魔王と勇者のPKO

猫絵師

文字の大きさ
上 下
21 / 23

閑話 兎狩り1

しおりを挟む
「兎?」

「そうだ、兎だ」

僕のオウム返しに、ルイがまたオウム返しで答えた。

僕が異世界に召喚されてもう半年くらいになるのだろうか?

ちょっとちゃんと確認しないと分からないが、この生活にもだいぶ慣れたある日の事だった。

「一人前の戦士になった証に、ペルマネス・ニクス山のビック・ペーデスの毛皮を採取してくるんだ」

「何で兎なんだよ?可哀想じゃないか?」

「お前、本気で言ってるのか?」

ルイが嫌そうに顔をしかめて顔にシワを刻む。

耳がペタンと寝る姿は人間じゃない。

彼は人間から魔王と呼ばれる存在の直属の親衛隊長であり、現魔王の養子だ。

リュヴァン族のルイ。

平たく言えば狼男だ。

毛むくじゃらの逆三角の体に、作り物のように狼の頭が乗っている。

ちゃんとフサフサのしっぽもあり、バランスを取ったり感情を出すのに欠かせないものとなっている。

僕としてはこの正直な尻尾が可愛い。

今、その尻尾は不機嫌そうに揺れている。

「お前、ただの兎を取って来いって言うと思ってるのか?そこまで私は優しくはないぞ!」

「いや、だって兎だろ?」

どうにも話が噛み合わない。

兎って言ってるが、もしかして別の生き物なのでは?

「確認だけどさ、兎ってあれだろ?

耳が長くて、後ろ足て跳ねるやつだろ?

穴掘って巣を作る…」

僕の知ってる限りの兎のイメージをルイに突きつけると、彼はうんうん、と頷いた。

「そう、多分そいつだ。

分かってるじゃあないか?」

いや、益々意味わからん!やっぱり兎じゃん?!

「ビック・ペーデスは大型の兎だ。

一応言っておくが、ちゃんと大人の毛皮を取らないと認められないからな」

兎だろ?大きいって言ってもせいぜい中型犬より小さいくらいだろ?

戦士の試験がこれで良いわけ?

「見届け人は兎を逃がさないようにするだけで、直接手出しはしないからな。

お前の手で兎を仕留めるんだ。

ベティもお前の身の回りの世話をしてもらうのに連れていくが、狩りの手助け禁止だ。

狩猟も解体もちゃんと自分でするんだ」

「えぇ…解体はちょっと…」

「何甘えた事言ってんだ!

狩猟と解体はセットだ!覚えておけ!

有事の際はお前が勇者だからって誰も助けてくれないんだからな!」

ルイの厳しい優しさが辛い…

マジか、僕は魚も捌いたことないんだぞ…

VIPなんだから甘やかしてくれよ…

✩.*˚

「ルイ様!」

城内の回廊を歩いていると、怒ったような足音と若い女性の声が重なった。

音と声だけで相手が誰だかすぐに分かる。

「…何だ、ベティ?」

また怒ってるのか…内容は容易に想像できるが…

私に向けられた非難がましい視線が痛く突き刺さる。

高い位置で髪を括り、黒いメイド服を着た小柄な姿は愛らしいが、彼女は人も殺せそうな鋭い視線で私に食ってかかった。

「ミツル様に《兎狩り》だなんてまだ早すぎます!

もしもの事があったらどうするんですか?!」

「…随分過保護だな…

陛下が、ミツルならできると踏んだから私に命じたんだ。

アイツも一応勇者なんだから、いつまでもお遊び気分でいるのは良くない。

戦い方を覚えるいい機会だ。

私は十四の時からやっている」

「ルイ様と一緒にしないで下さい!

