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6 悪役令嬢様とお茶会を

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 その日。メリーは授業が終わっていつものように部室へと移動した後で気が付いた。


(そうか……部長と、リキッド様は隣国に行ってるんだ)


 部長からメリーへと連絡が来たのは昨日の昼間。

 この世界では休みは日曜日のみ。土曜日も午前中だけ授業がある。週休2日じゃないのかよ、と小さい頃に通っていた転生者学校で中身若めの転生者が愚痴っていたが、メリーは最初からこの環境なのでよくわからない。

 とにかく、学園が休みだからと部長はわざわざ自宅まで手紙をくれたのだ。その配慮をメリーはありがたいと思った。

 手紙には滞在先の住所などが書いてあり、その日程表によると今はまだ2人は国内だ。

 メリー達の住むこの国は地域によって魔力にムラがあり、移動用の魔法陣が使えない。

 だから、移動はもっぱら馬車だった。他国への移動にはどうしても時間がかかってしまう。

 20年近く前に元技術者だという転生者が現れて、魔術列車というのが開発中らしいが、残念ながらまだ実用化には至っていない。

 ソレはどうやら前世での「電車」のような物らしいと聞いて、メリーはとても楽しみにしていた。まだ母のお腹の中にいたメリーには、電車の記憶はないからだ。

 そう。この世界で一番有名な転生者家族の一員でありながらメリーは前世『日本』のことを何も知らない。

 産まれていなかったのだから当然だ。

 メリーにとっての日本の知識は人から聞いたものばかり。

 これでも転生者と言えるのだろうか。それがメリーの密かな悩みだった。

 この世界の人からは転生者と呼ばれ。転生者と話しても一切前世の話は分からず。両親からは前世に即した教育を施されているため、この世界の常識からも外れている。

 メリーは確実にこの世界からは浮いた存在だった。

 そんな事情もあって、メリーにはずっと親しい友人がいなかった。唯一友達と言えるのは小さい頃からの婚約者であるシャインくらいだが、近ごろは月に1回の婚約者とのお茶会くらいでしか会話が出来ていない。

 だからこそ、部長やリキッドと共にこの部室で過ごす時間はメリーにとってとても大切だった。

 あの2人と話しているときだけは、真実の愛の子としてではなく、ただのオカルト研究会の部員としてのメリーでいられるのだ。

 この学園の校舎は転生者に合わせてあちら風の作りになっている。だから部室はたいして広くないが、毎日のように共に過ごしていた2人がいないだけで、とてつもなく寂しく感じてしまう。

 いつもならメリーを気遣って部長とリキッドが部室の扉を半分開けておいてくれるが、メリーだけなのだから閉めておいてもいいだろう。

 とりあえず、と部屋に備え付けのコンロでお湯を沸かす。

 部室に来て、まずお茶を入れるのがメリーの習慣だった。

 入れるのはメリーが自宅から持参した『緑茶』だ。父が量産化に成功したものだが、この時期のお茶は王家にも献上されるくらい味がいい。

 庶民にも味わえるようにはなったが、まだまだ値段は高い。

 そんなわけでまだ緑茶は高級品の類だが、家の特産品であるため、メリーは小さい頃から割と気軽に飲んでいる。

 母に習い、美味しい入れ方も教わったのでメリーのいれるお茶は転生者で味を良く知っている筈の部長にも好評だった。それが嬉しい。

 そんなわけで、毎日、自分の分のついでに部長の分も用意していたのだが。


(いっけない。うっかり部長の分までいれちゃった……)


 習慣というのは恐ろしい。居ないと分かっていたのに、きっちり2人分のおいしいお茶が出来上がってしまった。

 ちなみにリキッドは紅茶派なうえ、入れ方にこだわりがあるらしくいつも自分で用意している。
 なので、メリーが彼の分を用意することはない。


(どうしよう。2杯飲んでもいいけど、冷めちゃうし。まあ、うちの領地のお茶は勿論冷めてもおいしいけれど。せっかくの新茶なのに……あ、そうだ)


