月に泣く

宝楓カチカ🌹

文字の大きさ
131 / 142
前篇

  落ちる(2)

しおりを挟む
 



「なんだ、その顔は」
「いや、だって……ど、どうしたの? 今日はなんか、喋るけど。それに、なんか……なんかさ」
「なんだ」
「あんた変だ。拾い食いでもしたの?」
「誰がするか、貴様と一緒にするな」
「俺だって拾い食いはしねーよ! 今は……」
「していたのか」
「そりゃ、孤児だったもんで」

 細くため息が漏れる。自分を知ってもらうことのなんと難しいことか。しかし意外なことに、会話を広げてきたのはリョウヤの方からだった。

「つまりさ、この部屋にあるものって……本当に、あんたが好きで集めてきたものなの?」
「そうだ」
「ふうん」

 リョウヤは顔を高く上げて、ぐるりとあたりを見回した。

「あんたの父親は、この部屋のことなんて言ってたの?」
「この部屋の存在を知っているのは、僕とクレマンだけだ」

 普段は外から見えないよう窓を塞いでいる上に、クレマンがここならバレないだろうと隠してくれた。いわば、秘密基地というやつである。
 クレマン以外の誰も連れて来たことがない。リョウヤが初めてだ。

「父は、もう寝たきりだ。別邸からここに戻すつもりもない。ここを知ることは生涯ないだろう」
「恨んでるの?」
「恨む? あれにはそんな価値すらない」

 鼻で嗤う。アレクシスは、父親をこれ以上ないほどに蔑んでいた。価値がない男になるなとアレクシスを常に抑圧してきた父親こそ、今は無価値な存在そのものなのだから。
 突然倒れてそれっきり、まともに動かぬ手足はまるで壊れた玩具。
 つまりガラクタだ。

「あれほど愚かで惨めな男は他にいない──あの館は、今は僕の城だ」

 邪魔な父親を排除し、使用人たちも一掃し、1から己の城を作り上げた。
 アレクシスは父を越えたのだ。そう自負している。

「……そう」
「何か言いたげだな」
「別に。ただ」
「ただ、なんだ」
「ううん」

 リョウヤは気持ちを切り替えるように、目についたものによっ、と手を伸ばした。

「ねえ、これはなに?」
「……」
「どこの国の物? 教えたくないんならいいけどさ」
「それは、イリニンゲという小国の小民族が使用していた、椀の欠片だ。つまりただの木屑だ」
「へえ」

 どこぞの王侯貴族が使用していたものであればまだ歴史的価値もあるが、ここにあるのはそうではない。リョウヤは並べられているものを次々と手に取ると、じっくりと観察しては元の場所に戻すを繰り返した。
 そしてふと、手を止めた。

「これ、なんかいいね」

 リョウヤが光に透かしたものは、歪な形をした陶物の破片だ。寒い地方で、動物と共に土地を移動する民族が使用していたものだと聞いている。
 用途は未だにわかっていないが、冷たすぎる雨風にさらされそれだけが残っていたようだ。
 描かれていたであろう模様も薄くなり、茶黒く汚れている。道端にでも落ちていそうだ。進んで手に取る輩はいないだろう。アレクシス、以外は。

「僕に気を使っているつもりか?」
「は?」
「やめろ、不要だ。そんなガラクタ」

 つい、鋭く言い返して視線を逸らし、葉巻をふかす。珍しく弱々しい発言をした自覚はあったので、気を使われているようで癪だったのだ。
 リョウヤは心外だとばかりに鼻を鳴らした。

「っとに、あんたって素直じゃねーよな。ひねくれすぎってよく言われない?」
「うるさい」
「図星だろ。これがガラクタなもんかよ。そりゃあカビも生えまくってるしぱっとみただの陶器の破片だし、一般的に言われてる、綺麗ってのには該当しないかもだけどさ……見なよ。ここ、穴が開いてるだろ?」 

 リョウヤが、ぐいっと破片を突き出してきた。
 確かに言われたところに、くりぬいたような小さな穴が見える。

「ほら、これをこう横にして、息を吹きかけるとさ」

 傾けた面に尖らせた唇を近づけ、ふう、と長い息を吹きかけたリョウヤ。すると、ひゅうっと空気が持ち上がるような高い音が響いた。
 ぱっと、リョウヤの顔が華やぐ。

「今の聞こえた? すっげー綺麗な音だった」

 リョウヤは薄汚れた破片を、そっと手のひらに乗せた。

「これ、もしかしたら誰かが使ってた楽器だったのかもな。自然の中で、これを吹いて誰かと音を重ねてたのかも。あ、ここに紐をひっかければネックレスにもなるね。一石二鳥ってやつだ」

 アレクシスは、意味もなくふかし続けていた葉巻煙草を、唇から離した。

「ナギサが言ってたんだ。人にも物にも、いろんな面があるんだよって。1つの側面しか見えない時であっても、ちょっと角度を変えるだけで別の面も見えるようになるんだって。俺だって、あんただって、この子にだって」

 リョウヤが破片の一面を、愛おし気に撫でた。

「俺にはさ、この小さな子がまるで、頑張って呼吸をしてるように見えるんだ……あんたには、どう見える?」

 ──目から、鱗が落ちるとはこのことだった。


しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

処理中です...