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40.触れる(1)
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* * *
ガタガタと揺れる馬車の中。
あれ以降、アレクシスは一言も喋らない。
悪魔に連れ去られた方がまだマシだと思いながら、リョウヤは膝を抱えていた。
あの性悪な性欲怪獣のマティアスを、シュウイチの元へ置いて来てしまったことが心配でならない。
シュウイチは優しそうな人だったし、か細そうだったから、もしかしたらマティアスに酷いことをされているかもしれない。マティアスはアレクシスと2人して、薬がどうのと言っていた。リョウヤの時はアルコホルだったが、もしも彼らの言うおぞましい薬を使われて、シュウイチが四肢の自由を奪われでもしたら──駄目だ。嫌な想像ばかりが膨らんで、苦しくなる。
できることなら今すぐにでも戻って、シュウイチが無事かどうか確かめたいくらいだ。
けれども、この状況では引き返すことも不可能であることは、わかっていた。
互いに沈黙したまま、馬車に揺られて15分ほど。てっきりこのまま館に戻るのかと思っていたら、強引に引きずり降ろされた先は高級ホテルの前だった。
月桂館ほどではないが、これもまた立派な建造物だ。
アレクシスの禍々しい気迫に、これはただ事では済まないと判断したのだろう。気押されながらも、「旦那様、あの、奥様とは、これから……」と気丈に声をかけてくれたユリエットだったが。
「……っ、ぁ」
アレクシスは、ユリエットを一瞥しただけだ。そう、ただそれだけだ。
だというのにユリエットは見たことがないほどに蒼白となり、これ以上アレクシスと目を合わせていたら死んでしまうとばかりに、深く深く首を垂れた。
リョウヤはアレクシスの後ろにいたので、前からその顔を見ることは叶わなかった。
だが、それでよかったのかもしれない。
もしも見ていたら、リョウヤは死に物狂いでアレクシスの手を振り解いて、逃げていただろうから。
腕を掴まれ、有無を言わさず華々しいロビーの中を連れていかれる。
初めて「ホテル」という建物に足を踏み入れたが、喜びや感動など感じる暇もない。ただただ手首が痛かった。血が堰き止められて皮膚が白くなり、その内感覚さえなくなりそうだ。
アレクシスは、荷物を持とうと近づいてくる従業員に、「ようこそチェンバレー様」とか「はるばるお越し頂いて」とか何やら話かけられていたが、見向きもしなかった。
従業員たちは、アレクシスにペットのように引きずられてきた稀人の姿に驚き、大層怪訝そうな顔をしていた。
こんな高級ホテルに、リョウヤのような人種を連れてくるのは普通ではないのだろう。
一度も使ったことがない「エレベーター」とやらに乗せられても、心が躍ることもなかった。そればかりか、まるで鉄格子が嵌められた地下牢のようだと思った。
低い場所でも高い場所でも、リョウヤに逃げ場などない。
腕を引っぱられるがまま、よたよたとした足取りで前を歩く青年を追いかける。
前を行く男の頭の中ではきっと、リョウヤは何度も何度もなぶり殺しにされているに違いなかった。
* * *
靴を履いたまま、ベッドに投げ出された。
優しく扱ってはもらえないだろうということは予測できていたのだが、あまり柔らかくはないベッドに放り投げられたせいで、顔面を強く強打しかなり痛んだ。
「い、たい……」
アレクシスが、髪をかきあげながらひたひたと近づいてくる。
間髪入れずに横から大きな影に圧し掛かられて、首が竦む。
「……っ、」
頬に吐息がかかる。反射的にシーツに顔を埋めようとすれば、頬をぐっと掴まれて前を向かされた。
「目を開けろ」
淡々と下される命令は、絶対だ。今逆らえば恐ろしいことになる。
ふるりとまぶたを押し上げれば、アレクシスは想像通り静かな顔をしていた。
やけに蒼白で、静かに、確実に、怒り狂っていた。
「鳥肌が立っているな。僕が怖いのか……?」
前にも、似たようなことを言われたな。
──怖いわけあるか。重いから早くどけよ。そんな風に強く突っぱねてやりたいのに、声がどうしても喉に張り付いてしまう。
それに、こうして押し倒されるのも数週間ぶりで、ぎしりとベッドが軋む音にすら本能的に身が縮む。
幼子のように泣き喚かないよう自身を律することだけで、精一杯だった。
「足を開け」
「アレ、ク……」
