1 / 8
ハンティング1「ドラゴンライダーとラミア」
しおりを挟む夜の森林の中。
女性の息づかいと、何かを引きずるように草木が折れる音がする。
その息づかいは、どこか切な気な、息苦しそうなものを感じさせた。
「はぁ……はぁ……っく……はぁっ……あたしは……何故!?どうしてこんな……!!嫌なのに、絶対に……でも止められないっっ!!あたしはぁっ………!!」
自分自身の行動を拒絶するかのように、誰も聞くことない森の中で嘆く。
彼女自身は拒んでいるにも関わらず、その体は何かを求めて意に反して進んでいるようだった。
ふと月明かりに照らされた彼女の姿は、上半身は裸、下半身は蛇の姿の少女・ラミアだった。
彼女が送る視線の先には、山から見下ろせる街の明かりが点々とある。
それを目指しながら彼女は哀しく呟いた。
「誰か……あたしを……止めて……!!」
…
月明かりの夜空を羽ばたく雄々しい翼。
腕と同化している赤き飛竜の翼だ。
その飛竜は、鎧のごとき鱗に被われ、屈強な長い首に付いた頭部にはクロコダイルの頭に鋭利な5本の角、鼻に鋭利な一本の角、頬にドラゴン特有のエラビレを付けた容姿が特長的だ。
長き尾を全くにし、夜空を威風堂々と駆け抜けるドラゴンの背にはバケットシート状のものが、その前側にはバイクのハンドル状のものが取り付けられていた。
そのシートには腕組みをして眠る男がいる。
彼の名はヴァッシュ・リグラント。
稀に見るドラゴンライダーのファングだ。
月明かりに照らされた薄い雲が並走するかなりの高度であるにも関わらず、夢見ごこちなまでに眠る余裕をみせている。
彼の夢の中では、過去の記憶が甦る夢を展開させていた。
…
「はっ……はっ……はっ……くぅっ!!」
幼いヴァッシュは何かから必死に逃げていた。
その空には、石像のモンスター・ガーゴイルが幾つも飛び交う。
醜悪な表情をしたガーゴイルの群は集団で一つの町を襲っていた。
理由は解らない。
解るのはひたすら理不尽な蹂躙が人々を襲っていた事だった。
降り立つガーゴイルに踏み潰される者。
ガーゴイルに捕食され、肉を食い潰される者。
抵抗し挑むも容易く鍵爪に斬り砕かれる者。
理不尽という言葉そのものが町を跋扈しているかのようだった。
「ヴァッシュ!!早くこっちぃ!!」
「ねぇちゃん!!ねぇちゃぁああん!!」
悲鳴にも達するような叫び声でヴァッシュを呼ぶ姉の声。
ヴァッシュは半泣きで姉の胸に飛び込んだ。
「うぅ~……フィリーねぇちゃん、こわかったよ~……」
フィリー・リグラント。
10歳のヴァッシュ少年よりも歳が7歳も離れた黒髪ロングストレートヘアーの綺麗な姉だった。
フィリーはきゅっとヴァッシュを抱き締め、彼の無事に束の間の喜びに絶句する。
「フィリーねぇちゃん……いたい~」
「ごめんね、ヴァッシュ……無事だったからつい……さ、逃げよ!!」
「うん!!」
ガーゴイルが町を蹂躙する中、リグラント姉弟は必死に駆け抜ける。
姉弟の背後ではガーゴイルに人体を斬り砕かれた人や、捕食され体を引きちぎられる人達の姿が痛ましく拡がる。
走りながらヴァッシュ少年は姉の手を離さず走った。
ヴァッシュ少年の手を決して離さずフィリーは理不尽な蹂躙がはびこる中を駆け抜けた。
だが、その時だった。
横に建ち並ぶ家屋が吹き飛ばされ、ガーゴイルがなだれ込む。
それに人々は巻き込まれ、簡単に人体を潰される。
更に完全に行く手を阻まれた人達は、無惨にガーゴイルに喰い殺され始めた。
フィリーは咄嗟の判断で、反対の路地へ駆け込んだ。
無我夢中で走る中、ヴァッシュは泣きながら走る。
「わぁぁああんっ!!ねぇちゃぁあああん!!」
「今はとにかく走るの!!」
走るリグラント姉弟は向こうにある大通りに出た。
だが、拡がるのは同じ光景。
いや、更に悲惨な光景であった。
殆どの人々がガーゴイルに貪られていたのだ。
絶望に襲われたリグラント姉弟は、ガーゴイルの群からは最早逃れないことを悟る。
「ヴァッシュ……」
「フィリーねぇちゃん……?」
儚げで哀しい笑みをみせる姉。
幼いヴァッシュにはその表情の意図は解るはずもなかった。
もう終わりというのなら……
フィリーはヴァッシュを抱き寄せようとした。
だが……。
「グルゥガァアッッ!!」
「ひっ!?」
一瞬の出来事だった。
狂うような咆哮を上げるガーゴイルに、フィリーは握りしめられたまま連れ去られてしまった。
瞬発的な力で姉弟が容赦なく離される。
飛び去るガーゴイルが追い討ちをかけるかのように、掴んだフィリーを捕食する。
それはガーゴイルの背中越しの為、直視することはなかったが、あからさまにその行動は捕食行動だった。
「ねぇちゃん!!フィリーねぇぇちゃぁあああん……わぁあああああん!!」
泣き叫ぶ事しかできないヴァッシュ。
だが、その時。
恨めしいガーゴイルに一つの火球が飛び込んだ。
凄まじく爆発四散するガーゴイル。
何が起きたのか解らない。
その火球は、町中に幾つも飛び交うガーゴイルに向け放たれる。