ミツル様は繊細なんです!爪も牙も筋肉も無いんですよ!」

いや、筋肉はあるだろ…

そう言いかけてあわや口を噤んだ。

だからそんな顔するなって…

半分獣人の彼女は喉の奥で獣の唸り声を発していた。

やばいな、本当に機嫌が悪い。

「そんなにミツルが大事か?」

「そうですよ、私にとって陛下の次に大切な方です」

「そうか。

なら尚更ミツルを行かせるべきだ。

男が成長するためには、一人で考えて決断し、行動し、達成感を得ることも大事だ。

それが自信に繋がるし、その自信を持つ者は良い戦士になる」

「それは戦士に必要であって、勇者のミツル様にはもっと他にやりようがあるのでは無いですか?

それに、《兎狩り》はもうほとんど行われない戦士の儀式でしょう?」

そう言われると少しムッとする。

私はこの儀式が特別なものであることを知っている。

「戦士が誇りを持ち、周りから認められる大切な儀式だ。

ベティには何も思い入れは無いかもしれないが、私にとっては特別な事だった。

エドナ様に認められたのが今の私に繋がっている。

ミツルにとっても自信に繋がると信じている」

私の言葉にベティはそれ以上返さなかった。

《エドナ様》の名前が彼女の口を閉ざしたのだろう。

彼女は言葉を飲み込むと、「失礼致します」とだけ言い残して足早に立ち去った。

私はその背中を黙って見送った。

✩.*˚

『私は戦士だ』

エドナ・グレの口癖だった。

とりあえず、何か問題があれば力で解決するタイプの獣人だ。

至極シンプルな考え方と、サバサバとした性格で戦士達を束ねていた。

そのカリスマ性から、獣人の中で初めてアンバー王から王女の位を賜った。

闘争心の塊のような熱い魂に感化され、皆の魂も熱を帯びた。

問題もなくはなかったが、それ以上の魅力が彼女にはあった。

鍛え抜かれた体には豹の斑紋が刻まれ、癖のある赤銅色の髪をなびかせる姿は神々しすらあった。

若かった私は彼女に憧れた。

入隊試験の《兎狩り》に合格し、彼女の部隊に見習として配属された時、胸が高鳴ったのを今でも鮮明に覚えている。

それからは苦難と挫折と自分を鼓舞する日々だった。

当然だ。

王に仕える直属の部隊のそのまた精鋭だ。

それなりに役に立てる自信があったのだが、それが思い上がりだと知るのに時間はかからなかった。

それでも除隊しなかったのは彼女がいたからだ。

彼女は落ち込む私に豪快に笑い、背中を思いっきり殴って言った。

『自信をつけろ!

でっかい図体の男がウジウジするな!

背筋を伸ばせ!視線を下げるな!前を見ろ!

お前の中の敵はお前にしか倒せない!』

彼女の言葉は私の中で今も生きている。

それからいくつもの紛争や国境警備の任務にあたり、気がつけば十五年もの月日が経過していた。

私は彼女の補佐を任され、副隊長になっていた。

私は彼女が求めた戦士に着実に近づいていた。

『お前になら全て預けれるな』

そう言って彼女はまた豪快に笑っていた。

その笑顔が何故か少し寂しげに見えたのは私の思い違いだったのだろうか?

ある日、私が新兵と訓練用の宿営地にいた時、彼女は一人の少女を連れてきた。

彼女はボサボサの黒髪の虚ろな怯えた目をした少女を『私の娘だ』と紹介した。

顔には薄ら花のような模様が浮き出ている。

豹の梅花模様。

本当に実の子かと思い混乱したが、彼女が妊娠してた事実も結婚の事実もない。

どうやらアンバー王が前線の視察に訪れた時、人間の商人から獣人達を取り返したらしい。

その中に混ざっていた子供の一人で、引き取り手がなかったので連れ帰ったそうだ。

『可愛いだろう?

