この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅵ 魂と真実を〜23歳〜

第80話 見学

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 どこから持ってきたのか、畳の上にはトランプが広がっていた。五人の少年少女たちは、輪になって、トランプとお互いの顔を睨みっこしてる。
「おいおいおい」
 頭を抱えて近寄ると、美樹ちゃんの大きな瞳と目が合った。
「上履きは脱いでるよ?」
「スタンリーは脱いでないけどね」
 アカネちゃんは、呆れたように悪顔の男の子を指差した。指差された悪顔もとい、スタンリーは、また顔面凶器に変えた。女子の前でもその顔できるのか。
 いやいや違う。俺は頭を振った。
「上履き脱いで偉いね! それより、トランプどこから持ってきた!? というか寛がないで、ここは仮眠室。ここは普段教師たちの部屋なのに、ここに入ってただで済むと思ってる?」
「構いません。許可はとってあります」
 この中の誰でもない綺麗な声が入ってきた。声のした方向に振り向けば、小夏先輩が扉から室内に入ってきて不敵に笑った。
 小夏先輩に続いてジンがやってくる。ジンは確か、図書館に行って世界地図と文明について調べていたはずだ。
 小夏先輩はDクラスの呪怨テストをしているはず。
 どうしてここに。
「理事長が『ここにいる限り、誰にも見つからないのは困難だろう』と言ってたの。だから見つかっても怒らないし、ここにいても構わない」
 そうか。ほっとした。
 トランプをやったいた五人は、急いでトランプを服のポケットに隠し、俺の後ろに隠れた。「どうした」と訊くとDクラスの担任教師、小夏先輩がこの場所にいることに驚きと不安で隠れているらしい。

 五人中三人はDクラス。美樹ちゃんと雨ちゃんはAクラス。アカネちゃん、スタンリー、ミラノはDクラス。

 食べるものも、寝床も、環境も違うのに、この五人は訳あって仲良しな関係だ。昔の俺とジンみたい。BクラスとDクラスだろうが差別はしない主義が今でもあって嬉しいな。

 小等部だからかもしれない。この世のこと、裏で学園を守っていることも知らない無垢で無知な子どもだから、差別しないのではないか。
 逆に中等部になると、無知だった頭に事実が入り、敵対心と競争心が芽生える。中等部の頃を思い出すと、それまで他クラスと仲良かったのに中等部に上がると避けられた記憶がある。
 今のこの子たちは、小等部。中等部になってもその関係が続いてくれますようにと、心の奥で密かに想った。
「アカネちゃん、スタンリーくん、ミラノくん、出てきなさい」
 小夏先輩がニコッと笑って、声を低くして叫んだ。笑ってるけど、微妙になんか怖い。頭から角が二本の生えている。
 スタンリー除くアカネちゃんとミラノは、肩を大きく震わせて恐る恐る出てきた。スタンリーは、チッと舌打ちし堂々と出てきた。
 勇気があるのか、叱られ覚悟か。
 そのあと、恐る恐るだった二人を、小馬鹿にしたように鼻で笑う。

「全く! 三人とも、授業さぼってこんな所に! いくら授業さぼっても呪怨テストはさせます! このあと、すぐに! ほら、行きますよ」
 プンスコ怒って小夏先輩は、三人をズルズル連れて室内を出ていった。残った美樹ちゃんと雨ちゃんは、やることないと呟きやっと出て行った。
「災難だった」
 俺は、畳の上でうつ伏せになった。魂が抜けるほど大きくため息つく。子どもの声って、あんなにキンキンしてんだな。特に何もしてないのにどっと疲れた。
「モテモテだったなぁ」
 とジンがからかってるのか、言ってきた。二冊の分厚い本を机に置く。二冊とも随分と古いもので、表紙がボロボロになっており、所々黒くくすんでいた。赤い表紙と青の表紙。
「それは?」
 物珍しく訊くと、ジンは不敵に笑った。
「見つけたんだよ! ついに! 最新の世界地図と文明崩壊」
「すげぇな!」
 ふふんと鼻の下伸ばして笑うジン。
 俺が外行けない間にジンは動いてくれた。そして見つけてくれた。世界を知る情報を。
 疲れた体を起こして机の本の手を伸ばした。伸ばしかけて、ひょいっと二冊の本がジンの手の中に。
 伸ばしかけた腕は空で、本を持ったジンを睨んだ。ジンは、まぁまぁと目尻をさげ、束の間ニッと楽しそうに笑った。
 この笑みは、何か企んでいる。
「本見る前に、小夏先輩の授業見学しね?」
「はぁ?」
 やっぱり。絶対思いもしないことを企んでいる笑顔だった。分かるんだよ。何年一緒にいた。
 思念伝達やらなくても、仕草や表情でだいだい分かる。旅をしていても、ジンとは一度も思念伝達で疎通しなかった。
 実際やれと言われたらやれるし、ジンも同じだ。だが、敢えてやらなかった。お互いがもう分かっているから。

