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第三章
2度目のキス
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しかし、ルーナは自分が魔女であることでレオンハルトに避けられていると思ったのだろう。これは、かっこ悪いなど言っている場合じゃないと思った。
「……ルーナ、違います。君のことが怖いのではありません。僕が君を避けているように見えるのは、その……」
「見えるのは?」
「…………き、緊張してるんです……その、君はすぐにこうやって顔を近付けたり、体をひっつけてくるから……」
顔が赤くなっている自覚はある。目をきゅう、と瞑って、ルーナに負けず劣らずの小さな声で紡いだ言葉はしっかりルーナに届いていたらしい。
「……緊張? 私に? 結婚式ではもっと近い距離で口づけしたじゃない」
「……」
その通りである。結婚式の口づけは、レオンハルトにとってファーストキスだ。けれどあの時は、キスに対して緊張どころかなんの感情も沸いてこなかった。ある種の仕事だと思っていたから。
でも今は違う。ルーナのことを一人の女性として、す、す、すす好き……だと気付いてからは、キスなんてとんでもなかった。エスコートはできるけれど、私的な時には手を繋ぐことすら怪しい。
「ちょっとは慣れてくれたかと思ったのに、まだ顔を近付けるだけで緊張するなんて……ショック療法でキスでもしたらいいんじゃないかしら?」
「えっ?!」
「あら、嫌なの?」
「い、嫌じゃないけど……き、君はいいんですか?! 突然好きでもない男と結婚させられて、き、キスなんて!」
「好きでもない男と結婚なんてしないわ」
「えぇ?!」
そんな、初耳だ。手の平の汗でオールが滑りそうになるのを握り直す。
「レオンと初めて会ったときに、なんだかビビッときたの。初めて会ったのに、懐かしいような気さえしたわ。私、あぁこの人がいいわ、と思ったの。お父様にも嫌なら断っていいと言われたけれど、私言いましたの。いいえ、あの方と結婚したいですと」
レオンハルトは呆けてしまって、何も言えなかった。
まさかルーナが、自分のことをそう思っていたなんて。てっきり、父親の為に結婚したんだと思っていたから。
「私はあなたを慕っているから結婚したのよ」
「……てっきり、弟とでも思われているかと」
「あら、なぜ?」
「しきりに僕のことを可愛いと言うじゃないですか……」
「だって、可愛いじゃない。あら、もしかして嫌だったの?」
嫌、というよりかは。ルーナに可愛いと言われるたびに男性として意識されていないようでへこんだ。
レオンハルトはルーナに少し離れるように言ってから、オールを舟の上に上げた。ルーナのドレスが濡れてしまわぬように、オールの先がレオンハルトの後方に向かうように置いた。
「あ、あの……ルーナ」
「なにかしら」
「……手を繋いでも?」
「手……?」
まだ顔が赤い自覚はあったが、レオンハルトはまっすぐルーナを見て喉を震わせた。
こくりと頷いて、ルーナがレオンハルトの前に手を差し出す。
ルーナの手は白くて、つるつるで柔らかそうで。実際に触れると、思っていたよりももっと柔らかかった。
その手を取って、口元まで持っていく。頭を下げて、すべすべの白い手の甲に、ちゅ、と口づけた。
「……お慕いしています」
「……っ!」
ルーナが珍しく、目を見開いて驚いた表情を見せる。
「……あなたが魔女と呼ばれていることなど、僕はすっかり忘れてしまいました。それでも、君がそれに縛られ傷付くのなら……僕が君を守ります。君の騎士になります」
「英雄に騎士になっていただくなんて、向かうところ敵なしね」
舟がぐらりと揺れる。ルーナに抱き着かれていた。慌てるレオンハルトの耳元でルーナが「ありがとう」と囁いた。
団長の言うように、レオンハルトは目に見えない女神や神託より、目の前のルーナを選んだ。噂や神託が語るルーナよりも、レオンハルトが知っているルーナを大切にすることにした。
兄に言えば殴られ、家に知られれば勘当を受けるだろう。
王女様に知られれば、きっと王女を傷付け泣かせることになる。
でも、それだけだ。
レオンハルトとルーナが結婚している事実は変わらないし、教会で誓った永遠を本物にするだけ。変わったのは、レオンハルトの気持ち。それから、守るべきもの。
レオンハルトはナディア王女を守るためにルーナと結婚した。けれど、レオンハルトが守るべき人はルーナだ。これからはルーナを守っていくために生きていくんだ。
そっと、ルーナの背中に腕を回して、ぎゅうとルーナを抱きしめ返した。
ルーナは柔らかくて、温かくて、いい匂いがして、なにより細かった。身長が高いから並んでいると気付かなかったが、ルーナは女性で、レオンハルトよりも小さく華奢なのだ。
心臓が口から出そうだ。ルーナに聞こえていたら恥ずかしいけれど、この体を離すのも名残惜しい。
レオンハルトが悶々としていると、ルーナが顔を上げて、レオンハルトの顔を覗きこんだ。
じっ……と金色の瞳に見つめられ、レオンハルトも見つめ返した。数秒無言で見つめ合った後、心臓が飛び出しそうなのを必死にポーカーフェイスに押し込めたレオンハルトがそっと顔を近付けると、ルーナが目を閉じる。
2度目のルーナの唇は柔らかくて、その感触に心臓が張り裂けそうだった。それでいて心が溶けていくような、真綿に包まれるような、そんな幸せな気持ちになったのだった。
「……ショック療法成功かしら?」
「あ、う……」
「あら、林檎みたいに顔が真っ赤ね。ふふ、可愛……あら、また言っちゃった」