リトル・ベティ・グレだ』

そう言って少女を抱きしめて頬ずりする。

『リトル・ベティ?』

『昔生き別れた妹の名前を貰った。

この子は名前がなかったからな』

彼女はそう言って少女の頭を撫でて抱き上げた。

娘にするように少女に接する彼女が信じられなかった。

それと同時に、彼女がやはり女なのだと実感した。

『しばらくこの子は私が預かることになった。

この子自体は人間のハーフだが、獣人としか生活したことがないらしい。

獣人といる方が落ち着くはずだ』

そう言って彼女はかなり高めの高い高いをキメながら無表情の少女をあやしていた。

少女は少女で人形のように無表情でされるがままだ。

『子供の世話など、エドナ様がすることでは…』

『自分の手で育てずに母親とも娘とも名乗れないだろう?

この子が心を開いてくれるまでしばらく休暇を貰う。

その間、部隊の指揮は任せたぞ、ルイ』

『そんな急に…』

『なぁに、有事の際は駆けつける。

それにこう見えて私は子供の扱いは上手なんだぞ!』

そう言って彼女は本当に休暇を取り、山の別荘にベティを連れて引きこもってしまった。

まあ、しばらくしたら飽きて帰ってくるだろう、と誰しもが思っていたが、彼女は半年経っても戻ってこなかった。

さすがに不安になり、部下に様子を見に行かせたが、相変わらず『待っていろ』の一点張りだったという。

一年ほど経ったある日、私も彼女らの様子を見に行った。

少女は少し大きくなっていた。

まだ幼いのに、大人顔負けの身体能力を身に付けていた。

『何だ、ルイか』

一年ぶりの再会に、彼女の第一声はついに二、三日前に会ったかのような口ぶりだった。

彼女らしい言い方だ。

『元気になったろう?

やっと子供らしくなってきたところだ』

『それは良かったですね。

ところで、そろそろ帰還されてはいかがですか?』

『何か問題でも?』

エドナ様はそう言って笑った。

私が横に首を降るのを見て、『だろうな』と彼女は言った。

『それならまだこの山小屋であの子と暮らすよ。

私が居なくても、お前が居れば安泰だろ?』

『私では貴方の代わりにはなりませんよ』

『いつまでも半人前でいられると思うな、ルイ。

お前はいつだって私を基準に自分を判断している。

それは本当に無駄な事だ』

彼女はキッパリとそう言って私を否定した。

言葉を選ばない彼女らしい言い方だ。

オレンジ色の瞳が私を品定めするように見ている。

『私はお前を戦士として育てた。

戦士がいつまでも女の背中を追い続けるな、みっともない。

お前も戦士なら私を越えてゆけ。

私の速度に合わせて背中を見続けるなら、お前は一生私を越えられないぞ』

『…それは…そうですが…』

返答に窮する私に彼女は『自分を誇れ』と言った。

『ルイ・リュヴァンお前はいい男だよ。

それは近くで見てきた私が一番よく知っている。

お前は私とは違うタイプの戦士だ。

個の強さだけではなく、チームワークの強さを生かせるリーダーだ。

これからこの国に必要なのはそういうリーダーだと私は思っている』

『最初から帰還するつもりは無かったのですか?』

私の問いかけに彼女は飄々とした様子で『まあ、正直なところ半々だったな』と気持ちを吐露した。

『お前とは《兎狩り》からの付き合いだ。

お前の癖も考え方も、悪い所も良い所も、弱さも強さも全部知っている』

思い出をなぞるように彼女は穏やかに笑った。

『あの痩せた少年が、よくこんな立派な戦士になったものだ。

ルイ、お前は私の誇りだよ。

私の最高傑作だ』

彼女は両腕を伸ばし、私を抱きしめた。

彼女の赤銅色の髪が私の胸に沈む。

『お前は私の誇りだ』

彼女の言葉が私の心に刻まれる。

胸が熱くなる…

私を抱きしめる彼女の身体は何と小さくなったことか…

数多の戦場を駆け、倒れること無く敵を屠り、味方を担ぎ、多くの部下の命を背負ってきた身体にしては、頼りないほど細く小さかった…

この小さな身体で背負い続けた荷を受け取る時が来たことを知る。

私も彼女の体を抱きしめた。

私が彼女から巣立つ時だ…

『必ず、貴方に恥じぬ働きを…』

言いかけた私の口元に指を押し当てて、言葉を遮って彼女は笑っていた。

『いいよ、分かっている。

お前の事はなんでも知っているさ』

そう言ってまた私の胸に顔を寄せた。

『まだ帰らないだろ?

