【完結】私の番には飼い主がいる

堀 和三盆

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1 私の番には飼い主がいる

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「まあ! 貴女、番がいるの? しかも幼馴染ですって!? なんてツイているのかしら!」


 ここは初めて訪れた魚屋さん。今日は婚約者の為に彼の好物の魚を買いに来た。

 こんにちは。いい天気ね。ところであなた、もう番には出会えた?――そんな風に挨拶感覚でされた質問に。

 番がいる事、幼馴染であることを答えると、さっきの答えが返ってくる。


 当然だ。私達、獣人にとっては唯一無二となる至高の存在。魂の片割れともいえる番に出会えることはこの上ない喜びなのだから。

 獣人には番と呼ばれる、生まれながらに決められた伴侶がどこかにいる。番が番に持つ愛情は深く、出会ったが最後、その相手しか愛せない。

 その分大切にするし大切にされるし、幸せへの片道切符を手に入れたようなもの――だそうだ。だから獣人であれば誰もが一度は憧れるし、心のどこかで求めてしまう。


 ただし、世界は広いので実際に番に出会える者はほんの一握り。


 多くは適齢期になるとそれなりに好意を持つ者同士で婚姻し、番のことは諦める。

 そして、婚姻後に番と出会い、泥沼な愛憎劇に発展する事例も存在する。


 そんな中。精神と体の成長と共に少しずつお互いの番としての自覚が芽生え、信頼関係と愛情を同時に育てていくことが出来る幼馴染の番は理想的な形ともいえる。お互いがお互いだけを愛しながら、選択を間違えることなく人生の多くを共に過ごせるのだから。

 私――猫獣人であるフルールも幼馴染である同じ猫獣人のヴァイスが番であることに何となく気が付いていた。通常、番を認識するための器官が出来上がるのは第二次性徴以降。しかし、流石は運命の番というべきか、共に過ごす時間が長くなれば、例え幼くとも自然と察することが出来るらしい。

 実際私も彼も他の獣人に目を向けることはなかったし、ある程度体が成長すると彼は私が他の獣人の男と会話をするのも嫌がるようになった。

 当時、私達にはもう一人同じ猫獣人の男の幼馴染がいたけれど、そのタイミングで彼も番が見つかったのでお互い自然と距離を取るようになった。彼は自身の番の住む町へと引越し、それ以来、その幼馴染とは会っていない。

 ヴァイスとはお互いが番であるとハッキリ分かってからはすぐに婚約をした。彼が騎士団で正式に職を得てからは一緒に暮らしている。好き同士で一緒にいるのだからすぐにでもそういう関係になってもおかしくはないが、私たちは清いままだ。

 愛情が重くなりがちな番にとって、これは自然なことではない。獣人のなかでは番に出会ったが最後、順番が逆になることの方が多いくらいなのだ。

 現に、私は彼が愛しくて愛しくて、でも一緒に生活しているのに触れることもできなくて、頭がどうにかなりそうだった。

 しかし、なまじ幼馴染という関係にあるものだから、彼の事情も分かっている。だからこそ、獣としての本能を必死に抑え、婚約者にペースを合わせている。

 産まれてすぐに彼と出会って、既に19年。14歳で婚約し婚約者のまま過ごした5年間。幸せでありながら、どこか物足りなさを感じていた理由。


「でも――私の番には生まれつき『飼い主』がいるんです」


 私の言葉に。それまでニコニコと、ハイテンションで話していた店主のおばさんの眉としっぽが、シュンと下がる。

「それは……せっかく番と出会えたのに。ツイてないねェ」


 飼い主がいる――そのことを答えると、大体この答えが返ってくる。コレも当然のことだった。

 全てにおいて『番』が優先される獣人社会。その中で唯一その序列を崩す例外ともいえるのが『飼い主』の存在だ。


 獣の本性か、人間としての理性か。獣人は受けた恩を忘れない。特に命を助けられたりすると、恩を返そうと相手に忠誠を尽くす。


 まるで、騎士が主に剣を捧げるように。命を助けられた獣人は飼い主に忠誠を尽くすのだ。


 しかし、それでも番優先は変わらない。問題なのはここからだ。この世界においての飼い主は番の存在を脅かすことはない。

 ただし――。

 ごく稀に前世の記憶を持って産まれてくる獣人がいる。そして、アチラでは飼い主が庇護下にある獣の『番』を選ぶ権限があるのだそうだ。

 例え生まれ変わっても。飼い主に忠誠を誓った獣人は飼い主に許可をされないと番えない。


 そう。私の番は前世持ち。

 そして。


―――『私の番には飼い主がいる』




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