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ブラック & ホワイト
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『Master peace』を出たぼくは、苛立ちのあまりなにもない地面を蹴った。蹴って、蹴って、蹴って、ようやく冷静になり始めた頭が真っ先に気にしたのは、周囲の目だった。怒りよりも羞恥心が勝ち、顔を隠すように俯き加減になると、ポケットに手を突っ込んでその場を逃げ出すようにそそくさと立ち去った。
それでも、頭の中はずーっとすっきりしなかった。
与儀さんに、線引屋をやめたらどうかと言われ、ぼくはもやもやした気持ちを抱えたまま家に帰る。
そんな憂鬱な気分のぼくを待ち構えていたのは、物音を聞いて玄関に仁王立ちしていた妹、絵里香だった。その手には、最新機種のスマホが握られている。
それを見たぼくは、指先を額に当て、首をふるふると横に振る。
なあなあご両親よ。中学生に最新スマホは早くないですか? ぼくなんて高校入学でようやくケータイ買ってもらったのに、不公平じゃないか。
……まあ、ぼくには中学時代に番号交換するような相手いなかったし、必要なかったけどさ。
中学時代を思い出し、ますます気分が落ちたぼくに比べて、妹のテンションは高い。お兄ちゃんがダウナー入れば入るほどアゲアゲになる妹ってなんだろう。買ってもらったばかりのスマホを見せびらかしたいだけかと思っていたが、どうやらそういう訳ではないらしい。
「ねえねえアニキ。さっきスマホでネット見てたんだけど、人気のティーン読モランキングってサイトで、冴子ちゃん三位に入ってるよ! すごくない? ヤバくない? 私、そんな人とお友達なんだけど!」
ぼくなんて彼氏ですよ。
そう言おうとしたけど、なんだか自慢みたいになりそうだからやめた。そもそも、恋人だからって相手が自分の物になった訳ではない。そう理解してはいるが、やはり恋人が世間から認められるというのは鼻が高い。
興奮した様子の絵里香に、ぼくは「ふーん、すごいね」とクールな振りをしながら、実はニヤニヤしてしまいそうな口元を隠すのに必死だった。
だからぼくは、絵里香が脇に抱えていた最新のファッション雑誌を貸してもらい、見る素振りで顔を隠した。ページを操っていると、そこに映っていた女性の姿を見て、思わず手が止まり見入ってしまった。
石神さん。彼女が大々的にページを飾っていたのだ。
「今日発売だったの、始業式終わって速攻で買いに行っちゃった。週明け学校で、超かわいかったですって冴子ちゃんに言っといて」
妹の言葉が、頭に入ってこない。普段見る石神さんも綺麗だけれど、こうして有名なファッション誌でポーズを決めている彼女を見ると、改めてぼくらは違う世界の人間なのだと感じてしまう。
そんなのはいまに始まったことではないし、ぼくだって覚悟していことだ。それなのに、なぜだろう。
なぜ、石神さんはこんな大事なことを言ってくれなかったのだろう。いままでは、他の読モと一緒に小さく掲載されただけだって、自慢げに話してきていた。それも、付き合う前からだ。なんの自慢だよって当時は思っていたけど、いまならわかる気がする。大切な人と、嬉しい気持ちを共有したい。そういう気持ちが、彼女を好きになってぼくにも芽生え始めていた。
だから、ますます不思議に感じた。なぜ、石神さんは今回の掲載のことを話してくれなかったんだろう。
ぼくの様子を見た絵里加は、怪訝な表情で言った。
「え、もしかしてアニキ、冴子ちゃんからなにも聞いてないの? え、なんで? 二人、付き合ってるんじゃないの?」
そんなこと知らない。どうして教えてくれなかったのか、こっちが聞きたいくらいだ。
そしてぼくは、再び雑誌に目を落とした。
「あたしもまだちゃんと見てないんだから、早く返してよね」
そう絵里香に催促されながら、ページを操ると、どうやらそこは春物ファッションの先取りコーナーらしい。その特集のメインを張っているのが石神さんで、今回の雑誌のメインコーナーでもあるのか、かなりのページが割かれていた。
そして、二、三ページとページをめくってみて、ようやく石神さんがぼくにその雑誌を見せなかった理由がわかった気がした。
『春を先取り、モテるコーディネート』と題打って、様々な衣装に身を包んだ石神さんが映るその隣には、彼女よりも頭二つ分くらい身長の高い男性モデルが、恋人役として花を添えていた。
小洒落た街並みを背景に、二人で並んでいるものや、腕を絡めている写真が六ページにもわたって広がっていた。その写真は、悔しいけれど、とても様になっていた。ぼくがどれだけ一生懸命お洒落に気を遣おうとも、この二人が並んでいる写真の足元にも及ばないだろう。
……ぼくが、彼氏なのにな。