残酷な命令にぽつりと呟いた声もか細く、上擦っていてみっともなかった。
跡継ぎの母体となるリョウヤは、アレクシスにとっては必要不可欠な体だ。なので、死ぬほど手荒な真似はされないはずだというのに、今の彼には何をされるかわからないと、本気で思っていた。
このまま、犯し殺されてしまう危険性だってある。
そんな緊張感に苛まれるほど、ひしひしとぶつけられる圧は重い。
「……アレク」
もう一度名を呼べば、伸びてくる手。せり上がった悲鳴が喉の奥で止まった。咄嗟に顔の前を手で庇うも、腕は無情にも払いのけられ、襟首辺りに手をかけられた。
そしてそのまま、服をびりりっと横に引き裂かれた。
「……あッ」
はらりと、ただの布切れとなったそれが宙を舞い、床に落ちる。空調管理がしっかりとなされている部屋だからか、余計に空気に晒された肌が冷たくなる。
ドクンドクンと、際限なく早まっていく鼓動が胸を突き破りそうだ。
「ね、え、ねえ、まって、まって……」
「邪魔だ」
「……、待っ、て」
アレクシスは聞く耳ももたないとばかりに、リョウヤの肌にまとわりついている残りの服すらも布クズにし始めた。
薄い生地だとは言え、しっかりと編み込まれている布だ。そんな簡単に破けるものではないはずなのに。
それほど、アレクシスの怒りが凄まじいということか。浅い呼吸を繰り返しながら、一片の容赦もしてくれない腕に、震える指を添える。
「まって……あれく」
「足を開けと言ったのが、聞こえなかったのか」
「ひ、……ひらく、よ……でも、まって、話、したいんだ……、お願い」
なるべく刺激しないように、か細い声で制止を求める。これは確かに哀願だった。
黙々と服を裂いていたアレクシスの手がぴたりと止まり、その唇がようやく笑みに近いようなものを浮かべた。
だがそれは、シュウイチのような慈愛に満ちた微笑みには程遠く。
「それとも」
10本の長い指が、細い両の肩にギチッと食い込んでくる。
顔をのぞきこまれた瞬間、悲鳴になり損ねた空気がひゅわ、と溢れた。
「よそ見ばかりするその目を、ぐちゃぐちゃに潰してしまおうか……?」
銀色の髪に視界が覆われた世界で、血の雫がそのまま凍ってしまったかのような瞳に、視線が固定される。
喉をなだれ落ちてくる自身の唾でさえ、凍りついてしまいそうなほどの緊張感だ。
ガタガタと揺れる馬車の中。
あれ以降、アレクシスは一言も喋らない。
悪魔に連れ去られた方がまだマシだと思いながら、リョウヤは膝を抱えていた。
あの性悪な性欲怪獣のマティアスを、シュウイチの元へ置いて来てしまったことが心配でならない。
シュウイチは優しそうな人だったし、か細そうだったから、もしかしたらマティアスに酷いことをされているかもしれない。マティアスはアレクシスと2人して、薬がどうのと言っていた。リョウヤの時はアルコホルだったが、もしも彼らの言うおぞましい薬を使われて、シュウイチが四肢の自由を奪われでもしたら──駄目だ。嫌な想像ばかりが膨らんで、苦しくなる。
できることなら今すぐにでも戻って、シュウイチが無事かどうか確かめたいくらいだ。
けれども、この状況では引き返すことも不可能であることは、わかっていた。
互いに沈黙したまま、馬車に揺られて15分ほど。てっきりこのまま館に戻るのかと思っていたら、強引に引きずり降ろされた先は高級ホテルの前だった。
月桂館ほどではないが、これもまた立派な建造物だ。
アレクシスの禍々しい気迫に、これはただ事では済まないと判断したのだろう。気押されながらも、「旦那様、あの、奥様とは、これから……」と気丈に声をかけてくれたユリエットだったが。
「……っ、ぁ」
アレクシスは、ユリエットを一瞥しただけだ。そう、ただそれだけだ。
だというのにユリエットは見たことがないほどに蒼白となり、これ以上アレクシスと目を合わせていたら死んでしまうとばかりに、深く深く首を垂れた。
リョウヤはアレクシスの後ろにいたので、前からその顔を見ることは叶わなかった。
だが、それでよかったのかもしれない。
もしも見ていたら、リョウヤは死に物狂いでアレクシスの手を振り解いて、逃げていただろうから。
腕を掴まれ、有無を言わさず華々しいロビーの中を連れていかれる。
初めて「ホテル」という建物に足を踏み入れたが、喜びや感動など感じる暇もない。ただただ手首が痛かった。血が堰き止められて皮膚が白くなり、その内感覚さえなくなりそうだ。