 腕を戻し、嫌だと一言。ジンはそれでも食い下がってきた。どうやら、小等部の子と仲良くなりたいらしい。ナンパするためじゃないか。子どもと仲良くしてまさか、こいつロリコンだったのか。付き合わない。でも、ジンの無駄に必死な懇願に、折れてしまった。
 ジンがもし子どもに手出したら、そのときはこの炎の拳で殴ってやろう。

 訓練教室にやってくるのは、何年振りか。学園にいても、あまり滅多に足を運ばない場所だ。
 生徒の呪怨で破壊されないように、重く造られた扉。大人になった今でも大きな門。金庫並みの扉を開けて、広がった情景は真っ白なものだった。
 思い出した。訓練教室て確か、壁も天井も床も真っ白で造られた部屋だった。闘技場みたいに広くて、リングを中心に四方に観客席がある。
 白いものを見て目がぱちぱちする。くらりとしながらも、扉を閉めて、扉から近くの席へと座った。
 生徒たちが座っている場所は離れている。下のほうもよく見渡せる。呪怨テストは中盤辺りって所か。観客席に囲まれたそこは、広くて動きやすい床面に小夏先輩がいた。

 華奢な体では似合わぬ、重そうなファイルを手にしていた。そして、対にいる生徒に向かって呪怨を測っている。ここにきて、彼女が「教師」だったのを忘れていた。
 小夏先輩とは、学年時代から知っていて何だか教師というより、身近にいるお姉さんて感覚だった。でも、あのリングにいる小夏先輩は、人に厳しく、そして正し褒める、そんな教師の顔してた。
「うわぁ、顔全然違う」
 ジンも思ったのか、ひきつった顔で見下ろす。
 呪怨テストは続く。小夏先輩気づいていない。声をかけることもできないし、手を振るわけにもいかない。このまま、黙って見学しとこう。

 すると、なんとアカネちゃんの番が来たらしい。呪怨テスト嫌だ、とグスグスしてた割には堂々とした歩み。
 こちらからは、リングにいる小夏先輩とアカネちゃんの声は聞こえない。でも、何か一言二言話している。楽しい会話ではない。二人とも笑っていないし、眉間にシワを寄せるほどますます顔を厳しくしている。

 すると、いきなり小夏先輩が懐から取り出した小型ナイフで、己の腕を刺した。真っ赤な血が真っ白なタイルに飛び散る。
 俺たちは、思わず立ち上がって飛行呪怨で助けに行こうとした矢先、アカネちゃんが刺された箇所に腕を伸ばして、呪文を唱えていた。

 小さな緑のオーラ。
 でも、みるみるうちに刺された箇所が塞がっていく。まず、血。
 ドクドクと流れる血が出てきた場所から戻っていく。まるで逆戻りしていくような。そして、腕から流れた血が全て体内に戻っていくと、次は塞ぎ目。
 こっからでもミチミチと、傷が塞がっていく音が聞こえる。頑張れ、もう少しだ。
 だが、願いは叶わずアカネちゃんの力が使い尽きてしまった。

 悔しがるアカネちゃんに、小夏先輩は微笑みで対応していた。傷はまだ完全に塞がっていない。血は戻って出血死の恐れはないが、傷が塞がってないまま、このまま授業を進めるわけにはいかないだろう。
 誰か、代わりの教師を呼ぶのだろうか。アカネちゃんがリングを退場してから、小夏先輩もリングを退場して奥の扉から出て行った。
「心配だ」
「あぁ」
 心配過ぎて、ここを退場して小夏先輩に駆け寄りたいぐらいだ。だけど、ここを退場すると生徒だけになってしまう。
 ここは広いから、呪怨を使うには、うってつけの場所だろう。しかも今は授業。呪怨使っても文句なし。
 誰かが使えば誰かが傷つく。そうならない為にジンも俺もこの場を動かなかった。
「アカネちゃんの呪怨、回復系か」
 ジンが呟いた。
「そうだな。あの気象の荒さだから俺てっきり、戦闘系だと思った」
「俺も」
 ハハハと笑った。部屋は少しざわざわしてただけだから、良い様にこだました。俺らのクラスって、大概教師が居なくなったら暴れてたぞ。
 しまったと思って 口を塞いでも遅い。生徒たちに見つかり、タイミング良く小夏先輩も帰ってきて、睨まれた。
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