思わず力が抜け、だらりと垂らした手から雑誌が落ちた。それでも、見せつけるように石神さんとモデル男のツーショットのページが開かれたままになる。
なんなんだよ。これではまるで、雑誌にまで否定されているようだ。
お前たちは釣り合わないのだ、と。
それでも、頭の中はずーっとすっきりしなかった。
与儀さんに、線引屋をやめたらどうかと言われ、ぼくはもやもやした気持ちを抱えたまま家に帰る。
そんな憂鬱な気分のぼくを待ち構えていたのは、物音を聞いて玄関に仁王立ちしていた妹、絵里香だった。その手には、最新機種のスマホが握られている。
それを見たぼくは、指先を額に当て、首をふるふると横に振る。
なあなあご両親よ。中学生に最新スマホは早くないですか? ぼくなんて高校入学でようやくケータイ買ってもらったのに、不公平じゃないか。
……まあ、ぼくには中学時代に番号交換するような相手いなかったし、必要なかったけどさ。
中学時代を思い出し、ますます気分が落ちたぼくに比べて、妹のテンションは高い。お兄ちゃんがダウナー入れば入るほどアゲアゲになる妹ってなんだろう。買ってもらったばかりのスマホを見せびらかしたいだけかと思っていたが、どうやらそういう訳ではないらしい。
「ねえねえアニキ。さっきスマホでネット見てたんだけど、人気のティーン読モランキングってサイトで、冴子ちゃん三位に入ってるよ! すごくない? ヤバくない? 私、そんな人とお友達なんだけど!」
ぼくなんて彼氏ですよ。
そう言おうとしたけど、なんだか自慢みたいになりそうだからやめた。そもそも、恋人だからって相手が自分の物になった訳ではない。そう理解してはいるが、やはり恋人が世間から認められるというのは鼻が高い。
興奮した様子の絵里香に、ぼくは「ふーん、すごいね」とクールな振りをしながら、実はニヤニヤしてしまいそうな口元を隠すのに必死だった。
だからぼくは、絵里香が脇に抱えていた最新のファッション雑誌を貸してもらい、見る素振りで顔を隠した。ページを操っていると、そこに映っていた女性の姿を見て、思わず手が止まり見入ってしまった。
石神さん。彼女が大々的にページを飾っていたのだ。
「今日発売だったの、始業式終わって速攻で買いに行っちゃった。週明け学校で、超かわいかったですって冴子ちゃんに言っといて」
妹の言葉が、頭に入ってこない。普段見る石神さんも綺麗だけれど、こうして有名なファッション誌でポーズを決めている彼女を見ると、改めてぼくらは違う世界の人間なのだと感じてしまう。
そんなのはいまに始まったことではないし、ぼくだって覚悟していことだ。それなのに、なぜだろう。
なぜ、石神さんはこんな大事なことを言ってくれなかったのだろう。いままでは、他の読モと一緒に小さく掲載されただけだって、自慢げに話してきていた。それも、付き合う前からだ。なんの自慢だよって当時は思っていたけど、いまならわかる気がする。大切な人と、嬉しい気持ちを共有したい。そういう気持ちが、彼女を好きになってぼくにも芽生え始めていた。
だから、ますます不思議に感じた。なぜ、石神さんは今回の掲載のことを話してくれなかったんだろう。
ぼくの様子を見た絵里加は、怪訝な表情で言った。
「え、もしかしてアニキ、冴子ちゃんからなにも聞いてないの? え、なんで? 二人、付き合ってるんじゃないの?」
そんなこと知らない。どうして教えてくれなかったのか、こっちが聞きたいくらいだ。
そしてぼくは、再び雑誌に目を落とした。
「あたしもまだちゃんと見てないんだから、早く返してよね」
そう絵里香に催促されながら、ページを操ると、どうやらそこは春物ファッションの先取りコーナーらしい。その特集のメインを張っているのが石神さんで、今回の雑誌のメインコーナーでもあるのか、かなりのページが割かれていた。
そして、二、三ページとページをめくってみて、ようやく石神さんがぼくにその雑誌を見せなかった理由がわかった気がした。
『春を先取り、モテるコーディネート』と題打って、様々な衣装に身を包んだ石神さんが映るその隣には、彼女よりも頭二つ分くらい身長の高い男性モデルが、恋人役として花を添えていた。
小洒落た街並みを背景に、二人で並んでいるものや、腕を絡めている写真が六ページにもわたって広がっていた。その写真は、悔しいけれど、とても様になっていた。ぼくがどれだけ一生懸命お洒落に気を遣おうとも、この二人が並んでいる写真の足元にも及ばないだろう。
……ぼくが、彼氏なのにな。
思わず力が抜け、だらりと垂らした手から雑誌が落ちた。それでも、見せつけるように石神さんとモデル男のツーショットのページが開かれたままになる。
なんなんだよ。これではまるで、雑誌にまで否定されているようだ。
お前たちは釣り合わないのだ、と。
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