夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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キレイな人

02.

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 君の口から久しぶりに聞いた一言に。
 胸に巣食っていた仄暗い感情が、光そのものへと変わっていく。


 *


 やわらかな髪をふわつかせ、こてんと首を傾ける橘は神々しいまでに美しかった。彼の金色が、銀の月明かりに照らしだされて、さらに黄金色に艶光っていて眩しい。
 どうしてこんなにも、目が離せないのだろう。


 彼は僕と同じ、ただの18歳の青年のはずなのに。


 7年前は確かに、君は僕を見上げていた。手のひらを広げて、腕を差し出してくれた君は王子様のようだった。そしてかつての僕は、お姫様みたいだと言われていた。
 今は逆だ。
 他者にどれだけ「王子様」だと持てはやされようが、どうだっていい。
 僕はただ恭しく橘の前に傅き、じっと彼を見上げながら、包帯を巻かれた足の甲を撫でた。
 こうして人前で触れていた時から、既に僕の心は、身体は、橘を求めていた。
 下肢が、果てしなく疼く。

「……蛇に噛まれた痕、残ってるね」
『え? うそだろ7年前だぞ!? どこ』
「ここ」

 疑うことなく下を覗き込んでくる彼の単純さに呆れつつも、その首の後ろに手を回して引き寄せる。橘は簡単に、僕の方へと倒れ込んできた。
 間髪を入れず、下から押し上げるように唇を重ねる。
 ぱしぱしと瞬きを繰り返し震える睫毛に、怯えはない。
 ただただ、彼は驚いていた。

『ちょ、なに……うわっ』

 橘の踵を勢いよく持ち上げ、柔らかいところ……今しがた強く爪を立ててしまった箇所に、あぐっと歯を立てる。
 そしてそのまま、橘を木床に横たえた。
 もちろん後頭部を板に打ち付けないように、そっと。
 目に見えて呆けていた橘は、徐々に僕の意図を把握し、じわじわと頬を赤らめていった。
 今の僕には、それも熟れた苺の色にしか見えなくて。

『……蛇の、噛み痕は』
「さあ、見失ってしまったな」
『どこで、スイッチ入ったんだよ』
「祭りの会場で、君の足に触れた時から」
『人前じゃん、変態かよ……ん』

 不埒な手は、無意識のうちに乱れた橘の浴衣に伸びた。この時点で僕はもう止まれそうになかった。
 橘からのまともな抵抗がないのをいいことに、くりくりと胸を弄る。
 橘がんん、とむず痒そうにのけ反り、喉仏を僕にさらけ出してきた。
 そこのでっぱりに、噛みつきたい。今この場で、この瞬間の全てで、彼が欲しい。

『……ヤんねーよ』
「なぜ」
「さっきから、慰めのつもりかよ……いらねぇってそんなの」
「慰めじゃない」
『じゃあなんで。ヒートじゃねぇのに。身体も、もう落ち着いてるし……それに、汚ねぇじゃん……』
「──汚い?」
『その、いろいろ……さ、触られたからさ』

 愚かでバカなことをほざく男に、目を細める。汚いわけがあるか。君がキレイでたまらないからこそ、僕はこうして手を伸ばさずにはいられないのに。
 ぼそぼそと、橘はなおも拒否の言葉を繰り返そうとしているが、どういうわけだかいつもと雰囲気が違う気がする。
 ふわふわしているというか、言葉の節々で、僕に「どうしよう」と伺ってくるというか。
 本当は受け入れる気があるのに、素直になれないというか──なんて、ただの勘違いだろう。
 けれどもこの雰囲気は妙に、勘違いしそうになるな。
 もしかして、もしかして彼も今、僕を求めてくれているんじゃないかって。
 そのきっかけを、彼も探ろうとしているんじゃないかって。
 そんなわけがないのに。これは僕のただの願望であるということも、知っている。

「まだ、理由がいる?」
『あ、当たり前だろ……俺らはそんなんじゃ、ねぇんだから』
「そうだね。じゃあ理由を作ろうか」

 しっかりと繋いだ橘の手を、ゆっくりと開かせる。
 花の中から、橘が現れたように見えた。

「今日はとても、あついから」

 今日は涼しくて、比較的過ごしやすい日だった。けれどもどんな理由でも作るつもりだった。君に、触れることができるのなら。
 どんな手を使ってでも言いくるめる。
 橘は、のってくれるだろうか。
 少しは、少しは僕に……目を、向けてくれるだろうか。
 今だけは僕だけを、見てくれるだろうか。

「僕は今、ものすごく汗を掻いている。わかるだろう? あつくてあつくてたまらないんだ」

 橘の手が冷たいのは、僕の手がおそろしく汗ばんでいるからかな。

「あついよ橘。君は……?」

 しばらく見つめ合ったあと──あちィよ、と、橘が囁いた。
 それはΩとして、番の熱に当てられたからなのか。それとも、襲われた気分の悪さを上書きしてしまいたかったのか。
 はたまた……橘のことだ。君に欲情して舌と涎を垂らす憐れな獣の姿に、同情したか。
 そうっと顔を傾け、橘に近づく。
 人をどこまでも惑わせる赤い彼の唇が、僕の角度に合わせて、徐々に開かれていった。
 塞ぐ前に、本格的に覆いかぶさる。
 橘の湿った手が、浴衣の隙間から首筋を通り抜け、するすると背中に回ってきた。熱い手だ。ぺろりと、橘の白い八重歯を舐めても、嫌がられることはなかった。
 むしろ、もっとと口を開いてくれた。いやに積極的。やはり今日の橘は、奇妙だ。
 上唇の裏をそろりと舐めて促せば、橘が舌をはふ、と吐息ごと舌を差し出してくる。
 そのまま一度、口の外で薄い舌肉を重ね、絡める。

『……め、みや……』

 べっこう飴みたいにとろんと濡れた、茶色い目。
 僕をどこまでも誘惑し続けるその掠れきった色っぽい声を、吐息ごと塞いでやる。

『ン、ん……』

 きゅうと、差し込まれた舌に酔うように、橘が目をつぶった。後頭部をしっかりと支えて、角度を変えて、もう一度深く重ねる。少し性急なキスだった。
 それでも橘は、自分から二人分の唾液をこくりと、飲んだ。
 そして、四肢を投げ出した。
 僕に、捧げるつもり、みたいに。


 ──ねぇ、橘。君、わかってる?


 君はお人よしすぎて、こうして我が儘な僕を受け入れようとしてくれるけれど。
 君の、その海みたいな広い心が。
 せせらぎのようにサラサラと流れていく、その水のような優しさが。
 僕にとって、どれほど残酷な行為になり得るか。







 君には一生、わからないんだろうね。










 ─────────
 次回からはR18シーンです。
 透愛編を姫宮視点でなぞる形になっていますが、透愛視点では省いた前戯シーンも追加しますので、楽しんで頂けたら嬉しいです。
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