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第二章
ハムとチーズのサンドイッチ
しおりを挟むルーナがくるりと振り返った。
「見せたいものがあるの!」
「この庭のことでは?」
「レオンがもっと驚くものよ!」
またルーナに引っ張られて、裏庭へ向かう。
そこに見えるものに、レオンハルトは思わず「あっ」と声を漏らした。
「素敵じゃない? 樫の木にブランコを付けてもらったのよ!」
昔、母と暮らした小さな家の小さな庭にあった、レオンハルトの大好きだったもの。あのブランコにそっくりだ。
ルーナが立派な樫の木があると言っていたけれど、昔庭に生えていた木も樫の木だったんだろうか。
「どうしたの? 気に入らない?」
「いえ、昔、うち……あ、母と住んでいた家にもブランコがあったんです。それにそっくりなのでつい驚いて……」
「まぁ、素敵! 実は私もよ! 父が退屈だろうからと付けてくれたの!」
「そうだったんですか……」
「えぇ、同じね」
うふふとルーナがはにかんだ。その笑顔に重ねるように、母のことを思いだした。
そうだ、同じだ。
母が愛情をかけてレオンハルトを育ててくれたように、ルーナも同じく父に愛されて生きてきた。ルーナも、レオンハルトと同じように誰かの大切な子供なのだ。
「レオン? どうしました? ぼうっとして」
「いや……あぁ、同じだなと思って」
「ふふ。後で乗りましょうよ」
「僕はいいです。君が乗ればいいでしょう」
「そーお? じゃあブランコを押してね」
ルーナ付きのメイドが樫の木の根元にラグを広げて、その上にバスケットを置いた。ルーナはその上に座って、レオンハルトも促されてラグの上に座った。
「慣れているんですね」
「えぇ。ピクニックは趣味なの。ハンナ、ポットをちょうだい」
「はい、奥様」
メイドのハンナがルーナにポットを渡し、ルーナがティーカップに茶を淹れる。
「ここから先は自分でできるわ。あなたは屋敷に戻っていいわよ」
「かしこまりました」
ルーナはそう言って、ハンナを下がらせてしまう。
……二人きりになってしまった。
「ハンナは私が小さい頃からずっと屋敷で働いてくれているの」
「へぇ……」
ルーナから紅茶の入ったカップを手渡されて、受け取った。
「このお茶もハンナが淹れてくれたんですの。ハンナはとっても紅茶を淹れるのが上手なのよ」
促されるようにカップに口を付けると、茶葉の良い香りが口の中に広がった。
「……美味しいです」
「本当?! よかったぁ。ハンナに伝えるわ。きっと喜びますわね」
「そうでしょうか」
「え?」
ルーナの実家からついてきた使用人たちは、皆同様にルーナのことを慕っているようだった。きっと"魔女"のことだから、屋敷に幽閉されて使用人からも蔑まれているだろうと思っていたのに、実際はレオンハルトの予想は大きく外れていたのだ。
大事に思っている自分の主人が、レオンハルトのようなどこぞの馬の骨と結婚したことに、彼女たちはなにを思っただろうか。ましてやあんなに質素な結婚式に、結婚してからもレオンハルトは夫っぽいことを何もしない。そんなレオンハルトのことを、悪く思っているかもしれない。そんなレオンハルトに茶を褒められて、メイドが喜ぶものだろうか。
「……いや、僕は幼い頃から兵士学校の寮にいたから、使用人との距離感というのがよく分からなくて」
「そう? メルケンと仲良しなのかと思っていたわ」
「メルケンと? 仲良し、とは違うような……」
「メルケンには仕事を教えてもらったりとよくしてもらっているけど、いつもあなたの話ばかりよ?」
「なっ、そうなのか?!」
ルーナとメルケンにそんな時間があるなんて初耳だ。しかしそういえば、ルーナに妻としての仕事を教えてやれと言ったんだった。
「メルケンはレオンのことをとても大切に思っているわよ」
「……」
「それにハンナたちも、レオンには感謝してるわよ」
「僕に?」
「えぇ。私をあの屋敷の外に連れ出してくれたじゃない。私、あのまま一生あの屋敷で生きて、誰にも知られずに死ぬんだと思っていたわ。あ、でも、魔女が死んだとなると、大ニュースかしらね。お祝いの舞踏会でも開かれるかも」
それは……ありえるかもしれない。
「あなたが一体どうして私に結婚を申し込んだのかは分からないけど……今のところ、賭けは私の優勢よ」
「……誰と争ってるんです?」
「さぁ? 運命かしら?」
そう言ってルーナはくすくす笑った。
なんて答えたらいいのか分からない。ルーナと結婚した本当の理由なんてルーナに伝えられるわけがないし……。レオンハルトは手持無沙汰にバスケットの中を見た。
「サンドイッチ?」
「そうそう。軽食を持ってきましたの」
ルーナがバスケットの中からサンドイッチを取り出した。
「召し上がってくださいな」
レオンハルトは促されるままにサンドイッチに手を伸ばし、ぱくりとそれを口に含んだ。
具材破ハムとチーズだけ。レオンハルトの一番好きな食べ物だ。内心高揚しながら、つとめて冷静にサンドイッチを咀嚼する。サンドイッチは素朴で優しい味がする。母親が作ってくれたサンドイッチを思い出されて嬉しかった。
もぐもぐと咀嚼していると、ふと視線を感じた。見れば、ルーナがこちらを凝視しているではないか。
「なにか……?」
「あっ……その、味はどう……?」
「? 美味しいですよ」
「っ! よかった……」
ルーナが安心したように息を吐いて胸を撫で下ろした。なんだ? 毒でも入っているのか?
「私の人生初めての作品ですわ」
その瞬間、口からサンドイッチを吹きだしそうになった。
「げほっ、ごほっ……これを、君が? 作ったんですか?」
「えぇ。なにかしら? そんなに驚いて」
「……僕の一番好きな食べ物はサンドイッチです」
「えっ……それって本当?」
「えぇ。特にハムとチーズだけが入ったシンプルなサンドイッチが好きなんです」
まぁ! とルーナの目が見開かれる。
「特訓しないといけませんわね」
「特訓?」
「ハムとチーズのサンドイッチ専門のシェフになりますわ」
「なんですかそれは」
思わずはは、と笑うとルーナも笑った。春の日差しを背負って、樫の木の葉がちらちらと影を作って二人を覆った。そよ風が吹いて枝が揺れて、心地よい音を鳴らしていた。穏やかで心地よい時間だった。
「レオン、ブランコに乗りたいわ」
「本当に僕に押せと?」
「当たり前じゃない!」
ルーナはドレスの裾を翻してブランコに勢いよく乗って、はやくはやくとレオンハルトを呼んだ。その姿がやけに眩しく見えて、レオンハルトはそっと目を伏せた。
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