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最初の犠牲者(2)
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「いくつなの?」
「い、いくつ、とは」
「年聞いてんの」
「え? わ……私は、3か月前に18になったばかりで……」
「そっか、18歳か」
静かに目を伏せた稀人の姿が、酷く大人びて見えた。
「ルディさんって呼んでもいい?」
「え、え……え。構わないわ」
「ルディさんって、本当にあいつのこと好きなんだな」
「……なにを、おっしゃりたいのかしら」
「アレクのことはクソ野郎でカス野郎だと思ってるんだけど、あいつ、人を見る目だけはあるなって」
「カ……」
「だってルディさん、俺があいつに無礼な態度をとったからそんなに怒ってんだろ? 趣味悪いとか言っちゃってごめん。あんたにとっては大事な奴なのにさ……大丈夫、子どもを産んでも母親面するつもりなんて一切ないから。好きでもない野郎との子なんて、愛情もわかねーし。あんたらの関係を引き裂くつもりもないから、事が済んだらさっさと出てくよ。だからそんな顔しなくていい、大丈夫」
それに、今気が付いた。「人」は稀人と比べて平均身長が高い。アレクシスは193cmで、ルディアナは小柄な方で164cmほどだ。しかしこうして並んでみると、稀人はルディアナと背丈がさほど変わらない。それどころか数センチ高めである。
少し、意外だった。もう少し低いと思っていた。
稀人がルディアナから視線を外し、こちらを向いた。細められた黒い瞳は、凪いだ湖のように穏やかで。
「なんだ、優しくていい子じゃん──手放すなよ」
息を呑んだのはルディアナか、アレクシスか。静寂にも満たない静寂が広がる。
「──んじゃ! 挨拶は終わりってことで。俺、そろそろ行くわ」
「お……お待ちになって!」
「ん?」
「貴方は、何がおできになるのかしら」
「なにって……なに?」
「ルディ、もういいだろう」
しかし、珍しく躍起になっているルディアナは稀人に数歩、詰め寄った。
「乗馬は、お得意ですの?」
「馬? うーん……この枷があるから無理だけど、そもそも乗ったことねーから秒で振り落とされるんじゃない? できることっていったら糞まみれになって一緒に遊ぶことぐらいかも」
「く……」
「ちなみに礼儀作法とかもちんぷんかんぷんだよ。貴族って晩餐会? とかいうやつでしょっちゅう踊ってんだろ? 俺にははさっぱり。兄ちゃんから教わったボンオドリぐらいしか踊れねーや」
「ボ……?」
「ってことで、もう行っていい?」
「……っ、あ、貴方は、随分と余裕がおありのようね」
「余裕?」
ルディアナの声が、微かに震えている。
「お気持ちはよくわかりますわ。ご自身が、アレクシス様に選ばれたのだとお思いなのでしょう。ですがお忘れなく、アレクシス様が貴方を選んだのは貴方が稀人、だからです。アレクシス様は素敵なお方です。ですからもしも……もしも貴方が、アレクシス様に想いをよせるようなことがあったら」
「やめろ」
ぴしゃりと言い切られたルディアナが、びくりと肩を震わせた。
「好きで選ばれたわけじゃない。それ以上は俺に対する侮辱だ、二度と言うな」
気圧されたルディアナが押し黙り、その喉が上下した。部屋に緊張が走る。
ふっと稀人が肩の力を抜き、張り詰めていた空気が霧散するようにやわらぐ。困ったように下がった眉は、ルディアナを怯えさせてしまったことを恥じているようにも見えた──なんだ?
