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17 婚約を解消してほしい
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「メリー、僕と君との婚約を解消してほしい」
シャインがそう言ってきたのは週が明けてすぐのことだった。神妙な顔をして、珍しく放課後にメリーの家へと訪ねてきたと思ったら、そう切り出された。
だから。
「あ、はい分かりました」
「えっ」
メリーは即答した。
失敗したのだ――とメリーは思った。
悪役令嬢様の指示はどれも本来は嫌がらせだった。教科書はシャインのカバンの中へと隠したし、ノートも破いたことが分からないようにそっくりな偽物を用意してすり替えた。落書きだって、前世での小学生レベルと言われている物にした。なるべく相手を傷つけないような配慮をしたつもりだったけれど、結局は嫌がらせなのだ。
どこかでミスをしたか、誰かに見られたか。
バレたらこうなることは覚悟していた。メリーは自分がやったことの責任はとるつもりだった。
「すべては私の責任なので。シャイン様に嫌われるようなことをした私が悪いのです……」
「違う、違う、違う! メリーは何も悪くないんだ!」
立ち上がって慌てて否定をするシャイン。バレたのではないのか?不思議に思い首を傾げるメリーに対し、シャインは座り直して説明をした。
「その……下級生の、転生者である令嬢の面倒をよく見ていたのだが、どうやら僕と噂になってしまっているみたいなんだ。そんなつもりはなかったのだけれど、周りからはそう見えていたらしい。彼女はまだ婚約者もいないし、その、このままでは外聞も悪いから、責任をとろうと思う。確かに僕と君は婚約しているが、転生者なら婚約を解消してもそんなに醜聞にはならないだろう? ほら、君は世界で一番有名な転生者だし……。周りも気にしないと思うんだ。でも、彼女は……彼女も転生者だけど、君ほど有名ではないから僕が守ってあげないと」
そんなことをつらつらと言われた。なるほど。どうやらメリーたちの行動が発覚した訳ではないらしい。
確かに転生者は婚約解消や婚約白紙に対してはあまり醜聞とはならない。利用しようと近づいてきた者に慣れないことで言質を取られ、うっかり婚約を結んでしまうことなどもあるからだ。
実際、転生者の婚約解消は多いので、前世感覚なのね、とため息一つで許される傾向にあるのも確か。
でも、それは子爵令嬢だって同じこと。
メリーは不思議に思う。あれだけ君は特殊だからとメリーを偽物扱いしておいて、こんな時だけは正式な転生者扱いをしてくるのだから。
そして、彼が認める本物の転生者である子爵令嬢は庇護の対象となるらしい。メリーにはシャインの基準が分からなかった。
「それに……その。運命を感じたんだ」
「運命ですか?」
「ああ。君はアイアイガサって知っているか? これなんだが」
「えっ! あっ! はい、勿論知ってます……けど」
シャインが見せてきたのは、メリーが書いたあの落書きだった。ハートの書かれた一筆書きの傘の下に子爵令嬢とシャインの名前が書いてある。
シャインは愛しそうにそれに触れながら。
「恋のおまじないらしいんだ。この傘の下に書かれた二人は結ばれる――ニホンで有名な風習らしい。誰が書いたのかは知らないが、これを見て、僕は――運命を感じたんだ」
まるで――夢見るように微笑んだ。
どこか遠くを見ているような。
夢幻の中にいるような。
幸せそうな笑顔。
メリーはシャインのその表情を見て、昔を思い出していた。
まだ、出会ったばかりのころ。周囲に馴染めず、発言も浮きがちなメリーの話を楽しそうに聞いてくれたシャイン。
初めてできた同年代の友達だった。
彼は日本の話を好んだから、メリーは頑張ってシャインの喜ぶ話を集めては彼に話した。その度に彼はこんな夢見るような笑顔をメリーへと向けてくれた。