今日は冷えるから温めてくれ』

とんでもない発言に私は言葉を失った。

『…本気で言ってます?』

『何だ?年増女が相手じゃ嫌か?』

『いや、そういうことでは…

その…私がですか?』

『お前以外に誰に言うんだよ。

女に言わすなんて酷い男だ』

私をからかう彼女は一人の女性になっていた。

彼女と結ばれた日、私は彼女の荷を引き継いだ。

後日アンバー王から正式に隊長への昇格と、部隊から軍への編成の変更があった。

そこで王の直属の軍を任されることになった。

今までの部隊とは桁違いの人数の命を背負うことになる。

それでもあの人を失望させるわけにはいかない。

私は奮闘し、何とか軍をまとめあげることが出来た。

陛下から軍略や兵種、兵站へいたん等の知識を学んだ。

賢くない私には難しい話だったが、優秀な頼れる部下の存在もあり、二年ほど時間はかかったが、戦闘部隊から軍隊に仕上がった。

軍隊が軌道に乗ってきた頃、私に訃報が届いた。

彼女が死んだ…

私の敬愛するエドナ・グレ…

やっと貴方にふさわしい男になれたと思ったのに。

絶望する私を、高く高く青い空が見下していた。

エドナ・グレの葬儀であの少女に再会した。

喪服を着て棺に縋る小さなベティ・グレ。

ベティの隣で王女筆頭のペトラ様が慰めている。

棺の前まで近づくことを許され、棺の前に立つ。

まだ蓋を閉められていない棺に敷き詰められた花の中、彼女は眠るように横たわっていた。

あの日、隣で朝を迎えた時と同じ、安らかな寝顔…

葬儀も終わり、帰ろうとした私の元にベティを抱いたアンバー王が現れた。

『ルイ、すまないが、ちょっとこの子を預かってくれないか?』

『私がですか?』

まだ泣いている少女を受け取るのに躊躇していると、少女の方が顔を上げた。

花の模様が刻まれた彼女と同じ顔…

『私が抱いても泣きますよ』

そう断りを入れて少女を受け取る。

小さい暖かい身体が私の体に密着する。

疲れていたのか、すぐにしゃくり上げる呼吸が静かな寝息に変わった。

獣の匂いに安心したのだろう…

『うん、じゃあ、頼んだよ』

親戚に子供を預けるような感覚で立ち去ろうとするアンバー王にいつまで預かるのか訊ねると、

『そのうち迎えをやるから』と曖昧な返事を返された。

結局二ヶ月ほど預かり、寝食を共にした。

彼女は泥臭くこの少女を育てたのだろう。

軍の宿営でずっと私に付いてまわり、訓練にも参加した。

ベティが笑うようになった頃、ペトラ様連れられ城に引き取られて行った。

それからも多少の交流はあったものの、成長するにつれ、エドナ様に似てくる彼女を見るのが辛かった。

これがどういう感情なのか、私にはもう分からなくなっていた…

この気持ちを認めることは、私が愛した人を裏切ることだ…

私は彼女と顔を合わせないようにした。

あのお節介な男が現れるまでは…

✩.*˚

ペルマネス・ニクス山は標高の高い山らしい。

飛竜ワイバーンで向かったが、山の中腹までしか乗れないらしいので、途中で降りた。

どうやら雪の上に降りると飛竜は上手く飛び立てないらしい。

「ビック・ペーデスが生息するのはこの先の雪の深い場所だ。

場所によっては胸の高さまで雪が残ってる場所やクレバスもある。

十分注意して進め」

「ルイの胸までって…

僕完全に埋もれちゃうよ…」

「大変じゃなかったら訓練にならん。

私は十四の時にやったぞ」

八甲田山雪中行軍にならないといいけど…

雪に足を取られるから進むのすら思うようにいかない。