ガーゴイルは断末魔の咆哮と共に砕け散り、更なる火球が地上のガーゴイルにも注がれた。
一発、一発の火球が確実にガーゴイルを葬っていく。
ヴァッシュ少年が見上げる視線先には雄々しく羽ばたく白銀のドラゴンの姿があった。
絶望的な力を奮っていたガーゴイルが更なる力に砕かれていく。
その様は、理不尽を砕く「力」そのものであった。
ヴァッシュ少年に映るドラゴンの姿はまさに救世主であった。
立ち尽くすヴァッシュ少年は只、只、その力にひたすら釘付けになっていた。
そんなヴァッシュ少年を察したかのように見下ろしたドラゴンが語りかける。
『少年よ……力が欲しいか?』
「え!?」
『力が欲しいのならば……』
ヴァッシュ少年は、語りかけるドラゴンに吸い込まれるような感覚を覚える。
確かにヴァッシュ少年の深層心理面には、力を求める意識があった。
ドラゴンはヴァッシュの下へと静かに降り立った。
『力が欲しいのならば……我らの力を授けようか……?!』
そのドラゴンの背にはスタイリッシュな口髭を生やしたドラゴンライダーの男が乗っていた。
「……少年!!俺達の力が欲しくば……来い!!」
…
ヴァッシュはそこで目が覚めた。
「……寝ちまったか……」
ヴァッシュがぽつりと呟きながら腕をストレッチすると、ドラゴンが語りかける。
『ずいぶんと寝ていたな、ヴァッシュ』
「なんだ?話し相手いなくて寂しかったか!?」
『ふっ……馬鹿言え!!またあの夢を見ていたのか?』
ヴァッシュはドラゴンにあくびをしながら答える。
「ふぁ~……っあー……そうさ、あの夢さ。フィリー姉さんを失い、ルギアルト師匠と、エンシェント・ドラゴンのガルデアスに出会った夢さ……夢故に少し違う感じもするが……」
ルギアルト師匠とは夢に出てきたスタイリッシュな口髭のドラゴンライダーの男を指していた。
そしてガルデアスは白銀のエンシェント・ドラゴンの事だ。
彼らはヴァッシュを引き取り、ドラゴンライダーの戦士に育て上げた言わばヴァッシュの人生の功労者だ。
今は師の元を別ち、己の道を進み闘う身だ。
今現在共に行動しているドラゴンは、ルギアルトと別つ際に闘い、その激闘の果てに契約したドラゴン、「ラグナデッタ」だ。
師匠からの卒業試験とも言うべき闘いの結果の契約だった。
互いに今では相棒としてファングをしていた。
「最近、何かの予兆のように見るんだよな……何かがあるってことか?」
『予知夢か?頻繁に見るのならばなにかしらあるかもな。だが、そんな夢うつつ抜かしてる場合じゃねーぞ。現場に到着する予定時間が遅れぎみだ』
「そーかい?じゃ、飛ばしてくれ!!」
『言われずともな!!』
「てかよ、始めから飛ばせよな!!」
『おめーが、うっつら、うっつら寝てっから加速かけられなかったんだよ!!馬鹿ヤロウ!!』
「そいつぁーすんませんでした……」
他愛ない口論を交えながらも、ヴァッシュはグリップを握り絞め、ラグナデッタは羽ばたきながら加速していく。
羽ばたく唸り音が空中に響く。
ラグナデッタの最大加速はマッハの手前に及んでいた。
生身のヴァッシュは鍛え上げられているからこそ耐えられる世界だが、普通の人間であれば当に気を失っている世界だ。
その最中、空中に紅く目を発光させるモンスターの群れが視界に飛び込んできた。
ギガバットの群れだった。
古代の翼竜クラスの大きさの巨大コウモリの群れだ。
夜行性故に、夜の時間帯に活発化して行動する。
そして移動中に獲物と見なした対照に襲いかかり生き血をすする。
この世界において、飛空挺の交通移動技術もある為、度々襲撃被害が起こっていた。
大型モンスターサイズのモンスターでも、群で襲撃されれば、危険な状態になりかねない。
人間であれば一瞬で血を吸い付くされて終わる。
ギガバット達は、幾つもの甲高い鳴き声を発しながらラグナデッタとヴァッシュに向かってくる。
しかしながら、ヴァッシュとラグナデッタは余裕の表情でこれ等に迎え撃つ。
「夜の通行人か……ラグナデッタの晩飯になるか!?」
『場合じゃ喰えるが……上品な肉が好みなんでな……飯としてはここはスルーだ』
「贅沢なこった……なら、丸焼きにして撃ち落とす!?!」
『無論だっ!!』
襲いかかるギガバットの群れに突っ込むラグナデッタ。
ヴァッシュはグリップを握り締めながら不敵に笑う。
群れを突き破る勢いで突入するラグナデッタは、二、三発火球ブレスを撃ち飛ばした。
開口されたラグナデッタの口から放たれる火球ブレスは、一瞬でギガバット三体を爆砕させる。
更に高速飛行によるソニックブームで群れを一気に吹き飛ばした。
ラグナデッタは旋回飛行に移行し、ギガバットの群れを睨んで羽ばたく。
ヴァッシュもグリップを握りながら散り散りになったギガバットの群れを目線で追う。
広大な月明かりが彼等の視界を補ってくれているようだが、ラグナデッタは自らの視界を夜行視界に変換していた。
自らの意思で自由に視界状態をコントロールできるのだ。
ラグナデッタは再び火球ブレスを撃ち飛ばす。
一発は一体に直撃し、二発目は別個体の羽根を吹き飛ばす。
三発目は二体を掠り、虚空の夜空に消えていった。