それが、メリーは堪らなく嬉しかった。……今ではほとんど見ることができないけれど。
男女として好きだったのかは分からない。
でも、彼は今でもメリーにとって大好きな友達なのだ。だからこそメリーは強く思う。
彼にはいつも笑っていてもらいたい。それにはメリーが相手ではだめなのだ。彼が運命を感じたという子爵令嬢じゃないと。
きっかけがメリーの書いた相合傘だったことには皮肉を感じるが、それでもシャインに嫌われると思っていた行いで彼を笑顔にできたのなら嬉しいと思った。嫌われることなく――彼の後押しができたのだから。
きっかけはどうあれ、彼を笑顔にしたのは子爵令嬢だ。彼がこんな風に笑ってくれるのなら、子爵令嬢に対して感じるのは嫉妬ではなく感謝であるべきだろう。
メリーにはもう、こんな風にシャインを笑顔にすることはできないのだから。そう思ったら、メリーも自然と笑顔になった。
「分かりました。婚約解消の件は私からも両親に話しますので、進めてくださって構いません。おめでとうございます、シャイン様。運命の方に出会われて良かったですね。お二人のこと、心より祝福します」
それは心からの言葉だった。だからこそ、なんの憂いもなく笑うことができた。身構えることなく、彼と自然に話せるのはいつ以来だろう。
「えっ。あ、ああ。……すまない、ありがとうメリー」
一瞬。シャインが現実に引き戻されたような顔をした気がしたが、気のせいだろう。
その後は他愛のない話をして過ごし、シャインが帰宅するのと入れ違うように帰ってきた両親に、すぐに婚約解消についての話をした。
両親は残念がってはいたが、そもそも早すぎる段階での婚約には反対をしていたらしい。
それでもシャインの父親から目立ちすぎる境遇のメリーを守るためにも早めに婚約を結んでおいた方がいいと説得され、シャインとも仲が良かったことから決断したそうだ。
ただ、成長してどちらかが嫌がれば婚約を白紙にするつもりだったらしい。
一週間もしないうちに手続きは終了し、2人の婚約関係は白紙となった。
シャインがそう言ってきたのは週が明けてすぐのことだった。神妙な顔をして、珍しく放課後にメリーの家へと訪ねてきたと思ったら、そう切り出された。
だから。
「あ、はい分かりました」
「えっ」
メリーは即答した。
失敗したのだ――とメリーは思った。
悪役令嬢様の指示はどれも本来は嫌がらせだった。教科書はシャインのカバンの中へと隠したし、ノートも破いたことが分からないようにそっくりな偽物を用意してすり替えた。落書きだって、前世での小学生レベルと言われている物にした。なるべく相手を傷つけないような配慮をしたつもりだったけれど、結局は嫌がらせなのだ。
どこかでミスをしたか、誰かに見られたか。
バレたらこうなることは覚悟していた。メリーは自分がやったことの責任はとるつもりだった。
「すべては私の責任なので。シャイン様に嫌われるようなことをした私が悪いのです……」
「違う、違う、違う! メリーは何も悪くないんだ!」
立ち上がって慌てて否定をするシャイン。バレたのではないのか?不思議に思い首を傾げるメリーに対し、シャインは座り直して説明をした。
「その……下級生の、転生者である令嬢の面倒をよく見ていたのだが、どうやら僕と噂になってしまっているみたいなんだ。そんなつもりはなかったのだけれど、周りからはそう見えていたらしい。彼女はまだ婚約者もいないし、その、このままでは外聞も悪いから、責任をとろうと思う。確かに僕と君は婚約しているが、転生者なら婚約を解消してもそんなに醜聞にはならないだろう? ほら、君は世界で一番有名な転生者だし……。周りも気にしないと思うんだ。でも、彼女は……彼女も転生者だけど、君ほど有名ではないから僕が守ってあげないと」
そんなことをつらつらと言われた。なるほど。どうやらメリーたちの行動が発覚した訳ではないらしい。
