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前篇
触れる(3)
しおりを挟む「しらばっくれる気か? 僕が見張っていなければ、おまえはあの場であの稀人にも跨っていただろう……?」
「ん、なこと、誰が、するかよ……」
なんとか声を絞り出せたのは、今の一言がリョウヤだけでなくシュウイチに対する侮辱でもあったからだ。その発言だけは、受け流せない。
「嘘をつけ。手を重ねられて、馬鹿みたいに頬を赤らめていたのはどこのどいつだ。ん……?」
「あれ、は」
シュウイチの手が、優しかったからだ。リョウヤを心から、憂いてくれていたからだ。してもらえることの全てが、嬉しかったからだ。
「随分と、あちらの言語を使っていたな。何を話していた、答えろ」
「べ……べつ、に、なにも……」
口が濁る。アレクシスの悪口を言っていただなんて口が裂けても言えない。
「2人で、逃亡の算段か?」
「違……ッ、ぁ、ッ……ぐ!」
ごりっと、肩が外されてしまいそうだ。指の先が丸まりかくかくと痙攣する。容赦のない締め付けを少しでもゆるめてほしくて身を捩るも、更に拘束は強くなってしまった。
圧迫感に血流が堰き止められ、腕全体がびりびりと痺れてくる。肩の皮膚は、きっとしわになっているだろう。
「いた……い゛、く」
「違うな。僕は何を話していたかと聞いているんだ」
アレクシスの目は、どうしようもないほどに据わりきっている。
「質問に答えろ。それ以外の返答は許さない……!」
逃げても駄目、哀願しても駄目、けれどもこのまま受け入れれば、きっと身も心もぐちゃぐちゃにされる。どれを選んでも地獄だなんて……こんなのどうしたらいいんだ。
初めて、本当の意味で、アレクシスという人間から逃げたくなった。
「へ、変なことは、話してない……シュウイチさんはただ、ただ俺のこと、褒めてくれた、だけで」
「褒めてくれた、だと……?」
「……ぅ、ッ」
ギチギチと腕が軋む。痛いと、叫ばないように我慢した。
「そ、そう。俺のこと、や、優しいって言って、くれたんだ。あと、約束って……また、会おうねって」
包み隠さず本当のことを話したというのに、力は強まるばかりだ。
「また会おう? 馬鹿なことを……くだらん口約束だ。言い忘れていたが、もう二度と、あの稀人とおまえを会わせる気はない」
「な、なんでっ」
驚いた。アレクシスの顔は、本気だ。
「なんで……?」
アレクシスの美麗な唇が、嫌な形に歪む。
「じゃあ聞くが、あれ以上何を話すことがある。おまえらは、違う時代から来た生き物なんだろう?」
口を、閉じる。
「80年……か。人間の寿命を超える年数じゃないか。顔を合わせたところで何になる。おまえはともかく、あの稀人がおまえに会っても何の利益もない」
「……それ、は」
「むしろ害でしかないだろうな。あの稀人が、おまえに会う理由なんぞ1つもない」
「ある……よ、だってシュウイチさんは、お、俺と話してると、元気が出るって」
「世辞と本音の区別もつかんのか?」
アレクシスが唇を寄せ、耳朶に直接囁いてきた。
「随分とおめでたい頭だな。あの稀人が中央で管理されているのは、上の連中が人間の役に立つ存在だと判断したからだ。対しておまえはどうだ、あの稀人と張り合えるだけの何かしらの能力を持っているのか?」
じくじく、と。
「馬が走らせる必要のない画期的な車を作れるのか? 空を飛び、人を乗せて運ぶ未知なる機械を発明できるのか? 不思議な術を用いて、おまえ以上に価値が重い、誰かの命を華麗に救えるのか……? 知識、才能、器量、素質、天性、手腕。なに1つとして持っていないおまえに、この世界にいる誰が会いたいと思うんだ……」
おまえ如きに。
アレクシスの言葉が、この世界の常識が、鋭い杭となって、心の柔い部分を抉り出してくる。
「なんだそのみすぼらしい顔は──ああ! まさかおまえ、あの稀人が必要とされているからと言って、自分もそうなのかもしれないと勘違いしているのか……?」
こんなの、いつも通りのアレクシスの罵倒だ。今に始まったことではない。慣れてる。
「愚か者め。おまえが言ったんだぞ? 命は1つだと。あの稀人はおまえじゃない。おまえはあの稀人のようにはなれない。おまえは道端に転がっているただのゴミだ。踏みつけて潰しても誰も気付きやしない、その程度の存在だ」
だというに、息が。
「わかってる……わかってるよ、そんなこと」
息が、苦しい。
「言われなくても、わかってる……」
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