しかし、掠めたと言えどラグナデッタの火球ブレスはかなりの高温を宿しており、それだけでもギガバットの翼を焼失させる。
ギガバットは、キーキー叫びながら墜落していく。
更に羽ばたきながら、ラグナデッタは旋回速度を上昇させ、ギガバットの群れに回り込むように飛んだ。
背後を旋回しながら突いたラグナデッタは、火球ブレスを幾つもの撃ち放つ。
まるで花火のように燃え砕かれていくギガバット達。
『下品な花火だ!!』
爆砕していったギガバットの群れを見ながらラグナデッタは呟く。
「ふんっ……俺達に楯突いたのが……」
ヴァッシュがそう言いかけた時だった。
血のように紅く目を発光させたギガバットが、ヴァッシュを獲物とみなし側面から襲いかかる。
実に醜悪なまでの表情。
だが、ヴァッシュは余裕の横目視線を送る。
次の瞬間、左側面側に放たれた火球ブレスがギガバットを木っ端微塵に撃ち飛ばした。
余裕の表情でそれを見るヴァッシュ。
だが、残った一体のギガバットがブレスの死角からヴァッシュに襲いかかる。
「キキキャーッッ!!」
普通に考えれば絶体絶命のシチュエーションだ。
巨大なまでに顎を外し、ギガバットの鋭利な牙がヴァッシュに迫る。
だが、その刹那にフェイタル・ウィングの斬撃が唸りを上げた。
「キャギャァアァ!!」
ヴァッシュは一瞬で大剣(バスターソード)・フェイタル・ウィングを抜き取り、ギガバットを真っ二つに斬り砕いた。
ラグナデッタの炎の属性能力を宿したその斬撃は、斬り裂いたギガバットを炎上させる。
フェイタル・ウィングは、ファングとしての務めをこなす上で必要不可欠なヴァッシュのもう一つの相棒。
ラグナデッタとの契約時に師匠のルギアルトから授けられたバスターソードだ。
これまでに幾度も闘いを共にしてきた剣。
ヴァッシュは鍛えた腕力でこの大剣を自在に捌き、狙い定めた獲物を叩き斬ってみせる。
悲鳴を絶叫しながら分断されたギガバットは、炎上しながら地上の闇へと墜落していった。
そしてヴァッシュは、先程言いかけた一言を呟く。
「運の終了だったな……!!」
ラグナデッタは大きく羽ばたきを見せると、目的地方面へと再び向かった。
それから目的地近辺の上空まで然程かかることなく、到達した。
「俺達が町へ直接降りれば大騒ぎだ。降りるときは町外れの森へ行ってくれ」
『それも無論だ』
加速するラグナデッタは、目的地の町の外れの森を目指した。
森へと降り立ったラグナデッタは、そこで翼休めがてら待機する。
ラグナデッタから降りたヴァッシュは、装備品を整えてその場を発つ準備をする。
『確かに町へ俺ごと降り立てば大ごとだからな……理に叶う場所だ。今回の依頼は確かラミア属の討伐だったな?』
「あぁ。属と言っても一体だけだが……どうやら中には伝承のまんま行動するラミアもいるそーでな……既に被害がかなり及んでいる……らしい」
ライトで照らした依頼書をラグナデッタに見せるヴァッシュ。
内容は以下のようなものであった。
「わたしの住む町・ラサレニアではここ約二三週間、夜に必ず町のどこかの赤ん坊がいる家で赤ん坊が連れ去られる事件が相次いでいます。しかも必ず両親が就寝状態で事件が起こり、巨大な蛇のようなモンスターが侵入した後があるのです。勿論壁は崩されています。明らかに人外によるモノです。調べて事件を解決させてください。 依頼主・ヘラ・ゼウサー」
『モンスターの一匹ごときで依頼とは……』
「モンスターに関する犯罪は、俺達ファングに一任されている。他の人様では人外に手は出せない決まりだしな。まぁ、アグレッシブな討伐の方が好みだが、たまにはこういう依頼もこなさなければな……しっかし、モンスターと言えど女性に暴力はしたくねーなー……場合によっちゃ、エスケープしたりしてな!!」
『馬鹿か、お前は!!?私情挟むんじゃねー!!!何がエスケープだ!?!とっとと依頼こなしてこい!!!うつつ抜かしてんじゃねー!!』
「あー、はいはいはい……行ってくらぁー!!まー、またなんかあったら連絡入れる!!それまで、じっくり翼休めしててくれ!!」
『ふん!!承知……が、何故文句垂れながらもこの依頼を引き受けた?』
「何故か引っ掛かってな……スルー出来なかったのさ」
『ふん……例の予知夢とでも言うのか?』
「かもな!!」
ラグナデッタにビッと手でサインして森を後にしたヴァッシュ。
ラグナデッタは鼻で笑いながら暫しの休息についた。
依頼主との待ち合わせ場所である一軒の酒場へと訪れる。
だが、引っ提げている大剣・フェイタル・ウィングの鞘がやたらに目立つ。
誰もが視線を送る。
が、ヴァッシュが放つ不敵かつ只者ではないオーラはその視線をすぐに退かせた。
ヴァッシュは待ち合わせの席を目指し歩く。
するとそこには以来主のヘラと思われる女性がワインをすすっていた。
「ヘラ・ゼウサーさん?」
「はい……もしかして依頼したファングの方?」
ヴァッシュが訪ねると以来主その人であった。
ヴァッシュは、遅れた詫びを踏まえながら頷いて答えた。
