月に泣く

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
98 / 142
前篇

40.触れる(1)

しおりを挟む
 * * *




 ガタガタと揺れる馬車の中。
 あれ以降、アレクシスは一言も喋らない。

 悪魔に連れ去られた方がまだマシだと思いながら、リョウヤは膝を抱えていた。
 あの性悪な性欲怪獣のマティアスを、シュウイチの元へ置いて来てしまったことが心配でならない。
 シュウイチは優しそうな人だったし、か細そうだったから、もしかしたらマティアスに酷いことをされているかもしれない。マティアスはアレクシスと2人して、薬がどうのと言っていた。リョウヤの時はアルコホルだったが、もしも彼らの言うおぞましい薬を使われて、シュウイチが四肢の自由を奪われでもしたら──駄目だ。嫌な想像ばかりが膨らんで、苦しくなる。
 できることなら今すぐにでも戻って、シュウイチが無事かどうか確かめたいくらいだ。
 けれども、この状況では引き返すことも不可能であることは、わかっていた。

 互いに沈黙したまま、馬車に揺られて15分ほど。てっきりこのまま館に戻るのかと思っていたら、強引に引きずり降ろされた先は高級ホテルの前だった。
 月桂館ほどではないが、これもまた立派な建造物だ。
 アレクシスの禍々しい気迫に、これはただ事では済まないと判断したのだろう。気押されながらも、「旦那様、あの、奥様とは、これから……」と気丈に声をかけてくれたユリエットだったが。

「……っ、ぁ」

 アレクシスは、ユリエットを一瞥しただけだ。そう、ただそれだけだ。
 だというのにユリエットは見たことがないほどに蒼白となり、これ以上アレクシスと目を合わせていたら死んでしまうとばかりに、深く深く首を垂れた。
 リョウヤはアレクシスの後ろにいたので、前からその顔を見ることは叶わなかった。
 だが、それでよかったのかもしれない。
 もしも見ていたら、リョウヤは死に物狂いでアレクシスの手を振り解いて、逃げていただろうから。

 腕を掴まれ、有無を言わさず華々しいロビーの中を連れていかれる。
 初めて「ホテル」という建物に足を踏み入れたが、喜びや感動など感じる暇もない。ただただ手首が痛かった。血が堰き止められて皮膚が白くなり、その内感覚さえなくなりそうだ。
 アレクシスは、荷物を持とうと近づいてくる従業員に、「ようこそチェンバレー様」とか「はるばるお越し頂いて」とか何やら話かけられていたが、見向きもしなかった。
 従業員たちは、アレクシスにペットのように引きずられてきた稀人の姿に驚き、大層怪訝そうな顔をしていた。
 こんな高級ホテルに、リョウヤのような人種を連れてくるのは普通ではないのだろう。
 一度も使ったことがない「エレベーター」とやらに乗せられても、心が躍ることもなかった。そればかりか、まるで鉄格子が嵌められた地下牢のようだと思った。
 低い場所でも高い場所でも、リョウヤに逃げ場などない。
 腕を引っぱられるがまま、よたよたとした足取りで前を歩く青年を追いかける。

 前を行く男の頭の中ではきっと、リョウヤは何度も何度もなぶり殺しにされているに違いなかった。

 


 * * *




 靴を履いたまま、ベッドに投げ出された。
 優しく扱ってはもらえないだろうということは予測できていたのだが、あまり柔らかくはないベッドに放り投げられたせいで、顔面を強く強打しかなり痛んだ。

「い、たい……」

 アレクシスが、髪をかきあげながらひたひたと近づいてくる。
 間髪入れずに横から大きな影に圧し掛かられて、首が竦む。

「……っ、」

 頬に吐息がかかる。反射的にシーツに顔を埋めようとすれば、頬をぐっと掴まれて前を向かされた。

「目を開けろ」

 淡々と下される命令は、絶対だ。今逆らえば恐ろしいことになる。
 ふるりとまぶたを押し上げれば、アレクシスは想像通り静かな顔をしていた。
 やけに蒼白で、静かに、確実に、怒り狂っていた。

「鳥肌が立っているな。僕が怖いのか……?」

 前にも、似たようなことを言われたな。
 ──怖いわけあるか。重いから早くどけよ。そんな風に強く突っぱねてやりたいのに、声がどうしても喉に張り付いてしまう。
 それに、こうして押し倒されるのも数週間ぶりで、ぎしりとベッドが軋む音にすら本能的に身が縮む。
 幼子のように泣き喚かないよう自身を律することだけで、精一杯だった。

「足を開け」
「アレ、ク……」

 残酷な命令にぽつりと呟いた声もか細く、上擦っていてみっともなかった。
 跡継ぎの母体となるリョウヤは、アレクシスにとっては必要不可欠な体だ。なので、死ぬほど手荒な真似はされないはずだというのに、今の彼には何をされるかわからないと、本気で思っていた。
 このまま、犯し殺されてしまう危険性だってある。
 そんな緊張感に苛まれるほど、ひしひしとぶつけられる圧は重い。

「……アレク」

 もう一度名を呼べば、伸びてくる手。せり上がった悲鳴が喉の奥で止まった。咄嗟に顔の前を手で庇うも、腕は無情にも払いのけられ、襟首辺りに手をかけられた。
 そしてそのまま、服をびりりっと横に引き裂かれた。

「……あッ」

 はらりと、ただの布切れとなったそれが宙を舞い、床に落ちる。空調管理がしっかりとなされている部屋だからか、余計に空気に晒された肌が冷たくなる。
 ドクンドクンと、際限なく早まっていく鼓動が胸を突き破りそうだ。

「ね、え、ねえ、まって、まって……」
「邪魔だ」
「……、待っ、て」

 アレクシスは聞く耳ももたないとばかりに、リョウヤの肌にまとわりついている残りの服すらも布クズにし始めた。
 薄い生地だとは言え、しっかりと編み込まれている布だ。そんな簡単に破けるものではないはずなのに。
 それほど、アレクシスの怒りが凄まじいということか。浅い呼吸を繰り返しながら、一片の容赦もしてくれない腕に、震える指を添える。

「まって……あれく」
「足を開けと言ったのが、聞こえなかったのか」
「ひ、……ひらく、よ……でも、まって、話、したいんだ……、お願い」

 なるべく刺激しないように、か細い声で制止を求める。これは確かに哀願だった。
 黙々と服を裂いていたアレクシスの手がぴたりと止まり、その唇がようやく笑みに近いようなものを浮かべた。
 だがそれは、シュウイチのような慈愛に満ちた微笑みには程遠く。

「それとも」

 10本の長い指が、細い両の肩にギチッと食い込んでくる。
 顔をのぞきこまれた瞬間、悲鳴になり損ねた空気がひゅわ、と溢れた。

「よそ見ばかりするその目を、ぐちゃぐちゃに潰してしまおうか……?」

 銀色の髪に視界が覆われた世界で、血の雫がそのまま凍ってしまったかのような瞳に、視線が固定される。
 喉をなだれ落ちてくる自身の唾でさえ、凍りついてしまいそうなほどの緊張感だ。



しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...