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前篇
45.真実(1)
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リョウヤが倒れてから2日目の昼。未だに熱は下がらない。閉じられたまぶたは時折開かれるが、何度呼びかけても焦点は合わず、昏々と寝入ったままだ。
不鮮明な何かは、まだ形にはなっていない。
* * *
「マティアスさまがお見えになっています」
連絡の無いマティアスの緊急来訪は今に始まったことではないが、今日のマティアスの登場風景は、いつもとは少し勝手が違っていた。
「うわ、すごいねこの部屋。殺風景にもほどがあるでしょ」
目を丸くさせるマティアスを一瞥だけして、直ぐに戻そうと思っていたのだがぴたりと止まってしまった。
「メイドたちが困ってたよ? おまえがずっと奥様のお部屋にいらっしゃるから、緊張して上手くお世話ができないって。失敗したら殺されそうって……まさかおまえが、看病の真似事をしてるとはねぇ」
自慢の革靴を鳴らし、長い髪をなびかせて颯爽と近づいてくる姿はいつも通り、なのだが。
「仕事もこの部屋に持ってくる始末なんだって? しかも、全く手についていないみたいだ」
用意させた簡易テーブルの上。
そこに積み上げられている書類の束を優雅に流し見るその仕草も、いつも通り、なのだが。
「マティアス、おまえ……」
「ん?」
「ん、じゃない。何があったんだその顔は。凄いことになってるぞ。鏡は見たか」
顔中に赤い発疹が出ている。茹でた卵のようにつるっとしていた陶器のように白い肌が、見るも無残な状態だった。触ればざらざらしていそうだ。
「あー……うん、まあ、いろいろとね……」
いろいろ、で片付くのかそれが。マティアスが自慢の肌をぽり、と掻くと、ぺりっと剥がれる治りかけの皮膚。見ているだけでこちらも痛痒くなってきそうだ。
なんの病気だと少し、いやかなり避けたくなる。
「あ、やめてくれよその顔、傷付くなぁ。大丈夫だって、移ったりはしないから」
「性病か」
「だから違うっつってんだろ」
珍しくマティアスの口調が荒れる。こんなマティアスを見たのはスクールの学生だった時以来だ。
「全く。顔にターバン巻きつけてこそこそ馬車に乗ってきた友を褒めてくれよ。君から心を込めてプレゼントしてもらったターバンを、こんなことに使うハメになるだなんて……屈辱だ」
別に心を込めてなどいない。視察に訪れた際に軽く手を出した現地の女に、「私を忘れないで」とばかりに押し付けられたものをマティアスに譲ったまでだ。
「本当に大変だったんだからな」
「だから、なんの病気だそれは」
「毒だよ」
「毒? 拾い食いでもしたか」
「失敬な。盛られたんだよ」
「盛られた……?」
こう見えても注意深いマティアスだ。そんなものを盛れる猛者がいるとは思えないのだが。
「娼婦の股にでも塗られていたのか。毒婦だな」
捨て身の作戦であれば流石のマティアスもやられるかもしれない……と思っての発言だったのだが、何が気に障ったのか、辛うじて浮かべられていたマティアスの微笑みがぴしりと固まった。
ぱりぱりに乾いた頬までもがひりっと引き攣っている。
滅多に負の感情を表に出さない男だというのに、これも珍しい。
「……毒婦よりももっとヤバい奴だった」
「は?」
「まぁ、そんなことはどうだっていいんだよ。これ、渡しに来ただけだからね。すぐに帰るから」
露骨に話題を避けられた。深く追求する前に、どうぞと手渡されたものを反射的に受け取る。
「なんだこれは」
ガサガサとした茶色い袋を掴むと、カチカチと中で何かがぶつかり合う音がした。
入っているのは……小瓶、だろうか。
「坊やに、だって」
「……誰からだ?」