確かに転生者は婚約解消や婚約白紙に対してはあまり醜聞とはならない。利用しようと近づいてきた者に慣れないことで言質を取られ、うっかり婚約を結んでしまうことなどもあるからだ。
実際、転生者の婚約解消は多いので、前世感覚なのね、とため息一つで許される傾向にあるのも確か。
でも、それは子爵令嬢だって同じこと。
メリーは不思議に思う。あれだけ君は特殊だからとメリーを偽物扱いしておいて、こんな時だけは正式な転生者扱いをしてくるのだから。
そして、彼が認める本物の転生者である子爵令嬢は庇護の対象となるらしい。メリーにはシャインの基準が分からなかった。
「それに……その。運命を感じたんだ」
「運命ですか?」
「ああ。君はアイアイガサって知っているか? これなんだが」
「えっ! あっ! はい、勿論知ってます……けど」
シャインが見せてきたのは、メリーが書いたあの落書きだった。ハートの書かれた一筆書きの傘の下に子爵令嬢とシャインの名前が書いてある。
シャインは愛しそうにそれに触れながら。
「恋のおまじないらしいんだ。この傘の下に書かれた二人は結ばれる――ニホンで有名な風習らしい。誰が書いたのかは知らないが、これを見て、僕は――運命を感じたんだ」
まるで――夢見るように微笑んだ。
どこか遠くを見ているような。
夢幻の中にいるような。
幸せそうな笑顔。
メリーはシャインのその表情を見て、昔を思い出していた。
まだ、出会ったばかりのころ。周囲に馴染めず、発言も浮きがちなメリーの話を楽しそうに聞いてくれたシャイン。
初めてできた同年代の友達だった。
彼は日本の話を好んだから、メリーは頑張ってシャインの喜ぶ話を集めては彼に話した。その度に彼はこんな夢見るような笑顔をメリーへと向けてくれた。
それが、メリーは堪らなく嬉しかった。……今ではほとんど見ることができないけれど。
男女として好きだったのかは分からない。
でも、彼は今でもメリーにとって大好きな友達なのだ。だからこそメリーは強く思う。
彼にはいつも笑っていてもらいたい。それにはメリーが相手ではだめなのだ。彼が運命を感じたという子爵令嬢じゃないと。
きっかけがメリーの書いた相合傘だったことには皮肉を感じるが、それでもシャインに嫌われると思っていた行いで彼を笑顔にできたのなら嬉しいと思った。嫌われることなく――彼の後押しができたのだから。
きっかけはどうあれ、彼を笑顔にしたのは子爵令嬢だ。彼がこんな風に笑ってくれるのなら、子爵令嬢に対して感じるのは嫉妬ではなく感謝であるべきだろう。
メリーにはもう、こんな風にシャインを笑顔にすることはできないのだから。そう思ったら、メリーも自然と笑顔になった。
「分かりました。婚約解消の件は私からも両親に話しますので、進めてくださって構いません。おめでとうございます、シャイン様。運命の方に出会われて良かったですね。お二人のこと、心より祝福します」
それは心からの言葉だった。だからこそ、なんの憂いもなく笑うことができた。身構えることなく、彼と自然に話せるのはいつ以来だろう。
「えっ。あ、ああ。……すまない、ありがとうメリー」
一瞬。シャインが現実に引き戻されたような顔をした気がしたが、気のせいだろう。
その後は他愛のない話をして過ごし、シャインが帰宅するのと入れ違うように帰ってきた両親に、すぐに婚約解消についての話をした。
両親は残念がってはいたが、そもそも早すぎる段階での婚約には反対をしていたらしい。
それでもシャインの父親から目立ちすぎる境遇のメリーを守るためにも早めに婚約を結んでおいた方がいいと説得され、シャインとも仲が良かったことから決断したそうだ。
ただ、成長してどちらかが嫌がれば婚約を白紙にするつもりだったらしい。
一週間もしないうちに手続きは終了し、2人の婚約関係は白紙となった。
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