雪用の装備は貰ったけど、顔はヒリヒリするし手足はかじかんで言うことを聞かない。

苦しくて吸い込む空気も薄く冷たいから肺が辛い…

「ミツル様、大丈夫ですか?」

少し進んだだけでゼイゼイ言っている僕をベティが心配してくれる。

辛い、情けない…

「この先の小屋まで頑張れ。

辿り着けなければ全員死ぬぞ」

ルイからの檄が飛ぶ。

そうだ、こんな所で止まってたらその方が危険だ。

山小屋まで何とか進んで、遭難だけは避けないと…

そうは思うもののルイはどんどん先に進んでしまう。

「ルイ様!ミツル様が遅れてます!置いていかれるおつもりですか?!」

「甘やかすな、ベティ。

手を差し伸べるのは簡単だが、それではミツルの生きる力を削いでしまうだけだ。

ミツル、貪欲にせいに食らいつけ!

お前が自分で勝ち取らねば意味が無いぞ!」

「分かってるよ!ちゃんと歩くさ!

ベティ、ありがとう、大丈夫だよ」

これ以上ベティを心配させられない。

雪をかき分けながらルイの背を追った。

ルイは僕達の分まで荷を背負って進んでいる。

僕なんて最低限の荷物しか背負っていない。

それに彼は僕らが進みやすいように道を作りながら進んでいることにも気付いていた。

彼は決して厳しいだけの人じゃない。

この訓練を成功させたいと思っているのだって、アンバーに言われたからだけじゃないはずだ。

必死な思いで彼の進んだ後を追い、何とか山小屋が見えてきた。

貧相な小屋などでなく、しっかり木を組んだ十人くらい泊まれそうなログハウスだった。

「よく頑張った、休んでいいぞ」

ようやく僕がゴールしたのを見て、ルイは小屋の用意を始めた。

薪を用意して暖炉に火を入れると、外から取ってきた雪を溶かして水を作った。

持ってきた食材などを籠に出して棚にしまうと、ザックからいくつかの麻の袋を取り出して、ログハウスの外にぶら下げに出て行った。

時々くしゃみをしながら作業している。

「あれ何?おまじない?」

「獣避けのハーブが入った袋です。

ミツル様が居るから用意されたんだと思います」

「臭いの?」

「ええ、とっても…」

「もしかして…ベティやルイも苦手な匂いなの?」

「私はまだに気なる程度ですが、ルイ様は鼻が利くのでむせるくらい嫌な匂いだと思います」

マジか…ルイ大丈夫かな…

「ミツル様は休んでてください。

お食事の用意が出来ましたらお声かけさせていただきます」

ベティにも休めと言われて、暖炉の前のソファに座ると、彼女が毛布を用意してくれた。

硬いソファだったが暖炉の温かさも相まって毛布にくるまって寝入ってしまった。

しばらくして、暖炉に薪をくべる音で目を覚ました。

「何だ?腹が減ったのか?」

ルイの大きな背中が暖炉の前にある。

逆光で表情は伺えないが、声は穏やかだった。

「今ベティが食事を用意している」

「ルイは元気だね」

「疲れてるさ、でもお前やベティほどじゃない。

スタミナはある方だからな」

そう言って暖炉にまた薪をくべた。

パチパチと木の燃える音と火花が飛ぶ。

「私はこの山に慣れてる。

問題はお前だ。

《兎狩り》はあくまでお前自身の手でしなきゃならん。

俺が手伝えるのはこの小屋の中と兎探しくらいのものだ」

「どうやって捕まえるのさ?」

「捕まえるんじゃなくて倒すんだ。

奴らは真上に飛び上がって鉤爪で襲ってくる。

モロに体当たりをくらうと雪に沈められるから避けろ」

「…兎…だよね?」

「あと、後ろ足も強いから気をつけろ。

一瞬で間合いを詰められる」

僕はこれから何と戦うんだ…?