「ファングのヴァッシュ・リグラント。この度は遅れてしまい、すまない」
「あ、いえ……わたくしも来たばかりのもので……では、早速話しますね」
ヴァッシュは腰かけながら依頼主の話を聞く姿勢を示す。
「どうぞ……」
「実はつい夕べも近所で依頼内容の事件があって……最早これ以上はそのままにはできないと!!わたくし自身も実は被害に逢ってて……!!」
貯めていたと思われる涙を流すヘラ。
話し始めた矢先から話せなくなる程悲しみに暮れ始めてしまった。
ヴァッシュも切迫感を感じ、事態は予想以上に深刻なものと確信する。
「そうか……それはさぞ辛かった事と見受けするな……大体の内容は把握してる。あなたがよければ可能性のある家に今からでも赴きますよ」
「お願いします……!!」
早急な行動を要求される事件。
だが、早速行動するも、可能性のある家と一口に言っても絞り混むのは容易ではない。
そこで、事件の近くの民家に住む赤ん坊がいる家に張り込む事となった。
「いやいや……ハンターさん、今晩はどうぞ召し上がってください!!遠くから来られてさぞお疲れでしょう」
「そこまで気遣い頂かなくてもいい。それにまだここが狙われるとも限らない……」
そうは言いつつも、スペアリブやビーフシチューと言ったご馳走を目の前にしてはやはり食わずにはいられない。
「でも、まぁ……せっかくなんで、頂きます!!」
「どうぞ召し上がってください!!今晩はよろしくお願いします!!」
「こちらこそ。そんじゃ………頂きます!!」
ヴァッシュは早速スペアリブを口にし、その旨味を堪能する。
(この肉汁……この染み渡る旨味……まさにスペアリブ!!実に旨い!!こいつはまた発見だな!!)
ヴァッシュはどこぞのグルメリポーターのごとく心中で呟いていた。
そこからスプーンを手にした所で、家主から本題を持ちかけられた。
「……この赤ん坊失踪事件……最初は単なる誘拐事件とされていましたが、事件が進むに連れ人外の仕業だとわかってきました。まず、人では考えられない程に壁を破壊されていること、巨大な蛇が去った後がある事からです」
家主の話内容はヘラと同じ事を言っており、明らかに子を拐っては捕食するラミア像が浮かぶ。
だが、今現在においてラミアは当たり前に社会に溶け込んでいる幻獣属だ。
今時のラミアは人間の女子同様、お洒落なファッションやショッピング、グルメに興味を持ち、食人とは皆無の存在であった。
ヴァッシュは幾つかの疑問に駈られる。
ビーフシチューを二口、三口口に運んだヴァッシュは、その疑問を口にした。
「疑問に思うが、事件は寝ている間に起きているにも関わらず、何故誰も気がつかないのか?必ずでかい音がするはずだが……?」
すると、婦人が答えた。
「そうなんです。誰も気がつくことなく事件発生を許してしまっていて……そこが一番の人外だなと感じたことです」
ヴァッシュは、その後疑問と事件の法則性がないかの考察に頭を抱えながらの張り込みを始めた。
いくらデータを見ても起きた場所自体には環境的にも、人為的にも共通点は見当たらなかった。
「特に法則性は見当たらねーんだな……だが、音がしないのが説明できない……基本ラミアは魔法なんざ使えん……から……あぁ!?魔法か!?いや、余計に訳わかんねーな」
この世界において、魔法は魔法学校か、裏社会的な闇世界で手に入れる事が出来るものであった。
更に魔法は社会的エネルギー資源としての価値もあり、魔導テクノロジーと呼ばれ、飛空挺のメカニズムの一部や情報通信の機器など電力に酷似した身近な存在でもあった。
音が消されるのが魔法ならば、闇の裏ルート方法で手に入れた可能性も否めない。
ヴァッシュは色々な思惑を考察しながら張り込み続ける。
誰もが寝静まった深夜に入り、辺りは虫の鳴き声だけが聞こえるようになる。
ヴァッシュは周囲に怪しげな影がうごめいていないかを注意深く監視し続けた。
「異常は今の所起こってないが……ん!?」
張り込みより数時間、ヴァッシュは暗闇にうごめく怪しげな影を確認した。
よくわかりにくいが、それは明らかに人外であり、おおよそラミアの影と判断できた。
対しヴァッシュは複雑な気持ちでフェイタル・ウィングを手に取り立ち上がる。
ラミアらしき影も家に近づいていく。
月明かりが照らす夜の闇目をこらせば、紛れもないラミアの姿が確認できた。
(間違いない……ラミアだ……くっ、斬るしかないか!?)
いくらモンスターと言えど、やはり女子に剣を振るうには抵抗があった。
ファング以前に男としての性だ。
(だが、何れにせよまだ斬れんな。音を殺している何かを突き止めたい……)
ヴァッシュはひっそりと身を潜めて、ラミアらしき影の行動を窺う。
ゆっくりとうごめくラミアの影は、家の壁に張り付くかのようにして身を委ねた。
今にもラミアは壁を破壊しそうであったが、全く破壊する気配がなく、少しばかりの時がながれる。
ラミアはすがるかのように壁にもたれかかっている。
その時だった。
更に怪しげな影がラミアの背後に向かって歩くのが確認できた。
(!?奴はなんだ!?)