「強く言っちゃってごめんな。でも大丈夫だって言ったろ? 俺がアレクを好きになるなんて天地がひっくり返ってもありえないから、気にしなくていいよ」
子どもを諭すような物言いに違和感は深まる。何か大事なことを、見落としているような。
「それにさ、誤解されたくないから言っておくけど、そもそも俺こいつのことぜんっぜん、これっぽっちもタイプじゃねーから。心配するだけ無駄だよ、無駄」
ぜんっぜんと、これっぽっちも、のところをかなり強調されて、抱いた疑問は霧散した。
「お互い心なんて伴ってないんだから、あんたも変な嫉妬とかしなくていいよ。っつーかする意味ないって」
「そんな、わ……私は、別に、嫉妬だなんて」
「そう? 好きな人が自分以外の誰かと寝るだなんて、俺だったら想像するだけでぞっとするけど」
きゅっと唇を噛んだルディアナを慰めるように、稀人はやけに明るく言った。
「じゃ、俺まだやることあるから行くね。話せてよかったよ」
「……貴方は、私に、何か言うことはないのですか……?」
「言いたいこと? うーん、別になんもな……あ、」
何を思いついたのか、稀人がぴたりと足を止めた。後々この発言の真意を問うたところ、「あんたのせいで責められてんのに、我関せずな顔してて腹が立ったから」、らしい。
その通り、この時のアレクシスは稀人とルディアナの会話に入り込めないでいた。
「……じゃあ経験者として1つだけ忠告しとこうかな」
くるりと振り向いた稀人は、アレクシスを指を差ししれっと告げた。
「こいつ、びっくりするほどセックスド下手クソだから気を付けた方がいーぜ」
最後の最後で落とされた爆弾発言に、ルディアナの顔は真っ青になった。
「な……なんてことを!」
「セ、セ、セ、セ……スだなんて!」
言葉なく硬直したルディアナに駆け寄る侍女たち。アレクシスもふらついた体を慌てて支える。流石に今の言葉は見過ごせない。
「おい」
「なに?」
「言うにことかいて下手くそだと? あえて手酷く扱っているのがわからんのか」
「へーそうなんだ、下手なの隠すためにがつがつ腰振ってるんだと思ってた」
眉間のしわが3割は増したアレクシスなどどうでもいいのだろう。稀人は「じゃあね」と今度こそ去っていった。残された方はたまったものじゃない。もう誰も、出ていく奴の背を引き留めることなどできやしなかった。
「……なんですの、あれは……」
そんなのこっちが聞きたい。
放心しているルディアナの問いに答える術をアレクシスは持っていなかったので、その代わりに苦虫を噛み潰した。
なんなんだ。あいつは。
かくしてアレクシスの本来の婚約者は、件の稀人の最初の犠牲者となってしまったのだった。
「い、いくつ、とは」
「年聞いてんの」
「え? わ……私は、3か月前に18になったばかりで……」
「そっか、18歳か」
静かに目を伏せた稀人の姿が、酷く大人びて見えた。
「ルディさんって呼んでもいい?」
「え、え……え。構わないわ」
「ルディさんって、本当にあいつのこと好きなんだな」
「……なにを、おっしゃりたいのかしら」
「アレクのことはクソ野郎でカス野郎だと思ってるんだけど、あいつ、人を見る目だけはあるなって」
「カ……」
「だってルディさん、俺があいつに無礼な態度をとったからそんなに怒ってんだろ? 趣味悪いとか言っちゃってごめん。あんたにとっては大事な奴なのにさ……大丈夫、子どもを産んでも母親面するつもりなんて一切ないから。好きでもない野郎との子なんて、愛情もわかねーし。あんたらの関係を引き裂くつもりもないから、事が済んだらさっさと出てくよ。だからそんな顔しなくていい、大丈夫」
それに、今気が付いた。「人」は稀人と比べて平均身長が高い。アレクシスは193cmで、ルディアナは小柄な方で164cmほどだ。しかしこうして並んでみると、稀人はルディアナと背丈がさほど変わらない。それどころか数センチ高めである。
少し、意外だった。もう少し低いと思っていた。
稀人がルディアナから視線を外し、こちらを向いた。細められた黒い瞳は、凪いだ湖のように穏やかで。
「なんだ、優しくていい子じゃん──手放すなよ」
息を呑んだのはルディアナか、アレクシスか。静寂にも満たない静寂が広がる。
「──んじゃ! 挨拶は終わりってことで。俺、そろそろ行くわ」
「お……お待ちになって!」