マティアスが、ぺろんと引き剥がした皮膚の一片をふう、と吹き飛ばした。
「おいやめろ、脱皮中の蛇か貴様は」
「……シュウから」
やけに神妙な声色に、思わず怪訝な顔になる。
不鮮明な何かは、まだ形にはなっていない。
* * *
「マティアスさまがお見えになっています」
連絡の無いマティアスの緊急来訪は今に始まったことではないが、今日のマティアスの登場風景は、いつもとは少し勝手が違っていた。
「うわ、すごいねこの部屋。殺風景にもほどがあるでしょ」
目を丸くさせるマティアスを一瞥だけして、直ぐに戻そうと思っていたのだがぴたりと止まってしまった。
「メイドたちが困ってたよ? おまえがずっと奥様のお部屋にいらっしゃるから、緊張して上手くお世話ができないって。失敗したら殺されそうって……まさかおまえが、看病の真似事をしてるとはねぇ」
自慢の革靴を鳴らし、長い髪をなびかせて颯爽と近づいてくる姿はいつも通り、なのだが。
「仕事もこの部屋に持ってくる始末なんだって? しかも、全く手についていないみたいだ」
用意させた簡易テーブルの上。
そこに積み上げられている書類の束を優雅に流し見るその仕草も、いつも通り、なのだが。
「マティアス、おまえ……」
「ん?」
「ん、じゃない。何があったんだその顔は。凄いことになってるぞ。鏡は見たか」
顔中に赤い発疹が出ている。茹でた卵のようにつるっとしていた陶器のように白い肌が、見るも無残な状態だった。触ればざらざらしていそうだ。
「あー……うん、まあ、いろいろとね……」
いろいろ、で片付くのかそれが。マティアスが自慢の肌をぽり、と掻くと、ぺりっと剥がれる治りかけの皮膚。見ているだけでこちらも痛痒くなってきそうだ。
なんの病気だと少し、いやかなり避けたくなる。
「あ、やめてくれよその顔、傷付くなぁ。大丈夫だって、移ったりはしないから」
「性病か」
「だから違うっつってんだろ」
珍しくマティアスの口調が荒れる。こんなマティアスを見たのはスクールの学生だった時以来だ。
「全く。顔にターバン巻きつけてこそこそ馬車に乗ってきた友を褒めてくれよ。君から心を込めてプレゼントしてもらったターバンを、こんなことに使うハメになるだなんて……屈辱だ」
別に心を込めてなどいない。視察に訪れた際に軽く手を出した現地の女に、「私を忘れないで」とばかりに押し付けられたものをマティアスに譲ったまでだ。
「本当に大変だったんだからな」
「だから、なんの病気だそれは」
「毒だよ」
「毒? 拾い食いでもしたか」
「失敬な。盛られたんだよ」
「盛られた……?」
こう見えても注意深いマティアスだ。そんなものを盛れる猛者がいるとは思えないのだが。
「娼婦の股にでも塗られていたのか。毒婦だな」
捨て身の作戦であれば流石のマティアスもやられるかもしれない……と思っての発言だったのだが、何が気に障ったのか、辛うじて浮かべられていたマティアスの微笑みがぴしりと固まった。
ぱりぱりに乾いた頬までもがひりっと引き攣っている。
滅多に負の感情を表に出さない男だというのに、これも珍しい。
「……毒婦よりももっとヤバい奴だった」
「は?」
「まぁ、そんなことはどうだっていいんだよ。これ、渡しに来ただけだからね。すぐに帰るから」
露骨に話題を避けられた。深く追求する前に、どうぞと手渡されたものを反射的に受け取る。
「なんだこれは」
ガサガサとした茶色い袋を掴むと、カチカチと中で何かがぶつかり合う音がした。
入っているのは……小瓶、だろうか。
「坊やに、だって」
「……誰からだ?」
マティアスが、ぺろんと引き剥がした皮膚の一片をふう、と吹き飛ばした。
「おいやめろ、脱皮中の蛇か貴様は」
「……シュウから」
やけに神妙な声色に、思わず怪訝な顔になる。
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