その新たな影は明らかに人型であり、何かを被った魔導師のようでもあった。
するとその影はラミアの周囲に杖らしき物をかざし、魔法らしきモノをかけた。
この瞬間、ヴァッシュの中で現象を確認するよりも先に音の謎が解けた。
ヴァッシュは確信し、口許に笑みを浮かべた。
ヴァッシュが監視の視線を突き刺す中で、謎の魔導師の魔力によって家の壁が破壊される。
音は一切聞こえていなかった。
先行した確信の通り、魔法による音の遮断を確認するヴァッシュ。
この期を逃さす手はない。
ヴァッシュは、フェイタル・ウィングを握り締めて茂みから飛び出した。
「悪いがその取り込み、邪魔させてもらう!!」
「……?!」
「っ?!」
突然のヴァッシュの乱入に、謎の魔導師とラミアは混乱を隠せなかった。
ヴァッシュがフェイタル・ウィングを叩きつけるかのように降り下ろす。
その斬撃の狙いは真っ先に謎の魔導師に降り下ろされた。
その重い一撃は地面を容易く叩き割ってみせる。
だが、謎の魔導師の魔法の影響により、その場所の音は全くしない。
謎の魔導師は素早い反応でその斬撃を躱し、民家を後にしていった。
ヴァッシュはフェイタル・ウィングの大剣を素早い動きで持ち上げ、ラミアに振りかざした。
食人行為を阻止する為にやむを得ない。
だが……。
(な……!?)
声は響かなかったが、ラミアは確実に悲鳴を上げて防御する素振りを見せていた。
ヴァッシュは斬撃を止めて刀身を静止させた。
その仕草は強大な力に怯える女子そのものである。
斬れるはずがない。
ヴァッシュはゆっくりとフェイタル・ウィングを下ろして地面に突き刺すと、ラミアに叫んだ。
だが、音が遮断された空間故に声が響かない。
ヴァッシュは身ぶり手振りで「ここから去れ」とラミアに指示した。
ラミアは隠す手を解くと、ヴァッシュを驚愕させた。
ライトブラウンのロングヘアーの綺麗な女子……月明かりに照らされたそのラミアの雰囲気が、かつてガーゴイルに惨殺された姉・フィリーの面影に似ていた。
更に斬れるはずがない。
ヴァッシュは去るラミアを見送る他無かった。
(ね、姉さんの面影……夢はこういうことか……!!いや、それよりも魔導師が絡んでいたとなると、只単にラミアだけではないのは確かだ。事態は二転三転するかもな……!!)
事件を阻止したヴァッシュは、携帯用魔導連絡機・マイクロホンを手にし、ラグナデッタへと通信を取った。
この機器も魔導テクノロジーの一部だ。
「ラグナデッタ!!今からでもいい!!翔べるか!?」
ラグナデッタの耳に相当する箇所には、受信通信用の魔導機器がついており、それを介してラグナデッタと通信をとる。
こちらの方はラグナデッタの為の特注品であった。
『……どうやら事態が急変したようだな?不測の輩でも出たか?魔導師やらなんやら……』
ラグナデッタは通信を受けながら、首を持ち上げ、竜の勘で事態を言い当てる。
「御名答!!流石だ……怪しさ全開の魔導師が絡んでやがるみてーだ!!今回のラミア……ある意味で本物かもな!!」
『ラミア・ド・ヘル……特定の人物を伝承のラミアに変貌させ生き地獄を与える魔法だな……そんなことしてなんのメリットがあるか知ったことじゃねーが、恐らくはその魔導師が仕掛けたと見ていいだろう……』
ヴァッシュはフェイタル・ウィングを鞘に納めながら謎の魔導師が去った方角へ走る。
「だろうな!!てことで、上空からのナビ頼む!!今はお前の目が頼りだ!!」
『いいだろう、ナビしてやる!!』
ラグナデッタは大きく翼を広げ、幾度か羽ばたかせると、軽い衝撃派を巻き起こしながら森から飛翔した。
その間、ヴァッシュはマイクロホンと合わせて、小型魔導タブレットを起動させ、ラサレニアにおける現在地の把握をする。
ペーパーマップに記された被害件数と照らし合わせてみる。
被害がない赤ん坊がいる家には赤い印を打ってある。
次の可能性の家に走るつもりでいたが、この状況は謎の魔導師の追跡が最優先と判断。
しかし、ヴァッシュの脳裏には先程のラミアの姿が過り、何かに突き動かされるかのように落ち着かなくなる。
彼女が振り向くビジョンがふと浮かぶ。
「っ……集中だ!!集中!!」
夜中のラサレニア上空をホバリングするラグナデッタは、地上を見下ろしながら怪しげな存在を索敵する。
ラグナデッタのような至高クラスに近付く竜ともなれば、夜間の敵対象をサーチすることは容易だ。
ラグナデッタの視界に不のオーラを放つ存在を捉えた。
『ヴァッシュ、茂みをそのまま真っ直ぐだ!!奴はそのまま住宅街に突っ込むつもりのようだ!!』
「あいよ!!」
ヴァッシュは、ラグナデッタのナビゲート通りに走る。
フェイタル・ウィングがバラストとしてかさばるが、それは慣れっこである。
『そのまま真っ直ぐだが、崖がある!!滑り降りろ!!』
「了解……!!」
普通では大怪我は免れないような崖が茂みの中で待ち構える。
ラグナデッタはヴァッシュの長けた能力を知っているからこそ無茶な指示ができるのだ。