「ん?」
「貴方は、何がおできになるのかしら」
「なにって……なに?」
「ルディ、もういいだろう」
しかし、珍しく躍起になっているルディアナは稀人に数歩、詰め寄った。
「乗馬は、お得意ですの?」
「馬? うーん……この枷があるから無理だけど、そもそも乗ったことねーから秒で振り落とされるんじゃない? できることっていったら糞まみれになって一緒に遊ぶことぐらいかも」
「く……」
「ちなみに礼儀作法とかもちんぷんかんぷんだよ。貴族って晩餐会? とかいうやつでしょっちゅう踊ってんだろ? 俺にははさっぱり。兄ちゃんから教わったボンオドリぐらいしか踊れねーや」
「ボ……?」
「ってことで、もう行っていい?」
「……っ、あ、貴方は、随分と余裕がおありのようね」
「余裕?」
ルディアナの声が、微かに震えている。
「お気持ちはよくわかりますわ。ご自身が、アレクシス様に選ばれたのだとお思いなのでしょう。ですがお忘れなく、アレクシス様が貴方を選んだのは貴方が稀人、だからです。アレクシス様は素敵なお方です。ですからもしも……もしも貴方が、アレクシス様に想いをよせるようなことがあったら」
「やめろ」
ぴしゃりと言い切られたルディアナが、びくりと肩を震わせた。
「好きで選ばれたわけじゃない。それ以上は俺に対する侮辱だ、二度と言うな」
気圧されたルディアナが押し黙り、その喉が上下した。部屋に緊張が走る。
ふっと稀人が肩の力を抜き、張り詰めていた空気が霧散するようにやわらぐ。困ったように下がった眉は、ルディアナを怯えさせてしまったことを恥じているようにも見えた──なんだ?
「強く言っちゃってごめんな。でも大丈夫だって言ったろ? 俺がアレクを好きになるなんて天地がひっくり返ってもありえないから、気にしなくていいよ」
子どもを諭すような物言いに違和感は深まる。何か大事なことを、見落としているような。
「それにさ、誤解されたくないから言っておくけど、そもそも俺こいつのことぜんっぜん、これっぽっちもタイプじゃねーから。心配するだけ無駄だよ、無駄」
ぜんっぜんと、これっぽっちも、のところをかなり強調されて、抱いた疑問は霧散した。
「お互い心なんて伴ってないんだから、あんたも変な嫉妬とかしなくていいよ。っつーかする意味ないって」
「そんな、わ……私は、別に、嫉妬だなんて」
「そう? 好きな人が自分以外の誰かと寝るだなんて、俺だったら想像するだけでぞっとするけど」
きゅっと唇を噛んだルディアナを慰めるように、稀人はやけに明るく言った。
「じゃ、俺まだやることあるから行くね。話せてよかったよ」
「……貴方は、私に、何か言うことはないのですか……?」
「言いたいこと? うーん、別になんもな……あ、」
何を思いついたのか、稀人がぴたりと足を止めた。後々この発言の真意を問うたところ、「あんたのせいで責められてんのに、我関せずな顔してて腹が立ったから」、らしい。
その通り、この時のアレクシスは稀人とルディアナの会話に入り込めないでいた。
「……じゃあ経験者として1つだけ忠告しとこうかな」
くるりと振り向いた稀人は、アレクシスを指を差ししれっと告げた。
「こいつ、びっくりするほどセックスド下手クソだから気を付けた方がいーぜ」
最後の最後で落とされた爆弾発言に、ルディアナの顔は真っ青になった。
「な……なんてことを!」
「セ、セ、セ、セ……スだなんて!」
言葉なく硬直したルディアナに駆け寄る侍女たち。アレクシスもふらついた体を慌てて支える。流石に今の言葉は見過ごせない。
「おい」
「なに?」
「言うにことかいて下手くそだと? あえて手酷く扱っているのがわからんのか」
「へーそうなんだ、下手なの隠すためにがつがつ腰振ってるんだと思ってた」
眉間のしわが3割は増したアレクシスなどどうでもいいのだろう。稀人は「じゃあね」と今度こそ去っていった。残された方はたまったものじゃない。もう誰も、出ていく奴の背を引き留めることなどできやしなかった。
「……なんですの、あれは……」
そんなのこっちが聞きたい。
放心しているルディアナの問いに答える術をアレクシスは持っていなかったので、その代わりに苦虫を噛み潰した。
なんなんだ。あいつは。
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