「頭は硬いから狙っても弾かれる恐れがある。

狙うなら喉が腹の方だ。

左脇、出来れば心臓を狙った方が確実だ。

躊躇せずに一気に刺し貫け」

「レベル高くない?」

なかなか難しい話だ。

そもそも兎でしょ?!酷くない?

ってかどんだけ頭硬いわけ?!

「大きければ大きいほどいい。

その分リスクは上がるが、中途半端な大きさのものを捕まえると《襟巻き》と言って他の兵士からバカにされるぞ」

「《襟巻き》?」

「大きいのを捉えると《外套》と呼ばれて戦士達から尊敬される。

次に大きいのが《ジャケット》、次いで《ベスト》、《腰巻》の順だ」

「なんで名称が服なの?」

「それが作れる大きさということさ。

分かりやすいだろう?」

いくら大きくても兎でそのサイズはないだろう?

「まあ、何はともあれ無事に済んでくれれば私だって陛下に良い報告ができる。

頑張れよ、勇者」

そう言って彼は僕の頭をポン、と叩いて小屋を出て行く。

彼が出ていった後、小屋の外で大きなくしゃみが聞こえ、僕は少し笑ってしまった。

✩.*˚

朝日が昇る前に起きて小屋の周りの確認をした。

獣は近くまで来ているが、危険では無い。

食料があるので匂いに釣られて来ないように、獣避けの匂い袋を用意しておいて正解だった。

あとはミツル次第だ。

あいつはやる時はやる男だ。

きっと大丈夫。

そう自分に言い聞かせ、小屋に戻って暖炉に薪をくべて火をつけた。

部屋が暖かくなってきた頃、ベティが起きてきた。

「おはようございます」

「おはよう、眠れたか?」

そう尋ねるとベティは、こくん、と頷いた。

「寝過ごしていまいました」

「そんなことは無い。

ミツルよりは早いから問題ない」

「でもルイ様に暖炉の用意をさせてしまいました…」

「気にするな、外に出て少し冷えたから暖炉の用意をしただけだ」

立場上、使用人である自分の方が遅かったから気にしてるらしい。

それでもまだ外が暗いうちに起きてきてるのだ。

彼女はよくやっている。

「朝飯を作りながら火の番をしてくれ。

私はミツルが山に入る用意をしておく」

「かしこまりました」

ベティは短く答えて自分の仕事をしに行った。

私は荷物から狩りに必要な道具を取り出し机に並べた。

壊れたり壊れやすそうなものがないか念入りにチェックする。

防寒着や靴も穴がないか確認し、防雪用の油を塗って水が染み込まないように用意した。

アンバー王から預かった回復用の魔法道具もすぐに使えるように雑嚢に入っているのを確認する。

これだけ準備をしたのにまだ見落としていないか確認する。

不安だ、大丈夫だろうか…

早く終わらせてくれないと私の方が持ちそうにないな、と自嘲した。

窓から眩しい光が届いた。

一日目の朝がこうして始まった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

雨に濡れた犬の匂い(SS短文集)

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:624pt お気に入り:0

宇佐美くんと辰巳さん〜人生で一番大変だったある年越しの話

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:1,192pt お気に入り:1

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21,459pt お気に入り:1,526

姉の様子が、おかしいです。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:51

オレはスキル【殺虫スプレー】で虫系モンスターを相手に無双する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,275pt お気に入り:626

処理中です...