 ふとある考えを思いつき、窓際にある机の引き出しを開けると――目的の物がそこにあった。

 悪役令嬢様を呼び出す紙だ。本来なら使用後に処分しなくてはならないらしいのだが、まだ帰ってもらえないため、使用後は部室に置きっぱなしになっていた。

 悪役令嬢様は高級なワインでしかきてくれない。だからこそ、部長とリキッドは一度呼び出しに成功したワインを求めて隣国にまで出向いている。

 それだけ悪役令嬢様は味にうるさいということだろう。メリーにはワインの味は分からない。しかし、飲みなれた領地の特産物については自信があった。

 今年の新茶は美味しい。去年も一昨年も勿論美味しかったけれど……いいや、うちの緑茶はいつだって美味しい。とにかくみんなに飲んでもらいたい。

 高級品というなら……王家に献上しているうちの緑茶だって高級品だ。味はメリーが保証できる。

 本当に悪役令嬢様が味にうるさい人なのならば――きっと満足いただけるはず。

 そんな気軽な思いから。


「悪役令嬢様、悪役令嬢様。いらっしゃいましたら階段の所までお越しください――お茶会をしませんか?」


 メリーは悪役令嬢様を呼び出した。




『お・ほ・ほ・ほ・ほ』

「本当なんですよ。それで、あまりにもおいしいからって飲みすぎたら夜眠れなくなっちゃって」


 メリーは大満足だった。

 緑茶でも来てくれた悪役令嬢様はテイスティングを終えると、『し・つ・も・ん・は・?』と返してきた。つまりは悪役令嬢様にその味を認められたということだろう。

 でも、それを悪役令嬢様の口からハッキリと聞きたいと思ったメリーは迷うことなく質問した。


「うちの領地の緑茶はどうですか?」

『か・お・り・ゆ・た・か・で・お・い・し・い』


 これにメリーはますます嬉しくなった。味だけではなく、香りまで褒めてもらえるなんて。

 悪役令嬢様は分かってる。流石だ。メリーは悪役令嬢様が大好きになった。

 好きな色。好きな食べ物。楽しかった思い出。

 いつの間にか、まるで普通の友達同士のように会話を楽しんでいた。はい、いいえ。そんな二択で答えられるような質問が多かったけれど、同年代の女友達がいたことのないメリーにとっては新鮮だった。

 気が付けば。2人して3杯もお茶を飲んでいた。

 ワインとは違い、こちらはおかわりもありのようだ。と、いうより悪役令嬢様の方からリクエストされてしまった。領地のお茶が大好きなメリーはそれも嬉しくて仕方がなかった。


「うふふふふっ。あー楽しかった。もっと話していたいけど、そろそろ下校時間だわ」


 楽しい時間はあっという間で。ふと気が付けばメリーは部長やリキッドが居ない寂しさを忘れていた。

 悪役令嬢様のお陰だと思う。2人の秘密のお茶会はとても和やかで温かいものだった。

 今なら、頼めば帰ってもらえるかもしれない……メリーはそんなことを一瞬考えたが、それは違うと思った。

 ずっと一緒に居る状態だからだろうか。何となく、悪役令嬢様の思考が分かるような気になることがある。

 多分帰ってくれる。でも、それをしたら、二度と来てはもらえない。

 お茶会だからこそ、気軽な雑談に応じてもらえたのだ。その信用に付け込んで、信用を失うようなことはしたくない。

 だから。


「悪役令嬢様、悪役令嬢様。お茶会に付き合ってくれてありがとうございます。今度はちゃんとケーキも用意するから、またお茶会に来ていただけますか?」


 お別れの挨拶の代わりに次の約束をお願いした。

 そうしたら。


『ま・め・だ・い・ふ・く』


 そう言って、金貨は動かなくなった。

 なるほど。たしかに緑茶には、ケーキよりもそっちの方が合うだろう。


 さすがは悪役令嬢様。分かってるな、とメリーは思った。




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