月に泣く

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
123 / 142
前篇

45.真実(1)

しおりを挟む
 リョウヤが倒れてから2日目の昼。未だに熱は下がらない。閉じられたまぶたは時折開かれるが、何度呼びかけても焦点は合わず、昏々と寝入ったままだ。
 不鮮明な何かは、まだ形にはなっていない。



 * * *



「マティアスさまがお見えになっています」


 連絡の無いマティアスの緊急来訪は今に始まったことではないが、今日のマティアスの登場風景は、いつもとは少し勝手が違っていた。

「うわ、すごいねこの部屋。殺風景にもほどがあるでしょ」

 目を丸くさせるマティアスを一瞥だけして、直ぐに戻そうと思っていたのだがぴたりと止まってしまった。

「メイドたちが困ってたよ? おまえがずっと奥様のお部屋にいらっしゃるから、緊張して上手くお世話ができないって。失敗したら殺されそうって……まさかおまえが、看病の真似事をしてるとはねぇ」

 自慢の革靴を鳴らし、長い髪をなびかせて颯爽と近づいてくる姿はいつも通り、なのだが。

「仕事もこの部屋に持ってくる始末なんだって? しかも、全く手についていないみたいだ」

 用意させた簡易テーブルの上。
 そこに積み上げられている書類の束を優雅に流し見るその仕草も、いつも通り、なのだが。

「マティアス、おまえ……」
「ん?」
「ん、じゃない。何があったんだその顔は。凄いことになってるぞ。鏡は見たか」

 顔中に赤い発疹が出ている。茹でた卵のようにつるっとしていた陶器のように白い肌が、見るも無残な状態だった。触ればざらざらしていそうだ。

「あー……うん、まあ、いろいろとね……」

 いろいろ、で片付くのかそれが。マティアスが自慢の肌をぽり、と掻くと、ぺりっと剥がれる治りかけの皮膚。見ているだけでこちらも痛痒くなってきそうだ。
 なんの病気だと少し、いやかなり避けたくなる。

「あ、やめてくれよその顔、傷付くなぁ。大丈夫だって、移ったりはしないから」
「性病か」
「だから違うっつってんだろ」

 珍しくマティアスの口調が荒れる。こんなマティアスを見たのはスクールの学生だった時以来だ。

「全く。顔にターバン巻きつけてこそこそ馬車に乗ってきた友を褒めてくれよ。君から心を込めてプレゼントしてもらったターバンを、こんなことに使うハメになるだなんて……屈辱だ」

 別に心を込めてなどいない。視察に訪れた際に軽く手を出した現地の女に、「私を忘れないで」とばかりに押し付けられたものをマティアスに譲ったまでだ。

「本当に大変だったんだからな」
「だから、なんの病気だそれは」
「毒だよ」
「毒? 拾い食いでもしたか」
「失敬な。盛られたんだよ」
「盛られた……?」

 こう見えても注意深いマティアスだ。そんなものを盛れる猛者がいるとは思えないのだが。

「娼婦の股にでも塗られていたのか。毒婦だな」

 捨て身の作戦であれば流石のマティアスもやられるかもしれない……と思っての発言だったのだが、何が気に障ったのか、辛うじて浮かべられていたマティアスの微笑みがぴしりと固まった。
 ぱりぱりに乾いた頬までもがひりっと引き攣っている。
 滅多に負の感情を表に出さない男だというのに、これも珍しい。

「……毒婦よりももっとヤバい奴だった」
「は?」
「まぁ、そんなことはどうだっていいんだよ。これ、渡しに来ただけだからね。すぐに帰るから」

 露骨に話題を避けられた。深く追求する前に、どうぞと手渡されたものを反射的に受け取る。

「なんだこれは」

 ガサガサとした茶色い袋を掴むと、カチカチと中で何かがぶつかり合う音がした。
 入っているのは……小瓶、だろうか。

「坊やに、だって」
「……誰からだ?」

 マティアスが、ぺろんと引き剥がした皮膚の一片をふう、と吹き飛ばした。

「おいやめろ、脱皮中の蛇か貴様は」
「……シュウから」

 やけに神妙な声色に、思わず怪訝な顔になる。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...