「そうだ、ラグナデッタ!!ラミアは何処へ行った!?」
走る最中、ヴァッシュは先程のラミアの事が気にかかり、ラグナデッタに思わず聞いてしまう。
『てめー……速効うつつ抜かしやがったか!?』
「だぁあああ!!違う!!魔導師のヤローと合流するかも知れねーじゃねーか!!その為だ!!」
半ば嘘であったが、彼女の位置把握するにはラグナデッタのナビが確実に頼りだ。
『どーだか……ふん……ラミアか……』
ラグナデッタはラミアの気配を探す。
すると、ラミアは先程のラグナデッタが待機していた森を目指して人気のない林を進んでいるのを捉えた。
『ラミアは西へ向かっている……とりあえず別行動しているようだな……』
「了解……しゃっ……!!」
ヴァッシュは気合いを充分にして、崖の傾斜から土を削りとる勢いで滑り降りる。
その間、謎の魔導師は家々の露地をアミダくじのごとく駆け巡る。
だが、空中にいるラグナデッタからは手に取るように行動が丸見えだ。
『奴は民家の路地に駆け込んだ!!お前はそのまま突き進んで大通りへ出ろ!!奴はそっちへ出るつもりだ』
「先回りってか!!」
ヴァッシュはフェイタル・ウィングの重量をモノともしないかのように走る。
一方の謎の魔導師はナビゲートされているとも知らずに町の大通りへと出る。
そこから更に謎の魔導師は空中浮遊を発動させ、大通りを高速で駆け抜けていく。
追跡間隔の差は歴然とし、いくらナビゲートがあるとはいえ、ヴァッシュ自身の追跡では限界の域に到達する。
ラグナデッタも追跡よりも至った場所を突き止めることに専念し、ヴァッシュへ追跡中断を告げる。
『謎の魔導師の奴は高速で逃げ始めた。人力では追跡不可だ』
「なにぃ!?ここまで走らせやがって~……!!」
『奴の到達場所は俺の方で監視しておく。お前は張り込みしていた家にもどれ』
「そーかい……ふぅー……はっ……はっ……はっ……っふぅー!!頼む!!」
ヴァッシュは徐々に速度を落とし、呼吸を整える。
無駄に走らされた気分がしなくもないが、この状況ならばラグナデッタに託すのが得策だ。
店仕舞いしたアイテムショップの壁に背もたれしたヴァッシュは、空の星々をふと見上げると、息を切らしながら伝わるはずもない挑発を吐いた。
「かぁ~……っ!!ここまで走ってこれはムカつくが、謎の魔導師さんよ……ラミア利用して何企んでるかしらねーがよ……俺達に居合わせちまったのが……運の終了だぜ……ヘヘっ!!」
そして上空のラグナデッタは、謎の魔導師がとある家に入り込むのを目にした。
それも当然の事ながらのように入り込んだのだ。
『……家に入りやがった……何があるのやら……あの家……確実に匂うな……』
一方、ヴァッシュから見逃されたラミアは、町の郊外の森を目指していた。
夜中の闇の中で、何かを探し求めるかのように蛇の胴体を動かして進ませる。
呼吸を荒くさせる彼女の眼光は、真っ直ぐに進行方向を見据えていた。
「はぁ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っくぅっ……子供……っ産まれるぅ!!だめっ……せめて森まで……持って!!」
伝承のラミアは子供を産ませ、更にそれを喰らう衝動に駆られ行動をおこす呪いを与えられていた。
彼女にも同様の呪いが備わっているようだ。
そしてラミアは何とか森に辿り着くも、遂に子供を産んでしまう。
静寂の中にラミアの苦しげな息づかいと、咀嚼音にも似た粘液を絡ませた器官がうごめく音が染み入る。
「はぁ……はぁ……っくぅっ……ぅぅう~……あっ……!!くぁあぁ……!!」
母体同様、半人半蛇の子供が三人生まれでてくるが、ラミアは我が子を抱くや否や即座に食べ始めてしまう。
「ぅうぅぅ~……いやぁっ……かくっはっ……うぅぅ……」
意に反して行動をおこす呪いに、ラミアは涙を流しながら呪いに翻弄される。
「あたしは……あたしはぁ……!!」
ラミアは呪いに抵抗しようとするが、止める事ができない。
泣きながら呪いに操られるラミアは三人を補食すると、更に森の奥地に進んだ。
ラミアが辿り着いた場所には小さな洞窟があり、そこには連れ去った赤ん坊達が何人もいた。
目を見開いたラミアは涙を流し続けたまま、赤ん坊達に手を伸ばし、一人一人と食べて回る。
食べ終えたラミアは、地面に手を着け、涙を流して食べてしまって赤ん坊達に謝罪し続けた。
「うぅ……みんな……ごめんなさい!!ごめんなさい!!………ごめんなさい!!あたしは、あたしは……!!うぅ……っごめんなさい……!!ぁああああああああああっ!!」
悲痛なまでに泣き叫ぶラミアの声が響き渡る。
泣き叫ぶ彼女に背負わされた深い罪と悲しみを、森の草木達だけが見届けていた……。
翌朝
ヴァッシュは、張り込んでいた宅の夫妻に状況を説明し、引き続き滞在することを伝えていた。
「では……やはり襲撃にあった近くの家が狙われるんですね!?」
