だから僕は魔女を娶った

春野こもも

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第二章

カエル

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 ルーナに急かされるがまま、レオンハルトはルーナの乗るブランコの縄を手に取り、大きく後ろに引いて手を離した。
 戻ってきたルーナの背中をそっと押して、またブランコが遠くなっていく。その繰り返しだ。

「まぁすごい! とっても高い!」

 ルーナが喜ぶので、レオンハルトはさらに強くブランコを押す。するともっとルーナが喜ぶ。……これはいつまでやればいいのだろうか?
 手のひらで触れるルーナの背中は薄い。そういえば、ルーナにこうして自分から触れるのは初めてでは。そう思うと急に手の動きがギクシャクしだした。

 そのときだった。
 
「……る」
「……? なんだ?」
「か……っ! カエルがっ!」

 突然ルーナが叫んで、大きく背中をのけぞらせた。

 「?! ルーナ、あぶなっ……」

 ルーナの背中が大きく後ろに倒れる。まずい、落ちる!
 レオンハルトは咄嗟にルーナの腹に手を回してルーナを抱き上げ、反動で自分も後ろに倒れこんだ。
 乗客を失ったブランコが激しく前後に揺れる。これにぶち当たると怪我は免れないだろう。

 中途半端に転ぶのが一番危ない。思い切ってルーナを抱えたまま後ろに勢いよく倒れ込む。

 目を開けると、ギィギィ縄を鳴らしながらブランコが頭上を前から後ろへと往復していた。……あ、危なかった。

「っルーナ! 大丈夫ですか?!」

 首だけを起こして胸の上に倒れ込んだままのルーナに声をかける。

「だ、大丈夫ですわ……はっ、カエル!」
「ルーナ?!」
「レオン! カエル! カエルよ! いやああっ私カエルはだめなのっ!」

 ルーナにしがみつかれながら、視線を彷徨わせれば、左前方、草の陰に一匹のアマガエルがいた。

「カエル……」

 こんな小さなカエルに半狂乱になってブランコから落ちるほど怯えているのか。レオンハルトは拍子抜けしてしまった。

 ルーナを右手で抱えながら左手で揺れるブランコの動きを止めて、上体を起こす。
 カエルは状況を分かっているのか分かっていないのか、レオンハルトとルーナに背を向けてその場からぴょんと飛び去っていった。

「もう行きましたよ」
「……本当?」
「えぇ」

 密着した体と、美しい顔がすぐそばにあることに気付き、途端にレオンハルトは落ち着かなくなった。

「はぁ、怖かった……レオン、ありがとう。おかげで怪我をせずに済んだわ。すぐどくわね」

 そう言ってルーナは立ちあがろうとしたが、バランスを崩したのか、また転びそうになる。

「きゃあっ!」
「っ危な、」

 ルーナの腕に突き飛ばされて、また地面に横たわる。ルーナが腕を突っ張って、レオンハルトの顔の横に手を置いた。

 閉じてしまっていた目を開けると、目の前にルーナの美しい顔があった。

 ルーナに覆い被さられて、腕の中に閉じ込められている。ルーナの長い髪が影を作っているせいで視界は暗い。
 なんというか……不慮の事故によって押し倒されている。

「あら……」
「…………」

 近い、近い近い近い……。
 柔らかい髪が頬をくすぐって落ち着かない。ここまで顔が近いことなんて、結婚式の時にした口付けの時以来……口付け?
 
 ルーナの金色の目がじっとレオンハルトを見つめている。その目に見つめられるとドキドキして、手のひらに汗が滲んできた。
 なんのつもりだ? もしかして、結婚式の時のようにき、キスでもしようとしているのか?!

「これじゃ私がレオンを襲っているみたいね」
「襲っ……?!」
「くっ……ふふふ、襲わないわよ!」

 ルーナはレオンハルトの上から退くと、お腹を抱えてあははは! と声を上げて笑った。……は?

「ルーナ?」
「レオンがあまりにも可愛らしいからからかっちゃったわ! 襲ったりしないから安心してくださいな」
「…………」 

 ピキ、とレオンハルトのこめかみに青筋が立つ。からかっちゃった、だと?

「はぁ、あんまり怯えた顔をするんだもの! 面白かったぁ。そろそろ中へ入りましょうか?」
「はぁ……」

 ルーナはドレスを叩いて汚れを落とすと、テキパキと片付けを始めた。
 レオンハルトはルーナが持とうとしていたバスケットをかろうじて先に取って、どこか放心しながらルーナと並んで屋敷へ帰る。

「じゃあ、私はメルケンとお勉強してきますわ。休日にピクニックに付き合ってくれてありがとう。またしましょうね」

 にこやかにそう言い残して、ルーナはレオンハルトを置いてさっさと部屋に行ってしまった。
 取り残されたレオンハルトは1人ぽつんと廊下に立ち尽くす。

 ……キスされるのかと思った。

 事故とは言えど、僕はルーナを抱きしめて、覆い被さられて、とてもドキドキしたというのに、ルーナは違うのか?

 ルーナは異性とあんなに近距離になっても、一切緊張しないのか?
 元々ルーナはスキンシップが多いと思っていたけれど、それはルーナが僕に全くドキドキしないから?

 レオンハルトは幼い頃から兵学校にいたせいで、これまでの人生で女性と関わり合うことがほとんどなかった。そのせいか、ルーナのような綺麗な女性に触れられると、ドキドキしたり緊張したりしてしまう。

 ルーナは僕に触れても僕の顔が近くても、全然平気なのだろうか?

 ルーナはレオンハルトより1つ年上だ。その分余裕があるということか? ルーナだって、屋敷にずっと籠っていたから異性と関わり合うことなんてなかったはずなのに。

 ……いや、あるのか? 
 もしかして、レオンハルトが勝手にルーナには恋愛経験がないと思い込んでいるだけで、実はあるのだろうか?

 サァー……と頭から血の気が引いていく。
 まさか本当はルーナには好きな人がいて、何らかの理由でその相手とは結婚できないから、仕方なくレオンハルトと結婚したとか……?

「……いや、僕も同じじゃないか」

 レオンハルトだって、ナディア王女を慕っているから、ナディア王女の為にルーナと結婚した。
 同じなのに、どうしてこんなに胸がざわつくのだろう。 
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