アレクシスは、荷物を持とうと近づいてくる従業員に、「ようこそチェンバレー様」とか「はるばるお越し頂いて」とか何やら話かけられていたが、見向きもしなかった。
従業員たちは、アレクシスにペットのように引きずられてきた稀人の姿に驚き、大層怪訝そうな顔をしていた。
こんな高級ホテルに、リョウヤのような人種を連れてくるのは普通ではないのだろう。
一度も使ったことがない「エレベーター」とやらに乗せられても、心が躍ることもなかった。そればかりか、まるで鉄格子が嵌められた地下牢のようだと思った。
低い場所でも高い場所でも、リョウヤに逃げ場などない。
腕を引っぱられるがまま、よたよたとした足取りで前を歩く青年を追いかける。
前を行く男の頭の中ではきっと、リョウヤは何度も何度もなぶり殺しにされているに違いなかった。
* * *
靴を履いたまま、ベッドに投げ出された。
優しく扱ってはもらえないだろうということは予測できていたのだが、あまり柔らかくはないベッドに放り投げられたせいで、顔面を強く強打しかなり痛んだ。
「い、たい……」
アレクシスが、髪をかきあげながらひたひたと近づいてくる。
間髪入れずに横から大きな影に圧し掛かられて、首が竦む。
「……っ、」
頬に吐息がかかる。反射的にシーツに顔を埋めようとすれば、頬をぐっと掴まれて前を向かされた。
「目を開けろ」
淡々と下される命令は、絶対だ。今逆らえば恐ろしいことになる。
ふるりとまぶたを押し上げれば、アレクシスは想像通り静かな顔をしていた。
やけに蒼白で、静かに、確実に、怒り狂っていた。
「鳥肌が立っているな。僕が怖いのか……?」
前にも、似たようなことを言われたな。
──怖いわけあるか。重いから早くどけよ。そんな風に強く突っぱねてやりたいのに、声がどうしても喉に張り付いてしまう。
それに、こうして押し倒されるのも数週間ぶりで、ぎしりとベッドが軋む音にすら本能的に身が縮む。
幼子のように泣き喚かないよう自身を律することだけで、精一杯だった。
「足を開け」
「アレ、ク……」
残酷な命令にぽつりと呟いた声もか細く、上擦っていてみっともなかった。
跡継ぎの母体となるリョウヤは、アレクシスにとっては必要不可欠な体だ。なので、死ぬほど手荒な真似はされないはずだというのに、今の彼には何をされるかわからないと、本気で思っていた。
このまま、犯し殺されてしまう危険性だってある。
そんな緊張感に苛まれるほど、ひしひしとぶつけられる圧は重い。
「……アレク」
もう一度名を呼べば、伸びてくる手。せり上がった悲鳴が喉の奥で止まった。咄嗟に顔の前を手で庇うも、腕は無情にも払いのけられ、襟首辺りに手をかけられた。
そしてそのまま、服をびりりっと横に引き裂かれた。
「……あッ」
はらりと、ただの布切れとなったそれが宙を舞い、床に落ちる。空調管理がしっかりとなされている部屋だからか、余計に空気に晒された肌が冷たくなる。
ドクンドクンと、際限なく早まっていく鼓動が胸を突き破りそうだ。
「ね、え、ねえ、まって、まって……」
「邪魔だ」
「……、待っ、て」
アレクシスは聞く耳ももたないとばかりに、リョウヤの肌にまとわりついている残りの服すらも布クズにし始めた。
薄い生地だとは言え、しっかりと編み込まれている布だ。そんな簡単に破けるものではないはずなのに。
それほど、アレクシスの怒りが凄まじいということか。浅い呼吸を繰り返しながら、一片の容赦もしてくれない腕に、震える指を添える。
「まって……あれく」
「足を開けと言ったのが、聞こえなかったのか」
「ひ、……ひらく、よ……でも、まって、話、したいんだ……、お願い」
なるべく刺激しないように、か細い声で制止を求める。これは確かに哀願だった。
黙々と服を裂いていたアレクシスの手がぴたりと止まり、その唇がようやく笑みに近いようなものを浮かべた。
だがそれは、シュウイチのような慈愛に満ちた微笑みには程遠く。
「それとも」
10本の長い指が、細い両の肩にギチッと食い込んでくる。
顔をのぞきこまれた瞬間、悲鳴になり損ねた空気がひゅわ、と溢れた。
「よそ見ばかりするその目を、ぐちゃぐちゃに潰してしまおうか……?」
銀色の髪に視界が覆われた世界で、血の雫がそのまま凍ってしまったかのような瞳に、視線が固定される。
喉をなだれ落ちてくる自身の唾でさえ、凍りついてしまいそうなほどの緊張感だ。
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