舟遊びから帰って来た二人を岸で迎えた使用人たちは、顔を真っ赤にして渋い顔で口を引き結ぶレオンハルトと、やけに上機嫌なルーナを見て、皆一様に生ぬるい笑みを浮かべた。
「……ルーナ、違います。君のことが怖いのではありません。僕が君を避けているように見えるのは、その……」
「見えるのは?」
「…………き、緊張してるんです……その、君はすぐにこうやって顔を近付けたり、体をひっつけてくるから……」
顔が赤くなっている自覚はある。目をきゅう、と瞑って、ルーナに負けず劣らずの小さな声で紡いだ言葉はしっかりルーナに届いていたらしい。
「……緊張? 私に? 結婚式ではもっと近い距離で口づけしたじゃない」
「……」
その通りである。結婚式の口づけは、レオンハルトにとってファーストキスだ。けれどあの時は、キスに対して緊張どころかなんの感情も沸いてこなかった。ある種の仕事だと思っていたから。
でも今は違う。ルーナのことを一人の女性として、す、す、すす好き……だと気付いてからは、キスなんてとんでもなかった。エスコートはできるけれど、私的な時には手を繋ぐことすら怪しい。
「ちょっとは慣れてくれたかと思ったのに、まだ顔を近付けるだけで緊張するなんて……ショック療法でキスでもしたらいいんじゃないかしら?」
「えっ?!」
「あら、嫌なの?」
「い、嫌じゃないけど……き、君はいいんですか?! 突然好きでもない男と結婚させられて、き、キスなんて!」
「好きでもない男と結婚なんてしないわ」
「えぇ?!」
そんな、初耳だ。手の平の汗でオールが滑りそうになるのを握り直す。
「レオンと初めて会ったときに、なんだかビビッときたの。初めて会ったのに、懐かしいような気さえしたわ。私、あぁこの人がいいわ、と思ったの。お父様にも嫌なら断っていいと言われたけれど、私言いましたの。いいえ、あの方と結婚したいですと」
レオンハルトは呆けてしまって、何も言えなかった。
まさかルーナが、自分のことをそう思っていたなんて。てっきり、父親の為に結婚したんだと思っていたから。
「私はあなたを慕っているから結婚したのよ」
「……てっきり、弟とでも思われているかと」
「あら、なぜ?」
「しきりに僕のことを可愛いと言うじゃないですか……」
「だって、可愛いじゃない。あら、もしかして嫌だったの?」
嫌、というよりかは。ルーナに可愛いと言われるたびに男性として意識されていないようでへこんだ。
レオンハルトはルーナに少し離れるように言ってから、オールを舟の上に上げた。ルーナのドレスが濡れてしまわぬように、オールの先がレオンハルトの後方に向かうように置いた。
「あ、あの……ルーナ」
「なにかしら」
「……手を繋いでも?」
「手……?」
まだ顔が赤い自覚はあったが、レオンハルトはまっすぐルーナを見て喉を震わせた。
こくりと頷いて、ルーナがレオンハルトの前に手を差し出す。
ルーナの手は白くて、つるつるで柔らかそうで。実際に触れると、思っていたよりももっと柔らかかった。
その手を取って、口元まで持っていく。頭を下げて、すべすべの白い手の甲に、ちゅ、と口づけた。
「……お慕いしています」
「……っ!」
ルーナが珍しく、目を見開いて驚いた表情を見せる。
「……あなたが魔女と呼ばれていることなど、僕はすっかり忘れてしまいました。それでも、君がそれに縛られ傷付くのなら……僕が君を守ります。君の騎士になります」
「英雄に騎士になっていただくなんて、向かうところ敵なしね」
舟がぐらりと揺れる。ルーナに抱き着かれていた。慌てるレオンハルトの耳元でルーナが「ありがとう」と囁いた。
団長の言うように、レオンハルトは目に見えない女神や神託より、目の前のルーナを選んだ。噂や神託が語るルーナよりも、レオンハルトが知っているルーナを大切にすることにした。
兄に言えば殴られ、家に知られれば勘当を受けるだろう。
王女様に知られれば、きっと王女を傷付け泣かせることになる。
でも、それだけだ。
レオンハルトとルーナが結婚している事実は変わらないし、教会で誓った永遠を本物にするだけ。変わったのは、レオンハルトの気持ち。それから、守るべきもの。
レオンハルトはナディア王女を守るためにルーナと結婚した。けれど、レオンハルトが守るべき人はルーナだ。これからはルーナを守っていくために生きていくんだ。
そっと、ルーナの背中に腕を回して、ぎゅうとルーナを抱きしめ返した。
ルーナは柔らかくて、温かくて、いい匂いがして、なにより細かった。身長が高いから並んでいると気付かなかったが、ルーナは女性で、レオンハルトよりも小さく華奢なのだ。
心臓が口から出そうだ。ルーナに聞こえていたら恥ずかしいけれど、この体を離すのも名残惜しい。
レオンハルトが悶々としていると、ルーナが顔を上げて、レオンハルトの顔を覗きこんだ。
じっ……と金色の瞳に見つめられ、レオンハルトも見つめ返した。数秒無言で見つめ合った後、心臓が飛び出しそうなのを必死にポーカーフェイスに押し込めたレオンハルトがそっと顔を近付けると、ルーナが目を閉じる。
2度目のルーナの唇は柔らかくて、その感触に心臓が張り裂けそうだった。それでいて心が溶けていくような、真綿に包まれるような、そんな幸せな気持ちになったのだった。
「……ショック療法成功かしら?」
「あ、う……」
「あら、林檎みたいに顔が真っ赤ね。ふふ、可愛……あら、また言っちゃった」
舟遊びから帰って来た二人を岸で迎えた使用人たちは、顔を真っ赤にして渋い顔で口を引き結ぶレオンハルトと、やけに上機嫌なルーナを見て、皆一様に生ぬるい笑みを浮かべた。
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