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第三章
恋愛小説
しおりを挟む「ルーナ、ここにいたんですか」
レオンハルトがルーナを見つけたのは、裏庭の樫の木の木陰だった。ルーナは木陰にシートを広げ、その上に座り熱心そうに本を読んでいた。レオンハルトを見て目を丸くして口を開けているルーナにふ、と笑いが漏れる。
「おかえりなさい。お仕事は?」
「半休になったんです」
ルーナの横に腰かけると、パタンとルーナが本を閉じる。
「急に現れるから驚いたわ」
「僕も驚きました。帰ったら君の姿が見えなかったので」
「何か用があったの?」
首を傾げるルーナに、レオンハルトがぐ、と言い淀む。
その顔を見てルーナがピンと来たようにあぁ! と声を上げた。
「私に会いたかったのね?」
「……どうして分かったんです」
「レオンは照れると口をむっと引き結んで眉間に皺が入って、急に渋い顔になるもの」
「僕はいつもそんなに仏頂面を?」
ルーナが指を使っていつもレオンハルトがしているらしき仏頂面を作った。
少しショックだ。照れ隠しにしたって、そんな不機嫌そうな顔をしているなんて。
「えぇ? いいじゃない。可愛いわ」
「……」
だから可愛いと言われるのが嫌なのに。
もっとスマートに、照れもせず、君に会いたかったからとさらりと言えばいいのに。
「……用がなくてすみません。邪魔をしてしまいましたか?」
「まさか! レオンが会いに来てくれて嬉しいわ。私たち、夫婦なのだからいつでも好きなときに会っていいのよ」
レオンハルトは仏頂面にならないように気をつけて、それでもやっぱり照れ臭いのを抑えられずに、ぽり……と頬をかいた。
「夫婦だから、いつでも抱きしめたり、キスしてもいいのよ」
「う、ぐ……」
くすくす笑いながら爆弾を落とされてレオンハルトは唸りながらやっぱり仏頂面をした。それから、きょろきょろ周りに使用人がいないかを確認して、横を向いてルーナにそっとキスをする。
顔を離して目を開けると、ルーナの金色の瞳がきらりと光って、思わず「綺麗だ……」と呟いてしまった。
「……え?」
「あ、いや、これは……心の声が漏れてしまったというか……」
「……ショック療法、着実に効果が出てるわね?」
「そうでしょうか……?」
何度キスをしても、レオンハルトはいつも心臓が張り裂けてしまいそうなのに。こんなことではこの先が思いやられる。……この先? よくない考えが出てきてしまいそうで、レオンハルトはぶんぶんと首を振って邪念を振り払った。
ルーナはレオンハルトの頬を両手で覆って、すり、と指の腹で優しく撫でる。
「だって、レオンはこんなにハンサムで、綺麗な顔をしているのに、甘い言葉まで吐けるようになったら大変よ」
「どう大変なんです?」
「あなたが浮気をしないか心配で、私がお昼寝できなくなっちゃうわ」
「夜はしっかり眠るんですね?」
レオンハルトの顔から手を離してあははと笑うルーナに呆れながら、こんなに綺麗な人はほかにいないのに、一体何の心配をする必要があるんだと思った。
ふと、ルーナが読んでいた本の表紙が目に入った。
「何を読んでいたんですか?」
「あぁ、これは……巷で流行りの小説よ。ハンナに貸してもらったの」
そう言って、さっとルーナは本を手に取り持ってきたであろうバスケットの中に放り込んだ。
「……?」
なんだか、隠されたような?
「レオン、ブランコに乗りたいわ。押してくださらない?」
「いいですが……好きですね、ブランコ」
話を逸らすようなルーナの行動が少し引っかかったが、まぁいいかとルーナの手を引いて立ち上がった。
ブランコで2人はけらけらと笑いながら遊んだあと、木陰に戻って休憩した。
レオンハルトはふいに眠気に襲われて、気が付けばルーナの膝枕で眠っていた。起こされた時にはすっかり日が落ちていた。
レオンハルトが起きた時、眠る前にはなかったはずのブランケットが膝にかかっていて、どうしたのかと聞くと「ハンナが途中で様子を見に来て持ってきてくれたのよ」とあっけらかんと言われた。
「初夏と言えど、夕方にかけて肌寒くなるものね」
レオンハルトはルーナの膝でぐうぐう眠りこけている姿を使用人に見られた恥ずかしさで少しの間、悶絶した。
――――――
月曜日、相変わらずエミリーがパンを卸しに来ていた。
「レオンハルト様!」
なぜか毎週会うごとに絡んでくるエミリーをいなしていると、エミリーが抱える物に目が留まる。見覚えがあるような気がしたからだ。
「……それはなんです?」
「え? あぁ、これは今流行っている恋愛小説ですよ! 手に入れるのも大変で、ここの厨房で働いている友達がいるので貸すために持ってきたんです」
「恋愛小説……?」
エミリーが本を掲げる。
間違いない、昨日ルーナが読んでいた本と同じ表紙だ。
「そんなに人気なんですか?」
「えぇ、それはもうすごい人気ですよ! 私もずいぶん探して、やっと買えたんですから!」
「どんな内容で?」
「とにかくあまーい恋愛ものですね。令嬢と騎士のラブロマンスです」
「ふぅん……その友達にはこれから会いに?」
「いえ、もう探しに行ったのですがタイミングが悪いのか会えなくて……仕方なく持ち帰るところです」
「僕が渡しておきましょう」
「えっ?!」
レオンハルトはエミリーの前に手を差し出した。
エミリーが戸惑いと困惑に満ちた表情でレオンハルトを見上げる。露骨に困っているようだった。
ルーナだけでなくエミリーもだ。レオンハルトがこの本に触れると困るらしい。
隠されると余計に気になるのが人間の性だ。さらに恋愛小説、令嬢と騎士の甘いラブロマンスとされるものをルーナが読んでいたとなると、気になるのも仕方ないだろう。
「その友達の名は?」
「リナと言いますが……でも、わざわざレオンハルト様の手を煩わすほどじゃ……」
「せっかく持ってきたんだ。また持ってくるとなると君も手間でしょうし」
有無を言わさずににっこりと微笑むと、エミリーが顔を引き攣りながら、観念したようにレオンハルトに本を手渡した。
「レオンハルト様……」
「うん?」
「あの、一応、一応何ですが……、この本は男性が読んでもつまらないかと」
「へぇ……? 分かりました。じゃあ僕が読んでも仕方がないですね」
レオンハルトがそう言うと、エミリーはホッと安堵の表情を浮かべた。レオンハルトはエミリーを見送り、本を渡しにまっすぐ厨房へ……行くはずもなく、副団長の特権として宛てがわれている個人の執務室へと向かった。
ルーナやエミリーがレオンハルトから避けようとする小説とは一体どんな内容なんだ。
それにルーナが熱心そうに読んでいた恋愛小説というのだから、もしかして、もしかしてだが……この本を参考にすればルーナに悦んでもらえるような行動や言動ができるのではないだろうか。
レオンハルトはソワソワと胸を弾ませながら、本を開いた。
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