「いや、一概には断言はできない。その可能性が高いという事だ。とりあえず被害は阻止したが、まだ未解決故に町に滞在して見廻りする……」
「わかりました!!とりあえずはありがとうございました!!」
「いや、まだこれからだ!!後、少し聞きたい場所がある……」
夫妻から礼を受けたヴァッシュは、次いでの行動としてラサレニアのマップを取り出し、とある家の事を尋ねた。
昨夜魔導師が浸入した家だ。
「この場所の家はご存知か?」
ヴァッシュが指差す場所を見た夫妻は目を凝らしながら時おり記憶を確認しようと視線を上に動かす。
すると、思い当たった夫の口からはある女性に関連する名が溢れた。
「あ~……ここは、ゼウサーさんの家だ。新婚夫婦の家で少し前までは旦那さんがいたんだが、最近はゼウサー夫人一人さ……」
ゼウサー。
すなわち以来主のあの女性の事だ。
勘を騒がせたヴァッシュは、眉間を一瞬動かし、直ぐ様詳細を聞きく。
「ゼウサー……!?今回の事件で被害に遭われた第一被害者宅だが!?」
「今回の事件で被害に遭われたと聞いている……!?おかしいなぁ、ゼウサーさんは夫婦だけで子供はいなかったと……」
「!?」
子供がいなければラミアの被害はない。
だが、ヘラは被害に遭ったと涙ぐんで証言していた。
明らかな矛盾。
同時に怪しげな繋がりが一つになりかける。
張り込み先の主人は更に他のゼウサー宅に纏わる事を話す。
「まぁ……子供で思い出したと言うと変な話になるけども、夫の浮気癖が有名になりまして。婦人が一人なのはそのせいですよ。なにも若い女性によく浮気してたみたいで……ゼウサー宅に何か!?」
辻褄の合う・合わないが入り乱れた状況が顔をのぞかせる。
だが、まだ確信の手前だ。
ヴァッシュは騒ぎを抑えるため、とりあえず濁すように答えた。
「いや、ただ調査中にモンスターが屋根の上にいた……そいつをついでにぶっ倒しといたことを伝えたくてね……伝えそびれたんすよ」
「そうですか!!いや~さすが、ファングの方は頼もしいです!!またよろしくお願いします!!」
張り込み先の主人は、ヴァッシュの頼もしさに握手を強く委ねた。
「あぁ、こちらこそ!!そんじゃ、また何かあればよろしく!!では失礼!!」
そしてその場を後にしたヴァッシュは、直ぐ様ゼウサー宅に向かった。
ゼウサー宅に入って行った謎の魔道士。
それが、自称第一被害者ヘラ宅でもある。
「つい昨日会った時のあのヘラって女が、ヤツとどんな関わりがあるって言うんだ!?だが、これで一つの画かれた輪が繋がる!!」
ラミア、謎の魔道士、ヘラ・ゼウサーの矛盾証言、浮気癖の夫……これらのキーパーソンがルーレットのごとく動き始めた。
ヴァッシュは確信に迫るべく、ゼウサー宅へと足を赴かせた。
街の大通の雑踏を抜け、狭い路地を幾つか抜けた先の住宅街にゼウサー宅があった。
ゼウサー宅を監視できる夕べ下った坂の茂みへとヴァッシュは身を隠した。
「……今夜は……宅…」
「……そろそろ……」
「……だわ」
にわかに聞き取りづらい会話が聞こえる。
少なくとも、ヘラを含め三人はいた。
そこでヴァッシュは、茂みの間からある魔導機具を投げてゼウサー宅の壁に張り付けた。
その魔導機具にはコードとマイクロイヤーホンが繋がっている。
魔導盗聴装置だ。
ヴァッシュはイヤーホンを左耳に装着し、もう片方は外部の状況に対応させるためにフリーにした。
鋭い視線を維持したままゼウサー宅での会話を聞き取るヴァッシュ。
その向こうには全ての辻褄の答えがうごめいていた。
……
「今夜こそは仕留められて欲しいものだわ。あのファングに……ふふふ♪あの小娘がラミアの苦しみを持ったまま仕留められる所をみたいの……」
「しかし、雇われたとはいえ……あなたの嫉妬には恐ろしさを覚えますよぉ……なぁ?ジレスティア?」
「くくく……だがリゼロ、我々としては魔導の実験になっている。趣味的にもイイモノダ……」
「まぁ……僕も他人の苦しみは蜜の味……ヘラさんの旦那さんも依頼通りにジレスティアの電撃魔法で殺した時はゾクゾクしたよ」
「私は浮気がダイッキライなの……どんな理由でも許せない……あぁ、早く見たい!!あの小娘が駆逐サレルトコロ!!」
「だが、一度私はファングの男と遭遇した。奴は手強い……きっと何かを感じたはずだ……早急に事を片付けたい……」
「では……あのファングの人は無視して、あなたの魔法でラミア小娘を殺してちょーだい。そうすれば……あなたたちは今夜にはここを出れる……そして私の嫉妬もお・わ・る♪」
……
ヴァッシュは歯軋りをしながら、盗聴魔導機具を片付けた。
ヘラの身勝手極まりない嫉妬が招いた画(え)が今回の一件であることがわかった。
昨夜見たラミアの切なすぎる表情と重ねると、止めどない怒りが炎のように煮えたぎる。
(……許せねぇ……!!ヘラさんよ、交渉決裂だ!!その代わり……あんたの真の依頼人が、賞金首・リゼロと賞金首モンスター、ジレスティアってのを確認させてもらった!!今夜仕留めさせてもらうぜ……!!)
