に動物園とか遊園地にも行ったって話してたよね、楽しそうに。なんで? なんで、なんでどうしてそういうことするの僕がいるのに。ねぇ2人でお風呂に入ってるって本当? 君は君のこの身体をお兄さんには喜んで見せるの、晒すの?」
至近距離からわけのわからないことをべらべら並べ立てられて、口をはさむ暇さえなかった。
「聞いてるんだけど」
「ひ」
ぐいと頬を押し上げられて、姫宮の指が頬に食い込んだ。
「ねぇ、今、君の前にいるのは誰?」
「……ゃ」
「聞こえないな。君は誰に抱かれてるの」
「、ゃ、ひめみ、や」
姫宮は、じっと俺の目頭を見つめたまま動かない。
「じゅ、り」
カチカチと言うことを聞かない歯の隙間から、囁く。
「樹、李……お、おれが、いま抱かれてるのは、樹李ぃ……」
姫宮の瞳孔が、俺の心の内を探るように数ミリ、開いた。
「……もう二度と、僕以外の名前を呼ぶな」
ギクシャクと、頷く。しかし不正解だったらしい。
「声が小さい。もっと大きな声を出せ」
「よ、よば、ない」
「抵抗するな」
「しま、せん」
「僕以外の誰かに助けを求めたら許さない。わかった?」
「わ、かった」
「いい子になる?」
「なる……なり、ます」
彼の望む答えを言わなければ、きっと殴打だけじゃすまない。
「君は、誰のもの?」
「じゅり……の、も、もの」
「もう一度」
「……おれ、は、じゅ、樹李のもの、です」
「もう一度」
息を、死に物狂いで吸う。
「おれは、樹李のものです……!」
今度は声の大きさも、正解だったらしい。据わっていた姫宮の眼差しが緩み、わし掴みにされていた頬を解放される。
顔の横にある拳も、ゆるりと開かれていった。
乾ききっていた眼球から、涙が溢れた。
「ぅ……う、ふぇ」
「泣かないで」
労わるように頬を撫でられて、更に顔がくしゃくしゃになった。
「ごめんね、叩いちゃって。僕の大事な大事な橘なのに、こんなに腫れて痛かったよね。可哀想に……」
打って変わって優しくなった姫宮が、怖くて怖くて。
恐怖で、頭がどうにかなってしまいそうだった。
なんで? なんで俺いま、殴られたの?
思考回路が追い付かず呆然としていると、今度は左の頬をバチィンと打たれて首が横を向いた。
痛い。痛くて痛くて目がちかちかする。
「や……ぁ」
「透貴ってだぁれ? 教えて、橘」
まだ声変わりを迎えていない鈴を転がすような愛らしい声が恐ろしかった。
じわじわと口内に溢れる血の味。口の中が切れてしまった。痛い。誰かに殴られたことなんて初めてで、突然の暴力に震えるばかりでまだ答えられないでいると、姫宮が再び腕を上げた。
「ひ……!」
「言えよ、また殴られたいの? 僕は別にかまわないけど」
それを力いっぱい振りかぶられる前に、なんとか声を絞り出す。
「に、にいちゃん……!」
「ああ、お兄さんか」
姫宮が、ゆらりと陽炎のように身を起こした。
嵐の前の、静けさみたいに。
「そういえばご両親はいないんだっけ。でも君、お兄さんのこと名前で呼ぶんだね。ふうん、仲がいいね。そういえば前からときときってうるさかったなぁ。でもそれは……よくないことだよね?」
「な……にが、よく、ないの……」
怯えながら俺が問いかけるまで、かろうじて姫宮は微笑んでいた。
「わからない?」
姫宮の顔から表情がかき消えた。
同時に、ダァンと顔の横に拳を叩きつけられて、マットが沈む。
「──僕以外の男の名前を呼ぶな!!」
「……っ、き」
「今君を抱いているのは僕だ、そうだろう!?」
豹変した姫宮は、とてもとても恐ろしい顔をしていた。
さらりと落ちてきた長めの黒髪に視界を覆われる。日没前のオレンジの光が遮断された。見開かれた黒い目に、怯え切った自分の姿が映り込んでいた。
「ダメだよ、なにを考えてるの? 橘……」
「あ……あぁ……」
「酷いよね、偶然、たまたま君のお兄さんとして生まれたってだけで毎日毎日君と一緒にいるんだもの。ねぇ、普段2人でどんなことしてるの? 一緒にご飯を食べたりしてるの? 2人でどこかに出かけたりしてるの? ああしてるかぁ……前に動物園とか遊園地にも行ったって話してたよね、楽しそうに。なんで? なんで、なんでどうしてそういうことするの僕がいるのに。ねぇ2人でお風呂に入ってるって本当? 君は君のこの身体をお兄さんには喜んで見せるの、晒すの?」
至近距離からわけのわからないことをべらべら並べ立てられて、口をはさむ暇さえなかった。
「聞いてるんだけど」
「ひ」
ぐいと頬を押し上げられて、姫宮の指が頬に食い込んだ。
「ねぇ、今、君の前にいるのは誰?」
「……ゃ」
「聞こえないな。君は誰に抱かれてるの」
「、ゃ、ひめみ、や」
姫宮は、じっと俺の目頭を見つめたまま動かない。
「じゅ、り」
カチカチと言うことを聞かない歯の隙間から、囁く。
「樹、李……お、おれが、いま抱かれてるのは、樹李ぃ……」
姫宮の瞳孔が、俺の心の内を探るように数ミリ、開いた。
「……もう二度と、僕以外の名前を呼ぶな」
ギクシャクと、頷く。しかし不正解だったらしい。
「声が小さい。もっと大きな声を出せ」
「よ、よば、ない」
「抵抗するな」
「しま、せん」
「僕以外の誰かに助けを求めたら許さない。わかった?」
「わ、かった」
「いい子になる?」
「なる……なり、ます」
彼の望む答えを言わなければ、きっと殴打だけじゃすまない。
「君は、誰のもの?」
「じゅり……の、も、もの」
「もう一度」
「……おれ、は、じゅ、樹李のもの、です」
「もう一度」
息を、死に物狂いで吸う。
「おれは、樹李のものです……!」
今度は声の大きさも、正解だったらしい。据わっていた姫宮の眼差しが緩み、わし掴みにされていた頬を解放される。
顔の横にある拳も、ゆるりと開かれていった。
乾ききっていた眼球から、涙が溢れた。
「ぅ……う、ふぇ」
「泣かないで」
労わるように頬を撫でられて、更に顔がくしゃくしゃになった。
「ごめんね、叩いちゃって。僕の大事な大事な橘なのに、こんなに腫れて痛かったよね。可哀想に……」
打って変わって優しくなった姫宮が、怖くて怖くて。
恐怖で、頭がどうにかなってしまいそうだった。
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