あやかし奇談花恋

青桜さら

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名付け

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 どんな形でもいいから復讐する機会を……そう考えていた。
 けれど実際は力の差が圧倒的にあり過ぎて、傷一つもつけられない。
 己の弱さが、なによりも悔しい。
 力さえあったなら、ここまで形容しがたい黒い感情が心に棲むことはなかっただろう。

「猫。お前の孤独も弱さも、私には関係ない。それはお前自身の問題だ」
「そんなこと……っ」
 息も乱さず柊は猫に淡々と告げると、猫は言葉に詰まった。
 そんな猫に柊は続ける。
「お前だけが孤独だと思うな。誰だって孤独なものだ。いつまでもそんなことに拘ることは、時間の無駄」
「…………それでも、そうだとしても」
「猫自身の問題だろう。俺は関係ない事だ」
「…………」
 猫は手のひらを強く、爪で血が出るほど強く握り締める。
 猫にも本当は分かっていた。根本的な問題は、己の弱さにあると理解していた。
 足掻いても強くなれない。
 強さが全てではない。けれど猫にとって、強くあることが目標で……復讐な生きる目的になっていた。
(どんなに頑張っても、こんなに弱くては意味が無い……)
 悔しさに猫は下唇を噛む。

 そんな猫を見ていた那月は、猫の昇華できない苦しみを痛いほど感じる。
 那月もまた弱かったから。
 いまでも弱いけど、猫と那月の弱さの違いはなんだろうかと考える。脳裏に浮かんだのは、友達と帰ってきた母親。そして目の前の柊との出会い。
 那月が変わったんじゃなくて、取り巻く環境が大きく変化した。そのことに那月が気付いたからだろうか。
 きっとこのままでは猫は救われない。
 猫はいまでも孤独だろう。でもここには柊も那月もいる。
 好意的な感情はなくても、ひとりじゃない。

 那月は意を決して猫に声をかける。
「……いまさらだけど。猫、お前の名前は?」
 牙をむく猫に那月は続けた。
「こっちの名前は知られてるのに、お前の名前を知らないんだよ」
「名前なんて……っ」
 名前を教えたくないというより、名乗る名前がないように見える。
 名前がない理由はともかく、猫と呼ぶのは那月の気が引けた。
「教えないなら好きに呼ぶけど、それでいいか? ……『陽菜(ひな)』だな」
 孤独で寒さに凍えている猫のイメージから、真逆の名前。
 絶望するにはまだ早いと、那月は願いを込めて暖かな春を名前に込めた。
「ほう。陽菜とな」
 柊は面白そうに相槌を打つ。
「メスで合ってるか……?」
 力尽きて座り込んでいた猫は、そのままの姿勢で叫ぶ。
「メスだよ! 陽菜ってなんだよ! そもそも今の自分に性別なんて関係ない……っ」
 関係ない。確かに。いやでも。
「陽菜、よろしく。出来れば復讐は柊に直接やってくれ。弱い者を倒したところで陽菜が救われる訳でもないだろ?」
 うん。人間は人間と、あやかしはあやかしとやり合って欲しい。力の差が大き過ぎる。
 そう考えていた那月に柊は苦笑する。
「人間の理論は通じないだろう。那月自身が強くなれば問題ない」
「出来ないことを簡単に……」
「いやそうでもない。那月次第だ」
 柊の目に那月がどう見えているのか、後で聞こう。
 那月は猫に向き直る。
「陽菜。ここで全てが終わって後悔しないか? 諦めるのは後でも出来る。ここまで強いんだから、まだいける。だろう?」
 強くなっても那月を狙わないで欲しいと思いつつ、猫に諦めて欲しくなかった。
 柊はおそらくかなり強い。
 ここで猫に強くなれと言ったとしても、問題ないはずだ。那月はそう考える。
「…………那月。自分に名前を付けたこと、後悔させてやる。とりあえず休戦だ」
 低く唸る猫。休戦の相手は柊に対してだろう。
「好きにすればいい」
 柊が薄ら笑いを浮かべ、陽菜に応える。

 いろいろ話の取り決めをしたい那月だけど、体力が限界で寝ることにした。
 問題山積みのまま、那月は眠りに落ちる。
「寝てる時は、護衛をしててください」
 と、柊に言って寝た。

 日本人特有の『察してくれ』は、あやかしに通じないと学習した長い一日だった。
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