炎のような鋭い眼光をたぎらせたヴァッシュは、闘志の想いを打ち立てた。
その日の夜
ラミアはすすり泣きをしながら呪いの衝動に駆られ、民家に近づいていた。
「うっ、うぅっ……誰でもいい……誰かっ……この呪いを解いてぇっ……!!」
ラミアは食人衝動に翻弄されながら、壁に身を持たれかける。
手で「早く開けて」といわんばかりに家の壁をひっかくラミアに忍び寄る陰。
指名手配モンスター・ジレスティア。
リッチに属する賞金を賭けられたモンスター。
「くくく……急かすなラミアの小娘が……」
「っ!?」
ラミアは咄嗟に振り向き、昨夜までとは明らかに彼等の漂うオーラに戦慄した。
そして、ジレスティアと契約を交わした闇のコンタクター、リゼロも近づく。
美少年のようだが、中身は実に冷徹であり、ジレスティアと共に幾度もなく非道な依頼を請け負い、罪を重ねていた。
無論、両者に罪の意識は皆無だ。
リゼロは冷徹に微笑みながらラミアに近づき、右手をかざす。
「ラミアちゃん……予定変更。そろそろ僕達この街から出なきゃならないんだ……」
「ひっっ……!!こ、来ないで!!!嫌っ!!」
ラミアは近づいて来るリゼロとジレスティアに過剰なまでの恐怖を抱き、怯える。
ラミア・ド・ヘルをかけられた時の苦痛がフラッシュバックで甦っていた。
「酷いなぁ……そんなに怖がらないで……」
次の瞬間、リゼロの手から稲妻のようなエネルギーがラミアに放たれた。
「欲しいなっ!!」
「嫌ぁあああああっっ!!あぁあああっぅうううっ……!!」
「あぁ~……タマラナイ悲鳴♪なぁ、ジレスティア?」
ジレスティアの能力を得た電撃攻撃・「エレキサー」をラミアに浴びせるリゼロ。
威力はラミアが死なない程度に調整され、彼女の苦痛による自己の快楽を得る。
「あぁあああっ……あぁあああぅうううっ!!」
もがき苦しむラミアの悲鳴が響く中、リゼロは狂喜の笑みでジレスティアに問いかけた。
ジレスティアも凶悪なまでの表情に笑みを浮かべ、ステッキをかざす。
「あぁ……敢えて音を消す必要もない……このままライボルタの電球弾でくたばらせるか、いっそメデューサ・ド・ヘルをかけ、この街を石人間の街にするか……はっははは!!最早テロだな!!」
「更に化け物になるの!?ふふふ、あははは!!いい気味ね!!」
ジレスティアの背後からわざわざヘラは見物に来ていた。
無論、夫の浮気相手の無惨な様を見届ける為だ。
「これはヘラ婦人……見届けにきたのかね?」
「ええ!!あはははっ、もっと苦しめてあげなさいな!!夫の巨額の保険金で、ギャラはいくらでも払えるわ!!ふふふ……浮気は激しい罪……」
ヘラはラミアに歩を進め、エレキサーを浴びせていたリゼロも一旦それに合わせて解除する。
「っ……!!ふぅっ……!!かはっ……!!」
痙攣しながら苦しむラミアに近づき、ヘラは口で彼女を追い詰める。
「ねぇ…?あなたは私の夫に浮気した……これはその結果の罪……絶対に赦さないんだから……あなたがいなければ、夫は死なずに済んだのに……でもよろこびなさい……あなたは私の復讐の第一号よ……あははは、あはははっ!!」
「うっわー…ヘラさん、どろっどろ!!でも嫌いじゃないねー、こういうの!!」
嘲笑するリゼロ。
ラミアは絶望の最中で、最後の抵抗をした。
「あ、あたしっ……っく、知らなかっただけなのにっ……知ってたら付き合おうとはしなかった……!!もう……嫌っっ!!」
「黙れ、泥棒蛇!!!」
「あぁあぐっ……!?」
くわっと見開いたヘラは、ハイヒールのかかとをラミアに思いきり蹴りつけた。
「頭にキタ……さぁ、今すぐ殺していいわ!!」
「ヘラさん、僕、惚れちゃう……じゃあ、ジレスティア。ライボルタでラミアちゃん吹き飛ばそう!!ヘラさん、退いててー」
平然とした口調でリゼロとジレスティアはラミアに手とステッキをかざした。
そして、リゼロとジレスティアは電撃弾をラミアに放つ。
真っ直ぐに飛ぶ電撃弾はラミアに容赦なく突き進んだ。
(助けて……)
最後の抵抗の想いを呟いたラミア。
夜の街に爆発が響き渡った。
爆発後に立ち込める白煙。
電撃弾が巻き起こした爆発は周囲一帯に白煙を撒き散らしていた。
だが、ラミアはまだ意識があることを認識した。
瞳を見開くと、そこにはフェイタル・ウィングをかざしたヴァッシュが立っていた。
電撃弾はフェイタル・ウィングによって相殺爆発したのだ。
正に絶望の縁に放たれた一矢……否、一振りと言うべきか。
かつてのヴァッシュが、ガーゴイルからルギアルトに救われた時のごとく、今度はヴァッシュ自身がラミアにその奇跡の守護の瞬間を与えていた。
ラミアの目には、在るはずのない奇跡に映っていた。
彼女は昨夜の剣士だと直ぐに確信し、様々な感情を混ぜた言い様の無い涙が溢れる。
ジレスティアも直ぐに昨夜襲ってきたファングと確信し、動揺が言葉に現れる。
「き、貴様は……!?さ、昨夜のファングか!?」
「何だこいつ……?!こいつが、ジレスティアが言ってたファング!?くっ……僕の喜びを邪魔しやがった!!」
リゼロも突然の乱入者に動揺を隠せない。
かざされたフェイタル・ウィングの刀身には赤やオレンジのような色を放つオーラが宿っている。
契約時にラグナデッタから授かった炎の魔力能力だ。
ヴァッシュと視線を合わせたヘラは、戦慄と焦りを覚え引き下がる。
「な、何故昨日のファングが……!?」
「……てめーらいっぺん……ドラゴンの怒りってのを……味わせてやらぁ……!!」
ヴァッシュは怒りの闘志の眼光を目の前の狂者達に食らわせ、フェイタル・ウィングを振るい構えた。
続く
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。
梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。
16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。
卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。
破り捨てられた婚約証書。
破られたことで切れてしまった絆。
それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。
痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。
フェンリエッタの行方は…
王道ざまぁ予定です
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる